杖の一振で、その場を埋め尽くしていた騎兵達が、次々と大地に還っていく。
「しかし驚きましたな。
まさか殿下と、このような場所でお会いしようとは……」
ハンカチで頬の汗を拭きつつ、コルベールがそう漏らす。
「あなたも宝探し? トリステインの王族って、案外暇なのね」
「人のこと、言えない」
からからと笑いながらアレクに話しかけるキュルケに、タバサが冷静にツッコんだ。まあ、本人には、ツッコんでいるという自覚はなく、ただ会話をしているにすぎないのだろうが。
「宝探し……?」
しかし、アレクは『何を言っているんだこの人』、といったような視線をキュルケに向ける。
どうやら、彼は『竜の羽衣』を求めてこの地に来たわけではないらしい。
「ンじゃあ、何してたんだよ、こんなトコで」
「うっ…そ、それは……」
サイトの腰に手を当てながらの問いかけに、アレクは言葉を詰まらせた。
微妙な空気が、その場に漂い始める。
と、その時だった。
「おんや、お客様とは珍しいですなぁ。殿下のご友人で……?」
アレクの背後の草むらから、白髪を首の後ろで束ねた老婆が姿を現したのは。
「プリコットおばあちゃん!?」
瞬間、シエスタがビックリしたように声を上げる。
「あら、シエスタちゃんじゃないかぃ。
こぉんなに小さかったのに、ずいぶん大きくなってまぁ」
「お、おばあちゃん……? 去年も会ったばかりじゃない……」
対してのんびりとした、それでいてどこかズレている老婆の返答に、少女は若干苦笑いだ。
「え…? え? 何? どーゆーことなの?」
「できれば、誰か分かりやすく説明してほしいのだが……」
突然の展開に頭がついていかないと、ルイズが老婆とシエスタを交互に見つめ、ギーシュが口元をバラで隠しつつ控えめにそう漏らす。
他の探検隊メンバーは何も言わないが、皆が同じ心情であった。
〜第27話 『秘境に眠るモノ』〜
「ご紹介します。この人が、ここの管理をされている……」
「プリコットと申します、はぃ」
シエスタの言葉に続いて、老婆がにこやかにお辞儀をしてくる。
「と、いうことは、この方が先ほど言っていた、君の……」
「あぁ、すみません。正確には、私の家の隣に住んでいるおばあちゃんで……」
何やら誤解している様子のコルベールに、シエスタが謝罪と共に訂正してきた。
なんでも、村の最長老で、御年132歳の生き字引なのだそうだ。
「……ギネスブックもんじゃねぇか……」
腰が曲がってはいるが、それでもしっかりと杖もなしに立っているその姿を見つめ、サイトはそう呟いたという。
「でも、なんでそんなおばあさんが、アレクと一緒にいるのよ?
なんだか仲よさそうだし……」
「そ、それはその……」
キュルケの問いかけに、アレクはまたしても言葉を濁らせる。
「長年、殿下のご婚約者のお世話係を務めさせていただきましたでなぁ。
そのつながりで、殿下ともよろしくさせていただいている次第でございます」
「ちょっ……!?」
が、代わりにぺらぺらとしゃべる老婆のおかげで、その疑問はアッサリと晴れた。
だが、これにはルイズやサイト以外の面々が驚愕の顔を見せる。
「何!? あなた婚約者がいたの!?」
「それは初耳です! ぜひとも紹介願いたい!」
その手の話題に目のないキュルケとギーシュが、話題の中心である少年に詰め寄った。タバサですら、本を読むのも忘れて、何やら切実な面持ちでじーっと彼を見つめている。
大スクープである。数多の女性に言い寄られながらも、誰とも色恋関係を持たないことで有名な貴公子に、よもや婚約者がいたなどと。
「ちょ、ちょっと! 失礼よ、2人とも!」
「いいじゃない! 顔を見るくらい!
ここに来てるんでしょ!? 紹介してよ!」
真相を知るルイズが慌てて注意するも、キュルケは聞き分けない。それどころか、まだ見ぬ第2王位継承者の婚約者とやらに会わせろとまくしたてる。
こんな辺境の地にいるのも、婚約者のお世話係の老婆と一緒にいるのも、その婚約者と密会するために違いない。そうならば、先ほどから挙動が不審なのも、頷けるというものだ。
「承知いたしました。どうぞ、こちらへ」
「やった!」
「ミ、ミセス・プリコット……!」
「ちょっと! やめなさいってば……!」
なおも言いよどむアレクに変わり、老婆が森の奥へと案内する。
アレクやルイズ達が慌てる間にも、他の面々はどんどんと森の中へ進んでいく。小躍りしているキュルケや、鼻歌交じりのギーシュはもちろん、皆が、『七色』と呼ばれる神童の婚約者に、興味があるのだ。
木々の間を抜け、草をかき分け、しかしさほど時間もかけずに、一同は開けた広場のような場所に出る。
かくして、キュルケの予想は当たっていた。ただし、半分だけ。
「な、何これ……」
そう漏らす彼女の前には、枝葉の間からこぼれる陽光を反射しながら広場の中央にそびえ立つ、白く巨大な石碑。
「この方が、殿下の婚約者…マリィ・アン様でございます」
「なっ……!?」
その老婆の言葉を理解するのに、一瞬ほどもかからなかった。
すなわち、かの少年の婚約者は、この土の下で眠っているのだ、と。
「マリィ・アン……?
まさか! それはかのルーヴェルディ伯爵のっ……!?」
しばし思考にふけっていたギーシュが、弾かれたように顔を上げた。
「何? あなた知ってるの?」
「知ってるも何も、『トリステイン一の美少女』とも謳われたお方さ!
5年前、父君が反逆を企てたことで、親子そろって処刑されてしまったがな」
キュルケの問いに、ギーシュはぺらぺらと答える。
ルーヴェルディ伯爵の1人娘、マリィ・アン・ド・ワネット・ド・ルーヴェルディは、その見目麗しい外見と、清楚な人柄も相まって、当時の貴族の子息達の憧れの的だったのだという。
極刑に処されたと聞いたときは、それは悲しかったと、ギーシュは片手で顔を覆うポーズをつけながら悲しげに語った。
「風の噂で、遺体はいずこかに消えてなくなったと聞いていたが……」
「殿下とわたくしで、密かにここへ埋葬したのでございます」
コルベールの知識を、プリコットが横から捕捉した。
この石碑も、アレクが土魔法で岩から切り出して作ったのだという。
「で、でも、よろしかったんでしょうか……。
そんな大切な場所に、私なんかが踏み込んで……」
皆から10歩ほど離れた後方で俯いているアレクをチラチラと見ながら、恐る恐るといった様子でシエスタがそう呟く。
だが、
「仕方がありません」
実にあっけらかんと、銀髪の少年は顔を上げた。そこには、いつものような優しげな笑顔が、ヒマワリのように咲いている。
「し、仕方がないって、お前……」
強がりとも取れる少年の態度に、サイトがどこかバツが悪そうに友人を見つめた。
「そろそろ、サイトさんやミス・ヴァリエールには、彼女のことを話さなければと思ってはいたのです」
思いのほか早く、その時が来ただけなのだと、アレクはなおも笑顔を作ってそう語る。
この時、すでに彼の執事から事実を聞いて知っていたことは黙っておこうと、サイトとルイズは小声で相談して決めた。この2人、つい先ほどまでいがみ合っていたはずなのに、いつの間にか元の鞘に納まっている。
「って、殿下、ボクは……?」
「おまけということで」
名前が出なかったことで、誰か忘れていると言わんばかりに自身を指差してアピールするギーシュに、アレクは苦笑交じりにそう言い渡す。
ガックリと肩を落とすギーシュが、なんとも哀れだ。仮にも、アルビオンで生死を共にした仲だというのに。
「ところで、あなた方は宝を探しに来たそうですが……」
「あぁ、違う違う」
そういえばと、思い出したようなアレクの言葉を、サイトが手を左右に振ってやんわりと否定した。
「60年前、この地に墜落した『竜の羽衣』が、この場所に保管されていると聞きましてな……」
シエスタから預かった地図を広げて、コルベールが説明する。
「ご老人、あなたはその『竜の羽衣』を長年管理していると聞いたのだが?」
バラの造花を片手に老婆に尋ねるギーシュ。いちいちカッコつけないと気が済まないらしい。
「はぃ。その通りでございます」
「! できれば、そこまで案内を頼めませんか……!」
予想外に色よい返事に、コルベールは目を輝かせる。鼻息も、若干荒い。
「へぇ、こちらへどうぞ」
プリコットはにこにこと笑顔を絶やさず、再び森の中へと歩きだす。
一同はそんな老婆の後に、ぞろぞろとついていくのだった。
そこは、5年間この秘境に足を運んでいたアレクですら来たことがない場所だった。
森を抜けると、マリィの墓標よりもさらに開けた場所があり、そこに巨大な倉庫のような建物が鎮座している。外壁にまとわりついている大量の植物のツタが、過ごした年月の長さを物語っていた。
「お待ちくだせぇ。カギを開けますでな」
そう言って懐をゴソゴソと探るプリコット。
正直、コルベールを始めとした腕利きのメイジならば、この程度の錠を魔法で開けるのは簡単だが、それは失礼というものだ。
「……?」
一同が開錠の瞬間を待つ中、ふと、タバサが建物の近くにひっそりとたたずむ石に興味を示した。
無言のままに近づき、じっと見つめる。
「おーい、何やってんだ?」
そこに、彼女の行動に小首を傾げながら、サイトとルイズが歩み寄っていく。
「…? 何よこれ……」
タバサの視線の先。長年雨風にさらされ、植物のツタがまとわりつく石を見つめて、ルイズは顔をしかめる。
アレクも目を凝らして老婆の隣から眺めてみると、そこには、見慣れない文字が刻まれていた。古代の文字かとも考えたが、おそらくは違うだろう。これまで、古今東西の書物を読み漁ってきたが、あのような文字には、とんと見覚えがない。もしかしたら、子供のイタズラの類ではないかという考えすら浮かぶ。
しかし、
「…海軍少尉…佐々木、武雄……異界に、眠る……」
ルイズの隣に立つ少年が、彫り込まれた文字を指でなぞりつつ、目を見開きながらそう呟いた。
「アンタ、読めるの!?」
信じられないとばかりに、彼の主たる少女はそう問いかける。実際、これには神童と呼ばれる少年も驚きを隠せない。驚愕と同時に、なぜ、という疑問が脳裏を走る。
タバサも声と表情には出さないが、咄嗟に石からサイトへと視線を移した辺り、驚いているのだろう。
そんな若人達の様子を、横目で見ている老婆が1人。
「『日本語』……。オレの国の…言葉だ……!」
「なんですって!?」
そして告げられる、驚愕の事実。ルイズは思わず声を上げる。
その瞬間アレクは、なぜもっと早くその可能性に思い至らなかったのかと、己の愚鈍な頭脳を恥じた。奇跡的にして絶望的なその事実へとたどり着くためのピースは、すぐ目の前に、これ見よがしに散りばめられていたというのに。
「開きましたで。さぁさ、中へ」
それとほぼ同時、ガチャリという重い音と共に、老婆の声が耳に届いた。
それに応じて、神童を始めとした扉の前で待っていた面々が、次々と中へ入っていく。コルベール達は、ただ純粋に己の好奇心に導かれるままに。アレクは、自身の脳裏によぎる予想の正誤を確かめるために。
それを見たサイト達3人も、皆の後を追うように建物の中へと入ってきた。
「これは……」
薄暗い空間にたたずむその異様な姿を前に、アレクは思わず声を漏らした。
上から見れば縦長に伸びた、緑色の長い巨体。正面、すなわち竜の顔に相当する部分には風車が座り、横に伸びた2対の分厚い板は怪鳥の翼を連想させる。背中に見える透明なガラスで覆われた空間には、イスや、他にも何やら訳の分からない物が敷き詰められている。
そして、王太子の後ろからそこに広がる光景を目の当たりにしたサイトも、大きく目を見開いた。
「ウソ…だろ……」
フラフラと、おぼつかない足取りでアレクの横を素通りし、『ソレ』の下へと歩み寄っていく。
皆が、そんな彼を不思議そうに見つめる中、銀髪の貴公子と白髪の老婆だけが、無言のままに険しい視線で見守っていた。
「…間違いねぇ……」
直にその手で触れ、少年は確信と共に言葉を紡ぎだす。
左手に刻まれた刻印が、強く光り輝いたのだ。それは、その物体が『武器』であるという、この上ない証明に他ならない。
「ゼロ戦だ……!」
絞り出されたその言葉を耳にし、アレクは己の予想の8割方が当たっていたことを確信した。
目の前にたたずむ、見たこともないような武器。それが真に、伝承の上で語られる『竜の羽衣』なのだとすれば、おそらくはフネのように空を飛び、空中戦を旨とする兵器なのだろう。もっとも、フネよりもはるかに小さいソレでは、大した戦果は期待できないが。
そして、トリステインの神童ですら見たことのないその物体を、以前から知っていたかのような態度を取るサイト。彼とシエスタとのありすぎる共通点。異世界から迷い込んだと言い続けた彼女の曽祖父。今でもまことしやかにささやかれる竜の逸話。
ここから導き出される答えは、たった1つだ。
アレクが厳しい眼差しで思考をめぐらせる中、コルベールやギーシュ達は物珍しそうに、眼前の竜とも鳥ともつかない物体をなめるように見渡している。
60年も前の代物にもかかわらず、どこにも故障は見当たらない。ともすれば、すぐにでも飛べる状態に思えるほどだ。
コルベールの見立てによれば、機体にかけられた『固定化』の魔法のおかげであるらしい。
「ホントに、あったなんて……」
こうして目の前にしても信じられない。そう言うかのように、シエスタはサイトの隣に並び立って、巨大なソレを見上げた。子供の自分から伝承を聞かされていたとはいえ、彼女自身が直に見るのはこれが初めて。半信半疑だったのだろう。
「オレさ、シエスタを最初に見た時…なんとなく、懐かしい感じがしてたんだ……」
そんな少女に、サイトはどことなく懐かしむような口調でそう語り始める。だからこそ、会って間もない内に打ち解けることができたのかもしれない、と。
「そうか…その黒い髪と瞳は、日本人の血が……」
その言葉を聞いた瞬間、アレクの脳裏にあった残り2割の空白に、予想というピースがピタリとおさまった。
やはり、そうだった。彼女、シエスタの曽祖父は、サイトと同じ世界から迷い込んだ、次元の漂流者だったのだ。しかも、彼の口調から察するに、黒髪と同色の瞳は、『日本人』という民族独特の代物であるらしい。おそらくは先ほどの『日本語』とやらも、民族特有の言語なのだろう。ならば、黒い瞳と頭髪を有し、『日本語』を苦もなく読めたサイトもまた、同じ『日本人』に相違ない。
同じ世界、さらには同じ民族の出身者が、経緯は違うとはいえ同じ世界に迷い込む。こんな偶然など、そうそうあるモノではない。ならば、帰還の方法も、おのずと見えてくる。
「……サイトさん」
「? なんだよ?」
言うべきか否か、数瞬の逡巡をした後、意を決したかのように、アレクは友人の名を呼んだ。
そして1つ呼吸を置き、ゆっくりと口を動かす。
「もしかするとあなたは、元の世界に帰れるかもしれません」
寂しげな表情を見せながら紡がれたその言葉に、一同が驚愕で顔を染める。
ようやく心を通わせつつあった主従の前に突然現れた、別離への扉。まるで少年少女を試すかのように、最初の試練が今、その幕を開けようとしていた。