小説『ゼロの使い魔 〜虹の貴公子〜』
作者:荒唐井蛙()

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 『魅惑の妖精亭』でのアルバイト生活が始まって数日が経ち、サイトは持ち前の順応力と、ルイズにこき使われたことで知らず知らずの内に身についていた雑用の腕前を駆使し、新人とは思えないほど店に貢献していた。
 一方ルイズは、あまり芳しくはない。働き始めて数日が立つ今でも、不埒な客とのいざこざが絶えないらしい。おかげで、チップ1つ集められないでいる。
 やはりこの任務は、彼女には荷が重かったのではないかと、サイトは何度目か分からないため息をついた。


 「へぇ、そうなんだ。スカロンさんが……」

 「アンタのこと結構気に入ってたよ。ちょっとタイプだってさ」

 「そ…そっスか……」


 それはさておき、仕事にも慣れて余裕のできた彼は、こうしてジェシカと談笑することもできるようになっている。話の内容が、まったくというほど嬉しくないのは、彼自身どうかと思っているところだが。
 と、そこに、突然後方からワインの詰まったビンが飛んできた。見事に後頭部にその一撃を喰らったサイトは、そのまま気を失ってしまう。
 ホールでは、嫉妬に狂ったピンクブロンドの阿修羅が、恐ろしい形相で彼を睨みつけていた。







〜第17話 『潜入捜査・後編』〜







 サイトが目を覚ますと、そこは借りている屋根裏部屋ではなく、きれいに掃除の行き届いた見知らぬ部屋だった。どうやら、宿として使用している部屋の1つのようだ。


 「いってててて……」


 起き上がり、後頭部の鈍痛に顔をしかめる。


 「大丈夫?」


 するとそこには、カラッとした笑みを浮かべるジェシカがいた。


 「アンタ、飛んできた酒ビンに頭ぶつけて、気絶したんだよ?」

 「…ビン……?」


 曰く、彼女が失神した自分を、この部屋のベッドに寝かせてくれたのだとか。とりあえず、感謝すべきだろう。
 とはいえ、なんでそんな状況に陥ったのか、少年は皆目見当もつかない。この世界では、ビンは飛び回るものなのだろうかなどと、くだらない考えが頭をよぎる。


 「…ねえ、アンタとルイズって、兄妹じゃないでしょ」

 「え!? い、いきなり何!?」


 が、そんな思考はジェシカのそんな言葉で、いずこかへ吹き飛んでしまった。
 唐突に図星を突かれ、サイトはしどろもどろの返事を返す。初日から、何やら疑いの目を向けられていたような気がしていたが、やはり間違いではなかったようだ。


 「見てりゃ分かるわよ。でも、恋人って雰囲気でもないようね……」

 「あのさ…ジェシカ、なんか誤解……」


 ここで、任務のことをバラすわけにはいかない。少年はない知恵を絞って、必死に言い訳を考える。


 「それにルイズ…あのコ貴族ね?」

 「いっ!?」


 だが、次から次へと、この少女は図星をついてきた。もはやすべてを見透かしていると言わんばかりの瞳で、サイトにジリジリとにじり寄る。


 「な、何言ってんだか……。
  あんな乱暴で、淑やかさの欠片もない、きっ貴族が、いるわけねぇだろーが……」

 「ふふっ、やっぱりね!」


 目をそらしながらのサイトの反論も、まったく効果がないようだ。
 まあ、彼の仕草は、素人の目から見ても白状しているようなモノなので仕方がない。とことん、ウソがつけない少年である。


 「あのコ、最初、お皿の運び方も知らなかったのよ?」


 加えて、異様なまでのプライドの高さ、そしてあの物腰。貴族に間違いないと、ジェシカは自信たっぷりに断言する。


 「さしずめアンタは、あのコの従者?」


 かなりの洞察力だ。さすがは客商売をしているだけはある。


 「……従者じゃねぇよ。あんま首つっこまない方がいい」


 これ以上隠し通すのは難しいと考えた少年は、いかにも危ないことをしているふうを装い、ついでにキザっぽく忠告した。
 実際、仮にも王位継承者2人からの密命であるので、一般人が安易に関わるべき事柄ではないことは確かだ。彼自身がどの程度自覚しているかは不明だが、その言葉も、まんざら的外れというわけではない。
 しかし、


 「何それ? ヤバイ橋渡ってんの?
  面白そう! アタシ、そーゆー話大好きなの!」


相手は、なんとも好奇心が旺盛なお嬢さんだった。
 今度は、もっと詳しく話せと要求してくる。誰にも言わないとは言っているが、やはり内容が内容だけに話すのははばかられる。
 やはり、あくまでもシラを切り通すべきだったのかもしれないと、サイトは今さらながらに後悔した。


 「その代り、あたしも色々、教えて・あ・げ・る」

 「えぇと……お、教えるって…なな何を……」

 「ヤボなこと聞かないで……?」


 ついに少女は、最終手段とばかりに色仕掛けで迫ってきた。店1番と思われる豊満な胸にサイトの手を押し付け、彼の精神をガリガリと削りにかかる。
 雰囲気はまるで違うが、キュルケにも匹敵する色っぽさだ。
 と、その時、


 「何してんのよ、アンタは!」


部屋の扉をブチ開け、ものすごい剣幕でルイズが乱入してきた。
 反射的にサイトはベッドから飛び降り、直立不動で姿勢を正す。躾は順調に行われているようだ。


 「じょ、情報収集! いや、ほら…彼女は店長の娘だからさ……だからオレ、出入りする客のことをさ……」


 戦々恐々と言った様子で言い訳を重ねるサイトに、ルイズはツカツカと歩み寄り、


 「ドコの情報を集めてたのよぉおおぉおぉお!!」

 「ぐはぁああぁああああぁああっ!?」


壁を震わせるほどの怒声と共に、不埒な下半身を蹴り上げた。
 激烈な痛みに耐え切れず、断末魔のような奇声を上げて、少年はその場に崩れ落ちてしまう。


 「ホント、バカなバカ犬なんだから……!」


 そう呟きながら、動かなくなった使い魔の両足を掴み、部屋の外へと引きずっていく小柄な少女。


 「待ちなさいよルイズ」

 「…何よ?」


 しかし、そこでジェシカが待ったをかけた。不機嫌そうに、ルイズは足を止めて彼女を振り返る。


 「仕事はどうしたの?」


 確かに、ジェシカの指摘ももっともだ。
 今は店の営業時間内。仮にも店員である彼女がここにいるのは、いささか不自然だと言える。


 「うっさいわね。このバカ犬…じゃない、バカ兄を調教したらすぐ戻るわ!」


 が、少女はふて腐れたかのようにそう言い捨てた。うっかり正体をバラしそうになったのと、顔が朱色に染まっているのはご愛嬌だろう。まあ、正体云々に関しては、もはや手遅れなのかもしれないが。


 「そんなことしてる暇あるの? チップ1つ満足にもらえないクセに。
  ま、しょうがないか。その貧弱な……」

 「な、何よ!
  ちょっと胸がないくらいで人を『ガキ』だの『ミジンコ』だの……」


 からかうかのようなジェシカの言葉に、顔を真っ赤にして反論するルイズ。なんだか遊ばれている感が否めないのは、気のせいではないだろう。


 「いや…ミジンコまでは、誰も…ぉぶふっ!?」

 「見てなさいよ! 私が本気を出せばスゴイんだから!」


 少女は冷静にツッコもうとするサイトの顔面を踏みつけて、高らかにそう言い放った。


 「あらそう?
  じゃ、今やってる『チップレース』も、優勝間違いないってことね?」


 ジェシカの言う『チップレース』とは、その名の通り、客からもらったチップの総額を競い合うレースのことだ。この店においてたびたび開催されるこの行事、今はちょうど、その週間なのである。


 「き、決まってるじゃない!」


 未だにチップをもらったことがないにもかかわらず、ルイズは虚勢を張ってしまう。ここで肯定しなければ、何かに負けたような気分がしたのだろう。
 平民にハレンチな格好で媚を売るのは嫌だが、ジェシカに負けるのはもっと我慢ならないとか、おそらくはそんな感じだ。乙女心とは、かくも複雑であった。







 なんだかんだで時間はあっという間に過ぎ去り、運命の『チップレース週間』最終日。色々な意味で重要なその日に、その男は数人の兵を引き連れてやって来た。
 格好と態度から察するに、おそらくは貴族なのだろう。無理矢理に他の客を立ち去らせて静まり返ったホールの中央を、我が物顔で陣取っている。


 「おいコラ。女王陛下の徴税官に、しゃくをする者はおらんのか!」

 「……誰よ?」


 いつの間にか店員も消え失せている現状にイラ立ちを覚えて文句を垂れている中年のチョビ髭男を厨房から眺めつつ、サイトは隣にいる看板娘にそう問いかけた。


 「この辺の徴税官をやってるチュレンヌ。
  アイツらに逆らったら重い税をかけられちゃうから、商売やってる人はみんな逆らえないんだ」


 ジェシカが説明している間もチュレンヌは、店員はどこだと、テーブルを叩いて催促している。


 「触るだけ触って、チップ1枚払いやしない……。
  あんな奴に付くコなんかいないわよ」


 アレクとはまるで正反対だと、苦々しげにつぶやくジェシカ。
 きらびやかな衣装と、ブクブクに太りきったその体型は、長きにわたって町人をしいたげてきた証にも思える。


 「なんであの王子様に言わねぇんだよ!? あの人なら、なんとかしてくれるんじゃ……」


 サイトの意見はもっともだ。ここは、かの王太子がよく通う店。たとえ貴族でも、そんな場所で好き勝手に振る舞うなど、本来ならば許されることではない。
 しかし、


 「証拠がないのよ……! アイツ、殿下が来ない日を狙って来るし……」


少女はそう吐き捨てた。チュレンヌが巧妙にアレクの来店しない日を選んで来るため、アレクはチュレンヌによる横暴の現場を見たことがないのである。
 かの少年曰く、魔法学院の生徒、さらにはエルバート家当主という立場上、さすがに毎日店に来るのは不可能。よしんば部下を警備にあたらせたとして、どこか別の場所で被害が出るだけ。町中の店に警備をつけられるほど、人員にも予算にも余裕はなく、結果として放置するしかなくなっている、とのことだったという。


 (……なるほど、そーゆーことか……)


 その話を聞いたサイトは、今回の任務における、かの神童の意図を直感で理解した。
 よくよく考えてみれば、おかしな話である。
 幼い頃から平民と共に過ごし、定期的に酒場に遊びに来るアレクが、横暴を働く『一部の貴族』に心当たりがないはずがない。にもかかわらず、1週間前に王宮で任務を言い渡す際、彼は『一部の貴族』というあいまいな表現を使うだけで、他に情報らしい情報を与えなかった。
 アンリエッタと共になんだかんだと理屈を並べてはいたが、おそらくは今回の任務自体、彼が行きつけの店をあの男の横暴から助けたかっただけのモノだったのだろう。
 しかし、かの少年は個人的な都合で人を動かすことに、少なからず引け目を感じていたのかもしれない。だからこそ、『チュレンヌ』という具体的な名前を提示できなかったのだ。


 (ったく、それならそうと言ってくれりゃあいいのに……
  頭が固いってゆーか、頑固ってゆーか……)


 「知り合いが困っているから、力を貸してほしい」。それだけ言えば済んだ話なのにと、サイトは友人の顔を思い浮かべながら苦笑する。
 と、その時、


 「ふざけないで!!」

 「ぐほぁああ!?」


店内に、少女の怒号と中年の絶叫がこだました。
 何事かと思ったサイトが再びホールへと目を向けると、


 「ル、ルイズ!? あんのバカ何やって……!」


そこにはイスから転げ落ちているチュレンヌと、真っ赤な顔で胸元を隠しているルイズの姿があった。


 「え? 今さら?」


 少年の隣の看板娘は、目を丸くしている彼に「今頃何言ってるんだコイツ」とでも言いたげな目線を送っている。
 なんでも、結構前から事態は推移していたらしい。おそらくは、サイトが柄にもなく物思いにふけっていた間の出来事だったのだろう。
 とにかく、何を考えたのかは分からないが、無謀にもルイズはチュレンヌへと近づいて行った。大方、金を持っていそうな貴族からチップでも貰おうと思っていたのだと思われる。
 ところが、徴税官は彼女の控えめな胸をからかい、さらにはいやらしい手つきで触れようとした。
 そこで炸裂したのが、ルイズ渾身のハイヒールキックである。美しい弧を描いたそれは、見事チュレンヌの顎を直撃し、現在に至るというわけだ。


 『きゃぁあぁああっ!!』

 「ノォオォォオオォオオォオオオン!!」


 その様子を見ていた店員やスカロンは、思わず顔を真っ青に染める。
 仮にも辺りの商売人をその支配下に置く貴族に蹴りをくれたのだ。それも当然だろう。
 この後の展開が予想できたサイトは、慣れた手つきでデルフを背負い、隣にいるジェシカに気づかれないほどゆっくりとした足取りで歩き始めた。


 「ななな…貴様っ……!」


 チュレンヌはテーブルをちゃぶ台よろしくひっくり返し、その憤怒の激しさを表している。スカロンが仲裁に入るも、彼の怒りは収まりそうもない。
 兵が無礼を働いた少女を取り囲み、杖を構えたその時だった。


 「オッサン、いい加減にしとけよ」


 片刃の長剣を鞘から抜き放ち、怒りに狂った徴税官の前に、サイトが立ちはだかったのは。







 『魅惑の妖精亭』の裏口に、2つの人影がたたずんでいる。


 「本当に、ありがとうございました」


 1つは、黒いローブに体全体を覆われた謎の人物。中性的な声で、少年とも、少女とも取れる。


 「そんなめっそうもない。お礼を言うのは私の方ですわ」


 そしてもう1つは、この店の主である、露出過多な変態ボディービルダーである。


 「チュレンヌは今頃、ミス・ローズが捕縛に向かっています。もう、これまでのようなことはないでしょう」


 安心して商売に励むようにと、フードの下から、謎の人物はスカロンに微笑みかけた。
 あの後、サイトとチュレンヌ達の乱闘が巻き起こるかと思われたが、実際にはルイズの所持していた王室からの身分証明書によって、この事件はアッサリと解決することになった。
 少女と少年の正体が、王室の女官とその従者ということが分かるや否や、徴税官はそれまでの高圧的な態度を一変させ、土下座で許しを乞うたのだ。結局、持っていた金銭を全て置いて逃げ去ってしまった。なんとも小者臭のする男である。
 ちなみに、『チップレース』の結果だが、この時チュレンヌが置いて行った金額が断トツの最高額だったため、優勝者はルイズとなった。


 「でもビックしたわぁ。
  『友人を向かわせましたから後はよろしくお願いします』、なんて突然おっしゃるんですものぉ」


 身体をクネクネとさせながら、スカロンは1週間前を思い出してそう言う。


 「申し訳ありません。あまり綿密に事を運ぶと、気取られるかと思ったもので……。
  ぶっつけ本番がちょうどいいのではと考えたのです」


 謝罪の言葉を贈りながら、謎の人物は目深に被っていたフードを取る。
 そこにあったのは、


 「もぅ、見かけによらずイジワルなんだからぁ」


この国ではあまりにも有名な、『七色』の二つ名を持つ、王太子の姿だった。


 「すみません。今度、何かおごりますから」

 「トレビア〜ン! 嬉しいわぁ!」


 そう言って笑い合う、一国の王子と酒屋の店主。
 実を言うと今回の一件、何から何までこの2人の掌の上だった。
 サイトとルイズがココで働くことになったのも、単なる偶然ではない。あらかじめアレクとスカロンの間で秘密裏に連絡が交わされ、2人をここで雇い入れることになっていたのである。
 さすがにルイズがカジノで有り金を全部失うことまでは想定外だったらしいが、おかげで難なく彼らを店に誘うことができた。そこは、うれしい誤算だったと言える。
 そこからはおおむね、王太子と酒屋店主の計算通りだった。
 チュレンヌはサイト達の手によりその悪事を暴かれ、今頃はアレクの部下が折檻という名の捕縛に向かっているはずだ。まあ、件の功労者たる少年達はその事実に、まったく気づいていないのであろうが。


 「おや、噂をすれば」

 「トレビア〜ン! なんてきれいな氷柱なのかしら!」


 町に醜い断末魔が響き渡り、同時に広場の方角に巨大にして美しい氷の塔がそびえ立つ。
 王太子の言う『ミス・ローズ』なる人物によって、不届きな輩に鉄槌が下されたことを、ひときわ高い建造物が、雄弁に物語っていた。

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