小説『ゼロの使い魔 〜虹の貴公子〜』
作者:荒唐井蛙()

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〜第3話 『平民の使い魔』〜







 夕食後、澄み渡った夜空に星々が輝き、生徒それぞれが思い思いに自分の時間を過ごすそんな時刻。
 アレクは貴重な文献の類いが収蔵されている書物庫の奥深くで、ランプの明かりを頼りに、無言のまま分厚い資料に凄まじい速度で目を通していた。テーブルを挟んだその向かい側では、教師であるコルベールも大量の書物を読み漁っている。


 「違う……。これも違う……」


 一心不乱にページをめくるその姿には、鬼気迫るものがあった。薄暗い書物庫の雰囲気もあって、その場にはピリピリとした空気が張り詰めている。
 事の始まりは、昼間の使い魔召喚の儀にさかのぼる。
 衆人観衆の中、ルイズが呼び出したのは、なんと平民の少年であった。それも、よほどのド田舎に住んでいたのか、言葉がまったく通じない。
 基本的に獣を呼び寄せる召喚の儀式でのこの結果は、あまりにも異例かつ屈辱的な事態である。歴史を紐解けば、確かにそのような事実がなかったわけではない。とはいえ、やはり極めて珍しいケースであることに変わりはないのだ。
 結局、こんなはずではなかったという少女の訴えもむなしく、彼女はどういうわけか召喚された少年と契約を交わすこととなった。
 コルベール曰く、使い魔召喚の儀式は、メイジとして一生を決める神聖なモノ。召喚した対象がなんであれ、やり直すなどということは、儀式そのものに対する冒涜なのだそうだ。
 とまあ、そんな諸事情はさておき、なぜ彼らがこんな時間にこんな場所で本を読んでいるのかというと、理由はかの少年に現れた使い魔のルーンにある。契約の儀と同時に少年の左手甲に現れたルーンを、どこかで見たような気がしたアレクは、コルベールと共にこの書物庫まで資料をあさりに来たと、こういうわけなのだ。


 「…殿下、そちらはいかがですか?」

 「いえ…これといった収穫は何も……」


 が、意気込みに反して、成果はまったく上がっていなかった。
 深い溜息を吐きつつ額の汗をぬぐうアレクの口から、疲労感の垣間見える呟きが漏れる。横を見上げれば、山と積まれた紙の塔。2人の努力と苦労の軌跡が、そこにはあった。
 これだけ調べて何も成果がないということは、やはり何かの思い違いだったのかと、諦めムードが場に漂い始めたその時、


 「? ホークス?」


使い魔である不死鳥が、主である少年の前に舞い降りてきた。鋭い爪が光るその足には、これまた分厚い本が掴まれている。どうやら、新たな資料を見つけて運んできてくれたらしい。
 召喚して早々に主のわがままに突き合わせてしまったことを申し訳なく思いつつ、感謝の意を込めて羽毛に覆われた首元を優しく撫でる。するとホークスは、気持ちよさそうに目を細め、喉を鳴らし始めた。
 そんな1人と1羽の姿を、コルベールは唖然と言った様子で見つめていた。時には神にすら匹敵する力を持つ最高位の神獣が、主従の契約を結んでいるとはいえ1人の人間にまるで犬猫のようになついている。それも、召喚してから1日も経っていないにもかかわらず、だ。壮年の教師は改めて、目の前にいる神童の底知れなさを感じ取った。


 「もう夜も遅いですし、今日のところはこの資料で最後にしましょう」

 「そ、そうですな」


 思わずジッと見つめていたところに不意に話しかけられ、コルベールは慌ててそう返した。
 この書物庫に所蔵されている書物はあと半分ほど残っているが、さすがに時間が時間である。明日は授業がないとはいえ、夜更かしは体に毒だ。そろそろ切り上げるのが吉というモノだろう。
 そうこう教師が考えている間にも、アレクは最後の資料をパラパラと次々にめくっていく。彼という人物と付き合ったことがない者が見れば、本当に読んでいるのかとツッコミたくなるような速度だが、事実しっかりと読んでいるので仕方がない。
 しかし、あるページをめくったのを境に、その動きはピタリと止まった。少年の瞳が左右上下にめまぐるしく動き、次第に表情も険しくなっていく。


 「……ッ! これは……!」

 「ど、どうかしたのですか?」


 ガタンと座っていたイスを後ろへ弾き飛ばし、呼吸を荒げながら目の前に立つアレクに、コルベールはビクリと身をのけぞりながら問いかけた。


 「ミスタ・コルベール、これをご覧ください……!」


 彼が身を乗り出して指し示してきたそのページには、まさに探し求めたルーンが刻まれていたのだ。最後の最後にこの強運、実に才気にあふれる少年である。


 「…! お、お待ちください! これは…このルーンは……!」


 トリステインの神童に畏怖と尊敬のまなざしを送りつつ、コルベールがそこに記された記述に目を通すと、そこには信じられたい事実が書き連ねられていた。
 なるほど、冷静なアレクが珍しく取り乱すと思ったら、こういうわけだったのだ。


 「ボクも信じられません。しかし、偶然や間違いとするにはあまりにも……」


 神妙な面持ちで、アレクは静かにそう語る。本で埋め尽くされた空間に、なんともいえない緊張感が走った。2人の心情を表すかのように、ランプの小さな炎が、怪しく揺れ動く。


 「い、いかがいたしましょう……」

 「とにかく、ボク達だけでは手に余ります。
  まずは、ミスタ・オスマンに報告しなければ……!」


 顔に焦燥感を張りつかせて狼狽する教師に、少年は冷静に今後の方針を語る。
 コルベールは1も2もなく了承した。事はもはや、一個人の問題では済まない。彼も半ば、そう確信していたのだ。
 だが、


 (…少し、試してみる必要がありますね……)


古の伝説が刻まれた見開き2ページを見つめるアレクの瞳が怪しく輝いていたことを、コルベールは知らないでいた。







 月明かりが照らし出す中庭の一角に、その少女は腰を下ろしていた。トレードマークである図書は、今は開かれることなく傍らの芝生の上にある。


 「珍しいですね。あなたがこんな時間に寮の外にいるなんて」


 不意に横から聞き覚えのある声に話しかけられ、青いショートカットを揺らしつつ、そちらへと振り向く。


 「あなたも、こんな時間に出歩くなんて、珍しい」


 そこには、1羽の赤い鳥を従えた銀色の貴公子の姿があった。三つ編みにされた銀糸と、宝石のようなエメラルドの瞳が、月明かりに照らされて輝いている。


 「あぁ、少し調べ物をしていたもので……。
  あなたは何を……?」

 「……月を、見てた……」


 少年の問いかけに、少女は若干目を泳がせてから夜空を見上げ、そう答える。
 星々がきらめくそこには、青と赤に淡く輝く、大小2つの月が鎮座していた。なるほど、雲1つない今夜は、絶好の月見日和だ。


 「綺麗ですね。寮から抜け出して眺めたいという気持ちも分かります」


 美しいモノを美しいと褒めたたえ愛でるのは、悪いことではない。その人の人間性が豊かな証拠だ。普段は無口無表情な彼女だが、実は人並みかそれ以上に感受性豊かな人なのだろう。


 「ただ、夜は冷えます。お体を壊さないように気を付けてください」


 しかし、絶景を眺めることに夢中になって風邪でも引いては、元も子もない。人一倍小柄な少女の身を案じ、少年は気遣いの言葉をかける。


 「…うん……」


 友人の心遣いがうれしかったのか、少女は頬を染めながらコクリと頷いた。
 その後、他愛ない会話を交わし、2人は別れる。少女はその場に残り、少年は寮の方へと戻っていった。


 「…ビックリした……」


 少年の後姿が小さくなったのを確認して、少女は小さく呟く。
 まさか、夕食後から探し続けてそれでも見つからなかった本人に、休憩がてら座り込んでいるところに突然話しかけられるとは思いもよらなかった。おかげで、珍しくも緊張したのか、したかった話をまったくできなかったではないか。
 まあ、過ぎたことを気にしても仕方がない。今回は世間話に花が咲き、親睦を深めることができた。それで満足するとしよう。


 「うそだろぉぉおおぉおぉおお!?」

 「ッ!?」


 と、その時、突然にそんな絶叫が耳に届き、何事かと音源へ目を向ける。
 見れば、寮の手前で数人の人物が集まり、その頭上に1つの人影がふわふわと浮かんでいた。浮かんでいる人物の顔は暗いためによく判別できないが、あの見慣れない服装は、昼間クラスメイトの1人が召喚した平民の少年であろう。
 絶賛浮遊中の使い魔に対し、主である少女が何やら叫び、その隣では銀髪の少年がオロオロしながら彼女をなだめている。
 何やらトラブルらしい。関わらない方がよいだろう。とことん苦労人気質な友人に心の中で合掌しつつ、少女は読みかけの本へと手を伸ばすのだった。







 翌日、朝食を終えたアレクは、今日の予定を遂行すべく、中庭へと向かっていた。その首筋には、不死鳥のホークスが仲睦まじく寄り添っている。
 その時、


 「本来なら食事中、使い魔は外で待機してるのよ。
  特別に一緒にいさせてあげてるんじゃない」


 「アレなら別の方がマシだぁ!」


前方から、そんな会話が聞こえてきた。
 声の主は、幼馴染である少女と、その使い魔たる少年である。昨日は、こちらの言葉をまったく理解した様子がなかった彼だが、一夜のうちにずいぶんと流ちょうに話せるようになったモノだ。アレクは軽く感心すら覚えた。
 話の内容から察するに、少年の朝食がパン1個だったことに異議を唱えているらしい。まあ確かに、見た限りかの少年は自分と同年代。育ちざかりの身にパン1個は、いささか気の毒というモノだろう。
 そんなことを考えている間にも、少年少女の会話は進んでいく。


 「だいたい、朝飯食ってすぐにお茶会やるってどーゆーことだよ?
  仮にもここは『学校』なんだろ? 授業とかないわけ?」

 「今日は、2年生は授業がお休みなの。
  召喚したばかりの使い魔と、コミュニケーションを取るためにね」

 「…ンなモン取りたかねーです」

 「なんですって!?」

 「おはようございます、ミス・ヴァリエール」


 このままではケンカにも発展しかねない。いや、もう既になりかけているのだが、このままでは幼馴染と使い魔の中が悪くなる一方だ。そう思ったアレクは、朝の挨拶を交えつつ2人の間に割り込んだ。


 「…おはよう、アレク」


 さすがに彼の前でケンカを続けるほど、ルイズもバカではない。不機嫌そうに頬を膨らませながらも、返事を返してきた。
 そんな彼女の視線が、幼馴染の右手首に注がれる。そこには、白い包帯が幾重にもまかれていた。
 実は昨夜、彼女の使い魔は、ここを何か怪しい組織の施設であり、自分はどういうわけかさらわれてきたと勘違いしたらしく、ルイズの隙を見て脱走しようとしたのだ。
 その際に、寮に戻ろうとしていたアレクと正面から激しく衝突。転んだ時に右手をついてしまい、現在に至るというわけだ。


 「夕べは悪かったわね。ウチの使い魔がケガさせちゃって……。
  ほら、アンタも謝りなさい!」

 「イテテ! 何すんだよ!?」

 「あぁ、もうそのくらいで。ケガの具合も、すっかりよくなってますから」


 使い魔の頭をわしづかみ、無理やりに腰を90度に折るまで下げさせる少女。
 平民が貴族に、特に彼にケガを負わせるなど、本来ならば極刑モノの大罪だ。
 本来ならば頭を下げた程度で許しもらえるはずもないのだが、当のアレクは「気にしないでください」と、苦笑交じりにルイズをなだめる。
 実際、ケガ自体は彼自身の治癒魔法で治っている。ただ、まだ筋組織に損傷が残っているのか少し痛むので、特性の鎮痛剤を染み込ませた包帯を巻いているだけなのだ。日常生活には、差して問題はない。


 「えっと…アンタもその、貴族なのか?」

 「ちょっと! そんな口のきき方……!」

 「いえ、結構ですよ、ミス・ヴァリエール」


 ルイズや他の貴族達のような高圧的な印象が、昨日知り合った時から皆無なこともあり、どこかで心を許していたのだろう。少年はまるで友人と話す時のように砕けた口調で、ふとした疑問を投げかけた。
 そんな使い魔の口の悪さを少女が咎めようとするが、またしてもアレクが待ったをかける。


 「そういえば、お互い自己紹介がまだでしたね。
  ボクは、アレクサンドラ・ソロ・モン・ド・エルバート。
  こちらはボクの使い魔で、不死鳥のホークスと申します。
  お察しの通り貴族で、ミス・ヴァリエールとは幼少の頃からの幼馴染です」


 お辞儀を交えた、それはもう爽やかかつ恭しげな自己紹介であった。


 「オレは才人。平賀才人だ。
  よろしくな、アレクアンドラさん」


 元からの印象がよかったためか、使い魔の少年もにこやかに応じる。言葉づかいも、ルイズに対している時と比べると礼儀的だ。


 「アレクでいいですよ。呼びにくいでしょう?
  そして、敬称も不要です。どうやら、ボクとあなたは同年代。
  あなたの流儀で、好きなようにお呼びください」

 「そっか? んじゃ、よろしくな、アレク」

 「はい、こちらこそ」


 アレクは、昔から貴族の中では少々変り種であった。御覧の通り、普通の貴族ならばごく当たり前の、平民に対する見下した態度が全くないのだ。むしろ、話している方はへりくだっているような印象すら受けるほどである。


 (どーせなるなら、こーゆーヤツの使い魔になりたかったなぁ……)


 そんなわけで、サイトの彼に対する評価は、もはやうなぎのぼりだ。見知らぬ地に来て、初めて気の許せる友人を得た気分なのだろう。気位の高い高飛車お嬢様の使い魔になってしまった不運を、全力で悔いていた。


 「ちょ、ちょっとアレク! ダメよこんな使い魔に!
  あなたはれっきとしたエルバート家の……!」

 「まあまあ、ミス・ヴァリエール。
  立ち話もなんですからあちらでお茶でもいかがですか?
  もちろん、ヒラガサイトさんも」

 「いいのか? あ、あと、サイトが名前でヒラガが苗字なんだ」

 「おや、これは失礼。しかし、変わっていますね。
  失礼ながら、平民が苗字を持っているなんて」

 「あ、ん〜……まあ、オレの住んでたトコの習慣っつーか……」

 「ほう…それはぜひ、お話を伺いたい」


 主人であるはずの少女を無視して、アレクとサイトの話は進んでいく。
 しかし、これにはルイズも面白くない。小刻みに身体を震わせ、ついには桃色の小さな火山が大噴火を起こした。


 「使い魔が貴族と馴れ馴れしくお茶なんて1億年早いわよ!
  むしろお茶を持ってきなさい! 気が利かないわね!!」

 「あ、ちょ、ちょっと待ってください、ミス・ヴァリエール……!」


 そう使い魔に怒鳴りつけ、幼馴染を引きずってズンズンと空いたテーブルへと歩いていく少女。アレクは無理やりに手を引かれながら、サイトはそんな2人の後姿を呆然と見送りながら、ほぼ同時に大きなため息をつくのだった。

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ゼロの使い魔 (MF文庫J)
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