「フーケは城の衛士に引き渡し、『破壊の杖』も再び宝物庫に収まった。一件落着じゃな」
討伐から戻った一行は、学院長室にてオスマンから今回の功績をたたえられていた。
もっとも、アレクだけはコルベールと同様にオスマンの横に立ち、彼女達をたたえる側なのだが。
というのも、エルバート家の当主たる彼は、王家を守護する大切な身体であり、本来ならば盗賊の捕縛などという任務で動いていい立場ではない、というのが最も大きな理由だ。よって、公式には、『彼は今回の一件には関与していなかった』ということになっているのである。
なお、致命傷寸前だったケガは、彼自身の治癒魔法でほぼ完治している。
「今日の祝賀会の主役は君達だ」
オスマンにそう言われ、当然だとばかりにキュルケが胸を張った。
なお、今回の一件は宮廷も高く評価しており、3人には、王室からなんらかの褒賞が与えられるだろうと、老魔法使いは語る。
降って湧いた幸運に、キュルケは目を輝かせるが、ルイズは怪訝な顔をする。
「……3人、というのは…サイトには……」
そう、今回、フーケ討伐において功績を上げたのは、アレクを除けば、ルイズ、タバサ、キュルケ、そしてサイトの4人のはずだ。もしやと、ルイズはオスマンに問いかけた。
そして、
「……残念ながら、彼は貴族ではないのでな……」
結果は、予想通りだった。
サイトは、貴族ではなく平民、それも使い魔だ。褒賞を与えるなどもってのほかだと、宮廷内の意見はそのように一致しているらしい。
分かってはいた。しかし、これにはルイズも納得がいかないようだ。浮かない顔で俯いている。
フーケを捕らえたアレクを除けば、今回最も大きな働きをしたのは、『破壊の杖』を用いて見事ゴーレムを粉砕したサイトである。
彼がいなければ、自分達がこうして無事に帰ってくることもなかったかもしれない。それなのに、と、思考が少女の脳内を駆け巡る。
「申し訳ありません。
歴史と格調高い王国といえば聞こえはよいのですが、その実態は、古いしきたりや規則に凝り固まっているのです。
王位継承権を持つ者とはいえ、ボク1人の力では、どうすることも……」
アレクも、ルイズと同じ心中のようだ。無念極まるといった面持ちで、サイトに深々と頭を下げた。
これには、オスマンやコルベールも驚きを隠せない。王族が、使い魔に対してなんの中途もなく謝罪するなど、前代未聞だったからだ。
「別に、いりませんよ」
しかし、当のサイトはなんだそんなことと言わんばかりに、あっけらかんと言ってのける。
珍しくも敬語なのは、教師もいるこの場での、彼なりの配慮だろう。
曰く、謝礼が欲しくて戦ったのではないらしい。アレクは少年のその言葉に若干驚いたが、即座に彼の心情を察し、微笑ましげに笑顔を送る。
「それより、ちょっと聞きたいことがあるんですけど……」
「…うむ」
そして、次いで紡がれたサイトの言葉に、予想していたとばかりにオスマンは、神妙な面持ちで頷くのだった。
〜第15話 『接近の舞踏会』〜
少女達3人が退室し、部屋には4人だけが残っていた。
「オレは、こっちの世界の人間じゃない。
何も分からず、別の世界からルイズに召喚されたんです」
「えぇっ!?」
静まり返った室内に、サイトの言葉と、コルベールの驚愕の声が、殊更よく響いた。
中年教師が驚くのも無理はない。この少年は今、『自分は異世界人だ』と公言したのだから。
しかし、オスマンは特に驚いた様子もなく静かにイスに腰掛け、アレクはその後ろで無言のまま窓の外を眺めている。
「あの『破壊の杖』は、オレの世界の武器なんです。アレを、いったいどこから……?」
「…なるほど…そうじゃったか……」
度重なるサイトの衝撃的な告白にも、オスマンに動じた様子は見られない。
いや、実際は動揺しているのかもしれないが、それよりもはるかに、感慨にふけるかのような様子が際立っている。少なくとも、アレクにはそう感じられた。
「『破壊の杖』は、ある男の形見なんじゃ……」
まるで昔を懐かしむような、それでいてさびしそうな顔で、オスマンはかの宝物のいわれを語り始める。
もう、30年も前の話らしい。
若かりし頃のオスマンは、森でドラゴンに襲われ、杖も取り落とし、まさに絶体絶命の窮地に陥っていた。
その危機を救ったのが、『破壊の杖』を携えて、見たこともない奇妙な服を着た、その男だったという。
しかし、すでにどこかで重傷を負っていた名も知らぬ恩人は、運び込まれた学園で、看護のかいもなく天に召されてしまった。
その男は、『破壊の杖』を2本所持しており、オスマンを救った1本は彼と共に墓に埋葬し、もう1本を宮廷に献上したのだという。それが巡り巡って、結局は学院の宝物庫で保管されることになったのだ。
「くそっ……! せっかく帰る手がかりができたと思ったのに……!」
学院長の話が終わると、サイトは悔しげに声を絞り、机を殴りつける。
口調からしておそらく、彼はかねてから元いた世界に帰ろうと考えていたのだろう。そして、自分と同郷の人間がいるという事実から、その人物に帰郷するための手掛かりを訪ねようと考えたのだ。
しかし、その男はすでに故人。それでは情報を得ようがない。
手がかりを取りこぼして大きく肩を落とす友人の様子を、終始沈黙したまま、白銀の少年は横目で悲しげに見つめるのだった。
その夜の祝賀会は、大変なにぎわいを見せていた。友人や恋人との一時を楽しむ者、出された料理に舌鼓を打つ者と様々だ。
中でも目立つのは、幾人もの少女達に囲まれている1人の少年だろう。
白銀の長髪をいつもの三つ編みではなく首の後ろで一纏めに結び、黒いタキシードに身を包んだ長身の美少年。この王国の第2王位継承者、貴族令嬢の憧れの君、アレクサンドラ・ソロその人である。
「さすがですわ、殿下。宝物庫を破るほどの賊を捕縛なさるなんて」
「いえいえ、ボクはせいぜい、足手まといにならないようにするのが精一杯でした」
「そんなご謙遜を。聞けば、ミス・ヴァリエールをかばってケガをされたとか」
「まぁ、それは大変。お加減は大丈夫ですか?」
「ええ、水魔法で治癒も済ませましたから、問題ありませんよ」
「それは何よりですわ。あ、あの…よろしければ、この後わたくしと……」
とまあ、いわゆるもみくちゃである。
どうやら、公にされていないにもかかわらず、アレクがフーケ討伐に参加したことは、もはやかなりの噂になっているらしい。
まあ、参加したのが生徒だけ、それも『あの』ルイズが加わって、ほぼ無傷で帰ってきたというのだから、勘のいい人間ならば大抵予想がつくというものだ。
幼少の頃からの幼馴染という関係上、アレクはルイズのことを常に気遣っている。彼女が危険な任務に身を投じると聞いて、黙って見ているわけがないだろう。
そこがまた、令嬢達の嫉妬心を駆り立てるのだ。「ゼロのルイズのくせに生意気」、「幼馴染の座を利用して、殿下に言い寄る気に違いない」、といった具合である。
それはさておき、ギーシュあたりであるならば、こんな状況に陥れば、天国だとばかりにキスの1つでもさりげなくブチかますのだろうが、そこは顔に似合わず純情少年。
平静を保ってはいるが、大勢の女性に言い寄られ、脳内ではパニックが巻き起こっていた。返す言葉も、いささか定型文である。
「…あ、ちょっと失礼」
どうしたモノかと困り果てていたその時、バルコニーの手すりに寄りかかり、夜空を見上げているサイトを見つけた。
残念そうな声を上げる少女達に別れを告げ、彼の下へと駆け寄っていく。
彼女達には悪いが、これ以上は脳がオーバーヒートを起こしてしまう。つくづく、自分の色恋沙汰にはヘタレなイケメンであった。
「どうした相棒?
せっかくのパーティーだっつぅのに、シケたツラしやがって」
「ほっとけ」
背中に背負った剣の皮肉に、サイトは力なく不機嫌そうな言葉を返す。
「家に帰れるかもしれないと思ったのに、何も分からずじまいでガッカリ…といったところですか?」
「ッ!!」
すると突然、背後から核心を突かれ、弾かれたように振り返った。
そこには、柔らかい笑みを浮かべて立っているアレクの姿。
三つ編みでないからか、それとも服装の違いからか、若干いつもと雰囲気が違う。まさしく、『王子様』といった感じだ。
「…そうだよ。悪いか?」
「いえ、何も悪いことなどありません。
あなたには、あなたが元いた世界での生活がある……。
それを問答無用で取り上げる権限など、ボクにはないのですから」
ふて腐れたようなサイトの返事にも、彼は笑顔を壊すことなく返してきた。彼らしい、なんとも理性的で論理的な理屈だ。
そんな友人にサイトが思わず苦笑したその時、「しかし」、と、彼は続けた。
「少し、残念に思うのは確かです。
ボクは、あなたがミス・ヴァリエールのよき理解者になれると信じていますから」
「…へっ!
あんなわがままな女の気持ちなんて、オレにはサッパリ分かんねぇっつの!」
アレクのその言葉に、サイトは鼻を鳴らし、腕を組んでそっぽを向く。
しかしそれを見た銀髪少年は、イタズラでも思いついた子供のように口元を歪めた。
「おや。ならばなぜ、彼女のために戦おうなどとしたのですか?
それも、圧倒的な体格差のあるゴーレムに」
「うっ…そ、それは……」
まるで子供の様に小首をかしげつつ問いかけられたその言葉に、サイトは言いよどんでしまう。
言えない。思わず同情してしまったなどと。一瞬、しおらしく泣くあの姿を、カワイイと思ってしまったなどと。その命も意地もひっくるめて、守ってやりたいと思ってしまったなどと。死んでも言えない。
「…まあ、これはあなた自身の問題です。他人にどうこう言われて意思を曲げる必要などありません。
大切なのは、『自分の本心に従うこと』です。でないと、後で必ず悔いることになりますから……」
「…なんだよ……。意味深なこと言いやがって……」
冗談交じりにからかうような表情から、突然真面目な顔になった友人の言葉の裏に、何か暗いモノを感じ、少年は若干たじろいだ。心なしか宝石のようなエメラルドの瞳も、いつもよりその輝きがよどんでいるように見える。
「あぁ、いえ…なんだか今のあなたが、昔のボクにとてもよく似て見えたものですから…少し心配になって……」
そして、次いでアレクの口から紡がれたその言葉に、サイトは目を白黒とさせた。
片や、一国の王位継承権を保持する名門貴族の当主。そして片や、気位の高い娘の使い魔を務める苦労の絶えない平民だ。この2人のどこに、共通点があるのか。冗談もいいところである。
「…5年ほど前になります。まだ父上がご存命であられた頃、ボクは、ある選択肢を迫られました」
少しの間をおいて、ポツリポツリと、王太子は言葉を紡ぎ始める。
「『次期エルバート家当主』としての『立場』か…それとも、『アレクサンドラ・ソロ個人』としての『意思』か」
それは、究極の選択だったという。当時の苦悩を物語るかのように、彼の拳は固く握りしめられていた。
「…結果として、ボクは前者を取ったんです……」
それまでの父の教え通りに、エルバート家当主としてふさわしい『いい子』を演じた。結論から言えば、彼の一族やそれに仕える人々は、その決断によって救われたのだという。
12歳の子供の決断1つで王族の運命が左右される事態というモノがまったく思い当たらない使い魔少年ではあったのだが、とても内容を細かく聞く気にはなれなかった。
「そして残ったのは…どうしようもない無力感と、重くのしかかるような後悔だけでした……」
そう漏らすアレクの瞳から、たった一筋ながら、しずくが頬を伝って流れ落ちたから。
何か、途方もなく辛い過去があるのだろう。しかし、彼と知り合ってまだ日の浅いサイトには、それ以上は知りようがない。
今の極めて抽象的な内容ですら、話すのを躊躇している節があった。具体的な内容を聞き出すなど不可能だろう。いや、してはいけない。誰にでも、心に秘めていたい過去ぐらいはあるのだから。
「だから、どうかご自身の心に素直に生きてください。後で、自らの行動を恨むことのないように……」
語りたくないであろう過去を語ってまで、この貴公子は自分に経験者としてアドバイスをしようとしているのだ。主の幼馴染であるという点以外、大した関わりもない自分に。元の世界でも、このように親切にされたことはなかった。
「…オレは……」
とにかく、何か言わなければ。そんなわけの分からない義務感に駆られて、サイトが口を開こうとしたその時、
「ヴァリエール公爵が息女、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール嬢の、おなぁ〜りぃ〜」
司会のそんな口上と共に、1人の少女がパーティー会場に姿を現した。
純白の生地に淡いピンク色のフリルをあしらったドレスで着飾り、金色の首飾りを身に着け、ピンクブロンドの長髪を結い上げたその姿は、まさしく貴婦人。普段のわがままお嬢様の面影など、微塵も感じられない。
サイトは、あまりにも可憐なその姿に、つい先ほどまで憎まれ口を叩いていたことなど忘れて、思わず見惚れてしまっていた。
周りの男子生徒達も思わず惚け、いつも『ゼロのルイズ』とバカにしているにもかかわらず、このあとのダンスの相手にと誘う。
だが、当の彼女はそんな彼らに軽く会釈しつつも、ただ一点を目指していた。
すなわち、
「やだ、やっぱりあの子、殿下をダンスに誘うつもりよ?」
「家柄だけの付き合いのくせに、図々しいわ」
バルコニーに立つ、王子の元へと。
周りの女生徒たちがヒソヒソと悔しげに陰口を叩き、無言のままに断られた男子生徒達は、彼が相手ならば仕方ないと、肩を落としている。
サイトですら、
(ま、お似合いだよな……)
と、半ば納得してしまっていた。
今夜の彼女ならば、ダンスの相手は目の前の貴公子以外は務まらないだろう。見目麗しい少年少女。はたから見てもお似合いのカップルである。
だが、
「…何そんなところでボケっとしてるのよ」
「…何してたっていいだろ……。
今は、ご主人様から何も言いつかってねぇし……」
そんな各所の予想は斜め上へと過ぎ去っていく。
少女は女生徒の憧れの的である美少年の脇を素通りし、さえない使い魔へと声をかけたのだ。
虚を突かれたサイトは思わず、ふて腐れたようにそっぽを向いてしまう。
「…? なんか始まったぞ……?」
するとその時、突然会場に音楽が流れ始めた。
よく見ると、そこかしこで若い男女が音に合わせて踊り始めている。
「ほら、行ってこいよ」
その意味は、社交辞令などまるで知らないサイトにも理解できた。いわゆる、舞踏会というやつである。
親指で王子様の後姿を指差し、踊ってくるようにルイズを促す。
しかし、彼女は無言のまま、サイトにその右手を差し出してきた。
「…踊ってあげてもよくてよ……?」
顔を真っ赤に染めながら、それでも必死にそれを隠そうとそっぽを向いて、ぶっきらぼうな誘いの言葉を紡ぐ。
これには、周囲はもちろん、サイト本人もビックリである。ただ1人、銀髪の貴公子だけが予想通りだと言わんばかりに、満足げな笑みを漏らしていた。
「ほら、淑女の誘いを断るのは失礼ですよ?」
「って、オイ!? 踊るも何も、オレ踊り方なんて……」
満面の笑みの貴公子は、素早い手つきでサイトから剣を没収し、文句など聞き流して彼の背中をグイグイ押す。
結局、半ば流されるような形で、サイトは自身の主人と共に、バルコニーから会場へと移動していった。
「なかなか、よい雰囲気ではありませんか。微笑ましい限りです」
なるべく目立たぬよう、会場の隅で踊る幼馴染とその使い魔の姿を見つめながら、銀色の貴公子はそう漏らす。
どうやら、今回の盗賊騒ぎが、2人の距離をより一層縮めたようだ。
踊りにも慣れたようで余裕のできたサイトが何やら口にし、それを聞いたルイズが顔をゆでダコのように赤く染め上げている。案外、彼には女たらしの才能があるのかもしれない。
「こりゃ驚ぇた。
主人のダンスの相手を務める使い魔なんて、初めて見たぜ」
「何しろ、『伝説のガンダールヴ』ですから♪」
面白いものを見たとばかりに金具をカタカタと震わせるデルフリンガーと、脇に置いたその剣に共感するかのように微笑むアレク。
するとそこへ、1人の少女が歩み寄って来た。
「おや? ミス・タバサ、あなたは踊られないのですか?」
「いい、ここにいる」
せっかくの舞踏会なのだから、もっと楽しめばいいのにと言葉を贈るも、そんなふうに即答されてしまう。心優しい彼女のことだ。バルコニーで1人たたずむ自分に、気を使ってくれているのだろう。
しかし、忘れてはいけない。この少女は仮にも、今夜の主賓の1人なのだ。せめて今夜だけでも、笑っていてもらわなくては、エルバート家当主の名が廃る。
「そうおっしゃらずに。どうでしょう、ボクと、1曲だけでも……」
「…わかった」
再度、今度は手を差し伸べて誘うと、快く了承してくれた。心なしか口元が、嬉しそうにほほ笑んでいる。やはり予想通り、彼女も踊りたくないわけではなかったらしい。
「やれやれ…アイツぁ鋭いんだか鈍いんだか分かんねぇなぁ……」
少女の手を引き、会場へと向かう銀髪を見送りつつ、剣がカタカタとそう漏らす。
月明かりを浴びる1本の傍観者が見守る中、甘い舞踏会の夜は、静かに更けていった。