小説『不思議な話』
作者:あさひ()

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第五話 故郷



魔術師はとある日、突然、山の中に迷い込んでしまいました。道が分からなくなってしまい、途方に暮れていたとき、小さな山小屋を見つけました。魔術師はすっかりお腹がすき、くたびれていたので、その小屋のドアをノックし、
「ごめんくださーい。」
と声をかけました。

しばらくすると、少し魔術師より背の低い、ほっそりとした女の人がドアを開けました。
「誰でしょう?」
「私はこの辺りの魔術師なのですが、どういうわけかこの山の中に迷い込んでしまいました。」
女の人は黒髪を短くしていて、深緑色のコートを着ていました。つぶらで調べるような瞳をしていました。
「それは大変。この小屋にたどり着けたあなたは幸運です。たいてい、この山に迷い込んだら二度と出られなくなってしまいます。いくら魔術師とはいえど、命の危険におよびます。」
「・・・、あなたは誰ですか?」
「そうですね、怪しまれるのは無理もありません。私はここで魔物退治をしています。でも安心してください、この家には侵入してきません。」
女の人は扉を大きく開いて魔術師を招き入れました。

女の人は魔術師をソファーに座らせ、お茶を沸かしながら再びゆっくりとした口調で話始めました。
「魔物はいましたか?」
「はい、でも魔法でなんとか倒していましたが、さすがに体力が持ちません。」
「ここの魔物は強いですから・・・。」
「あなたはここで魔物を退治しているということですが、一体どうやって?」
「水晶に念じるんです。」
女の人はなにやら秘密の奥の部屋に入り、その水晶玉を持って魔術師のそばにやってきました。
「でも、この水晶、使わないと使えなくなるんです。神様が怒るのかもしれません。」
「使わないとどうなるんでしょう?」
「一度さぼって熱を出したことがあります。」
「それは恐ろしい・・・。」
「いえ、怠けは禁物ということでしょう。この辺りは特殊な魔法でできていて、私の生活は大変恵まれていますから。」
「ちょっと見せてください。」
女の人は水晶玉を魔術師に手渡し、魔術師の隣りに座りました。
「あなたは一人ですか?」
「はい、でも知人や家族から時々便りがあります。」

魔術師は笑顔でうなずくと水晶玉をあらゆる角度からしばらく観察していました。それを少しの間眺めてから女の人はまたゆっくりと話を始めました。
「あなたが迷い込んでしまった訳なのですが・・・。」

魔術師は水晶玉をひざの上で両手に抱えて女の人の方を見ました。
「実は、あなたは一人旅をするために作られた私の分身なのです。今入れているお茶を飲めばあなたの意識は私と一緒になります。」
「・・・、そういうことでしたか。」

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