「じゃ。ちょっと……行ってきます」
おでかけするわけじゃないのに。
胸のドキドキを後れ毛といっしょに押さえて、彼女は寝室兼居間の襖を閉める。
衣装ダンスが隣の部屋にあってよかった。
真新しいタンスの引き出しを引いて、奥の方に隠すようにしまっていた包装紙の包みをかさかさと開けた。
そこには、今朝、所在を確かめたばかりの下着が一揃え。
まさか、裸のまま彼の前に行くわけにいかないし、と自分に言い訳をする。
結局今日まで出番がなかったこれを、今宵は身につけたい。
初めてキスをした日。
裸の自分の肩を抱いて、彼の腕の温もりに身を焦がした。
彼を男として意識した、甘酸っぱい思い出。
あの日を今日はよく思い出す。
だって……
身体が素直にほぐれて、濡れていた、初めての疼きを感じて、自分は女なのだと自覚した。
あの日のように……いや、それ以上に、下腹から突き上げるような、熱さが彼女を捉えていたから。
少しぬるめの湯に、身を浸しても収まらない、面映ゆさ。
とろりと、滴り落ちるように、身体が溶けるようで。
初めて肌を合わせた時もこんな気持ちにはならなかった……。
ほう、とため息をつき、髪が濡れないようにタオルでまとめた頭に手を添え、湯上がりの身体をタオルに包んだ時、がらりと脱衣場の引き戸が開いた。
開ける人はひとりしかいない。
振り返って、身体を覆うタオルを更に引き寄せて身体に巻き付けてた加奈江は、顔を真っ赤にして二の句が継げずに固まる。
政は言った。
「ごめん、やっぱり待ちきれなくて」
風呂上がりのところへ入り込んでくるなんて、と憎まれ口を叩きそうになる。
けれど、心にもないことは言えない。
私も……待ちきれなかったの。
それに、言い訳をする彼の顔が可愛いと思ってしまった。
あまりにも愛しくて……許せてしまうと。
湯上がりで上気する顔をさらに赤くして、加奈江は目を伏せた。
覚悟はしてたけど、やっぱり恥ずかしい。
そしてちらりと脱衣籠の下の方に隠すように置いた下着に視線を走らせる。
せっかく持って来たのに。
また出番がないの?
もう、女心がわからない人なんだから!
だけど……
彼がわかるはず……ない。
まだ何も知らない私たち。
待つと、待ちきれないと言った、彼の気持ちもわからない私。
いっしょなんだわ……
加奈江は顔を上げた。
いつか髪を解いて身を預ける人が政であって欲しいと願った高校生の頃。
今日がその時。
髪と身体を覆っていたタオルに手を掛けて、ふたつとも滑り落とした。
ふわりと長い髪が加奈江の肩や胸を覆う。
ぱさりと足元に落ちるタオルの音と、一瞬息を飲む政の息づかいがやけに大きく聞こえた。
彼の前に、明るい場所で、初めて裸身をさらした。
やっぱり……恥ずかしい。
肩をすくめて、胸を隠した。
見ないで。
……でも、私を……見て。
再びうつむいた彼女へ、政は言う。
「きれいだ……」
言いながら政は彼女に手を差し延べた。
誘われるまま身を寄せて、腕の中に包まれて。
耳元で政は言う。
「本当に、加奈江は……きれいだ」
別の恥ずかしさで、彼女は頬を染めた。
彼の首に腕を回した彼女を、政は軽々と抱き上げる。
ふわふわと運ばれて、廊下を行く足音がとても大きく響く、ふたりの気持ちの高まりと不安、そして期待を予知するように。