小説『ゼロの使い魔 〜虹の貴公子〜』
作者:荒唐井蛙()

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 「まったく、相変わらずあなたもモノ好きよね」

 「そうですか?」


 白いテーブルを挟んで椅子に座り、ルイズとアレクは向き合って何気なく会話を交わす。


 「平民相手に敬語で接する、あまつさえお茶に誘う貴族なんて、あなたくらいよ」


 肩に乗る使い魔(フェニックス)を指で優しく撫でている少年を見つめながら、ルイズはそう漏らした。
 13歳という若さで4つの元素全ての魔法を極めた天才的メイジ。
 15歳で父を亡くし、その後を継いだ、現エルバート家の当主。
 そして、平民相手にも礼節を重んじる、風変わりな貴族。
 それが、今も昔も語られる彼の評価である。
 歴史と格調高いトリステイン王国きっての名門貴族、エルバート家の当主。そんな立場に立っている者が、一介の平民、それも使い魔にあのような態度で話しかけるなどあり得ない。王宮の高官たちが聞いたら、卒倒モノの大珍事だろう。
 思えば、幼い頃から彼は無茶苦茶だった。
 幼少期の遊び相手だった自分に、「自分はただの『保険』にすぎません。友達なのだから、もっと気軽に接してください」と、半ば無理やりに現在の言葉づかいを強要したり、屋敷を抜け出しては平民の子供達と遊んだり。
 天才少年の奇行の数々には、今は亡き先代も、大分頭を悩ませていた様子だ。


 「…正直、うらやましいのです……」

 「うらやましい……?」


 エメラルドの瞳で空を見上げ、かの天才少年はそう呟く。少女には、とんと理解できなかった。他とは一線を画す身分、誰もが羨む才、精霊にも匹敵するほど美しい容姿。全てに祝福されて生まれてきた彼のどこに、平民にあこがれる要素があるのかが。
 と、その時、どこからか黒髪のメイドが2人の元へと駆けこんできた。


 「た、大変です、ミス・ヴァリエール! サイトさんが……!」


 その瞬間、昨夜に続いてまたあの大馬鹿が何かやらかしたのかと、ルイズは思いっきり頭を抱えるのだった。







〜第4話 『品定め』〜







 中庭の一角で、その2人は対峙していた。周りには、うわさを聞きつけた見物人が集まっている。


 「ホント、楽しませてくれるわね」


 遠巻きにそんな様子を眺めながら、キュルケはそう呟いた。
 昨夜の脱走騒ぎといい、今回の決闘といい、ルイズが召喚したあの平民は退屈という言葉が当てはまらない。
 事の発端は、ギーシュが二股をかけていたことだ。
 それを見破ったサイトが昨日の浮遊体験の仕返しとばかりに、お相手の女生徒、モンモランシーとケティにそれとなくバラしたおかげで、当然ながらギーシュは2人にお叱りを受けてしまったのだ。
 が、それがいけなかった。貴族の名誉を傷つけたと、ギーシュがサイトに決闘を申し込んだのである。
 一応言っておこう。今回、全面的に悪いのは、ギーシュである、と。
 とまあ、経緯としてはそんなところだが、どのような結果に転んだとしても、暇つぶしにはなりそうだ。とはいえ、十中八九、平民である彼に勝機はないだろうが。


 「よかった……! まだ始まってないみたいです!」

 「まったくあのバカ犬! ご主人様の断りもなしに何やってんのよ!」


 と、そこへ、3人の人物が駆けつけてきた。
 噂の使い魔のご主人とその幼馴染の少年。先導しているのは学院のメイドだろう。どうやら、この騒ぎを聞きつけたらしい。
 他の2人が焦燥感を顔に貼り付けている中、アレクだけが別段慌てているように見えないのは、気のせいだろうか。


 「逃げずに来たのは誉めてやろう」

 「だーれが逃げるかってんだ」


 一方、当の2人のボルテージはかなり高まっている。今すぐにでも貴族対平民というあり得ない決闘が、その幕を開けそうだ。


 「待って!」


 そんな空気の中に、小柄な少女が単身飛び込んでいった。件の使い魔の主、ルイズである。


 「ギーシュ、いい加減にして! 決闘は禁止されているじゃない!」

 「禁止されているのは『貴族同士の決闘』だよ。彼は平民だ」


 なんの問題もない。ギーシュはルイズの主張をそう切り捨てる。その際に、キザったらしくポーズをキメることも忘れない。


 「そ、それは…そんなこと今までなかったから……」


 当然だ。貴族に面と向かって敵意をむき出す平民など、前代未聞である。故に、そのような規則などまるで意味がなかったのだ。


 「…ルイズ、もしや君はこの平民に、その乙女心を動かしているとか……?」

 「えぇっ!?」


 しまいには、いわれもない疑いすらかけられてしまった。
 ヴァリエール家の娘が平民、それも自身の使い魔に恋をするなどあり得ない。


 「な、何言ってるのよ!? やめてよね!
  自分の使い魔がボロクソにやられるのを、黙って見てられるわけないじゃない!!
  ほら! アレクも黙ってないで、なんとか言ってやってよ!」

 「ボ、ボロクソって……」


 少女は大慌てで否定し、後ろに立ったまま未だに一言もしゃべっていない幼馴染へと話をふる。
 使い魔が、あまりの言われように肩を落としているのは気にしない。事実だからだ。


 「…サイトさん、頑張ってください」

 「! おうよ! 任せとけ!!」

 「って、ちょっと!?」


 が、なんと彼は止めるどころか、むしろ2人の決闘をあおり始めた。
 ルイズは愕然とする。平民をいつくしむという、貴族らしからぬ彼の性格ならば、必ず止めてくれると思っていたからだ。誤算もいいところである。


 「ふっ、君が何を言おうと、もう遅い。すでに決闘は始まっているのだからね!」


 そう、互いに戦いの意思を示し、『決戦の場』にて両者が向き合った瞬間に、『決闘』は正式に発動する。何人たりとも止められはしない。
 ギーシュがバラの造花を模した自身の杖を振るい、その足元から青銅でできた1体の戦乙女(ワルキューレ)がせり上がってきた。


 「ぅおわ!?」

 「ボクの名は『青銅』のギーシュ。
  よって、青銅のゴーレム、ワルキューレがお相手する」


 突然の出来事で面喰っているサイトのことなどお構いなしに、ワルキューレは彼に殴りかかる。それはもう、見事な不意打ちであった。


 「ぐはぁ!?」


 青銅製の固い拳が、少年の鳩尾に突き刺さる。
 あまりの痛みに、サイトはその場にうずくまってしまった。


 「ごほっ……! き…きったねぇぞ……」

 「魔法使い(メイジ)である貴族が魔法を使って戦うのは、当然のことだろう?」


 腹を押さえながら悪態をつくサイトだが、ギーシュはどこ吹く風といった様子で、造花を口にくわえてそう語る。


 「分かったでしょ? 平民は絶対、貴族(メイジ)に勝てないのよ」


 うずくまるサイトの肩に手をかけ、ルイズは諦めるように語りかける。
 事実、魔法を持たない平民と、それを使いこなすメイジの戦闘力の差は明らかだ。ケガをするだけならば運がいい。最悪、死んでしまうこともあり得る。
 口答えばかりで役に立たない使い魔ではあるが、目の前でみすみす殺されるなど、いくらなんでも、そんなことは許容できない。


 「……どいてろ」


 だが、当のサイトは聞く耳持たず、苦悶の表情を浮かべながらもフラリと立ち上がった。


 「ほう……。手加減が過ぎたか」

 「ど、どうして立ち上がるのよ、バカ!」


 立ち上がった以上、戦う意思があると主張しているに他ならない。
 このまま降参して謝ってしまえば、それで済んだものを、いったい何を考えているのだろうか。


 「…ムカつから」


 彼の口から飛び出してきたのは、なんというか、ひどく俗っぽい理由だった。


 「メイジだか貴族だか知らねぇけど、お前ら無駄に威張りやがって……」


 要するに、ただ気に食わない。たったそれだけの理由で、この少年は圧倒的力の差に立ち向かおうというのだ。どう考えても無謀で、さらに言うならば愚かである。


 「何わけ分かんないこと言ってんのよ!」


 貴族が平民の上に立ち、平民はそれに従う。そんな当たり前の習慣すら、この少年は否定しようとしているのだ。正気の沙汰とは思えない。


 「まぁ、ルイズの持ち物を壊しちゃ悪いし、
  君にとっては幸運なことに、平民に寛大なアレク殿下の御前だ。
  ここで謝れば許してやるよ」

 「バ、バ〜カ。全然効いてねぇよ。
  お前の人形、弱すぎ」


 ギーシュの願ってもない申し出にすら、虚勢を張って拒否し、あまつさえ挑発する始末。本当に、バカとしか思えない。


 「…そうかい……!」


 当然というかなんというか、自身の魔法を平民ごときにバカにされたギーシュの心中が穏やかなはずはない。
 彼の口元は笑っているが、瞳には明らかな怒りの炎が燃え盛っていた。







 アレクは、目の前に広がっている願ったり叶ったりの展開を、無言のまま眺めていた。昨夜見つけた、幼馴染の使い魔に関する重大な『可能性』。早急にその真偽を確かめねばと思っていたところに降ってわいたこの状況は、まさしく棚からボタモチだったのだ。
 開始からすでに十数分、決闘場となっている広場では、なんとも目を負いたくなるような光景が広がっている。魔法によって作られた兵士を相手に、素手の平民が敵うわけもなく、いわゆるフルボッコ状態が展開しているのだ。
 サイトの顔はアザだらけで大きくはれ上がり、実に痛々しい。おそらく、服に隠れた部分も同様かそれ以上の惨状だろう。


 「な、なんで立つのよ!?」


 それでもなお立ち上がり、ゴーレムに立ち向かう彼に、隣にいる幼馴染が悲鳴にも似た叫び声を飛ばす。
 すでに、理解しているはずなのだ。その身をもって、貴族と平民の暴力的なまでの実力差を。
 それでもなお、瞳に闘志を燃やして戦うその様は、ある者には滑稽と映り、そしてまたある者には、とても雄々しく、そして勇猛に映った。
 なるほど、根性は想像以上だ。現時点で筋力は自分とどっこいどっこいだろうが、これならば訓練次第で凄腕の剣士にもなり得るだろう。


 「お願い! もうやめて!!」


 しかし、それはあくまでも将来の話。今現在の彼には、この状況を打開できるだけの力がない。
 抵抗むなしくまたも殴り倒され、今度はピクリとも動かなくなったサイトを見て、ついに見かねたルイズが2人の間に滑り込んだ。


 「もういいじゃない! アンタはよくやったわ……!
  こんな平民、見たことないわよぉ……!」


 今にも泣きそうな様子で、幼馴染は仰向けに倒れている使い魔を説得しようとする。
 このままでは、冗談でなく本当に命を落としてしまう。意地っ張りで気位が高く、その実心優しい彼女にしてみれば、それは耐え難かったのだろう。


 「…いいから……どけよ」


 だが、頑固者な少年は一向に聞き入れようとしない。
 すでに限界を超えているであろう四肢に力を込め、フラフラとまた立ち上がる。
 が、やはりダメージが大きいのだろう。右腕を押さえて痛がっている。主人の言葉を聞かないなど、使い魔としてあるまじきことだが、今のルイズはそれどころではない。


 「痛いに決まってるでしょ!?
  当たり前じゃない……! 何考えてんのよ……!!」


 つい数分前まで、犬よ下僕よとなじっていたのはどこへやら。そこには少年の身体を心配する、1人の少女の姿があった。
 その姿に、まだ物心ついて間もない頃の彼女を思い出し、アレクは思わず口元をほころばせる。


 「…泣いてんのか……?」

 「泣くわけないでしょ!?」

 「いって!?」


 照れ隠しなのか、今度はルイズの拳がサイトを打ち据えた。それも、的確に痛いところを。
 傷口に塩を塗りたくるようなあまりの仕打ちに、アレクも苦笑を禁じ得ない。「昔はもうちょっと素直だったんだけどなぁ」などと、どうでもいい思考が頭によぎる。


 「〜!! だから、イテェって言ってんだろーが……!」


 案の定、相当痛かったのだろう。サイトは悶えながら文句を言う。
 こんな状況でなければ、じゃれ合っているようにしか見えない。


 「ミスタ・グラモン」


 その時だった。それまで見ているだけだったアレクが、余裕綽々といった様子のギーシュに話しかけたのは。
 周りの人間やギーシュ本人は、次に彼の口から出る言葉を即座に予想した。おそらくは、今にも倒れそうな使い魔の命乞いをするのだろう、と。
 しかし、


 「どうでしょう、彼に武器を恵んであげては」


その予想は、思いっきり斜め上を通り過ぎ、空の彼方へと消えていってしまった。


 「武器も持たない平民相手に勝ったところで、栄誉あるグラモン家の名に傷がつくだけです。
  ここは、形だけでも彼と対等の勝負をしたという証を残してはいかがでしょう」

 「ちょっ、アレク……! いったい何を……!」


 幼馴染である少年にあるまじき提案に、ルイズは思わず抗議する。
 彼女の困惑ももっともだ。たとえ武器を与えたところで、貴族と平民の実力差が埋まると決まったわけではない。さらに言うなら、こんな疲弊した状態の彼に今さら与えたところで、振るうことすら満足にできないだろう。
 その行為は救済に非ず、サイトをさらに苦しめる結果につながるのだ。それをまるで、どこか楽しんでいるかのようにこんな提案をするなど、平民を友とする彼らしくもない。


 「いいでしょう。
  平民! 恐れ多くも殿下のご厚意だ。まだ刃向かう意思があるのならば、この剣を取りたまえ!」


 しかし、少女の言葉が当事者たちに受け入れられることはなかった。
 アレクの提案を了承したのだろう。ギーシュが杖を振るうと、サイトの足元から、鋼でできた両刃の大剣がせり上がってきた。
 使い魔の少年は、言われるがままに剣へと手を伸ばす。


 「だ、ダメよ!  (コレ)握ったら、ギーシュは本当に容赦しないわ!
  いい!? これは、主人の私の命令なんだからね!」


 これには、ルイズも気が気ではない。
 伸ばされた彼の手を咄嗟に握り、命令という名の説得をする。この剣を取れば、未だに敵対の意思があると主張したことになり、本当に後戻りができなくなるのだ、と。


 「…オレは、元の世界に帰れねぇ……。ここで暮らすしかねぇんだろ……?」

 「だ、だから何よ……!?」


 ぶつぶつと、まるで壊れた人形のようにサイトはそう呟く。


 「寝るのは床でもいい……。飯はマズくたっていい……。
  しょうがねぇから、なんだってしてやる……」


 いきなり見知らぬ地へ召喚された少年に、たった1人で生きていく術などあろうはずもない。ルイズが彼の主人でありその生活を握っている以上、彼女に付き従う以外の選択肢など存在しないのだ。
 ならば、仕方ない。寝床は部屋の隅のワラの上、炊事洗濯その他もろもろ押し付けられた挙句、食事はパン1個の屈辱的な生活も、気位の高いわがままなお嬢様の世話だって受け入れよう。それ以外に、生きる道などないのだから。


 「でも……!」


 サイトは大剣の柄を両手で握りしめ、


 「下げたくねぇ頭は……下げられねぇッ!!」


至極単純な決意と共に、大地から勢いよく引き抜いた。


 「バカーっ!!」


 ルイズが叫ぶ中、この状況を作る原因になったアレクは、口元に笑みを浮かべている。
 究極の頑固者、とでも言うべきだろうか。自身の命がかかっているこの状況で、意地を優先するなど、今まで見てきたどの平民にも当てはまらない。
 圧倒的不利な状況で1歩も引かない胆力に加えてこの性格、実に面白い。久々に覚えた興奮に、神童は胸を高鳴らせていた。
 彼の『騎士としての才能』は充分に見せてもらった。今度は、『使い魔の能力』を拝見することとしよう。
 そんな思考をめぐらせる天才の瞳が怪しく光った次の瞬間、剣を握った少年の左手甲が、淡く光り輝いた。







 天にそびえ立つかのような塔。その最上階に、魔法学院学院長の執務室はある。
 室内では、部屋の主であるオールド・オスマンと、炎の使い手であるジャン・コルベールが対面していた。


 「ふむ……。平民の使い魔など前例がないな……」


 話題は言わずもがな。昨日ルイズが召喚した少年のことである。
 ある意味では、アレクのフェニックス以上に特殊な例だ。使い魔召喚の儀が始まって以来、今日までそのような現象が起こったなどという伝承は片手で数えるほどしかない。
 白く染まった自慢のヒゲをなでつつ、オスマンは唸った。


 「問題は、そんなことよりも……」

 「ん……?」


 コルベールが1冊の本を取出して、パラパラとページをめくり、


 「その者の表した使い魔のルーンに、殿下が興味をひかれ、私も一緒に調べましたところ……」


とあるページを差し出してこう言った。


 「これに、酷似しておりまして……」


 そこに刻まれていたルーンを目の当たりにし、オスマンの顔色が変わる。
 信じられない。老魔法使いの2つの瞳は、そう訴えているかのように見開かれていた。


 「こ、これは…伝説にのみ存在する使い魔のルーンじゃぞ!?
  まして、あのヴァリエールの三女が召喚するなど……」


 目の前の書類を睨みつける学院長の白髪に覆われた眉間に、一層深いシワが刻まれる。


 「これは、失われし 五芒星(ペンタゴン)の一角に関わることじゃ」

 「ま、まさか……!?」


 オスマンの言葉に、コルベールは思わず後ずさった。予想外に大きくなった事態に、半ば混乱しているのだ。


 「事の真相はどうあれ、このことは一切、口外してはならん!」

 「しょ、承知いたしました……!」


 現段階では、彼が真実『そう』であるかは分からない。しかし、その真相がどうであれ、おいそれと他人に漏らしてよい類いの情報ではない。ただでさえ、最近は隣国アルビオンの情勢がキナ臭くなっているのだ。もしも心の歪んだ者が知れば、この世に間違いなく動乱が幕を開けるだろう。


 「しかし、殿下にはどのように……」


 彼とルイズは旧知の間柄だ。この学園でも、関係は良好だと聞いている。彼の口から、この秘事へと繋がる情報が、彼女に流れないとも限らない。


 「…致し方あるまい。
  殿下にだけは事情を打ち明け、その上でこの件を内密に願うより他はない。
  遅かれ早かれ、あの方ならば真相にたどり着いてしまうじゃろうからのぅ……」


 幼い頃より、『神童』と謳われた彼ならば、閉ざされた秘密を明かすなど造作もない。老いぼれの浅はかな知恵など、軽く看破されてしまうだろう。
 いや、もしかしたら、すでにもう見抜いてしまっているかもしれない。ならばすべてを打ち明け、秘密を共有してもらうしかないだろう。
 話がまとまりを見せたその時、


 「どうやら、『本物』だったようです」

 「「!?」」


聞き覚えのある声が、唐突に2人の耳に届いた。
 音源へと目を向けると、話題にしていた本人が、壁に背を預けて音も気配もなくたたずんでいる。


 「ほ、本物…と言いますと……?」


 いつの間に入って来たのかとかそのような些事は捨て置き、コルベールは天才少年の言葉の真意を問うた。


 「そのままの意味です。
  彼、ヒラガ・サイトさんの左手に現れたルーンは、まさしく『本物』でした」


 先ほどまで中庭で行われていた決闘。そのさなかに剣を握ったかの少年は、それまでとは比較にならないほどの運動能力と剣技を発揮し、一刀の下に軽々とギーシュを打ち破ってのけたのだ。
 昨夜見つけた書物に記されていた、『伝説の力』そのままに。


 「それでは、やはり……」


 表情を一層険しくするオスマンの言葉に、アレクは無言のまま首肯で返す。


 「彼はまさしく、古の伝説に語られる『神の左手』……。
  そして、その主であるミス・ヴァリエールもおそらくは……」


 どこか確信のようなものをもって、そう語る神童。薄暗い室内に、ただならぬ沈黙が漂った。

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ゼロの使い魔 (MF文庫J)
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