僕はここまで読んで本を閉じる。
そして思わず溜息が出で来る。
ハァ〜ァァ・・・、今度は剃毛マニアの変態野郎かい。
バカバカしい、アホなんじゃないのか、この男は。
そう呟いた途端、例によって僕の体が動かなくなる。
これで三度目。
流石に僕も驚かなくなった。
僕は心の中で問いかける。
おい、学芸員さんよ、僕に憑りついているんだろう? 要件があるならさっさと言えよ。
すると例によって頭の中で声がする。
頭の中の声は開口一番、僕を怒鳴りつけてくる。
バカモノ! 変態野郎とはなにごとか! キサマは誰に向かって口を訊いておる!
逆上しているとは知らない僕は慌てて、
あ、いや、その、すいません、僕にはその手の趣味がないもので・・・。
すると頭の中の声が僕に告げる。
なに? 趣味がない? バカモノ! これは芸術の問題だ、下賤な趣味とはわけが違うわ、愚か者め!
下賤の趣味とはわけが違う?
フン! ただの剃毛マニアがなにを言う、たいして変わらないじゃないか。
僕は思わず笑いだしてしまう。
キサマ、なにがおかしい!
あ、いえ、別に、なんでもありません・・・。
ところで、ご用件はなんでしょうか?
うむ、要件とは他でもない、キミに美を体験していただく。
美の体験?
怪訝に問う僕に、頭の中の声が、
おい、前を見よ。
僕は前を見る。
すると一人の女子高生が歩いている。
女子高生が見えるだろう?
はぁ、見えますが・・・、それがなにか?
うむ、あの女子高生はなかなかチャーミングで綺麗な娘だ。
へぇ〜、そうですか?
後ろ姿しか見えない僕には判別できない。
で、あのコがなにか?
うむ、おまえはさっそくあの娘に接近し、そして『美しく』するのだ。
僕は頭の中の声の言い分を咄嗟に悟る。
な、なんだって!
解らんのか? あの娘を『美しく』せよと言っておるのだ。
ば、バカな! 冗談じゃない、そんなことできるものか!
なに? できない? できないとはどういうことか?
僕は呆れるように頭の中の声に言う。
当たり前だろう、相手はまだ子供じゃないか!
第一そんなことしたら、僕は未成年者に対する淫行の条令違反で逮捕されちまう!
うるさい! お前は私に逆らう気か!
ああ、逆らうね! いくらなんだって幼気ない娘を手に掛けるわけにはいかないね!
ほほう、ならば致し方ないな・・・。
頭の中の声がそう言った途端に僕の体が、ベンチから勝手に起ち上がると歩き出していく。
な、なんだなんだ、どこへ行かせる気だ!
すると頭の中の声が笑いだす。
フハハハハ、知れたことよ、このまま警察へ自首しに行くのだ!
僕は咄嗟に理解する、さてはこの野郎、申し受けやがったな!
わ、ちょ、ちょっと待ってくれ、わかったわかった!
フフン、解ればよろしい。
弱みを握られている以上、僕は従うしかない。
で、どうやって接近するんだ?
うむ、お前はカメラマンと自称しあの娘に接近して、モデルになってくれと言え。
僕は思わず笑いだす。
なにがおかしい?
ワハハハハハ、そんな見え透いた手に今時の娘が引っ掛るもんかい!
それはどうかな、やってみなければ判らんぞ?
フン! バカバカしい! そんなことやってみなくても結果は解りきってるさ!
フフン、それはお前がダサいからだ、どれどれ、私に任せろ。
そう言うと頭の中の声は、僕の意識を隅に追いやり勝手に体を操りだしていく。
そして僕の体は女子高生に接近していくと、
もし、そこの御嬢さん。
はあ、なんでしょうか?
振り向いた彼女は確かにチャーミングで綺麗なコだ。
私はこういう者だ。
何時の間にスーツのポケットに入っていたのか、学芸員の資格証を提示しながら、
実は、キミに近代絵画のモデル候補としてスカウトしたいのだが、どうかな?
娘はうろたえながら問い返す。
え? 近代絵画のモデル、でも、そんな、いきなり言われても、わたしぃ・・・
いやいや、いまこの場でどうのという話じゃない、あくまでキミを候補の一人にしたいというだけなんだ。
だからそんなに心配することはない。
すると娘は少し安心したのか、
え、あ、そ、そうなんですか、でも、モデルって、もしかして裸に・・・?
すると操られた僕の体が笑いだす。
ハハハハハ、そうじゃない、あくまでも衣裳を着た状態でのモデルさ、心配しないでいい。
それを聞いた娘は安心したらしく、関心を示してくる。
どうかな? 詳しい話はあそこで・・・。
と森林公園を指し示す。
難なく娘の『ナンパ』に成功した頭の中の声。
正直言って僕も感心する、よくもまぁ、あんなデッチアゲを実しやかに語れるものだ。
すると頭の中の声が、
フフン、どうだ? 他愛ないものだろう? ものごとは何事もアプローチの仕方次第なのさ。
と笑う頭の中の声。
ふむ、なるほど・・・、それで、これからどうする気なんだ?
フフン、お前は大人しく引っ込んでおれ。
やがて僕の体を操る頭の中の声が、娘を森林公園の管理事務所まで連れていくと中に連れ込んでいく。