一夜明け、待ちに待った、ただしごく一部に限っては来てほしくなかった、『品評会』の当日。
中庭の一角に設けられたステージの前に、人々が集まっていた。
「ただいまより、本年度の『使い魔お披露目』を執り行います」
コルベールが司会を務める中、ついにその幕が上がる。
教師一同や賓客であるアンリエッタが見舞乗る中、参加者達は自身の使い魔の魅力を見せつけるかのように、それぞれの得意分野でアピールしていった。
特殊能力や特技を披露する者、使い魔そのものを見せびらかす者と様々だが、特に目を引くのはどれかと問われれば、やはり2組に絞られるだろう。
観客が見守る中、主を背に乗せて大空を悠然と飛び回る巨大な影。青い鱗に覆われた巨体と、広げればその2倍はあろうかという大きな翼。『雪風』のタバサの使い魔、ドラゴンのシルフィードである。あまりの存在感の大きさに、皆は圧倒された。
そして、もう1組はというと、
「続きまして、アレクサンドラ・ソロ・モン・ド・エルバート殿下」
銀色の三つ編みを揺らし、左肩にパートナーである不死鳥を乗せて舞台袖から現れた、この少年に他ならない。
壇上に登った彼の姿に、そこかしこから女生徒たちの黄色い歓声が浴びせられる。
今さらではあるが、この少年、トリステインの貴族令嬢達の間で圧倒的な人気を誇っている。
女性と見間違えるほど甘いマスクと柔らかな物腰、『神童』と謳われた魔法の才もさることながら、何よりもイケメンなのに女性の肌を見ただけで顔を赤らめてしまうその純情さが、人気に拍車をかけているのだ。いわゆる、ギャップ萌えというやつである。
だが、仮にも王家の人間という高貴な身分であるため、彼女達は表立ってアプローチできないでいるのだ。事実、今までに彼が誰かと婚約しているという話は、一向に聞こえてこない。よって、彼女達の多くは虎視眈々と、彼の心を射止めるべく水面下から狙っているのである。
もちろん、身分の差を考えてすでにあきらめている者や、初めから好みではないという者も、いるにはいるのだが。
「…お願いします、ホークス」
それはさておき、女性たちの歓声を一身に浴びる少年が、おもむろに右手を天にかざした。
主人の意思をくみ取った赤い羽毛の鳥が、その手の甲に止まり、大きくその翼を広げる。
何が起こるのだろうと、期待に胸を高鳴らせた一同が見守る中、それは起こった。
「おぉ……」
それまで燃え盛る炎のようだった真紅の羽毛が、七色に輝きだしたのだ。
そして、そのまま七色の炎が不死鳥の身体を包み込み、しだり尾を引きながら大空へと飛び立っていく。その軌跡にはキラキラと輝く虹色の粒子が散りばめられ、さながら空の宝石箱といったところだろうか。
観客達が、一斉にどよめいた。賛辞を呈するでも、自らの感想を述べるでもなく、ただただどよめいた。あまりに美しく神秘的な光景に、目どころか心まで奪われているのだ。
力強い存在感を放つシルフィードと、清らかな威光を纏うホークス。今年の優勝候補は、実質この2組の使い魔に絞られるだろう。
アピールが終わると、アレクは不死鳥を手元に呼び寄せ、観客達に深々とお辞儀をする。会場からは惜しみない拍手が贈られた。
そして、異様な盛り上がりを見せる舞台の袖口では、
「お前さぁ、つくづく運がねぇよな……。アレの直後とか」
「うるさいわね。アンタを召喚した段階で、そんなの分かりきってるわよ!」
この直後に発表を控えた落ちこぼれコンビが、美しい光景に感嘆しながらも、何やら口論を始めていたという。
〜第11話 『宝物庫襲撃』〜
その後、ルイズとサイトは壇上に登り、特に何もせず戻ってきた。
が、その間の2人のやり取りが、会場を爆笑の渦に巻き込んだことを追記しておこう。
そんなこんなで、大恥をかかざれたとルイズは立腹し、審査結果を待たずして会場を後にしていた。サイトは、その後を追う形で歩いている。
「お辞儀するだけって言ったでしょ!」
「でもウケてたじゃん」
「物笑いになっただけじゃないの!」
「物もらいになった?」
「言ってないでしょそんなこと!」
そんないつも通りの漫才を交わしていると、ルイズが急に歩みを止め、一点を見て固まってしまった。
何かと思ったサイトが、その視線の先を確認すると、
「…なんだこりゃ? コレも誰かの使い魔なのか?」
まるで山のような大きさの岩でできた巨人が、宝物庫のある塔の影から土煙を上げつつ顔を出してきたのだ。
「違うわ! コレは……」
「運が悪かったねぇ!」
サイトの問いを否定しようとしたルイズの言葉を、巨人の足音と女性の声が遮った。
よく見れば、巨人の頭の上にはフードをかぶった謎の女が立っている。
何者かという疑問がわくが、そんなことを気にしている場合ではない。巨人の手が、彼らに向かって迫ってきたのだ。
「危ねぇッ!!」
咄嗟にサイトがルイズを突き飛ばし、彼女は難を逃れる。
が、少女をかばった当の本人は避け切れず、巨人の右手に捕らえられてしまった。
「サイト!」
「ルイズ……! 逃げろ!!」
握りつぶされんばかりの締め付けに苦悶の表情を浮かべながらも、己が主へ少年が叫ぶ。
こんな巨体の相手など、たった2名という人数では不可能だ。しかも、1人は自由を封じられ、残る1人はまともな戦闘手段すら持っていない。もし戦った場合、結果は考えるまでもないだろう。
だが、
「サイトを離しなさい!」
当の主人は使い魔の忠告など無視し、無謀にも巨体目がけて杖を構えた。
「な、何やってんだ! 逃げろって言ってるだろ!」
少年の再三にわたる呼びかけにもかかわらず、少女は動こうとしない。それどころか、目をつぶって集中し、呪文を唱え始めている。無謀としか言いようがない。
「フン! 無駄だよ!」
女の声に応えるかのように、土でできた巨人が余った左手で少女に襲い掛かる。
ルイズまでもが囚われの身になるかと思われたその時、
「ファイヤーボール!!」
「なぁっ!?」
彼女の渾身の叫びと共に、塔の壁が、サイトを掴んでいる巨人の右腕を巻き込んで爆発した。
今年の最優秀使い魔は、審議の結果、アレクのホークスに決定した。タバサのシルフィードもいい勝負をしたのだが、最終的にはレア度と美しさが決め手となったようだ。
そして今は、優勝したアレク&ホークス組による、2度目のパフォーマンスの最中である。本来ならば、優勝者の栄誉が称えられてお開きになるはずなのだが、今回は賓客であるアンリエッタの意向でこういう流れになった次第だ。
「……?」
皆がその美しさに見入っているその時、1人怪訝な顔をする者がいた。主人である、アレクである。
普段よりも、ホークスの羽ばたきが忙しないのだ。まるでこちらに、『急げ』とでも言っているかのように。
「……!?」
ふと客席を見下ろし、貴公子は気が付いた。幼馴染と、その使い魔の姿がどこにもないのだ。
いつもならば、先ほどの壇上でのやり取りにルイズが立腹して会場を後にし、サイトは彼女をなだめながらその後について行ったのだろうと予想するところだ。苦笑の対象にはなるが、それだけである。
しかし、今は微妙に状況が違う。危険信号を発する使い魔。いなくなった友人達。そして、ここのところ世間を騒がせている盗賊の存在。アレクの脳裏に警鐘が響き渡り、胸中に胸騒ぎがこだました。
「くっ……!」
気づく頃には、少年は壇上から飛び降り、宝物庫のある塔に向かって走り出していた。
「お兄様……!?」
そんな王太子の突然の行動に誰もが目を見開き、アンリエッタが声を上げる。
「緊急事態です! 衛兵は姫殿下の警護を!!」
「ハ…ハッ!」
普段の物静かさなど微塵も感じられない声量で指示を飛ばす。誰もがあっけにとられる中、彼は使い魔を先行させ、風のような速さで芝生の上を駆けて行った。
「こ……殺す気かぁ……」
恐々とした様子で口元をひくつかせながら、サイトは弱々しく眼下の少女に文句を漏らした。
視線を少し右横に向ければ、そこにあるのは黒煙を上げている焦げた巨人の腕。
「う、うるさいわね! ちょっと間違えただけじゃない!」
爆発を起こした張本人は恥ずかしそうに顔を赤らめながらそう言ってのけるが、あと数サントほど爆心がズレていれば、少年の顔面がスプラッタ的な状態になっていたのだ。『ちょっと間違えた』で済まされることではない。
「……ふん! ソレのどこがファイヤーボールなの?」
フードの女はそのやり取りを見下ろしつつ、ちゃんちゃらおかしいと失笑する。
だが、
「……!?」
土が崩れるような音が耳に入り、ふと塔の壁へと目を向けて絶句した。
「壁が……」
なんと、頑強な障壁に守られていた宝物庫の外壁に、大きな亀裂が走っていたのだ。それも、今もなお拡大している。
ゴーレムの拳による連撃でも傷1つつけられなかった難攻不落の防壁を、なぜこの少女が破れたのかは分からないが、これは明らかにチャンスだ。
「やれ! ゴーレム!!」
自身の魔法で生み出した土の人形に命じ、空いた左腕で壁を殴りつける。
すでにほとんど壊れかけていたのだろう。大きな音を立てて、頑健だった塔の壁は粉々に砕け散り、巨大な風穴が開いた。
数秒後には、謎のフード女は素早く宝物庫内に侵入し、目当ての宝物を手に入れて逃亡を図り始めている。とんでもない手際の良さだ。
「感謝するよ!」
「うわぁああぁああぁあ!?」
女のそんな言葉と共に、用済みになったサイトが巨人に放り投げられた。この高さから落ちては無事では済まないだろうが、宝物目当ての賊にとっては知ったことではないのだろう。
少年は絶叫し、少女が短い悲鳴を上げるが、彼が地面に落ちることはなかった。
「ぅおわっ!?」
高速で飛翔したアレクの使い魔が、サイトの背中の布地を掴んで、大空に引っ張り上げたのである。
「サイト……」
半ばぶるさがるような形で救出されたサイトの姿を確認し、ルイズは安堵に満ちた表情を見せる。よほど心配だったらしい。
「お二人とも! ご無事ですか!?」
そこへ数瞬ほど遅れて、不死鳥の主人が駆けつけてきた。後ろにワラワラと警備の兵達が続いているが、時すでに遅し。すでに賊は学院の外壁を打ち崩し、いずこかへ逃亡した後だった。
中庭には生徒が集まり、もはや今回の一件で話題は持ちきりである。
アレクですら破るのは難しいとされていた難攻不落の宝物庫を、品評会に紛れてアッサリ破ったという賊に対し、アレよコレよとイメージが膨らんでいるのだ。
もしかするとアレク以上の使い手なのではないかと、まことしやかにささやかれている。
「あんな大きなゴーレムを操るなんて……少なくとも、トライアングル以上のメイジに違いないわ」
そしてそれは、実際に相まみえたルイズも同様であった。
難しい顔を作り、大穴の空いた塔を見上げている。
「まぁ、なんにせよ、オレ達2人とも助かったんだから、いいじゃん」
「そうはいかないの!」
隣でのんきにそう言ってのける使い魔に、ルイズは呆れ返った。なぜこうも気楽に物事を考えられるのか、不思議で仕方がないと言った様子だ。まあ、今さらという感じは否めないが。
と、そこへ、アンリエッタとアレクが大勢の護衛を引き連れて走ってきた。
「2人とも、よくぞ無事で……」
「姫様……! 申し訳ありません。王宮の宝物を……」
騒ぎに巻き込まれたという2人の無事を、素直に喜ぶアンリエッタ。
しかしルイズはその場にひざまずき、深々と謝罪した。
王宮から預けられていた宝を、大勢のメイジや騎士がいたにもかかわらず盗まれたという事実は、想像以上に重大問題なのだ。
「あなたの責任ではないわ、ルイズ・フランソワーズ」
「ですが……」
そんな友人の前にしゃがみ込み、アンリエッタは慰めるような言葉をかける。
よほど責任を感じているのだろう。ルイズがなおも食い下がろうとするが、
「先ほど、宝物庫内から賊による犯行声明文が発見されました。
犯人は今世間を騒がせている、『フーケ』という謎の盗賊です」
王女の後ろに控えていた王太子が、即座に口を挟んできた。頼んでもいないのに情報をどんどん話してくる。
「今回対処できなかったのは、盗賊の襲撃を想定していなかった教師、ひいては王宮の責任です」
要するに、今回の襲撃には十分対応できるだけの情報は持っていた。それなのに対処できなかったのは、警備に隙があったからに他ならない。故にその責任は、ルイズやサイトにではなく、学院教師や王宮側にある、と言いたいらしい。
「で、ですが殿下……! 私は現場に……!」
王宮の護衛達の手前、普段のような口調では何かと不便なのだろう。ルイズはアレクに対して敬語敬称で、『現場に居合わせながら対応できなかった自分にも責任はある』と訴えようとする。
しかし、
「失礼」
アレクの人差し指によって口を塞がれ、強制的に黙らされてしまった。
「正直、時間がありません。ボク達はこれから、王宮にこの件を報告しなければなりませんので……!」
そして矢継ぎ早に別れの言葉を告げ、アンリエッタと共に足早に去っていく。
あとに残された主従2人は、その後ろ姿を見送ることしかできないでいた。
「……姫様の責任問題にならなければいいんだけど……」
そこでポツリと、ルイズは心配そうにそう呟く。
が、これにはサイトも驚いた。
「責任!? たまたま来てる時に、盗賊が入ったからって……!」
偶然客人として来ていた時に賊が入って物を盗まれたからといって、学院とは無縁の彼女がその責任を負わされるなど、どう考えてもおかしいではないか。そう言わんばかりである。
「……最近、宮廷内の良くない噂を聞くのよ……。
私が心配しても、仕方ないことだけど……」
サイトの不満そうな言葉に、ルイズは力なくそう答える。
いわゆる、派閥争いのようなモノだ。次の王位が半ば決定しているとはいえ、王女の地位は決して盤石というわけではないのである。いつの世も、政治とは複雑怪奇な世界なのだ。
だが、ルイズが言うように、学生や平民が心配したところでどうにもならない。その辺りは、同じ王族であるアレクの方がよほど詳しいのだから。
アンリエッタに同伴していった友人を思い浮かべ、彼ならばうまい具合になんとかしてくれると、少年は半ば無理矢理に思い込む。
この時サイトには、大きな疑問があった。考えたところでどうにもならない問題に手を付けるよりも、目の前に広がる小問に取り掛かった方が賢明というモノだ。
「……なぁ、ルイズ、聞いていいか……?」
「何?」
果たして、このタイミングで聞いてもいいモノかと思案しつつも、少年は口を開く。
「オレが捕まった時……なんで、逃げなかったんだよ……?」
巨人の腕に囚われたあの時、何度も「逃げろ」と彼は叫んだ。しかし、ルイズは逃げなかった。それどころか、「サイトを離せ」と、無謀にも巨大なゴーレムに立ち向かっていったのだ。
いつも犬だなんだとムチで叩いてくる彼女が、なぜその自分のために戦おうとしたのか。疑問に思うのは当然と言えよう。
「……バカね」
しかし、その答えは、至極簡単なモノだった。
「使い魔を見捨てるメイジは、メイジじゃないわ」
夕焼けの中で赤く染まった顔で空を見上げながら、ルイズはそう呟く。
いつも見聞きしている、どこか素直じゃないスネたような顔と言葉。
見慣れているはずだ。しかし、その時サイトは、夕日を浴びたこの小さな少女に、自分でも不思議に思いながらも見惚れていた。