小説『ゼロの使い魔 〜虹の貴公子〜』
作者:荒唐井蛙()

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 サイト達が任務を終える頃、魔法学院も夏季休暇に突入し、院内はすっかり静まり返っていた。生徒達の多くは帰省したり、旅行に行ったりしているのだ。
 事実、タバサは実家に帰り、その親友であるキュルケも彼女に付いて行った。まるで金魚の糞のようだとは、ルイズの談である。
 なお、あれからチュレンヌは徴税官の地位を追われ、今は原因不明の高熱のため屋敷で寝込んでしまっているらしい。よほど、地位をはく奪されたことがショックだったのだろう。なんとも気の小さい男だ。
 とまあ、それはさておき、主従2人は実に久しぶりとなる学院での生活を満喫


 「洗濯が終わったら部屋の掃除! グズグズしてると、ご飯抜き!!」

 「へいへい……」


していなかった。
 ルイズが洗濯物を山と積んだカゴをサイトに投げ渡し、彼は渋りながらもカゴを持って部屋を出ていく。


 「誰でも彼でも、見境なしにデレデレするんだから……!」


 どうやら、今朝方キュルケとの別れ際に、彼女の色仕掛けに顔をにやけさせていたのが気に入らないらしい。


 「って、なんで私がそんなことで腹立てなきゃならないのよ……。
  あーん! もう! イラつくぅぅううぅううっ!!」


 しかし、彼女自身が自分の心境の変化をあまり自覚していないようだ。頭をかきむしり、ジダンダを踏んでいる。
 当初から思えばだいぶ打ち解けてきたが、この2人が1歩進んだ関係になるのは、まだまだ先の話になりそうだ。







〜第18話 『アレクの過去』〜







 一方、両手でカゴを抱えながら廊下を歩くサイトは、


 「ルイズの怒鳴り声…理不尽な労働……あぁ、なのになぜだかホッとする……」


文句を言うでもなく、微妙に笑顔だった。お嬢様にこき使われる現状に、だんだんと毒されてきているようだ。
 彼がいつも使っている洗い場に向かおうと中庭に出てみると、


 「な、何を言うんだ。それは誤解だよ……」

 「そのセリフはもう聞き飽きたわ!」


金髪の自称イケメン・ギーシュと、これまた金髪の縦ロール・モンモランシーが、口論を繰り広げていた。当然のことだが、モンモランシー優勢で。
 非常に意外なことだが、この2人、以前の二股騒ぎの後も、なんだかんだで付き合っているらしい。


 「いいこと、ギーシュ? 私は別に、あなたなんかなんとも思ってないの。
  あなたがどうしてもって言うから付き合ってあげてるのに……」

 「モ、モンモランシー、とにかく落ち着いてボクの話を……」


 よくは分からないが、どうやらまたしても自称プレイボーイが何かやらかしたようだ。主に、女性関係で。
 ギーシュの弁解など聞く耳持たないと言った様子で、モンモランシーは彼を置いてツカツカと歩き始める。


 「見てらっしゃいよ……!」


 金髪少女のそんな呟きが、聞こえたとか聞こえなかったとか。


 「お願いだ……! 待ってくれ!」

 「ついてこないで!」

 「待って! モンモランシー! ボクの話を聞いておくれ!」

 「…アイツらも変わらねぇよなぁ……」


 塔の中へと消えていく2人のそんなやり取りを眺めつつ、サイトは苦笑交じりにそう漏らす。
 何はともあれ、学院は今日も平和なようだ。
 と、その時、


 「アレは……」


厨房の入り口近くに立てかけられていた、それこそ人が入れそうなほどの大釜に目が止まる。やはり大勢の生徒の食事を作るには、あれくらいの大きさが必要なのだろう。


 「! そうだ!」


 瞬間、サイトは何やらひらめき、一目散に厨房へと入っていくのだった。







 ちょうどその頃、中庭の一角にたたずむ1人の少年がいた。


 「ふふふ…ミス・ツェルプストーが学院にいない今が好機……。
  早々に、お2人の仲を進展させる新たなイベントを……!」


 銀色の髪の下にある瞳に闘志を燃やし、拳を固く握りしめる。
 神童との呼び声高い彼ではあるが、なんというか、近所のお見合い好きのおばちゃんのようなテンションである。


 「アレク様」


 と、その時、足音もなく近づいてきた人物に、後ろから呼び掛けられた。


 「……何か用ですか? セルバート」


 その声色で、人物を特定したのだろう。振り返ることなく、若干冷たい言葉を投げかける。


 「はい。僭越ながら、モノには限度がございます」

 「…………」


 「今日こそは、領地にお戻りください。
  このままではこのセルバート、先代様に顔向けができませぬ」


 深々と、恭しく頭を下げる自らの従者に、少年は無言のまま唇をかむ。
 初夏の風が、2人の間を吹き抜けていった。







 再び場所は戻り、サイトは現在進行形で、大釜を転がして絶賛移動中である。
 あれから、彼はコック長であるマルトーと交渉し、この大釜を貰い受けたのだ。
 どうやら、元々廃棄するモノだったようで、


 「どうせ捨てようと思って置いといたんだ。
  遠慮なくもらってってくんなぁ! 『我らの剣』!!」


といった具合で、快く譲ってもらったのである。久しぶりに会ったが、その豪快なスキンシップは相変わらずだった。


 「この辺でいいか」

 「貴族に手伝ってもらぃや、魔法であっという間に運べたろうによ」


 重い大釜を、なんとか邪魔にならない庭の隅まで移動する。
 背中のデルフが身もフタもないことを言うが、これはあくまでも私事であるので、少年としては頼むのはどうにもはばかられるのだ。


 「こんな大釜で何する気だ?」


 サイトは、料理人ではない。このような代物を使う場面があるとは思えない。
 長剣の疑問は、ひどくもっともだった。


 「ふっふっふ〜♪ 夜のお楽しみ♪」

 「は?」


 しかし、少年はそう言って不敵な笑みを漏らす。わけが分からないと言った様子で、デルフは再度、疑問符を乱舞させた。
 すると、


 「まったく、帰りが遅いと思ったら、洗濯物放って何してるのよ」

 「でぇっ!?」


いつの間にか、背後にルイズが立っているではないか。
 呆れたとばかりにため息をつくその手には、ちゃっかりとムチが握られている。


 「ま、待て待て落ち着け! これからやる! やりますです!!」


 あまりに恐ろしいその立ち姿に、サイトは狼狽し、その場で土下座を連発し始める。もはや恒例となりつつあるが、いつ見ても、なんとも情けないことこの上ない図だ


 「嫌なモノは、嫌なのです!」


 が、不意に聞こえたその一言によって、少女の手の中でムチがピシリと音を立てた。


 「…今、なんていったのかしら? 犬」

 「え!? い、いや! 今のはオレじゃ……!」


 黒い笑みを浮かべる少女の異様な迫力に、サイトは半ば半泣き状態だ。
 どこの誰だか知らないが、紛らわしい言葉を紛らわしいタイミングでよくも言ってくれたものである。キョロキョロと辺りを見回し、少年は声の主を探す。


 「お待ちください! あなた様は、エルバート家の当主で……!」

 「その言葉は聞き飽きました! もう、ボクに構わないでください!!」


 すると、先ほどのモンモランシーとギーシュよろしく、早足で追いかけっこをしている2人の人物を見つけた。
 追いかけられている方は、言わずと知れたトリステイン王国第2王位継承者たる少年だ。その印象的な銀髪を、見間違えるなどあり得ない。
 だが、追いかけている方の人物には、サイトはとんと見覚えがなかった。白髪の混じった髪をオールバックにまとめ、黒いモーニングコートを着た紳士である。


 「アレク様! どうか、わたくしめの話を……!」

 「ついてこないでください!」


 アレクはそそくさと歩き去り、黒服の紳士は追いかけることもできずに立ち尽くしてしまっている。その背中が、サイトにはとてもさみしそうに見えた。


 「誰かと思えば、セルバートじゃない」

 「! ル、ルイズ様……!」


 すると、ルイズが紳士に話しかけ、彼もその声に振り返る。
 どうやら、この2人は顔見知りであるらしい。


 「これはなんとも…お恥ずかしいところを……」

 「またアレクを連れ戻しに来たの? いい加減に諦めればいいのに」


 イマイチ事情が見えないサイトは、素直に挙手し、


 「あのさ、わけ分かんないんだけど、どーゆーことだ?」


いつの間にか歩み寄って紳士と言葉を交わしている少女に、そう問いかけるのだった。







 「申し訳ありません。わたくしめが、このような場所に……」

 「謝ることないわよ。ついでにお茶まで淹れてもらってるわけだし」

 「ホント、ちゃっかりしてるよな、お前……」


 立ち話もなんだということで、3人は寮の一角にあるルイズの部屋に来ている。室内には、先ほどセルバートが淹れた紅茶のにおいが、優雅に漂っていた。


 「それで、いったいどーゆーわけなんだ?」


 場も落ち着いたので、サイトがルイズに本題を切り出した。
 あんなツンケンした態度のアレクなど、初めて見る。何か、よほどの事情があると、彼は睨んでいた。


 「わたくしから、お話しいたしましょう」


 そこへ、盆を脇に抱えて直立不動を守るセルバートが、口を挟んでくる。


 「わたくしは、先代エルバート公の代から、エルバート家の執事を務めております、セルバートと申します」


 すでに少年は、彼の名前を又聞きとはいえ知っているのだが、律儀にも紳士は自己紹介から話に入ってきた。見た目と口調の通り、生真面目な人物のようだ。


 「先代……?」

 「ご先代…アレク様のお父君は、2年前に崩御されたのです」


 崩御。すなわち、死んだということだ。言葉の意味が分からずに目をパチクリとするサイトに、横からルイズが小声で捕捉をつけ足した。
 それ以来、15という異例の若さながら、アレクがエルバートの当主を引き継いで、現在に至るのだという。


 「当主となられたからには、領地の統治に専念するのが常でありました。
  しかし、あの方はその責を負うと同時に、学院への入学を熱望されたのです」


 本来、そんなことはあり得ない。領地から遠く離れた学園で学び、同時に領地の統治運営を一手に引き受けるなど、並みの貴族ではまず身体が持たないだろう。
 そんな生活を、あの少年は寝る時間を削ってまで、実現させているのだという。
 当然、そんな現状をいつまでも放っておくわけにもいかず、執事自らこうして迎えに来たらしい。結果は、先ほど見た通りに惨敗だったようだが。


 「ルイズお前、知ってたのか……!?」


 信じられないと言った様子で、サイトがルイズに問いかける。幼馴染がそのような無茶をしていたことをもし知っていたのなら、なぜ止めないのか、と。


 「知ってたわ。でも、止めても聞かないのよ」


 結果は、ある意味予想通りだった。
 「大丈夫です」。そういって、笑顔を浮かべながらやんわりと忠告を無視する姿が目に浮かぶ。


 「元から、なんでもしょい込んじゃう人ではあったんだけどね……。
  それが5年くらい前から、急に……」


 元来、暇を見つけては平民と遊び、悩み事は周りを頼らず自分で解決してしまうような、風変わりかつ苦労人気質な人物だった。
 それが5年前、急に悪化したのである。
 表向きは、何も変わっていない。いつも通りの笑顔で、いつも通りに優しく接してくる。しかし、時折、暗い影が瞳に見え隠れするのだ。
 当時こそ、その闇に恐怖すら抱いた少女だったが、最近ではそれも収まり、彼女はあまり気にするのをやめたらしい。いや、諦めたと言った方が正確か。


 「……すべては、あの日が始まりでございました……」


 拳を握りしめ、セルバートが声を絞り出した。
 その様子に、サイトだけでなくルイズまでもが疑問符を浮かべる。


 「…アレク様のご友人であるルイズ様と、その使い魔の方ならばかまいますまい……」


 息を1つ吐き、黒服の紳士は意を決したかのように語り始めた。


 「5年前のある日でございました」


 当時12歳の少年には、


 「わたくしは、雨に打たれながら絶望の中で嘆き悲しんでおられるあのお姿を、一生忘れることなどできないでしょう……」


あまりにも残酷で、


 「殺されてしまったのです」


あまりにも無慈悲な、


 「ご自身の、ご婚約者を」


彼の過去を。







 日も傾き、夕焼けに染まる空を眺めながら。アレクは立ち尽くしていた。
 傍らには、悲しげに主を見つめる、1羽の鳥。


 「…マリィ……」


 胸元から取り出した、2組の純銀製の指輪。銀色の鎖を通し、ペンダントにしているようだ。
 常日頃から首に下げているそれを見つめ、絞り出すかのように名前を呟く。
 当然ながら、返事はない。


 「…うっ……くっ……」


 いつしか言葉は掻き消え、代わりに嗚咽が静まり返ったその場に響き渡る。
 頬からは大粒のしずくがしたたり落ち、紅色に染められた大地を濡らしていた。







 「こ、殺されたって…いったいなんで……!?」


 サイトの叫びが、室内にこだまする。
 信じられなかった、セルバートの言う真実が。そして、そんなことなどなかったかのように振る舞う、アレクの笑顔が。


 「アレク様の婚約者…マリィ・アン様のお父君、ルーヴェルディ伯爵が、反逆罪に問われたのでございます」


 そんなサイトの言葉に怯むことなく、セルバートは眉間にシワを寄せながらも言葉を続ける。


 「結果、ご息女であられるマリィ・アン様にも疑いがかかり、お2人とも、領地内で公開極刑に処せられました」

 「マ、マジかよ……」


 セルバートの語る過去に、サイトは紡ぐ言葉が見つからなかった。
 中世ヨーロッパのような文化が横行しているとはいえ、まさかそのようなことが現実にあろうなど、平和な世界から来た彼には少々ショッキングな内容だったのだ。


 「で、でもおかしいわ! アレクに、婚約者がいたなんて話っ……!」

 「混乱を避けるため、あくまでも秘密裏に交わされた婚約でしたので……」


 「聞いたことがない」。そう続けようとしたルイズの言葉を、セルバートの告白が遮った。
 仮にも王族の長男の婚約者が勝手にいきなり決まったとあっては、国中の貴族が大混乱に陥る。それを避けるため、あくまでも内密に、時機を見て公表するということで、2人の婚約がなされたのだ、と。
 それならば婚約自体を待つこともできたのではないか、とサイトはツッコむが、


 「アレク様とマリィ・アン様は、それはもう仲睦まじい間柄でございました。
  我々使用人の間でも、お2人のご結婚が確実視されるほどに……」


どうやら婚約は、他でもない2人の意思であったらしい。
 いずれ誰とも知れぬ貴族の子女と婚約を結ばされるくらいなら、早々に自分達の間で結んでしまおうと、そう言っていたのだとか。


 「幸いにも、婚約があくまでも極秘であったこともあり、アレク様に疑いの目が向けられることはありませんでした」


 本来ならば、婚約者であるアレクにも、反逆の疑いがかかるところだ。しかし、婚約(そのこと)を秘密にしていたのが功を奏したと、セルバートは語る。
 が、


 「アレクのことだもの……そこまで愛していた人が処刑されて、心穏やかなはずがないわね……」

 「……そうだな……」


その事実は、無垢な少年の心に大きな影を落とした。
 何よりも愛していた少女の死。自分だけが生き残ってしまったという孤独と罪悪感。反逆を企てたルーヴェルディ伯爵への憤怒。ぶつける相手のいない憎悪と復讐心。
 それらの負の感情が心の中で暴れまわり、少年の心身を地獄の業火で焼き続けていたのだろう。


 「それからでございます。
  あの方が、互いに素直になれない男女を見るたびに、その仲を取り持つようになられたのは……」


 家柄やら周囲の反対やらで、結局結ばれることなく死に別れたアレクとマリィ。2度と結ばれることのなくなった自分達の姿を重ねているのだろうと、セルバートは悲しげに語る。
 おそらくは学院に入学したのも、『習慣であり社交の場であるから』というのは建て前で、本当のところは、より多くの若い男女の恋仲を取り持つためではないかと、彼は半ば確信していた。


 「このセルバート、一生のお願いでございます!」



 もはや、自分ではアレクの力にはなれない。心労を肩代わりすることも、その悲しみを和らげることもできない。


 「どうかあの方を、よろしくお頼み申します!!」


 自らの無能と無力を嘆きながら、セルバートは頭を下げる。幼い頃からの友人であったこの少女ならばと、わずかながらの希望を見て。
 そんな老紳士の姿に、ルイズとサイトは、ただただ頷くことしかできなかった。

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