〜第12話 『盗賊の隠れ家』〜
宝物庫襲撃から一夜明け、ルイズとサイトの両名は、学院長室に呼ばれていた。理由は簡単。彼女達が、唯一フーケを目撃した者だからである。
室内にはすでにオスマンの他、コルベールを始めとした教師達も一堂に会していた。
「って、なんでアンタ達がいるのよ!?」
そんな中、意味もないのにこの場に駆け付け、そしてちゃっかり自分の隣に立っているキュルケとタバサに、ルイズは小声でかみつく。
「いいでしょ? 面白そうじゃない」
「私も見た」
上からキュルケ、タバサである。
どうやらタバサは、あの時シルフィードに乗ってフーケの姿を見ていたようで、オスマンに呼ばれてきたらしい。
それならば仕方がないと、タバサに関してはルイズも納得を見せたが、キュルケに至ってはまるで野次馬のような理論だ。少女は、盛大に呆れ返った。
「町で色々と聞き込みをしたところ、森の奥の廃屋に出入りする、怪しい人影を見かけたという情報を入手いたしました」
「さすが仕事が早いな、ミス・ロングビル」
少女達がそんなやり取りをしている間も、話は進んでいたようだ。
有力な捜査状況の報告を聞き、オスマンが秘書の手腕を褒めたたえる。
「その証言から、一応わたくしが描いてみたのですが……」
そう言って彼女がオスマンに渡した羊皮紙には、フードで素顔を隠した女の姿が描かれていた。なかなかのデッサン画で、どうやら彼女は、絵の才能もあるらしい。
「どうかね……?」
目撃者であるルイズとタバサに、学院長はその絵を見せる。
「これはフーケです! 間違いありません!」
ルイズが即座に断言した。タバサも、無言ながらに頷いている。
その瞬間、室内が一気にざわめいた。どうやら、ロングビルが突き止めた怪しげな人物が出入りするという廃屋は、フーケの隠れ家と見て間違いなさそうである。
「すぐに、王室に報告しましょう。
王室衛士隊に頼んで、兵を差し向けてもらわなくては……!」
コルベールはオスマンへそう進言する。
しかし、
「そんなグズグズしておっては、フーケに気取られる!」
老魔法使いはその意見に異を唱えた。
時間をかければ、かけた分だけ逃亡の機会を与えてしまう。ここは、魔法学院自らの手で『破壊の杖』を奪還し、盗賊によって汚されてしまった学院の名誉を取り戻すべきだ、と。
「我と思う者は杖を掲げよ!」
オスマンの声が、室内に響いた。
しかし、
「……どうした。
フーケを捕らえて、名を上げようとする貴族はおらんのか!」
大勢の教師がその場にいるにもかかわらず、杖を掲げる者は1人としていなかった。
バツが悪そうにする者、俯く者、そっぽを向く者と、行動は様々であるが、心の内は一様だ。すなわち、行きたくない。
相手は、かの『神童』ですら破るのは難しいと言われた宝物庫の防御をアッサリと抜いた腕利きのメイジである。
捕縛しに行ったところで、返り討ちにあう可能性が高い。悪くすれば、命を落とすかもしれない。そんな危ない橋を、誰も渡りたくないのだ。
この場にアレクがいたならば、また違ったかもしれないが、残念なことに彼は今、学院にはいない。
今回の事件を報告するため、アンリエッタと共に王宮に行ってしまった。最大戦力の不在という事実は、彼らの心に重くのしかかっているのだ。
その時、
「私が行きます!」
「なっ!?」
1本の杖が掲げられた。
学園一の落ちこぼれ、ルイズである。
しかし、これには教師達だけでなく、後ろに立っているサイトも驚愕の声を上げた。
「わたくしも参りますわ」
続いて、ルイズの隣に立つキュルケも杖を掲げる。曰く、ヴァリエール家の者には負けられないのだそうだ。
そしてさらには、
「タバサ……?」
「あなたはいいのに……」
終始無言だった青髪の少女までもが杖を掲げる。
彼女が無理をしているのではとキュルケは案じるが、
「2人が心配」
無表情のまま、当の少女はそう語るのだった。
結局、他に名乗りを上げる者が出ることもなく、賊の捕縛へは3人の女生徒と1人の使い魔が向かうという、極めて異例の事態となった。
とはいえ、タバサは若くして『シュヴァリエ』の称号を持つ騎士であり、キュルケは強力な炎系の魔法を得意とする優秀なメイジ、そしてルイズの使い魔はメイジを圧倒するほどの剣技を持っている。
即興の布陣としては、なかなかであろう。
「オールド・オスマン、わたくしが案内役として、同行しますわ」
「そうしてくれるか、ミス・ロングビル」
こうして話もまとまりかけたその時、学院長室の扉がひとりでに開いた。誰もが扉の向こうに視線を投げかけ、何事かと警戒する。
しかして、そこに立っていたのは、予想外の人物であった。
「失礼。
遅ればせながら、わたくしめにもその任、請け負わせていただきたい」
陽光を受けて輝く銀色の髪、全てを見透かすようなエメラルド色の瞳。
若くしてトリステイン一のメイジと謳われる『神童』、アレクサンドラ・ソロ・モン・ド・エルバートその人である。
「で、殿下……! 王宮に戻られたのでは……」
「少々嫌な予感がしたもので……。
恐れながら姫殿下に事態の収拾はお任せして参りました」
目を見開くオスマンの問いに、アレクはにこやかにほほ笑みながらそう答えた。
そして、杖を掲げている3人の少女達を見て、半ば呆れかえったとばかりにため息をつく。
「ある程度予想はしていましたが、これはあまりにも酷くはありませんか? 先生方」
瞬間、普段の彼からは想像もつかないような鋭い視線が、オスマンを含む教師達を射抜いた。
彼の言いたいことが理解できない教師達ではない。おそらく、いや確実に、盗賊の討伐などという危険な任務を、生徒だけに任せようとしていることに腹を立てているのだ。
予想外の高圧的な視線に恐れをなし、幾人かの教師が慌てたように杖を掲げ始める。
だが、
「結構です」
冷たい一言によって、アッサリと突き放されてしまった。
「敵に恐れをなして背を向けた兵士よりも、クワを持って立ち向かう平民の方が、よほど頼りになるというモノ……。
戦意の欠片もないあなた方は、戦場ではハッキリ言って足手まといです」
いつもの穏やかな口調など微塵も感じられない、絶対零度のごとき言葉。場の空気が、一気に凍りついた。
「では、ミスタ・オスマン、ボクの同行を、許可していただけますでしょうか?」
再び、元の優しげな口調と表情を取り戻し、アレクは問いかける。
少年のあまりの豹変ぶりに脳が付いていけず、老魔法使いはただ頷くことしかできなかった。
ロングビルに手綱を握られた馬が引く馬車に乗って、一同は盗賊退治へと向かった。
まあ、馬車と言っても、屋根のない吹きさらしではあるのだが。
「なあ、魔法が使えるってことは、フーケは貴族なんだろ?
なんで貴族が泥棒なんてやってんだ?」
馬車に揺られるだけの時間に飽きたのか、サイトが自らの主へと疑問を投げかける。
なるほど、文化の違う遠方から召喚された彼には、トリステインや周辺諸国での常識は、いささか奇怪に映るのだろう。彼の向かい側に座るアレクは、思考の傍ら、そんなことを考える。
「メイジが、全員貴族というわけじゃありませんわ」
その問いに答えたのは、問いかけられたルイズではなく、今もなお馬を駆るロングビルだった。
「様々な事情で、貴族から平民になった者も多いのです。
その中には、身をやつして傭兵になったり、犯罪者になったりする者もおりますわ」
そういう彼女自身も、貴族の名前を亡くした人間なのだとか。
初めて知らされた事実に、貴公子は少々驚いた。周りの少女達も同様であるらしい。
「だって、ミス・ロングビルは、オールド・オスマンの秘書なのでしょう?」
キュルケが不思議そうにそう問いかける。
そのような重要な役職の人間が、貴族の名を捨てた平民であるなど、常識では考えられないからだ。事実、アレク自身も今の今まで、彼女はどこかの貴族のご令嬢なのだと思い込んでいた。
「オスマン氏は、貴族や平民といったことに、こだわらないお方ですから」
貴族の中では、自分に限りなく近い考え方の色ボケ老人を思い浮かべ、王太子は思わず苦笑する。
曰く、酒場で働いていたところをオスマン直々にスカウトされたらしい。その時からやたらとお尻を触られたと、ため息交じりに嘆く秘書。
だったらなぜ誘いを受けたのだろうかと疑問に思うのは、おそらくアレクだけではないはずである。
「では、どういった事情で貴族の名を?」
興味津々とばかりに、キュルケが身を乗り出した。
本来ならば、他人の過去をあれこれと詮索するのはあまりほめられた行動ではない。少しばかり注意しておこうかと、アレクが動こうとしたその時、
「失礼よ! ツェルプストー!」
幼馴染の方が先に、彼女に突っかかっていった。
誰にでも、いいたくない過去はある。それを詮索するのは無粋だ、と。
「フン! 暇だから、ちょっとおしゃべりしてただけじゃないの」
正論で抗議され、キュルケはむくれて馬車の背もたれによりかかる。おもちゃを取り上げられてスネた子供のような反応だ。
「ったく、何が悲しくて泥棒退治なんか……」
「はははははは……」
「だったら来なきゃよかったじゃない」
ついには自分から手を挙げたにもかかわらず、任務自体に不平を漏らし始めた。これにはアレクも小さく苦笑し、ルイズは呆れたとばかりに文句を言う。
と、そこで、何かを思い出したかのように、キュルケがサイトの隣に素早く移動した。忙しないお嬢さんである。
「サイトが心配だからよ。ねぇ、ダーリン♪」
そう言って、豊満な胸を彼の腕に押し付ける。その心地よい感触に、サイトは半ば放心してしまっているようだ。お約束のように、ルイズが彼の隣でむくれ始めた。
「あなたこそ、またゴーレムが現れたらどうする気よ?」
そんな反応が面白くて仕方ないのか、キュルケは意地の悪い笑みを浮かべて、挑発まがいにむくれ顔の少女へそう問いかける。
猛烈に嫌な予感に襲われ、アレクは額を指で押さえた。サイトに向けられているはずの褐色美女の色香にあてられて、顔が真っ赤になっているのはご愛嬌だろう。
「決まってるわ! あんなヤツ、私の魔法で……!」
「魔法! 誰の? 笑わせないでよ、『ゼロ』のルイズ!」
案の定、いつものやり取りが始まってしまった。火花を散らさんばかりのにらみ合いが勃発する。
「ああ、もうっ! こんなトコに来てまでケンカすんなよ!」
目の前で巻き起こった険悪な状況に耐え切れず、サイトが2人を引き離した。
「あっ、そうだ!」
ケンカの腰を折られたことで、キュルケがまたも何かを思い出したようだ。新たな争いの火種でなければよいのだがと、王太子は内心ハラハラである。
「コレ、忘れものよ?」
そう言って、どこからか例の宝剣を取り出し、サイトに差し出してきた。いったいどこに持っていたのかというツッコミはしない。したら負けだというのは、1年以上同じ学び舎で学んだものとして、半ば無理やりに理解させられているのだ。
「あぁ……でもオレ、コイツがあるし……」
サイトは背中に差したデルフに視線を送り、差し出された剣を受け取ることに躊躇する。
「そんな安物じゃ、いざって時になんの役にも立たないわ。ね? そう思うでしょ?」
「ま、まぁ……そう思わなくもないけど……」
が、そう言ってまたもや腕に押し付けられる柔らかい感触に、少年は鼻の下を伸ばしてしまう。男の本能には、どうあっても抗えないらしい。
アレクはというと、そんな状況に立たされてもなお意識を保っているサイトに、尊敬のまなざしを送っていた。もし自分が同じ立場なら、0.2秒で気を失う自信がある。
なんだかんだで、彼もハルケギニアに生まれ育った者。思考回路が微妙に変だった。
「で、でも……」
ちらりと、隣に座るルイズを見る少年。
少女は不機嫌だと言わんばかりに、腕を組んでそっぽを向いている。
「………勝手にすればいいじゃないの」
「ほら、ご主人様のお許しが出たわ!」
長らく沈黙を保っていた少女が、震える声でそう言ったとたん、キュルケが水を得た魚のように笑顔を浮かべて、サイトに剣を差し出した。
「じゃあ、遠慮なく……」
苦笑いを浮かべながらも若干嬉しそうに剣を受け取る少年の隣では、怒りに震えた少女が悪魔のような形相で歯をギリギリと軋ませている。
その様子を眺めていたアレクは、盗賊退治とは別の理由で死人が出るのではないかと、半ば本気で恐れた。死因が痴話喧嘩とあっては、正直外聞もへったくれもない。どうにかして無事に任務を終えるべく、思考をフル回転させる。
終始本を読みふけっているタバサだけが、事の成り行きを興味なさげに受け入れていた。
人里離れた森の中。フーケが隠れ家にしていると思われる廃屋へと到着した一行は、現在二手に分かれて行動していた。
サイト、タバサ、キュルケの3名は、廃屋内部に侵入して『破壊の杖』を捜索。残る3名は、外に残って周囲を警戒している。
(…いったい、なんなのでしょうか…この、とてつもない違和感は……)
そんなさ中、アレクは1人、昨日から引きずっている疑問に、思考をめぐらせていた。
正直、彼の役目は見張りであるため、そんなことをしている場合ではないのだが、実をいうと彼自身、ここは空振りだと半ば確信しているのだ。
町人の証言から隠れ家と思われる建物は単なる炭焼き小屋にしか見えず、その周囲にも内部にもトラップの存在は確認できなかった。さらに、室内には大量のガラクタが散乱して大量のホコリをかぶっており、ここ最近の内に人が使用していた痕跡がまったくないのである。
第一、この場所は犯行現場である学院からそれほど距離も離れていない。おそらくは、フーケが追手をかく乱するために用意した、偽の隠れ家なのだろう。
「殿下」
後ろからロングビルに呼び掛けられ、思考を一時中断し、アレクは音源へと振り返る。
「周囲の森を偵察して参ります。何か手がかりがあるかもしれません」
「…分かりました。くれぐれも、無茶はしないでください」
一瞬考え、王太子は学院秘書の申し出に許可を出す。
すると彼女は1つお辞儀をして、森の中へと入っていった。
本来ならば、盗賊討伐の任務で単独行動は命取りだ。しかしながら、個の廃屋はおそらくダミー。フーケは今頃、しめしめという顔でどこか別の隠れ家に潜んでいるに違いない。加えて、ロングビル自身も腕利きのメイジだと伝え聞く。ある程度の不測の事態には対処できるはずだ。人の足で移動できる範囲ならば、すぐにでも応援に駆けつけることができる。
よって、ここは1つでも多くの手掛かりを見つけることを優先すべき。彼はそう判断したのだ。
(…そういえば、あの森もこんな感じでしたね……)
森へ入っていく秘書官を見送りつつ、アレクはふと、とある森林を思い浮かべた。人の気配がなく、鳥のさえずりが周囲に響くこの森は、今も昔も大切なあの場所のイメージに重なる。
(…おや……? だとすればなぜ……)
そこまで思い至った瞬間、天才の脳裏に何かが引っ掛かった。
そうだ。ここは、森の奥深かく。それを、すっかり失念していたのだ。
(…ッ! そうか……!)
瞬間、全ての謎が氷解した。
咄嗟に右袖の中に隠していた己が杖をするりと右手に落とし、周囲を睨みつける。
「アレク……?」
そんな幼馴染に、ルイズが心配そうな視線を送るのと同時、
「「ッ!?」」
木々の生い茂る森の中から突然、巨大な腕が2人に襲い掛かってきた。