小説『ゼロの使い魔 〜虹の貴公子〜』
作者:荒唐井蛙()

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 秘境の探索から1夜開け、オスマンの協力もあり、『竜の羽衣』ことゼロ戦は、学院の中庭に運び込まれていた。
 本来ならば門外不出の品のはずなのだが、管理を任されていたプリコットが、サイトに快く譲ってくれたのだ。
 曰く、本来の持ち主から遺言で、『自身の墓に刻まれた文字を読めた者に譲る』と、そう言いつかっていたらしい。
 そして現在、見たこともない異様なその姿を一目見ようと、学院に残っていた生徒達が野次馬のように集まっている。


 「まさか本当に発見するとはのぅ……。
  今度は山で遭難でもするのかと思っておったのに……」


 そんなオスマンの言い草に、コルベールは力なく笑うしかなかった。
 何しろ、彼には前科がある。以前にも伝説の何某を探しに出かけ、海で漂流しかけたのだ。反論のしようがない。


 「これだけのモノじゃ。
  王宮指定の重要研究資料として、学院預かりの許可は取れるじゃろぅ」


 教師2人がそんな会話を交わし、生徒達がにぎわう中、たった1人だけ、輪の外で悲しげに一点を見つめる少女がいた。







〜第28話 『迫りくる時』〜







 (サイトが…サイトがいなくなる……)


 視線の先の1人の少年をじっと見つめ、ルイズは無言のままに不安と悲しみを押し押し殺す。
 タルブの村で、アレクがサイトに話した内容は、あらゆる意味で衝撃的なモノだった。
 『2体の竜は日食と共に現れ、1体は日食へと消えた』。この言い伝えは、目撃者であるプリコットのお墨付きである。
 この事実から導き出される答えは、至極簡単。『ゼロ戦に乗って日食に向かって飛べば、彼が元いた世界へと帰ることができる』。
 アレクは、『あくまでも仮説だ』と言ってはいたが、その瞳には確信にも似た光があった。実際、筋はこの上なく通っている。まず間違いなく、上記の方法でサイトは地球に帰れるだろう。
 彼が、自分の前から消えてしまう。その現実を目の前にして、ルイズは改めて己の気持ちに直面していた。


 (召喚した(あの)時は、嫌で嫌で仕方なかったのに……)


 召喚した当初は目障りだったその顔も、耳障りだったその声も、今ではかけがえのない宝物にまでなってしまっていたのだ。
 もはや、否定などできない。この胸の鼓動を、このモヤモヤと霞がかかったかのような感覚を。


 「ボクとしても、予想外でした」

 「ッ!?」


 その時、不意に背後から声がかけられた。
 咄嗟に振り向くと、そこにいたのはにこやかに笑う銀色の髪の少年。


 「……何か用?」


 それまでの自分らしからぬことを考えていた負い目からか、若干言葉が刺々しくなる。
 だがそれも、致し方ない。人が考えにふけっている時に、いきなり話しかけてくる方が悪いのだ。頬を真っ赤に染めた少女は、そう結論付けた。


 「いえいえ。
  ただ、あなたがそこまで彼に想いを寄せるようになるとは…とね」


 笑顔を崩すことなく、アレクはそう呟く。
 実際、彼も初めからこの少女とかの少年が互いに異性として惹かれ合うことを予想していたわけでも、ましてや望んでいたわけでもない。
 ただ、素直になれない幼馴染が、せっかく召喚した使い魔とうまくコミュニケーションを取れていないことを憂い、なんとか仲たがいをやめてほしいと、そう願っていたにすぎないのだ。
 そのために、サイトに色々と助言じみた言葉を送るなどして、それとなく見守ってきた。
 要するに、当初、アレクにとってサイトは、『大切な幼馴染を守るためにやって来た、剣であり盾』以外の、何物でもなかったのである。


 「人生、何があるか分からないモノだと、感慨にふけっているだけです」


 だが、事態は彼の予想の斜め上をいく段階にまで発展した。
 なんと、主人であるルイズと従者であるサイトが、自分の助言を経て、無意識にとはいえ、互いに好意を抱き始めたのだ。それも、異性として。
 降って湧いたスウィートな展開に、事の発端となった貴公子は、いっそ小躍りしたい気分だった。
 これぞ、まさに運命。契約の儀式によって出会った主従の2人が、いつしか互いを愛し合う。こんな物語のような恋愛は、早々お目にかかれないだろう。


 「今だからこそ言いましょう。
  ボクは、あなた方にはボク達の二の舞になってほしくない」


 まるで、自身とマリィの関係を思い出させる。
 彼女との出会いは、まさに運命だった。昔も、そして今でも、変わらずにそう信じている。疑ったことなど、微塵もない。
 そして、そんな自分達の姿が重なって見える2人だからこそ、悲しい別れなどしてほしくない。そう、思うのだ。


 「……だったら、なんで…あんなこと……」


 ルイズが落ち込んでいる原因は、間違いなく、アレクが言い出した『サイトの帰還の可能性』である。言いだしっぺが何を言うのかと、彼女が思うのも当然だ。


 「信じていますから」


 しかし、彼はなおもそう言って笑う。


 「『運命』という名の、見えない絆を、ね……」


 なんという、抽象的であいまいで不確かな返答だろうか。
 ルイズは彼を、何事においてもまず理屈によって判断する人かと思っていたが、実はそうでもないらしい。どうやら、いくらか精神論者の気質も併せ持っているようだ。


 「……そういえば、姫様の婚約が白紙になったって…本当……?」

 「よく御存じで」


 これ以上、この話題で話すのはいささか疲れる。多少強引ではあるが、少女は話題をすり替えた。
 アレクも、そんな彼女の心中を察しているのだろう。特に気にした様子もなく、詮索もせずにアッサリと話題の変換に応じる。


 「今朝方、ゲルマニアから正式に申し渡しがあったようです」


 原因は、例の奪われた手紙らしい。
 アンリエッタが想い人(ウェールズ)にあてた恋文が、ゲルマニアの皇帝の目に触れてしまったのだろう。
 全ては、任務に失敗した自分の責任。少女は固く、小さな拳を握りしめる。


――――――――――――――――あんまり荷物を詰め込みすぎると、船が沈んでしまいますよぉ―――――――――――――――


 (…ボクも、ミセス・プリコットから見ればこんな感じなのでしょうか……)


 自責の念に駆られる幼馴染の横顔を見つめつつ、アレクは心の中でそう呟く。
 タルブの村を後にする時、婚約者の世話係であった老婆から送られた言葉が、少年の心にこだましていた。







 「でも知らなかったなぁ……。
  おばあちゃんが、殿下の婚約者のお世話係だったなんて」


 畑へと続く村の道。自分の隣をしっかりとした足取りで歩くプリコットに、シエスタはそんな呟きを送った。
 何しろこの老婆、自分の知る限りはほとんどこの村で生活していたのだから。
 確かに5年ほど前まで、たまにふらっとどこかに出かけてはいたが、それがまさか伯爵家にお勤めに行っていたとは。驚愕の真相である。


 「100年以上ルーヴェルディ家に仕えたとはいえ、私も年だからねぇ……。
  若い子達もいたし、仕事はそれほどなかったんだよぉ」


 『世話係』とは言っても、実際には定期的に屋敷に赴いては、マリィの『家庭教師』のようなことをやっていたのだとか。
 132という年月でため込んだ知識は、そこら辺のメイジよりもはるかに有用だと、マリィの父であるルーヴェルディ伯爵の信頼も厚かったらしい。


 「私だってビックリだよぉ。
  まさかシエスタちゃんが、殿下と仲よしだったなんてねぇ」

 「あぁ、その、仲がいいのは私じゃなくて……」


 まるで子供の様に無邪気に笑う老婆の言葉を、シエスタは苦笑交じりに否定する。
 確かに、平民に対しても色々気を使ってくれる寛大な人だけれども、『仲がいい』というほどでもない。そんな言葉が当てはまるとするならば、それはおそらく、


 「…あの子だろぅ? 背中におっきい剣しょってた、黒い髪の男の子……」


貴族と相対しても1歩も譲らない勇気と信念を持った、あの少年の方だろう。


 「し、知ってたの……!?」


 しかし、自身の言葉を先取りされ、これにはシエスタも目を見開いた。
 アレクから、事前に聞かされていたのだろうか、と。


 「いんやぁ、全然。
  殿下は昔っから、なんでもかんでも、お1人で抱え込むお人だからねぇえ」


 だが、プリコットの返答はそんなモノだった。
 ならばなぜ、と、少女はさらに問いかける。


 「なんとなくかねぇ……」


 が、答えはなんとも、漠然とした曖昧なモノだった。
 この人は、いつもこうだ。突如として鋭い言動をしたかと思えば、途端に年相応ののんびりとした態度を取る。
 そうやって、ぬらりくらりと、100年以上を生きてきた。大物なのか、はたまた単にボケているのか。


 「…ただ……」


 立ち止まってぼそりと呟かれた老婆の言葉に、シエスタは不思議そうに彼女を見下ろした。


 「あの子なら、殿下の心を照らせるかもしれないとは、思ったねぇ……」

 「え…それって……」


 いったい、どういうことなのか。
 シエスタは問いかけるかのようにプリコットの顔を見つめるが、


 「さぁて、どういうことなんだろぉねぇ……」


返ってきたのは、またしても要領を得ないそんな言葉。
 白く染めあがった髪を風に預けながら、深いシワが刻まれた曇りのない眼で、老婆は青空の向こうを見つめていた。







 『竜の羽衣』が安置されている学院中庭には、人気(ひとけ)がすっかりなくなっていた。最初こそ、物珍しさから見物に来る生徒達がいたものの、わけの分からない物体に、飽きるのは意外と早かったようだ。
 コルベールもサイトの指示を受けて、以前から複製を続けていたという『竜の血液』の大量生産に取り掛かっているため、今はこの場にいない。
 サイト曰く、『竜の血液』改め『ガソリン』という液体さえ充分にあれば、この『竜の羽衣』改め『ゼロ戦』なるモノは、空を飛ぶことができるらしい。
 そして現在、サイトはゼロ戦の背中にある空間に入り込んで何やら中をいじくり回し、アレクとルイズはそんな彼の様子を見つめている、といった状況だ。
 そんな時、突如として赤い鳥が、その翼をはばたかせて主の下へと降り立った。
 くちばしを銀色の髪に隠れた耳元に運び、何やら伝えようとしている。


 「……ッ!!」


 瞬間、主である少年の瞳が、大きく見開かれた。


 「何? どうかしたの……?」


 そんな様子の少年に、ただ事ではないとすぐに思い至り、ルイズは問いかけた。


 「…アルビオンが……」


 しばしの沈黙の後、アレクの唇が重苦しく動き始める。


 「新国家『レコン・キスタ』と名前を変えて、トリステインに宣戦布告したそうです」

 「!!」


 少年の口から語られた信じられない事実に、ルイズもまた驚愕に目を見開く。
 あれからアルビオンが王侯派を駆逐した貴族達によって統一されたことは知っていたが、よもや本当にトリステインに攻め込んでこようとは。ウェールズが案じていた最悪の可能性が実現してしまった形だ。
 今は亡き皇太子が命を懸けてその存在を突き止めたという組織は、よほど血に飢えているとみえる。


 「ルイズ、アレク……」

 「「ッ!?」」


 と、そこへ、バツが悪そうに1人の少年が2人の下へ歩み寄って来た。サイトである。
 どうやら、今の話は聞かれていないらしい。


 「な、何よ?」

 「今、コルベール先生がさ…日食が3日後にあるって……」


 慌てたように反応するルイズに少年の口から語られた、度重なる驚愕の情報。
 少女はわずかに、肩を震わせた。


 「その時に、飛ぼうって言われて……」


 うまくいけば、彼はそのままこの世界からいなくなる。
 それは、嫌だ。少女の頭の中で、警鐘にも似た何かがしきりにそう叫んでいる。


 「……そう、よかったじゃない!」


 だが、次に少女の口から出た言葉は、そんな感情とは正反対のモノだった。


 「おめでとう。アンタ、あれほど帰りたかったんだもんね」


 心にもない言葉が、次々と飛び出してくる。


 「うまくいくことを祈ってるわ」


 彼に背を向けて、そう締めくくった。
 きゅっと、唇をかみしめる。


 「…っ! あぁ、そうかよ!」


 怒ったような、苛立ったような、そんな言葉を残し、サイトはズンズンと足を踏み鳴らしてどこかに行ってしまう。
 残されたのは、俯いたままの少女と、ため息を吐く少年のみ。


 「……よろしかったのですか……?」


 少年のその問いに、少女は肩を震わせるだけで、何も答えない。
 2度目となる少年の溜息は、中庭を吹き抜ける風の中へと消えていった。








 同時刻、ろうそくの明かりに照らされた薄暗い玉座の間に、3つの人影がたたずんでいた。


 「アルビオンは、貴族・平民を問わず、すべて閣下の御心にひれ伏しております」

 「恐るべしは、この指輪に秘められし魔力よのぅ」

 「苦労して水の精霊より奪い取ったかいがあるというものですわ」


 左手を包帯で包み、マントを纏った男の言葉に、カールした金髪とワシ鼻が特徴的な男は、玉座に座りながら己の左手にはめた指輪を見つめて呟く。マントの男の横に控えた女も、口元を不敵に歪めてそう語った。


 「だが、これは足がかりにすぎぬ」


 しかし、一国を奪い取り、怪しげな指輪の魔力によって国民の絶大な支持を得てもまだ、その男は止まらない。


 「大陸全土を我が物とするためのな……」


 その目的は、このハルケギニア全土を統べる王となること。
 そのためにはまず、大陸の中央に位置するトリステインを落とさなければならない。


 「手筈は、すでに万事整っております」

 「アルビオンの誇る竜騎士団を投下させれば、ひとたまりもありませんわ。
  たとえ、相手があの、『神童』であろうとも……」


 ワシ鼻の視線に、配下である2人の男女が、不敵な笑みを浮かべながら答える。
 ハルケギニア一とも言われる竜騎士団の力をもってすれば、武力で劣るトリステインなど取るに足りない。例え、かの『七色』が出張ろうとも、たった1人で戦局を覆すのは不可能だ。


 「して、このアルビオン大陸が1番接近するのは……?」


 浮遊大陸・アルビオンは、一定のコースでハルケギニア上空を周回移動している。軍の負担を減らす意味でも、進軍はトリステインに最も接近するタイミングを見計らうのが1番だ。


 「3日後…」

 「日食の日です」


 アルビオンの新たなる支配者・クロムウェルの問いかけに、その配下であるワルドとフーケはそう答える。
 闇に閉ざされた室内に、不気味な笑い声がこだました。

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