小説『ゼロの使い魔 〜虹の貴公子〜』
作者:荒唐井蛙()

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 「…どうやら…アレを倒すには、内部から…一気に、破壊しなければならない…ようです……」


 肩で息をしながら目の前にそびえる巨人を睨みつけ、アレクは苦々しげにそう語る。
 小山にも匹敵する巨体を、内側から一息に破壊する魔法。確かにアレクはそれを持ち合わせているが、それを使うためには、この状況はいささか不利だった。
 前衛は1人、加えて魔法を放つ後衛が負傷して行動が制限されるとなると、魔法発動までの時間稼ぎが限りなく困難になる。というより、極度の集中力が要求されるあの魔法を発動するには、今の体調では不可能だ。
 どうしたものかと思案していると、


 「2人から離れなさい!」

 「ッ! ルイズ!?」


突然に桃色ブロンドの少女が、『破壊の杖』の収められた箱を抱えて舞い降りてきた。
 どうやら、取り返した宝物を使おうというつもりらしい。箱のフタを乱暴に開け、中に入っていた太い円筒形の物体を取り出す。


 「な、なんですかアレは……」


 『杖』という名称には程遠い形を目の当たりにし、アレクは困惑の表情を浮かべた。
 アレをどうやって使うのか、まったく想像できない。事実、当のルイズも重そうなその物体をしきりに振り回すが、何も起こらないでいる。


 「貸せ!」


 するとそこへ、血相を変えたサイトがいつの間にか詰め寄り、ひったくるように『破壊の杖』をルイズから受け取った。







〜第14話 『土くれのフーケ』〜







 「コレは魔法の杖なんかじゃねぇ! こうやって使うんだ!!」


 そう言って、少年は実に慣れた手つきで、次々と円筒形を変形させていく。
 その左手のルーンが、神々しいほどに光り輝いていた。


 「危ない!!」


 その姿にルイズがあっけにとられていると、アレクの叫び声が耳に届く。
 見上げると、ゴーレムがすぐそこまで迫ってきていた。


 「伏せてろ!!」


 『破壊の杖』を肩に担いでゴーレムへと構えたサイトの指示に、半ば反射的にルイズは従ってしまう。
 次の瞬間、


 ドン!!


耳をつんざく爆音と同時に『破壊の杖』が文字通りに火を噴き、ゴーレムの巨体を一瞬にして爆散させたのだ。
 その余波は凄まじく、上空を飛翔していたシルフィードまでもが、爆風にあおられたほどである。
 身体の大部分を失った巨人は再度再生することもなく、大きな土煙を上げて崩れ去っていった。
 土煙が収まる頃、そこにあったのは、爆風からルイズをかばい、彼女に覆いかぶさるようにして地面に伏せているサイトの姿。『破壊の杖』は、その際に無造作にも地面に放り捨てられていた。


 「スゴイ……」


 身を起こしつつ、元はゴーレムであった土くれの山を見つめて、ルイズはそう漏らす。彼女は巨人を一撃で粉砕した魔法に素直に驚き、それを成したサイトにほんのりと熱い視線を送っている。
 しかしアレクは、そのあまりに凄まじい光景に、あっけにとられていた。
 わけが分からない。サイトは平民。本来ならば、魔法を使えるはずがないのだ。にもかかわらず、自分が保有する最大級の大魔法にも匹敵しうるほどの威力の魔法を、呪文を詠唱することなく、たった数秒の準備で易々と放って見せた。
 魔法が使えない人間でこれほどの威力ならば、なまじ魔法使い(メイジ)が使用すればどれほどのモノか。想像しただけで恐ろしい。


 「平民なのに魔法の杖を扱えるなんて! やっぱり私のダーリンね!」


 いつの間にか空から降りてきていたキュルケが、感激したとばかりにサイトに抱き着く。その横では、ルイズが不機嫌そうにむくれていた。
 その場に膝をついたまま息を整えつつ、アレクはやれやれとため息をつく。どうあっても、この人達は緊張感が長続きしないらしい。もしや、この任務の目的を忘れているのではと、本気で心配になってくる。


 「…フーケは、どこに……?」


 そして、タバサのこの言葉で、一同はここに来た理由を思い出してポンと手を打った。ゴーレムが襲ってきたということは、フーケが近くにいるということ。再び襲撃があることも、充分に考えられるのだ。皆が、辺りを警戒し始めた。
 アレクは、本題が浮上したことに胸をなでおろす。彼としては、今は言葉を発するのも億劫な状態のため、自分の意見を代弁してくれる彼女の存在は、とてもありがたかったのだろう。
 その時、彼の視界の端に人影が映った。


 「ご苦労様でした」


 それは紛れもなく、森の中へ手がかりを探しに行ったロングビルの姿。その手には、先ほどサイトが投げ捨てた『破壊の杖』が抱えられている。


 「それではそのまま……」


 1歩、また1歩と、アレクに歩み寄るロングビル。
 血濡れの少年が震える足に力を込めて立ちあがったその時、


 「じっとしていただきましょうか。アレクサンドラ王太子殿下」


『破壊の杖』の矛先が、その彼へと向けられた。







 一同は、半ば混乱していた。それもそうだろう。魔法学院長の秘書官が、分家とはいえ王族に危険極まりない魔法具を向けているのだから。


 「ひどい有様ね。いかに『七色』とはいっても、私のゴーレム(・・・・・・)の拳は効いたでしょ」


 しかし、ロングビルの口から飛び出したその言葉に、その場にいる全員が事態を理解した。


 「私のゴーレム!?」

 「まさか……アンタが、フーケだったのか……!」


 目の前で王太子に矛先を向けながらメガネを投げ捨てている女性こそが、件の盗賊の正体であると。
 今回の一件は、彼女の自作自演。理由は分からないが、わざと情報を漏らして、自分達がここに来るように仕向けたのだ、と。
 咄嗟にサイトが剣を抜こうと柄に手をかけるが、


 「動かないで!」


ロングビルの一喝によって、その動きを封じられてしまう。


 「…………」


 皆が動揺を見せる中、彼女に『破壊の杖』を突きつけられているアレクだけは、肩で息をしながらも無表情を貫いていた。


 「…別段驚かないところを見ると、バレてたってことかしら?」

 「ええ。あなたが、わざわざここに来るよう仕向けてくれたおかげです」


 身体に走る激痛から額に油汗を浮かせながらも、少年は律儀に盗賊の質問に答える。
 その返答を聞いたフーケは、要領を得ないその内容に疑問符を浮かべた。


 「…どういうこと?」


 『破壊の杖』を構えたまま、そう問いかける。


 「簡単なことです。
  あなたは町で聞き込みをして、この場所で怪しい人影を見たという情報を得たと言っていました。
  だからボクは、あなたがフーケだと確信できたのです」

 『……?』


 その場の誰もが、頭上に疑問符を乱舞させた。アレクの理論は色々と過程を省略しすぎていて、まったくもって理解不能である。


 「最初から、疑問には思っていたのです。
  今までは夜更けに犯行を行っていたフーケが、なぜ昨日は、わざわざ昼間に犯行に及んだのか」


 そんな周囲の感想など置き去りに、少年は話しを進めていく。
 しかし、言われてみれば確かに変だ。盗みとは基本的に、人目のない時間を選んで行うモノ。それを白昼堂々、しかも護衛を引き連れた一国の王女が訪問している時に行うなど、定石から著しくはみ出している。


 「本来ならば失敗してしかるべきです。しかし賊は、見事に宝物を盗み出しました」


 それもそのはず。当日は警備兵の多くが王女の安全を確保するため、コルベールの指示によって門の警備に回されていたために、一部が手薄になっていたのだ。それは、宝物庫も例外ではなかった。
 盗賊が普段のセオリーを無視した無理な侵入を図ったその日に、たまたまVIPの訪問という予定外の事態に対処するため宝物庫が不用心になっていたなど、果たしてそんなことがあり得るのだろうか。


 「そのようなバクチじみた計画が通用するほど、学院の警備は甘くありません。
  フーケは『事前に宝物庫が手薄になることを知っていた』、と考える方が自然でしょう」


 となれば、盗賊の正体は学院関係者に絞られる。平民であるメイドやコック達は論外。犯行の瞬間、品評会の会場にいた教師や生徒、王女とその護衛の兵も当然除外される。が、それでもまだ容疑者は多い。


 「加えて、町の人がこの場所でフーケを見たという証言……」


 しかし、ロングビルが持って来た、たった1つの情報が、疑いの目をたった1人にまで絞り込んでくれた。
 人里離れた、それも廃屋しかないこんな場所に立ち入ろうとする人間など、まずいない。にもかかわらず、なぜ怪しい人影を目撃したという町人の証言を得ることができたのか。なぜフーケを見ていないはずの彼女が、その姿をスケッチすることができたのか。考えられる可能性は、1つしかなかった。


 「だから、あなたがフーケだという確証を得るに至ったのです」

 「…まさか、そんなことでバレるだなんてね……。さすがは天才といったところかしら」


 見解を述べ終わったアレクを見つめつつ、フーケは賛辞の言葉を贈る。


 「しかし、なぜですか? 宝物を手に入れた以上、ボク達をここにおびき寄せる必要はなかったはずです。
  なぜ余計な情報を与えてまで、こんなことを……?」


 少年はそう問いかけた。
 そのままロングビルが何も行動を起こさなければ、犯人が彼女であると確信することはできなかっただろう。それだけに、アレクは疑問に思っていた。


 「この『杖』、盗んだはいいけど、使い方が分からなくて困っていたのよ。
  魔法学院の誰かを連れてくれば、きっとうまいこと使ってくれると思ってねぇ……」


 余裕綽々と言った様子で、彼女は彼らを呼び寄せた理由を語る。なるほど、使い方が分からなければ、宝物といえどもガラクタ同然だ。それを知るために、実演してもらおうという算段だったらしい。


 「教師じゃなくて生徒が来たのは少し当てが外れたけど、そこの使い魔君ならできると思ったわ。さすがは『ガンダールヴ』ね」

 「…ガン、ダールヴ……?」


 顎でサイトを指しながら紡がれた聞き慣れない単語に、ルイズが疑問符を浮かべ、横に立つ少年を見つめる。


 「それと……」


 だが、ロングビルの言葉はまだ終わらない。


 「ちょうどいいから、王太子の命でも貰おうかと思ってねぇ……」


 口角を不気味に歪めながら、衝撃的なセリフを吐き出した。


 「ちょっ……! アンタ何言って……!」

 「動くんじゃないわよ! 少しでも、この子を長生きさせたいでしょ?」


 咄嗟にルイズが飛び出そうとするが、『破壊の杖』が敵の手にある以上、どうすることもできない。当のアレクも満身創痍で、あの爆発を防ぐことはおろか、避けることすら難しいだろう。フーケがその気になれば、すぐにでも彼は跡形もなく吹き飛んでしまう。
 このままでは、なす術もなく幼馴染を失うことになる。なんとかしなければと少女は考えをめぐらせるも、


 「じゃあね。さようなら」


その瞬間は、あまりにも早くやって来てしまった。
 冷酷な死刑宣告と共に、魔法の発動媒体と思われる突起が、魔力を込めた指に押される。


 ドズン!


 しかし、次の瞬間そこに広がっていた光景は、そこにいる誰もが予想だにしないモノだった。
 爆発など一切起こらず、代わりに、フーケの鳩尾に大地から飛び出した岩の拳が深々とめり込んでいる。


 「ど…どうし…て……」


 そんな一言を残して盗賊は意識を失い、その場に崩れ落ちる。
 あとに残されたのは、唖然とするキュルケ、飛び出そうとする格好のまま固まっているルイズにタバサ、安堵の息を吐くサイトと、杖を振るった姿勢のまま驚愕に顔を染めているアレクだった。


 「…た…助かった…のでしょうか……?」


 信じられないという様子で、王太子が自らの握る杖を見つめる。
 先ほどまでのフーケとの会話は、実をいうと時間稼ぎだった。この危機的状況で、あのようなご託をベラベラと並べる理由など、他にない。
 セリフの合間を縫って、ちまちまと呪文を詠唱していたのだが、ここで誤算が生まれた。重傷に加えてゴーレムとの戦闘での無理が祟ったのか、いつものような短時間では魔法を発動できなくなっていたのだ。よって、ギリギリでフーケの指の方が早く動き、少年は正直肝を冷やす思いだった。
 しかし、結果は見ての通り。『破壊の杖』が火を噴くことはなく、アレクの土魔法がフーケの腹部にクリーンヒットしていたのだ。


 「何か…特殊な構築式でも必要だったのでしょうか……」


 地面に転がる宝物を手に取り、意外な重量感に顔をしかめつつ、神童は考えられる可能性を口にする。
 事実、今自分が魔力を込めて魔法の発動媒体らしきコブを押してみても、何も起こらない。


 「あ〜…実はさ……」


 その時、どこかバツが悪そうに、おずおずとサイトが手を上げた。


 「それ、単発式なんだ。一回使うと、もうガラクタ……」


 次いで紡がれたその言葉に、その場に沈黙が流れる。
 みんな放心状態だ。無理もないだろう。今の今まで命の危機に瀕していたかと思えば、どっこい敵の構えていた武器はすでにゴミ同然だったというのだから。


 「な、なんだ…そうだったんですか……」


 アレクは緊張の糸が途切れたのか、その場に力なくへたり込む。正直、今ので10年ばかり寿命が縮んだような錯覚すら覚えた。
 しかして、ため息とともに漏れ出たその言葉は、


 「早く言いなさいよこのバカ犬ぅぅうぅうぅぅううぅうッ!!」


ピンクブロンドの少女の怒号によって、途中でかき消されてしまう。


 「ま、待て待てっ! だってなかなか言うタイミングがっ……!」

 「口答えなんかしてんじゃないわよっ!!」


 視線を移せば主従2人はすでに、魔法学院において名物になり始めているムチを交えた追いかけっことしゃれ込んでいた。
 そんな姿を微笑ましげに見つめつつ、アレクはフーケの目が覚める前にと、彼女を縄で拘束している。


 「…大丈夫……?」


 そこへ、ショートカットの少女が歩み寄って来た。心配そうに、銀髪の下の顔を覗きこむ。


 「ははは……正直、いっぱいいっぱいです」


 そう言って、力のない苦笑いを返す少年。
 こうして、少年少女のみで行われた盗賊退治は、約1名のケガ人を出しながらも、なんとか無事にその幕を下ろしたのだった。

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