振り向くと、OLスーツの若い女が目を向いて僕を凝視している。
そして僕の目と若い女の目が合うと、
ヒッ! な、なんなの!
悲鳴を上げるように後ずさりする女。
僕は理由を説明したいが、なんせ操られた体は僕の言うことをきかない。
すると頭の中の声が、
おい、あの女にも痰壺を啜らせろ。
僕の顔は勝手にニタリと笑うと、痰壺のストローを女の眼前に突きだす。
どう? キミも飲んで見る? とってもオイシイよ、ヒヒヒヒヒヒ!
ヒッ、ヒッ、ヒッ、キャアァァァァァ!
引き攣るような悲鳴をあげ、脱兎のごとく逃げていく若い女。
クソ、逃げられたか、まぁいい、おいお前! ボサッと突っ立ってないで、さっさと痰壺を啜り終えんか!
頭の中の声が僕を叱咤する。
暫くするとさっきの若い女が駅員を連れてすっ飛んでくる。
あ、あ、あの人が、あの人が、痰壺の中身を!
若い女は痰壺を啜り続ける僕を指さす。
すると駅員が、
おいキミ、そこで何している!
僕の体は痰壺を抱えながらゆっくりと立ち上がる。
すると頭の中の声が、
チッ、とんだ邪魔が入ったようだ、おいお前、痰壺の中身は残っているか?
僕の目が痰壺の中身を確認する、
するとまだ半分ほど残っている。
よし、勿体ないが止むを得ん、中身を駅員にぶっかけろ!
怯んだすきに逃げるんだ、いいな!
すると僕の手が痰壺の中身を駅員の顔めがけてぶっかける。
ウワッ!
キャァァァァァ!
悲鳴をあげる若い女、そして駅員の顔にべったりとへばりつく痰。
グウゥゥッ、て、テメエ、よくもやりやがったなぁ!
怒り狂った駅員は顔にへばりつく痰を払いながら僕に飛び掛かってくる。
なにやってる! さっさと逃げんか!
頭の中の声に叱咤されると僕の体はその場から思い切りダッシュする、そして全速力で逃げていく。
そして僕の背後から聞こえる駅員と若い女の喚き声・・・。
僕の体は振り向きもせず、ただひたすら走って逃げていく。
なんとか駅から逃げ切った僕は、息を切らせながらベンチを見つけるとそこに座り込みグッタリする。
すると頭の中の声が僕に語りかける。
ありがとう、キミのおかげて久しぶりに痰壺を堪能させたもらった、礼を言うよ。
さぁ、今度は次の章を読みたまえ、さらばだ!
そう告げると頭の中の声が、スゥッと消えていく・・・。
そして僕は黒い本のページを捲る。
『第三章:C氏の日記』・・・。
暗澹とする僕はページを捲っていく・・・。