小説『ゼロの使い魔 〜虹の貴公子〜』
作者:荒唐井蛙()

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 うっそうと生い茂る木々の中、広場のように開けたその場所に、のどかな雰囲気を漂わせるその場には少々不釣合いなそれは、静かにたたずんでいる。


 「……また、守れなかったよ……」


 眼前にそびえる3メイルはあろうかという白い石碑を見つめ、銀髪の少年が悲しげに呟いた。
 その後ろには、顔中に数多のシワを刻み込んだ、背の低い白髪の老婆が控えている。


 「殿下、人にはそれぞれに、運命がございます。過ぎたことをいつまでも気にされても、仕方ありませぬ」

 「こんな運命などいらないッ!!」


 ガラガラにしわがれた老婆の言葉に、アレクは何かから逃げるかのように叫んだ。
 その後ろ姿に、シワに隠された小さな眼が、悲しげに揺れる。


 「今再び、ボクは君に誓う!!」


 涙にぬれた目を見開き、少年は物言わぬ巨石を前に言い放つ。
 滑らかに削られたその断面には、『マリィ・アン・ド・ワネット・ド・ルーヴェルディ』の名が、深く深く刻み込まれていた。







〜第26話 『タルブの秘宝』〜







 ルイズは今、学院長室を訪れていた。今回の任務の事後報告をするためだ。
 アルビオンから帰ってすぐ、アレクはどこかに行ってしまった。別れ際のその表情が、今までになく影を帯びていたのは、気のせいではないだろう。
 よって、アンリエッタへの報告は、彼女が1人で行った。まあ、元よりアレクはその場にいなかったはず(・・・・・・・)の人物なので、予定通りと言えばそうである。
 ワルドの裏切り。ウェールズの死。手紙の奪還の失敗。報告の内容は、どれも暗いモノばかりだ。
 それでも、アンリエッタは笑顔で小さな幼馴染をねぎらった。死に際に皇太子から渡された『指輪(かたみ)と、彼の遺言を、ありがとう』と、そう言って、涙を流しながら、悲しげに笑っていた。


 「…『レコン・キスタ』、か……厄介なことになりそうじゃのぅ……」


 ルイズの報告を聞き終え、学院長であるオスマンは顔をしかめつつそう呟く。
 何やら、これから一悶着ありそうな、そんな気がしたのだろう。


 「……ご苦労じゃったな。ゆっくり休むがよい」


 とはいえ、10代も中ごろの少女に余計な心労を与えるわけにもいかない。
 老魔法使いは不安を胸の内に仕舞い込み、ルイズの労をねぎらって退室を促した。
 が、当の少女はおずおずといった様子で、さらに何かを言おうとしている。


 「あの…『虚無の末裔』って…ご存知ですか?」

 「むぅ……?」


 次いで、彼女の口から飛び出したその問いかけに、オスマンは思わず目を見開いた。
 「なぜ、彼女がその単語を」。そんな疑問が、脳の中を駆け巡る。


 「…記憶があいまいで、誰がそう呼んだのかも分からないのですが……確かに私をそう呼んだんです」

 「……『虚無』とは、今では失われた、伝説の魔法系統じゃ」


 もはや、隠し通すことはできそうにない。
 そう呼んだのが『レコン・キスタ』のメンバーであるならば、敵はすでに、こちら以上の情報を得ている可能性もある。となれば、下手に隠すよりも、真実を伝えた方が、何かと安全。オスマンは、そう考えた。


 「で、伝説の……!?
  そ、そんなスゴイ魔法なんて……普通の魔法だって、私…その……」

 「あぁ、皆まで言わんでよろしい」


 「使えないのに」。顔を恥ずかしげに赤らめてそう言おうとしたルイズの言葉を、老魔法使いの優しさが遮った。


 「……やはり殿下のおっしゃる通り、『ガンダールヴ』も、案外間違いではないかもしれんのぅ……」


 何者かもわからない人物の言葉を、うのみにしたわけではない。だが、現にガンダールヴ(サイト)が存在する以上、その信憑性は限りなく高くなった。背もたれに体重を預け、天井を仰いで小さく呟く。


 「『ガンダールヴ』……?」


 その単語に、ルイズは若干眉をひそめた。
 幾度となく、人がサイトに対して呼んでいた名だ。いったい、なんなのだろうか。これまで淡く抱いていた疑問を晴らすべく、少女はオスマンに問いかけるのだった。







 「サイトが、伝説の使い魔……?」


 学生寮の寝室で、長旅で汚れた服を脱ぎ捨てながら、ルイズはオスマンから知らされた驚愕の事実を反芻する。
 そんなバカなと、普通は思うだろう。だが、思い当たることがあまりにも多すぎた。
 本人は剣術など習ったことがないと言っているのに、剣を持った際の彼の動きは、明らかに達人のソレだ。最終的には、あのワルドにすら勝利してしまった。
 そして、他の追随を許さない能力の持ち主であるはずのアレクが、何かと彼を頼りにしているかのような言動を繰り返している。少なくとも、『特別な何か』があの少年にはあるのだ。


 「あぁっ! まだ洗濯物あったんじゃねぇか!
  前もって出しとけって、いつも言ってんだろ!?」

 「ッ!?」


 と、その時、洗い終わった洗濯物をカゴに乗せて、サイトが部屋に入ってきた。なんというか、主夫のようなセリフである。すっかりこの仕事が板についてきたようだ。
 しかし、そんなことには気を配っていられないとばかりに、ルイズは慌てて、衣装棚の開き戸でその身体を隠す。今彼女は、あられもない下着姿なのだ。異性に見られるのは、あまりにも恥ずかしい。


 「なんだ? 新手の遊びか?」

 「う、うるさいわね! ノックぐらいしなさいよ!」


 そんな少女の行動を、首をかしげて不思議そうに見やるサイト。
 抗議するルイズの顔は、ユデダコのように真っ赤である。


 (…なんで、いつも通りに戻れるのよ……)


 出会った当時の彼女は、彼に下着姿を見られたところで、なんとも思わなかった。
 自分は主人、相手は使い魔。そう言い聞かせて、納得していたからだ。
 しかし、今はとてもではないがそんなふうに思えない。乙女の脳裏に、アルビオンでの体験が、まざまざと駆け巡る。


 (キスした、クセに……)


 そうなのだ。この少年は、自分の唇を奪った。契約の儀式でもなんでもなく、自分達は口づけを交わしたのだ。
 だというのに、目の前の少年は今までとなんら変わらず、何事もなかったかのように接してくる。それが、少女の心を波立たせていた。


 「……あのさ、ルイズ」

 「ッ! な、何よ!?」


 不意に、サイトに呼びかけられ、ルイズは肩を震わせる。
 当の少年は、こちらには顔を向けず、ベッドの上に脱ぎ捨ててある制服に手をかけていた。


 「なんつぅか、その……元気、出せよ」

 「え……」


 背を向けたまま送られる、飾り気のない真っ直ぐな言葉。


 「オレには…これぐらいのことしか言えねぇけど、さ……」

 「サイト……」


 恥ずかしそうに振り向きながら、少年は呟く。
 おそらくは、ずっと気にかけてくれていたのだろう。本人ですら目に見えて落ち込んでいると分かる、自分のことを。
 その気取らない優しさが、ルイズは素直にうれしかった。自然と、少女の頬が羞恥とは別の意味で赤く染まる。
 だが、


 プチッ


そんな音と共に少女のはいていた下着が足元にずり落ち、


 「きゃああぁぁあぁぁあああっ!?」


耳をつんざく乙女の悲鳴と頬を平手で張り倒す音が、室内のみならず学内にまでこだました。







 「こンのぉっ! って、いってぇぇぇえぇえっ!?」


 自家製五右衛門風呂の側面を思いっきり蹴り上げ、あまりの固さに悶絶するサイト。
 ハッキリ言おう。はたから見れば、アホ以外の何物でもない。


 「ったく!
  人がせっかく気ィ遣ってやってるのに! あのワガママ女……!」


 かと思えば、風呂釜に寄りかかって、悪態をつき始める。
 さっきの騒動の原因だが、どうやら、アンリエッタから密命を受けた日の洗濯の際に、パンツのゴムが痛んでいたらしい。
 というわけで、主人の持ち物を丁寧に扱わなかったとして、あれからルイズとケンカになった。


 『パンツ1枚ぐれぇで、いちいち文句言われてたまるか!
  オレだってやりたくてやってるわけじゃねぇんだ!』

 『そうよね!? 
  ご飯が食べられないから、仕方なく使い魔やってるだけだもんね!?』

 『そうだよ! 分かってんじゃねぇか!!』

 『そ、そんなに嫌なら、ここから出ていきなさいよ!』

 『あーそうですか。この使い魔、ご主人に従いますです! ご主人サマ!』


 そんなこんなで、今に至ると、こういうわけだ。


 「……なんで、キス(あんなコト)しちまったんだろ……」


 少年の脳裏に、アルビオンでの行動がよぎる。
 自分は確かに、ルイズにキスをした。だが、その理由を問われれば、分からないと答えるしかない。気が付いたら、彼女の唇に自分の唇を重ねていたのだ。


 「あんなことって?」

 「なぅっ!?」


 その時、突然に声をかけられ、変な声を上げながらサイトは咄嗟に振り向く。
 そこに立っていたのは、サラサラの黒髪をボブに切りそろえた少女、シエスタだった。


 「な、なんだ、シエスタか……。
  って、あれ……? そのカッコ……」


 ほっとした様子のサイトだったが、ふと少女の服装に目が届いた。
 彼女が身に纏っているのは、いつものメイド服ではない。少し地味なシャツとロングスカートに身を包み、大きめのトランクを両手で持っている。


 「休暇を頂いたので、実家に帰ろうかと思って」


 聞いてみれば、なんのことはなかった。
 まあ、夏季休暇で生徒達がほとんどいない今なら、メイドの1人や2人が帰省しても、なんの問題もないのだろう。
 と、その時、サイトの脳裏に今まで保留していた疑問が浮上した。


 「そういや、前に、おじいさんが異世界からやって来たとか言ってたよな?」

 「ええ、ひいおじいちゃんですけど」


 曰く、彼女の曽祖父は、『竜』に乗ってやって来たらしい。
 60年前、2匹の竜が彼女の村の上空に現れた。1匹は日食の中に消えたが、残った1匹は地上に降り立ち、それに乗っていたのが、曾祖父なのだという。
 瞬間、アルビオンに向かう前日に聞いたコルベールの話が、サイトの脳裏によぎった。あれは、紛れもない事実だったのだ。


 「マ、マジかよ……。
  で、その『竜』ってのは……」

 「正しくは、『竜の羽衣』っていうんだそうです。
  今でも家宝として、どこかに祭られているんだとか……」


 その話を聞いた少年は、少女の両肩をガッシリとつかんだ。


 「シエスタ! オレも、その村へ連れてってくれないか!?」


 必死の形相で、あっけにとられる少女に頼み込む。
 遠い昔に異世界から舞い降りたという『竜の羽衣』。それを見つければ、元いた世界に帰る手がかりが、見つかるかもしれない。そう思って。
 この時彼は、嫉妬に振るえる少女と、3匹のお邪魔虫にその場面を見られていることを、まるで知らなかった。







 光の届かない洞窟の中を、松明の炎を頼りに、探検隊は突き進む。
 サイトはシエスタを連れて、彼女の故郷であるタルブという村に来ていた。そこで少女の協力で手に入れた、実家の納屋の奥にしまってあったという『竜の羽衣』の隠し場所を記した地図を基に、この洞窟に入ったのだ。
 しかし、その直前の森で、お宝と聞いて後をつけてきたギーシュ、キュルケ、タバサに捕まり、さらには、元から『竜の遺跡』を求めてこの村を訪ねていたコルベールと、その助手としてちゃっかりついて来ていたルイズと洞窟内で鉢合わせてしまった。
 結果として、目的を同じくする面々は、隊列を組んで宝探しとしゃれ込んでいるというわけである。


 「いやぁ、しかし、こんな貴重な研究資料が、こんな身近にいようとは……」

 「ただの言い伝えですし、その地図が正しいかどうかも……」


 コルベールとシエスタがそんな会話を交わし、相も変わらずサイトとルイズがいがみ合っている間も、一行はどんどんと先に進んでいく。


 「本当は、そういうのを管理してくれてるおばあちゃんがいるんですけど、今日はなんだかお留守だったみたいで……」


 それで仕方なく、地図の方を持って来たと、シエスタは語る。


 「…ん? 見たまえ。出口のようだ」


 そうこうしているうちに、一行は洞窟の向こう側へとたどり着いた。
 鳥達のさえずりが響き渡り、草木生い茂る、広大な密林である。人の手を感じさせぬ大秘境を体現するその壮大な光景は、トリステインでも五指には入る絶景だろう。


 「スゴイわね」

 「秘宝が眠る場所にはふさわしいと言えるな」


 目を輝かせながら、辺りを見渡すキュルケとギーシュ。隣にいるタバサは、例によって本を読みふけっている。なんでついて来たのだろうか。


 「ふむ……地図では、この辺りのはずだが……」


 木の根が張り巡らされた土の上を歩きながら、手に広げた地図とにらめっこを繰り広げるコルベール。
 と、その時、


 「なっ、なんだ!?」


ギーシュが顔を真っ青に染め、立っていたその場から飛び退いた。
 足元から、武骨な鋼の甲冑を身に纏った騎兵が、次々とせり出してきたのだ。その数、40。


 「なんだコイツら!?」

 「…ゴーレム」


 咄嗟にシエスタやルイズを背後にかばって剣を構えるサイトの疑問に、タバサが静かに杖を構えつつ、無表情で答えた。
 他の面々も、己が杖を構えはじめる。


 「遺跡を守る守護魔法…といったところですかな……」


 剣や斧といった武器を構える騎兵達を見渡し、コルベールがゴクリとのどを鳴らす。
 これほど大量のゴーレムを、一度に錬成できるメイジなど、聞いたことがない。しかも、そのどれもが、実に強力な魔力の障壁を纏っている。
 これは、盗掘者を退けるために施された、術式(トラップ)。そう考えるのが妥当だろう。
 しかし、そんな予想は、最悪な形で裏切られることとなる。


 「何者かは知りませんが、命が惜しくば、直ちにここから立ち去りなさい」


 どこからともなく、そんな声が聞こえてきたのだ。
 間違いなく、生きた人間の、肉声である。


 「バ、バカな……! この数のゴーレムを、人が作ったというのか……!?」

 「…手練れ」

 「それも、半端じゃない人数よ!?」


 ギーシュとキュルケが、声の主を見つけようと、慌てたように辺りを見渡す。
 タバサもまた、いつの間にか本をしまい、真剣な眼差しで密林の向こうを見つめていた。


 ドドドドドドッ!!


 「きゃあっ!?」


 四方八方から、炎を纏った石つぶてが襲い掛かり、ルイズが悲鳴を上げる。
 幸いにも当てる気はなかったようで、彼らの足元の地面に着弾するにとどまった。


 「今のは、最終警告です」


 謎の声と共に、前方の草むらがガサガサと揺れ動く。


 「これ以上この地に踏み込むというのなら、容赦は…ってあれ……?」

 『え……?』


 そして、声の主が姿を現すと同時、緊張感の張りつめていたその場の空気が、硬直した。


 「ア…アレク……」

 「サ、サイトさん……。皆さんも……」


 わなわなと振るえるサイトの指が差すそこには、目を見開いている、トリステイン王国第2王位継承者の姿があったのだ。


 『な、なんでここに……?』


 そんな間の抜けた一同の声が、鳥達の羽音や鳴き声の中に消えていった。

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