小説『戦国御伽草子』
作者:50まい()

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「ねぇ村雨の正室の様子おかしくなかった?」



「ああ」



「普通好きな人の顔、見忘れる?まぁ最後に来たのが四月前じゃ仕方がないのかもしれないけどさ。なんかぼんやりして、夢見がちって言うか」



「そうだな」



 あたしと速穂児(はやほこ)は、佐々家に返ってくると、早速額をつきあわせて話し始めた。



「肝心なのは、前田を騙(かた)り、村雨が刃を向けるように仕向けた男は誰だと言うことだ」



「でも、並々ならぬ恨みよ。だって、そこまで手の込んだことするなんて…自分で忍放った方が早いじゃないの」



「表沙汰になるとまずい相手かもしれない」



「たとえば?」



「例えば、佐々家」



 思いもかけない言葉に、否定がすぐに出てこない。



 まさか、そんな。いやでも、確かにそしたらこれだけ回りくどいのも納得できる…。



 いや、でも、うち仲良いし!そんなことないわよ、ねっ!



「そんなこと言いはじめたらどこもかしこも怪しいわよ!」



「そうだ。だが瑠螺蔚(るらい)、あるだろう、最も連想しやすく失脚させられておまえに恨みを持っている家が」



 あたしははっとした。



「…柴田家」



 鷹男(たかお)の側室、発が食事に毒を入れようとした現場を押さえて、あたしが柴田家を失脚させたのは有名な話。



「そうだ。ただ違うことももちろん考えられる。調べるのは俺に任せておけ。おまえは自分の身を…なんだ?」



 速穂児が顔を顰めて、障子の向こうを見た。あたしも気づいた。



 なんか、五月蠅い。



 どんがらがらがらがっしゃんごっとんどどどどどどとなんだかものすごい音が近づいてくる。



 なんか、くる!?



「由良ーっ!おまえっ、こ。る、瑠螺蔚さん!?」



「きゃーっははははははは!やだぁ高彬(たかあきら)、なによそれ!」



 あたしはひぃひぃ言いながら無様な高彬を指さした。



 体は縛られていたらしく、膝から肩まで縄が幾重にも巻き付いていて、自由なのはその膝から下と手首から先のみ。



 更に縄の先には鍋やらおたまやら木杓子やらをこれでもかという程ぶら下げており、動くたびにがたんごとんとそれらが鳴子の役目を果たして楽しい音を奏でる。



 あまりと言えばあんまりな姿に、あたしはお腹を抱えて笑いすぎて涙が出てきた。



「る、瑠螺蔚さんなんでここに…これは由良が!」



 高彬は見たことないぐらい顔を真っ赤にして押し黙った。



「なんでってここあたしにあてられた部屋だもの。居ても不思議じゃないでしょ」



「あーら高彬兄上さま。やはり瑠螺蔚さまのところへいらしたのですね」



 ふいに声がしたと思ったら、由良がぬっと出てきた。



「こんなこともあろうかと、防犯対策をしておいて良かったですわ」



「ゆ、由良この高彬は…」



 あたしが呼吸も絶え絶えに聞くと、由良はにこっとかわゆく笑った。



「面白いでございましょう?いっそこのまま、物見小屋へ売り飛ばしとうございますわ。懲りもせず再び瑠螺蔚さまのところへ現れるとは」



「僕だってこんな情けない姿、瑠螺蔚さんに見られたくなかったよ!」



 高彬が簀巻きで足を取られたのか転がりながら、投げやりに言った。



「あーもう由良あんたって最高よ。たしかにこれじゃ、なにかしようとしてもできるわけないわよね」



「だから瑠螺蔚さん、その件は誤解だから!」



「あはは、うん、わかってる。由良、流石にこのまま天地城に行かせるのは佐々の恥だし、ほどいてあげても良いかしら?充分楽しませて貰ったし」



「まぁ瑠螺蔚さまがそうおっしゃるのなら…」



「だってさ。良かったわね高彬。誰も解いてくれなかったの?」



「由良が!周到にも僕の縄を解かないように佐々家中に言い含めていたからね!みんな由良には甘いし。僕は良い笑いものだったよ」



「そりゃあんた、その格好をみて後ろ指指さない人間がどこにいるってのよ」



 あたしは高彬に手を貸して、縄を解いた。それにしても頑丈な縄ね!由良の本気度が窺(うかが)える。



「高彬由良を怒ってはだめよ。あたしのためにしてくれたことなんだし」



「…怒らないよ。その、瑠螺蔚さんは僕のこと怒ってないの?」



「怒るにしても、なんにも覚えてないし、まぁ、あんたの慌てようからしても何にもなかったんだと思うし。許す!でももう二度としないでよ!一瞬本気であんたの事疑っちゃったでしょ」



「僕だって心臓が止まるかと思ったよ…。そっか、でも瑠螺蔚さん、覚えてないのか…」



 高彬のなにか含ませた物言いにあたしは一瞬不安になった。



「え、なにかあったの?そもそもどうしてあたしあんたのとこにいたの?」



「それは、またあとで。それより、誰?」



 高彬は警戒の滲んだ声で部屋の隅にいる速穂児に顔を向けた。



 水を向けられた速穂児は無表情で、答えるようにすと高彬を見た。



 あたしはのんびりと答えた。



「あんたの従者」



 速穂児と由良が、はっとしたようにあたしを見た。



「僕の、従者?」



 高彬は鋭い目で速穂児を見た。それはつい先刻までの妹に甘い兄の顔ではなく、害意のある相手かを探る武の目だった。



 高彬の左手が腰に伸びる。あたしはその手を押さえて高彬をのぞき込んだ。



「高彬の従者にするために拾ってきた、そうよね、由良?」



「えっ、あ、は、はい。ですが、瑠螺蔚さまは、そのう…」



 あたしが速穂児に対して冷たかったのを知っている由良は戸惑って口ごもった。



「どういうことだ、由良」



「どういうことも、そういうことよ。これから、よろしくね!」



 あたしは強引にまとめると高彬の手をぎゅっと握った。



「瑠螺蔚さん…」



 少しの間、高彬はあたしの瞳の中の真意を探っていたけれど、結局諦めたようにため息をついた。



「おまえ」



 驚いたようにあたしをみていた速穂児は、呼ばれてそのまま高彬を見た。



「僕は瑠螺蔚さん程甘くないし、情にも絆(ほだ)されたりなどしない。瑠螺蔚さんに免じてとりあえずはここにいてもいいが、そのあとは、おまえ次第だ」



「…御意」



 速穂児は頭を垂れた。



「そもそも、おまえ瑠螺蔚さんとどういう関係だ?」



 速穂児は無言であたしを見た。



 関係?関係、いやどういう関係なんて…。



「え?あー、えーと、友達」



「友達?」



 高彬が呆れたように繰り返した。



 その時、ふ、と笑い声が聞こえた。速穂児だった。



「友達、か。そういうことだ、高彬どの」



「そうそう友達友達!もういいでしょ?話もまとまったことだし、あんたたち、帰った帰った!あたしたち、大事な話してたんだからね」



 あたしは話は済んだとばかりにしっしと手を振った。



「瑠螺蔚さん」



 高彬がにこりと笑った。



 あ、なんか少し不機嫌?長年のつきあいであたしは素早く察知すると、身構えた。



「なに?」



「僕の従者を、僕が連れて行っても問題はないね?」



「え?いやでも…話が…」



「おまえ名は何という」



「速穂児と」



「では速穂児、来い」



 高彬はさっさと部屋を出て行った。由良も戸惑いながら、あたしに一礼すると出て行った。あとを追うように速穂児も立ち上がり障子に手をかける。



「ちょ、あんた高彬の言うこと聞くの!?」



「俺は高彬殿の従者らしいからな。主の命には従うものだ」



 速穂児は心底楽しそうに笑いながら、歩みを止めるとあたしに顔だけ向けた。



 そしてふいに笑いを納めると、言った。



「いいのか、瑠螺蔚」



 光を背にした速穂児の顔は強張っているようで、なぜか不安そうで、頼りない若児(わくご)のように見えた。



「…あんたは行くところがないと言った。ここで、できるだけやってみるといいわ。高彬も言っていたけれど、佐々家では色眼鏡で判断されない。前田のように甘くもない。多分最初は疑われて過ごすと思う。それはもしかしたら、辛いことかもしれない。名を捨てたというのなら、零(ぜろ)からただの速穂児として、自分で生きていくといいと思ったのよ。でも、あんたがそれを拒絶するなら、あたしは止めない。選ぶのはあんたよ。あたしは強制しない。初めて自分の足で歩き出したとあんたは言った。行きたいなら、どこへでも好きなところへ行くといい」



 速穂児はじっと黙ってあたしの言うことを聞いていた。



 偉そうだったかなと少し恥ずかしくなって、あたしはつんと顎をあげた。



「それに!あんたまた放っておくと死ぬだの自分の命がなんだの物騒なこと言い出しかねないしね!」



 速穂児は、それを聞いて密かに笑った。



「違いない」

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