3人は輪を作り、中心に置かれた物体を見つめながら思考をめぐらせていた。
先ほどまでホコリくさくてかなわなかった室内の空気も、今ではまるで気にならなくなっている。
「確かに…箱は同じだけど……」
サイトは怪訝そうに額にシワを作り、顎に手を当てながらそう呟いた。
というのも、今回、彼らの最終目的であった『破壊の杖の奪還』。それが唐突に、しかも極めて簡単に達成せしめられたからだ。
先ほどタバサがそこいらに置いてあるのを見つけ、現在は少年少女が取り巻いている長方形の箱。これはまさしく、昨日フーケによって奪われた宝物の収められている代物である。
だがしかし、そのあまりにアッサリとした見つかり方に、彼らは一様に不信感を募らせていた。
「とりあえず、開けてみましょう?」
悩んでいても始まらない。とりあえず中身を確かめようと、キュルケが箱のフタに手を駆けようとしたその時、
「きゃあああぁあぁぁぁあぁああ!!」
「ルイズ!?」
廃屋の外から、のどが張り裂けんばかりの少女の悲鳴が聞こえてきた。
〜第13話 『不死身の巨人』〜
「アレク! しっかりして! アレクッ!!」
地面にぐったりと横たわる幼馴染の身体をしきりに揺らし、少女は大粒の涙を流す。しかし、いくらその名を叫んでも、一向に彼からの返事はない。
事の始まりは、ほんの数秒前のこと。見張りのために外に残った彼らは、森の中から突如として現れた巨大な腕に襲われた。
最初に攻撃に気が付いたのは、神童と名高いアレク。この時彼は、森からそれなりに離れた位置に立っており、腕を避けようと思えば避けられたし、魔法で身を守ろうと思えばできたはずだった。
しかし、迫りくる巨大な腕のすぐ目の前に、ルイズがいた。彼女はアレクよりも森に近い位置にいたため、最初に標的にされたのだ。いや、もしかしたら、最初から結末を予想して、あえて彼女を狙ったのかもしれない。
華奢な身体に襲い掛かる、重々しい岩の拳。しかして、それが少女を打ち据えることはなかった。銀色が、桃色を突き飛ばす形で、割って入ったのである。
次の瞬間、地面の上を転がる少女の目に映ったのは、自分の代わりに強烈な一撃を食らい、そのまま大木の幹へと叩き付けられる幼馴染の姿。まさに一瞬。時間にして、コンマ数秒の出来事だった。
「目を開けて! こんなトコで死んじゃダメ!!」
頭部や右足からとめどなく血液を流し、顔色を真っ青に染める少年。かろうじて息はあるようだが、重傷なのは一目瞭然だった。
ここにいたのが彼だけだったなら、こんなことにはならなかったはずなのだ。自分をかばって、そのせいで幼馴染が命の危険にさらされている。その事実が、少女の心をガリガリと容赦なく削り取っていた。
早く、どこかで治療をしなければ。
「ッ!!」
そんな彼女に、巨大な影が覆いかぶさる。
視線を上げてみれば、昨日宝物庫を襲ったモノと同型の、しかしそれよりも倍ほどの大きさのゴーレムがこちらを見下ろしていた。おそらくは、先ほどの腕の持ち主だろう。
「……ッ」
気が付けば彼女は、動けないアレクをその場に残して、全速力で駆けだしていた。
彼を囮に使い、自分が生き延びるためにではない。
「こっちよ! 私を捕まえてみなさい!!」
瀕死の幼馴染を、危険から遠ざけるためにだ。
治療の術を持たない自分が彼のそばにいたところで、できることは何もない。乙女の細腕では、曲がりなりにも鍛えている男の身体を抱えて逃げるのは不可能だ。ならばせめて自らが囮となり、アレクがこれ以上傷つかないようにしよう。
そう心に決めて、ルイズは声を張り上げながら走る。
「ルイズ!!」
その時、使い魔の叫ぶ声が聞こえた。視線を向ければ、廃屋に入っていた3人が外へと出てきている。異変を察知したのだろう。
「グォオォォォオォオオオオォオ!」
すると、ゴーレムは雄叫びを上げながら標的を3人へと切り替えた。巨体らしくゆっくりと、方向転換を始める。
それを好機と見たのか、ルイズは足を止め、己が杖を目の前の巨体へと構えた。
「!? 何やってんだ!」
主の行動にサイトは目を見開くが、彼女は構わず杖を振るう。
瞬間、ゴーレムの体表が破裂音と共に少し弾けた。しかし、それだけだ。まともなダメージなど負わせることはできない。
それどころか、巨人は再び彼女をターゲットとして認識してしまったようだ。 ゆくりと、足元にいる小さな少女を振り返る。
「逃げろ、ルイズ!!」
「絶対イヤ!!」
使い魔の叫びなど無視して、ルイズは拒絶の言葉と共に再度杖を構えた。
「やめろ! 敵いっこねぇだろ! 第一、魔法なんかまともに……!」
「私は貴族よ!!」
再三にわたる制止の言葉を、少女の叫びが遮った。
分かっている。自分にこの場を打開する力がないことなど、魔法が使えないことなど、言われずともとっくの昔に分かっている。
しかし、それがいったいなんだというのか。
「『魔法が使える者』を貴族と呼ぶんじゃない!
『敵に後ろを見せない者』を貴族と呼ぶのよ!!」
かつて自らの才能に絶望していた自分に、神童と呼ばれた少年はそう言った。
魔法が使えるから偉いのではない。強大な力を持っているから凄いのではない。
本当に重要なのは、その心。いかなる状況であれ、いかなる敵であれ、それに立ち向かおうとする意志こそが、この世で最も尊いのだと。そう、言ってくれたのだ。
しばらく忘れていたけれど、最近になって、変な使い魔の無礼な言葉が思い出させてくれた。
「『ゼロのルイズ』なんかじゃないんだから!!」
それなのに、結局は何もできない自分がいる。それどころか、大切な友人を命の危険にさらしてしまった。
ここで逃げたら、自分の価値を信じてくれた幼馴染や、こんな主に嫌々ながら尽くしてくれる使い魔に申し訳が立たない。こんな盗賊騒ぎなどさっさと片付けて、早くアレクを治療するのだ。
再度の決意と共に、渾身の魔力を込めて杖を振り抜く。
が、悲しいかな、結果はやはり同じだった。それどころか、目障りだと言わんばかりに、ゴーレムがその太い腕を振り下ろす。
「きゃっ……!?」
潰される。そう確信した瞬間、少女の身体を暖かな何かが包み込んだ。
恐る恐る、恐怖からつむっていた目を開け、見上げる。そこには、土煙の中で自分を抱えている、使い魔の姿があった。
どうやら、ゴーレムの腕に潰されるよりも一瞬早く、かっさらう形で彼が助けてくれたらしい。
「邪魔しないで!!」
けれども、素直な感謝の言葉など、少女の口からは出なかった。あろうことか、恩人に対して邪魔とまで言ってのける。
次の瞬間、
パンッ!
乾いた音が、辺りに響いた。
左の頬が熱い。半ば放心した状態で、痛む頬を左手でさする。サイトが、右の平手ではたいたのだ。
「貴族だからなんだってんだ!?
死んだら終わりじゃねぇか! バカ!!」
鬼のような形相で、少年は唖然とする少女を叱咤する。
いつもの彼女ならば、主人に手を上げた挙句に説教を垂れるなど、許すはずがない。それこそムチを振り回し、地の果てまでも追いかけていくだろう。
だが、
「だって……」
今の彼女に、そんな気力など存在しなかった。
「いつも……いつも、みんなからバカにされて……悔しくて……」
絞り出すかのように、言葉を紡ぐ。
「逃げたら、またバカにされるじゃない……!」
嗚咽交じりに大粒の涙を流し、悲痛に顔を歪めてそう訴える。
アレクに重傷を負わせ、任務も果たせなかったとなれば、非難の声が上がるのは想像に難くない。
数年間、溜まりに溜めた感情と一緒に、悲しみや不安といった感情が一気にあふれ出たのだろう。強気な少女が初めて見せる弱々しいその姿に、サイトは思わずたじろいでしまった。
だが、敵はどうやら待ってくれないようだ。彼らの無事を察知したゴーレムが、またもや腕を振りかぶる。
「ぅおわっ!?」
反応が遅れ、気づいた頃には腕は目の前だ。今度こそ、間違いなく潰される。そう思って目をつぶったサイトだったが、
ドシャァアアアァァァアァアァアッ!
固く巨大な拳は、突如として現れた土の壁によって、すんでのところで防がれていた。
ギリギリ、なんとか間に合った。急いで作った土の壁がゴーレムの一撃を防ぎ切ったのを確認し、大きなため息が口から漏れる。
まったくもっていいタイミングで意識を取り戻せたものだ。信仰心は強い方ではないが、これは始祖に感謝せねばならないだろう。
「よかった……。お2人とも、無事なようですね……」
少しばかりの呼吸困難に襲われながらも、友人達の無事な姿に胸を撫でおろす。
声が聞こえたようで、不意にサイトと目があった。するとどうだろう、彼の顔色が、見る間に青くなっていく。もしや、どこかケガでもしたのではという予想が脳裏に走るが、
「おまっ……!? どうしたんだよ、そのケガ……!」
次の瞬間に彼の口から飛び出した一言で、取り越し苦労だということが判明した。
まあ、驚くのも無理はないのかもしれない。突然目の前に、頭から血を流す知り合いの姿が現れたなら、普通の人間ならば当然の反応だろう。
「ははは……少々、油断しました……。
何…ちょっと目まいがするだけです。問題はありません……」
友人の手前そう言ったが、実はウソである。
巨大なバケモノの拳をまともに受け、あまつさえ大木に叩き付けられたのだ。ろっ骨を始め、右足や左肩など、いたるところの骨が折れている。加えて、血を失いすぎた。正直、立っているのがやっとである。
このまま彼らを守りながら巨人と戦うことなど不可能。どうしたものかと、気を抜けば手放しそうになる意識の中で思案していると、
「乗って」
目の前に、タバサとキュルケの乗ったシルフィードが降り立ってきた。いつの間に呼び寄せたのかと疑問は残るが、今はそれどころではない。
すっかりおとなしくなったルイズを彼女達に預け、サイトの手を借りながら飛び乗ろうとする。
が、
「グオォオオオォオォオオオ!!」
土の壁を叩き壊し、ゴーレムが突進してきた。
ギリギリで壁の強度が間に合わなかったことに、血濡れの王太子は舌を打つ。
「ボクのことはいいから、早くあなたも!」
満身創痍の自分と一緒では、サイトまでもが逃げ遅れてしまう。そう結論付けたアレクは、自分を置いて逃げるように指示を飛ばした。
「そういうわけにいくか!」
しかし、何を考えたのか使い魔少年がシルフィードに乗り込むことはなく、結局、少年2人を残して少女達を乗せたドラゴンは空高く舞い上がっていく。
「ゴアァアアァァァアアァアア!」
目の前まで迫る巨体。こうなっては、2人で協力してゴーレムを打倒するしかない。アレクは全身を襲う激痛に表情を歪めながらも杖を構え、サイトも意を決したかのように黄金の剣を鞘から引き抜いた。
「大いなる大地よ! 我を守り、敵を阻む壁と成せ!!」
再び大地からせり上がった土の壁が、巨人の拳を受け止める。
その隙に、2人は二手に分かれて散開した。
「……ちっくしょう…なんとかしてやりたくなるじゃねぇかよ……」
サイトの脳裏に、涙ながらに弱音を吐くルイズの姿が蘇る。
わがままで口うるさく、面倒くさい主人ではあるが、彼女のためにもこのゴーレムをどうにかして倒したい。なぜか、そう思えてしまうのだ。
さらに言うなら、アレクの容体も心配だ。気丈に振る舞っているが、あれだけのケガ、あれだけの出血である。大丈夫なわけがない。早々に決着をつけ、彼に治療を施さなくては命に係わる可能性もある。
「土っくれがぁ……! ナメんなよ!!」
気合いの言葉と共に剣を握りしめ、少年は巨大な敵へと立ち向かっていく。
「援護はお任せを!」
反対方向からは、神童による魔法の集中砲火が始まった。
唸る炎の竜巻、地面から突き出す石の槍、八方より降り注ぐ水と氷の刃。万全とはとても言えない体調で放たれたはずのそれらが、巨人の身体を容赦なく削り、切り裂き、貫いていく。
さすがは、『神童』と呼ばれる魔法の使い手といえるだろう。魔法に詳しくないサイトですら、尋常ならざる彼の実力を、半ば肌で感じ取っていた。
「こちとら、『ゼロ』のルイズの、使い魔だっての!!」
そんな心強い援護を受け、サイトは大きく剣を振りかぶり、雄叫びと共に土の塊目がけて斬り下ろす。
だが、
バキン!
「マ……マジっスか!?」
ゲルマニアの業物であるはずの大剣は、鈍い音を立ててアッサリとへし折れてしまった。
あまりに予想外の出来事に、少年は驚愕の声を上げる。
「抜け! 相棒!!」
その時だった。それまで無言で背中に控えていた錆刀が、サイトに自らの抜刀を促したのは。
「ダメだ! お前まで壊れちまうだろーが!」
どうやらこの巨体は、普通の剣では傷1つつけられないらしい。刀身全体がさび付いた老剣など、一瞬にして砕け散ってしまうだろう。
それをサイトは恐れたが、事態はそんな悠長なことを言っている場合ではない。
「死にたくなきゃ抜けってんだ! 今の状況、分かってんのか!!」
背中から怒鳴りつけられ、ふと血に濡れた友人の姿が視界に入った。顔色は青どころか真っ白で、大量の脂汗を掻きながら、剣を折られて体勢を崩した自分を守ろうと杖を振るっている。
そう、今自分のこの手には、重傷を押して共に戦う彼の命もかかっているのだ。半端な覚悟と行動は許されない。
「オォオォオォオオォオォオォオオ!」
再び振り上げられたゴーレムの腕が、未だ射程内にいる自分を狙ってきた。これは、腹をくくらなければいけないようだ。
「くっそ!」
悪態をつきながら、デルフを鞘から引き抜く。
その瞬間、
「!!」
左手のルーンが、強く光り輝いた。
以前、ギーシュと戦った時に感じた、体中に力が満ち溢れる感覚がサイトを襲う。
ついに振り下ろされた巨拳。しかし、それが標的たる少年を捉えることはなかった。重い一撃を素早い動作で躱し、電光石火の速度でゴーレムの死角、巨体の足元に潜り込んだのである。
「うおぉおぉおぉおおおおおぉおおっ!!」
もはや、そこにいるのは別人だった。
一太刀で巨人の足を切り落とし、返す刀でもう1本の足も両断する。
獣のような敏捷性、そして熟練の騎士のような豪快かつ正確な剣技。それまで空から心配そうに見守っていたピンクブロンドの少女は、その姿に唖然としていた。
これで、ゴーレムの動きは封じたのだ。後は、アレクによる魔法の集中砲火で片が付くと、誰もが思った。
「なっ……!? そんなんアリかよ!?」
「……厄介…ですね……」
しかし、現実はそう甘くはないようだ。ゴーレムは失った両足を周囲にある土をより集めて復活させ、再び少年達を襲い始める。
よく見れば、アレクの魔法によって負わされた無数の傷も、すでに完治していた。どれだけ傷つこうとも、この巨人は周囲に土がある限り、それを利用して何度でも再生できるのだろう。実に厄介な能力だ。
立ちふさがる無限ループに、サイトは理不尽だと叫び、アレクは息を切らしながら膝をつくのだった。