小説『ハイスクールD×B〜サイヤと悪魔の体現者〜』
作者:生まれ変わった人()

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北欧、ヴァルハラのすぐ近くの森林地帯

ただ、一人になりたくて来ただけだった。

それなのに、目の前には最悪な相手が自分に牙を向けていた。

「なん……で……」

その姿は誰もが恐れる最強にして最凶の魔物・フェンリル

ロスヴァイセは初めてみる魔物の圧倒的威圧感、殺気に当てられ、動けなくなっていた。

まるで心臓を直に鷲掴みにされているような感覚……次第に唇が震えて涙まで出てきた。

(いや……助けて……!!)

直感的に分かる。

これは自分の手に負える相手ではない。

そう確信した時、フェンリルがその巨大な手を振り降ろしてきた。

「!!」

急な攻撃にも関わらず、危険を察知して回避する。

横へ飛んで転げまわって回避する。

振り下ろされた手は地面を破壊して深い爪跡を残す。

それを見たロスヴァイセは一心不乱になってその場から離れた。

フェンリルもそれを見て後を追いかける。

「ガアアアアァァァァァ!!」

フェンリルはロスヴァイセの後ろにぴったりとくっついて爪で攻撃していく。

「はぁ、はぁ!」

全力で走っているのに振り切れない。かといって追いつかれることもない。

明らかに遊んでいる。

まるで、小さい子供が動くアリを面白がって潰そうとするようなものである。

そんなことを思うほどロスヴァイセは余裕などない。

「はぁ、はぁ……くっ!」

たとえせき込もうとも止まれば死ぬとしか分からない。

そんなイタチごっこが続いていたときだった。

「グオオオオオオオオオオオオォォォォォ!!」

「!!」

前方の茂みからもう一匹のフェンリルが現れ、その鋭利な爪を振るってきた。

そんな時、ロスヴァイセは足を捻って失速してしまった。

「う……!」

幸か不幸か、その際に足ももつれてフェンリルの爪をしゃがんで避ける結果に繋がった。

だが、爪を振るった際の余波でロスヴァイセは地面ごと吹き飛ばされる形になった。

「うああああぁぁぁぁ!!」

地面に叩きつけられてダメージを受け、立ち上がる体力すら消えた。

体中が土にまみれて足首も紫に腫れている。

「あぁ……うぐ……」

体を這いつくばらせて動こうにも思うように動けず、二体のフェンリルから逃げることなど叶わない。

「グルルルルルルルルルルル……」

一匹が唸り声を上げてもう一匹がその瞬間に飛びかかって来た。

その時、ロスヴァイセの思考がフル回転される。

そして、フェンリルの動きもゆっくりに見えるが、自分は止まっている。

(まだ……運命の勇者さまに会ってないのに……ここで終わりなんですね……カリフさん……ごめんなさい)

フェンリルの牙がゆっくりと近づいてくる。

(いえ……こんな嫌な女なんて許されないでしょうね……勝手に都合を押し付けてあんなこと言って……)

泣きたくてもそんなことさえできない時間の世界

(私って……ほんとバカ……)

ここで時間が動きだす。

目前にまで迫って来た牙を前に、少女は静かに泣いていた。

「バカ……」

その自嘲する諦めは……











「ロスヴァイセぇ!!」

一人の少年によって絶ち切られた。

自らの腕を盾とし、フェンリルの牙を受け流す。

フェンリルは自身の力をいなされ、利用されることでバランスを崩して頭から地面に突っ込んでいく。

「キャウウウゥゥン!」

犬特有の唸り声を上げて転げていくフェンリルを無視して倒れているロスヴァイセを抱きあげる。

「おい、死ぬにはまだはええぞ」
「……カリ……げほっ! ごほっ!」
「しゃべんな……こりゃあ派手に体打ちつけたなぁおい」

そう言ってロスヴァイセに言うと、彼女は朦朧とする意識の中で問う。

「なんで……こんな所……に……私はあなたに……」

自分は酷いことを言ったのにも関わらず、なんでこんな所に来たのか……

それを聞く前にカリフに先手を取られた。

「決まってんだろ……オレはお前の勇者だからなぁ」
「!!」

何も気にしていなかったように言った言葉

それだけでロスヴァイセは安心に似た暖かさが胸に宿った気がした。

「だから来た……約束だけは果たさせてもらうぞ?」

この時の不敵な笑みを見て思った。

(そっか……だからこの子を勇者だと思ったんですね……)

悠々として立派な輝き……そして誇り高き戦士はまさに憧れの勇者そのもの。

ロスヴァイセはカリフの顔を最後に意識を闇の中に落とした。






「さて……貴様等……ここまでやってくれたなぁ……?」

ロスヴァイセが気絶したのを見届けた後、カリフは二体のフェンリルを睨む。

フェンリルの一方は転ばされたことに相当お怒りの様子である。

息使いが荒く、四つのギラついた眼がこちらを射抜いてくる。

常人、ある程度の実力者でも圧倒し、制圧されてしまうかのような威圧感を狼から感じる。

ロスヴァイセもこの重圧に当てられてよく動けたものだ。

そう関心するカリフはフェンリルの放つ殺気の満ちた濃密な空気に笑うだけだった。

「うむむむ〜〜〜んんんんんん……やはりこの空気は馴染む。この肉体に実にしっくり馴染んで、パワーが今まで以上に溢れ出そうだぁ……馴染む、実に! 馴染むぞぉ……フハハハハハ……フフフフ……フハフハフハフハ………!!」

異様なまでの戦闘欲に培われた肉体も歓喜でうち震えてくる。

「さぁ! かかって来い!! 時間はタップリあるんだ!! オレとダンスでもしゃれこもうかぁ!?」

その瞬間、二体同時にカリフへと襲いかかって来た。

二体は左右に別れてカリフを挟み打つ。

一方は牙、一方は爪を振るってくる。

どちらにせよ神を確実に殺せる代物、神速とも言える速さで振るうそれはまさに一撃必殺

そんな必殺の武器をカリフは……

「ツインナイフ!!」
「「!?」」

両手のナイフで迎え撃った。

右手は牙と、左手は爪と拮抗して止められる。

フェンリルもその光景に目を見開いて明らかに驚愕していた。

神さえも殺せる牙と爪が目の前の子供を貫くどころか真っ向から止められてしまった。

巨体に圧し潰されそうな形ではあるが、パワーもカリフの方が余裕を見せている。

爪を止めていた手を引いてフェンリルをこちらへと引き寄せる。

力んでいたフェンリルの体は前のめりになってカリフの所へと転倒する形になる。

だが、カリフは至って冷静に引き寄せた爪を引き寄せ、少ない力でフェンリルの肢体を宙に舞わせる。

相手の力で以て相手を制す。

以前にとある合気道使いから学んだ言葉である。

その合気によって投げ出されたフェンリルは向かい側のフェンリルとぶつかり合って飛ばされる。

それを見計らってカリフは手刀を一体のフェンリルへと放った。

「フライングナイフ!」

その時、フェンリルの腹部から鮮血が舞った。

「ギャウン!」

苦しそうな声と共に二体のフェンリルは砂埃を上げて倒れる。

カリフは舞っているフェンリルの血に向かって口を開ける。

「スウウゥゥゥゥゥゥ!!」

腹筋がベコンっと音を立ててへこみ、まるで突風のような吸引力で口の中に吸い込もうとする。

木の枝や別の物が口に入らないように調整しているため、血しかカリフの口に吸い込まれていくものがない。

やがて、血を口に含んで一気に飲み干した。

だが……

「うえっ! まっず!」

喉の奥から異様なほどの苦みと臭みが襲いかかって来た。

そして、直感した。

「お前等……相当不味いな……血の味で分かる……」

アマゾンで暮らしていた時の経験がここで発揮された。

口周りの血を腕で拭い取ると、カリフは思案する。

(くそ……食おうと思ってたのにこれじゃあ計画倒れだ……こいつ等……どうしようか?)

普通ならどう生き残るか……とか考える所をカリフはもう勝った後のことを思案している。

スピード……自分よりも半分くらい、パワー……いい線いってるなど、もうカリフは既に二体の力量を見抜き、更にはあまりにぎこちない動きで察知した。

(あまりに戦い方がお粗末……いや、まるで初めてという感じだ……生まれたばっかか? てことはこいつ等は……)

そう思い至った瞬間、カリフは思わず笑ってしまった。

(そうだ……こいつ等は使える……)

その笑みはどう見ても碌なことを考えてるとは思えなかった。

再び立ち上がってくるフェンリルを見据え、大手を広げる。

まるで、我が子を胸に迎え入れるように……

だが、その瞬間に予想外なところから横槍が入って来た。

「?」

カリフもそれに気付いたのかある一点を見据える。

すると、五歳に見た時の光の槍が強大になったバージョンともう一つの別の槍が現れた。

だが、カリフはよろめくフェンリルの元に向かってくる槍の一つを見てギョっとする。

「おいおいおい! そりゃねえぜ!」

ピシュンっと消え、光の槍とは別の槍を難なく足で上空に垂直に蹴り上げて逸らす。

フェンリルはその一部始終を見た後、光の槍に当たって爆発に呑まれた。

そして、蹴り上げた槍も遥か上空で大規模の大爆発を起こし、周囲の雲を吹き飛ばしていた。

その直後、茂みから二人の人物が現れた。

「ほっほっほ……なんじゃいあの童は……」
「……俺が知るかよ……グングニルに追いついただけでなくそれを弾くなんざ……手加減したのか?」
「運動がてらちょっとな……半分くらい出して一気に葬るつもりじゃったが……」
「50%……大抵はそれでオーバーキルだぞ?」

そこからはアザゼル、オーディンが表面上では飄々としていたが、内心では軽い混乱にあった。

それもその筈、神さえも殺せる魔物を相手に大立ち回りを演じ、なお且つ善戦どころか圧倒的、そしてオーディンのグングニルでさえも易々と弾いた。

天使、堕天使、悪魔、妖怪、はたまた神器持ちでもなければ神といった気配さえも感じない。

ただ、純粋な人間ということしか分からない。

「おいおいオッサン! さっきの槍は無し!! あんなもん投げたらあれ等死んじまうって!」

カリフは横槍を入れられた怒りは湧いて来ず、結構ギリギリだったために慌ててオーディンに×を腕で模って猛抗議していた。

そんなカリフにオーディンは苦笑しながら髭をさする。

「はて? 儂はこれが役目じゃからのう……」

その言葉にカリフが肩をすくめると、アザゼルは眉を顰めて聞いた。

「じゃああいつ等をどうすんだよ? 俺の槍も効かねえような奴等だぞ?」

そう言うと、大爆発で起きた炎の中から巨大な影が苦も無く立ち上がってくるのが見えた。

(ちっ……やっぱ通らねえか……)

内心で相手のタフさに皮肉を洩らしていると、カリフは笑いながら答える。

「奴等とて悪意でこんなことをしている訳ではない……ただ、満足に遊んでくれる奴がいなくて寂しがってるだけのこと……オレもさっきまで食おうかと思ったけど奴等は不味いからな」
「……あの腹の傷……お前が……ていうか食うって……」

余裕でフェンリルを見据えるカリフにアザゼルは戦慄し、オーディンは一部始終を見守る中、カリフは笑って言った。

「あいつ等を……狩猟(ハント)する」

その一言にアザゼルもオーディンも目を丸くして呆ける。

なに? 普通の人間がフェンリルを捕まえる?

生け捕りという殺すことよりも難しい作業を伝説の魔物相手に?

しかも二体同時に?

「……お前……本当に何考えてやがんだ?」
「はっ! いちいち頭で考えて行動してたらつまんねえだろ!! 何も考えてねえよ!!」
「……」
「それに、奴等を相手に無傷で下すことなどそう難しいことじゃない」

正気か? 神々でさえも恐れる様な魔物だぞ!?

それを人の身でやると言うのか!?

「ほっほっほ……! 面白い。少し見せてもらおうかのう!」
「おいジジイ!! 本気かよ!?」
「子供の夢を応援するのが大人の役目じゃ。そこまでの大口を叩くほどの実力を見せてもらうのも乙じゃろうて」

おいおい、それでいいのか主神!

そう言っている間にフェンリルの一匹がガキに向かって爪を振るってきた。

「まず、相当な強者であれば屈服させることは難しいが、相手がまだ生まれたばかりのガキだから余地は充分。ならどうやって主人と認めさせるかは……」

すると、ガキが急に大蛇のような大口を開け、フェンリルの爪を……噛みついたぁ!?

いや、それどころか完全にフェンリルの突進を止めやがった!! 神殺しの爪を歯だけで!!

傍目から見ればアリと象くらいのサイズの違いも物ともしてねえ!!

「がぁっ!!」
「!!」

それどころかフェンリルの爪を噛み砕きやがった!!

おいおいおい!! どうなってやがんだ!? あの爪も相当な代物のはずだろ!?

それを噛み砕くとかなんなんだよ!!

「5連!! 釘パンチ!!」

驚愕していた別のフェンリルの腹に一瞬で入りこんでパンチを喰らわす。

パンチを受けたフェンリルは文字通り“く”の字に体を曲げて若干体が浮かぶ。

だが、その後に時間差でフェンリルの腹部が凹んで衝撃が貫くのが分かる。

「ほう……超高速でパンチを繰り出して同じ個所に時間差で痛めつけるか……歳の割にえぐい技を使いよる」
「あぁ……だが、効果的かつ、実行はほぼ不可能だ」

だが、目の前のガキは見事にやってのけた。

表情からして余裕だということも分かる。

「キャイイィィン!」

五回も打ち上げられたフェンリルは口から唾液を吐き出して犬特有の悲鳴を上げる。

フェンリルが悲鳴を上げるなんざレアもいい所だぜ……

「さぁ、ここまで来れば分かるかな? オレとお前たちの差って奴を……」

もう一匹の爪を折られたフェンリルが立ちすくんで動けないでいる。

それどころか震えてやがる……仲間が一方的にやられたんだから無理もねえか……

今、この瞬間を天界と冥界に見せたら革命モンだぜこれ……現に俺でさえも信じられねえんだから……

パンチを喰らったフェンリルはその場に落ちて起き上がれないでいる。

相当参っている……この時点で勝負あったな……

「お前たちが助かる道はたった一つ……オレと共に来い」

そこからが本当に止めだった。

ガキからは途轍もない闘気が溢れだし、俺たちでさえも呑まれてしまった。

フェンリル二体は後ずさって逃げようにもすくんで逃げられないといった状況だった。

「お前等はただ遊びたかっただけだ……分かるぞ。一般人として生まれてきたオレも遊び相手だけはいなかった」

いや、フェンリルをペットにしようとか神の一撃を蹴り上げる一般人がどこにいるってんだ……

「さぞ退屈だろう? なら来い! そうすればオレが毎日遊んでやれるし、オレも遊べる!!」

最後の方が力入ってたからそれが本音だろうな……

「だから誓おう……オレは気に入った奴には愛を送る!! 女にしろ、人外にしろ!だ! それに、オレとお前等は互いにぶつかり合ったのだから……お前たちは友だ!!」

……多分、十年も生きてないことはなんとなく分かる……だが、あいつの言葉一つ一つには嘘が感じられなかった。

それを聞いた後でのこの闘気に対して恐怖から憧れになるだろう……

今、目の前の光景を見てるとそうとしか思えなくなる。

「キュウウゥゥン……」
「クウウゥゥン……」

二体のフェンリルがゆっくりとガキの傍にまで歩いて来て腹を見せて寝転がる。

動物界において最大の降伏を意味する行為をフェンリルが実行している。

……フェンリルは言葉を認識はできるが、まさか言葉で諭しやがった……

いや、違う……奴の覇気に惹かれたのか……

はは……どちらにせよとんでもねえ人間だ……

もう笑うしかねえよ……これ……

「アザゼル坊……」
「……なんだ?」
「……革命が起こったわい」

あぁ、どうやらそのようだ。

俺たちの間で最も弱いとされる人間が見せた可能性がそこにある。

「さて……これから世界はどうなるかのう……」

オーディンはフェンリルに顔を舐められながらも気絶していたヴァルキリーを抱き上げる人間を見据えてそう呟いた。

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