【草原にて】
それから長い間、僕は何も考えずに歩いた。
そして、気付いた時には、すっかり街を抜け、見慣れない田んぼ道に自分がいた。
まだ、6月に入ったばかりだというのに、田んぼに隙間なく植えられた稲は青々としていて、その全ての稲が全体として『草原』のように見えた。
まるで牧場だ。
牧場…。
「牛の名前を付けるときに一つだけ決まりごとがあるの。オスは漢字の名前、メスはひらがなの名前を付けるのよ」
「へぇ…、なんで?」
「さぁ、知らない。でも、大抵の牧農家がそうやって決めているのよ。暗黙の了解みたいなものなの」
そう言うと、彼女は意味ありげに笑った。
僕は突然、そんなことを思い出した。
彼女は牧場で生まれ育ったのだ。
僕は、『草原』にて、そんなことを思い出した。
想像があればどこだっていい。
ここはまぎれもなく、『草原』だ。