小説『不思議な話』
作者:あさひ()

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第十一話 天空に浮かぶ大陸



自然がとても豊かで心優しい人たちが暮らす、とても住みよい小さな村に、リリーという15歳の魔法使いがいた。

この村には、魔法使いの家系が一つだけあり、長い間村を守ってきた。


魔法使いは不死身で、普通の人が受けたら死んでしまうような打撃や斬撃をいくら受けても全く痛みを感じないし消耗することもない。しかし、寿命が来れば死ぬし、寿命の長さは普通の人と変わらない。ちなみに、箒に乗るため、みな魔法使いは女性でもズボンを履いている。



その村の近くに大きな天空に浮かび上がる大陸が近づいてきているという情報を入手したこの小さな村のルーベンスという村長は、役場に魔法使いのリリーを呼び、その大陸の調査を依頼した。


「天空の浮かび上がる大陸というのは、この村からは海を隔ててとてもとても遠いところにある旧大陸の一部がある日、人とはかけ離れた不思議な力で切り出され、浮かび上がったその大陸のこと。旧大陸はその大陸のことを知っており、交信手段はあるのだが一つも情報をよこしてはくれない、その存在自体全くといっていいほど重視されていない。一部を切り出されたゲイルという国は他国と昔戦争ばかりしていて、自分たちの国に侵略戦争を仕掛けてきたことに怒りを抱いた国、セトナに報復されて、現在はその国の支配下に置かれているようだ」

「その情報というのは、セトナから入手したのですか?」

「うん、セトナには何人か知り合いがいてね。平和を異常に重んじているようで戦争は全くなく、ゲイルとの関わりがあるお陰で生活必需品はすべて調達できているそうだ。だから、君だけを送り込んで問題ないと思っている。それに、他の人間を行かせられないのは、そこにいる人間たちが、徹底した禁欲に没していることが気がかりでならないからなんだ」

「へ〜なるほど、ゲイルは人間の肥大した欲望を如実に具現化した国ですから、その対極を歩んでいるのかもしれませんね。でも、もしかしたら根本的な性質はゲイルの国民たちとさほど変わらないのかもしれません。まぁ、行ってみないことには分かりませんが」

「それに、大陸を浮かばせたのは、魔法使いかもしれないっていう噂があってね」

「私の家でも、昔、魔法使いがやっきになって大陸を浮かばそうとしたという歴史をよく聞かされます」

「うん。ちゃんと事情を説明して、フレンドリーに接するんだよ、そうすれば受け入れてくれることは間違いないから。それに、あまり無理して長居する必要もない」

「ご心配なさらず。でも、行くからにはちゃんと有力な情報を手に入れるまで戻って来るつもりはありませんよ!」



ルーベンスに挨拶をしてから役場を出たリリーは、箒を右手に白いしぶきをあげながら下って行く滝が目の前に見える小高い緑の丘から大空を見上げた。
はるか上空のかなたに、薄い雲のすきまから大陸が小さく見える。



リリーは箒にまたがり、勢いよく、上空に浮かび上がり、一旦下を向いてみた。

すると、家のそばから両親が、役場のそばからルーベンスが手を振っていた。
にこやかにそれらに応えて、リリーはさらにはるか上空の、大陸のある方向を目指して飛んで行った。









リリーが天空に浮かぶ大陸に辿り着いたころは、すっかり日が傾いてくるころだった。
リリーは豪華な赤茶けた煉瓦造りの、横に長い建物の前に来ると、一人の質素な灰色のブレザーに身を包んだ若い女性が出迎えてくれた。

彼女は、髪は黒色なのに、目の色が青色というか、光のないつるんとした水色をしていた。
(私たちの村の人たちと外見が似たゲイル国の人たちと同様、ゲイラ国の人たちはみな、黒髪に黒い目をしているのに、ここの人たちは目の色が違う)
リリーは不思議に思ったが、あえて指摘をしなかった。


「私は、ガンテル大陸のホルン村からやってきた魔法使いです。この国の偵察にやってきました」

「私はこちらゲイラ国の修道女です。人が住んでいるのはここ、修道院しかありません。魔法使いに会えるなんて光栄です。さぁ、中へどうぞ」

「あ、ありがとうございます」
(ルーベンス村長のおっしゃっていた「禁欲生活を強いられている」の理由はそれだったのか…)

リリーが門を開けての中に入ると、中は吹き抜けになっていて、それを取り囲むように建造物が建っていて、中央に天使たちの石の彫刻が施された噴水があった。

修道女に案内されて、建造物の中に入り廊下を歩いていると、なにかぶつぶつつぶやいている声がしたため、そちらの声がする部屋の窓を覗いてみると、

水色の目をした修道女たちが、ある修道女の話を聴かせられていた。話の内容はここからでは分からなかった。

(まるで、学校みたいだ)

とリリーは思った。みな、なぜか正気を失ったような顔をしていて、どことなく幼さが顔つきや体つきからにじみ出ていた。時折、誰かの顔が青ざめているように見えて、リリーはなんだか可哀そうに思えてならなかった。自分の健康的な顔をさらしたくないと思って、リリーは自分の顔を見せない様に前を向いて歩いた。


廊下の突き当たりは大きな豪勢な赤色の扉だった。

「この奥は司祭たちがいらっしゃり、私たちはこの先に行くことは許されていません。しかし、この中をよくご覧いただくためには、司祭たちの了解が必要です」

扉を開け、たまたま手前にいた司祭に修道女が話をすると、その司祭が代わってリリーを案内した。


司祭についていったリリーは、司祭の中でも一番偉い、大司祭の書斎のようなところに通された。入った時はその大司祭はおらず、リリーは司祭に言われた通り、腰かけイスに座って彼が書斎に来るのを待つこととなった。


たくさんの書物であふれていて、目の前の机の両脇にはいくつもの本や書類積み重ねられており、なにか大事な記録でもしている途中なのか真ん中にノートと羽ペンが置いてあった。

役場にあるルーベンス村長の部屋にもたくさんの書物や書類が置いてあるけど、これほどではないなぁ、とリリーは思った。


あまりにも暇で退屈してきたので、リリーは立ち上がって、机の上のノートを読んでみた。


始めからめくってみると、それはどうやら新版の聖書のようだった。

(大司祭のプライドがそうさせているのだろうか)

分厚いノートに書いてある事柄を適当にパラパラめくりながら流し読みしていた時はよかった。
真新しい部分をさらっと読んでみたリリーは、とてつもない衝撃を受けた。

そこに書いてあったのは、修道女となったマグダラのマリアの死であった。





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