小説『ゼロの使い魔 〜虹の貴公子〜』
作者:荒唐井蛙()

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 「フンっ! ナメられたもんだねぇ……。
  この私に、たった2人で挑もうってかい?」


 目の前に迫る、巨大な土人形。
 その威圧的な姿を前にしてもなお、アレクの余裕の表情は崩れなかった。その隣では、ギーシュがアワアワと狼狽している。本当に気の小さい男だ。


 「いや、あなたが来てくれて助かりました」

 「…何?」


 にっこりと、微笑みながら投げかけられたその言葉に、フーケがピクリと眉を動かした。


 「ほら、味方(あなた)地上(ここ)にいるおかげで、戦艦からの砲撃がすっかり止んでいます。
  まずは、そのお礼をと思いましてね?」


 なんのことはないとでも言うように、アレクは人差し指をピッと立てて、にこやかに説明する。
 ギーシュが、そういえばと戦艦を見上げた。
 フーケが地上に降りてきたおかげで、あれほど激しかった砲撃がすっかり止まっている。味方である彼女を誤って傷つけないようにという、配慮だろう。


 「…実に、やりやすい……!」

 「!?」


 瞬間、それまで穏やかだった王太子の瞳が、ギラリと怪しく光る。猛禽類のごとく鋭いその眼差しに、フーケは思わず後ずさった。







〜第31話 『真の力』〜







 「ふ、ふん! そんなハッタリ……!」


 「通用しない」。そう言うかのように、フーケの指示でゴーレムがその腕を振り上げる。


 「ミスタ・グラモン!」

 「りょ、了解です!」

 「何っ!?」


 しかし、剛腕が振り下ろされようとしたその時、ギーシュが杖を振るった。土の塊が、まるで蛇のようにうねりながら巨人の肩に立つフーケへと迫る。
 女盗賊は慌ててゴーレムの腕の軌道を変え、土の蛇を払い落とした。


 「これがゴーレムの欠点……操作に集中するあまり、術者自身が限りなく無防備になる」


 慌てふためくフーケを尻目に呪文の詠唱を始めつつ、アレクが皮肉交じりそう語る。
 確かに、熟練されたゴーレムの使い手は、その存在そのものが脅威だ。物量と質量に物を言わせて、戦場を駆けることもできるだろう。
 だが、巨大であればあるほど、数が多ければ多いほど、人形の操作には複雑なモノが要求されるのは自明の理。操作に専念するあまり、術者の隙が大きくなるのだ。
 『ゴーレムを相手にする時はまず、人形ではなく人形師を狙う』。あまり知られてはいないが、案外効果的な戦法である。


 「このぉっ!!」


 調子に乗るなとばかりに、再度ゴーレムが腕を振るった。
 だが、


 「させないぞ!」

 「なぁっ!?」


急に巨人の足が引っ掛かり、思わず転びそうになってしまう。
 すんでのところでバランスを立て直して足元を見てみると、巨体の足に大地から伸びる土がまとわりついていた。おそらく、ギーシュが作ったモノだろう。


 「それだけの巨体です。バランスも崩れやすい」


 詠唱の片手間に、またしてもアレクが捕捉を付け加えてきた。
 倒れなかったのが残念だとばかりに、含み笑いをしているのが、フーケの神経を逆なでする。


 「この私がっ…寄りにもよってこんな雑魚にっ……!」


 だが、それ以上に腹立たしいのはこの状況だ。
 かの有名な『神童』相手ならばいざ知らず、大した実力も持っていないガキ相手に、いいようにあしらわれている。なんの冗談だろうか。


 「『強者が必ずしも勝者とは限らない』……人生の常識ですよ?」


 一瞬、背筋に寒気を覚え、余裕たっぷりに笑みを浮かべている貴公子へと視線を移す。
 彼の周囲には、10個ほどの拳大の石つぶてが浮かんでいた。


 「ご苦労様です、ミスタ・グラモン。
  やはり他の魔法との併用がなかったおかげでしょうね。先ほどよりも早く生成できました」


 前衛としての仕事をキッチリこなした少年の労をねぎらうように、アレクはギーシュの肩をポンと軽くたたく。


 「では、終幕としましょうか」


 王太子のその一言が引き金になっていたかのように、石つぶてが弾丸のようにゴーレムへと飛翔する。
 そう、それはまさしく『弾丸』であった。進行方向に向けてさながらドリルのような回転を加えたその威力は、地球で言うところの『銃弾』である。


 ドドドドドドドドドドッ!!


 無類の貫通力と固い外殻を誇るそれらは、障壁によって守られた土人形の身体に難なく突き刺さった。
 が、


 「ふ…あははははははは! 何かと思えばその程度かい!
  『七色』も案外大したことないんだねぇ!!」


所詮はつぶて。そこまでである。
 撃ちこまれた弾丸は、そのままゴーレムの内部へと沈んでいった。
 フーケの勝ち誇ったかのような笑い声が、戦場にこだまする。奥の手がこれならば、攻略は容易い。『神童』といえども所詮は子供。取るに足らない。
 女盗賊は、勝利を確信した。


 「で、殿下……!」


 これはまずいと、ギーシュが再びうろたえ始める。
 しかし、この時2人は気づかなかった。たった今奥の手を破られたはずの少年の口元が、不気味に歪んでいることに。


 「チェックメイト」

 「…は?」


 少年の口から唐突に呟かれたその言葉に、フーケは疑問符を浮かべる。
 彼らに無限の再生能力を誇る土人形を倒す術はない。今さら、なんのハッタリだろうか。
 と、アレクの構えた杖の先端が、わずかに輝いたその瞬間、


 ドオォオオォォォォォオオオォォォオオォオオンッ!!


 「ぅわあぁああぁあぁあぁあッ!?」


巨人を中心に、大気を震わせる轟音と、大地すら消し飛ばさんばかりの爆風が巻き起こった。
 暴風にあおられ、吹き飛ばされそうになるのを、ギーシュは必死に地面にしがみついて耐える。
 数瞬の後、嵐が収まると、目の前にはとんでもない光景が広がっていた。


 「こっ…これは……!」


 空に向かってもうもうと昇る黒い煙。大地や草花をチリチリと焦がす炎。そして、直径10メイルはあろうかという、巨大なクレーター。
 ゴーレムは、影も形も残っていなかった。再生する間もなく、一瞬にして消し飛んだのだ。


 「やれやれ、少々強すぎましたか……」


 まるで何もなかったかのような顔で、爆心地である大穴を見つめる銀髪の貴公子。冷たい光が宿るその目に、ギーシュは思わず身震いした。
 たった今、目の前で、人が土人形もろとも吹き飛んだのである。そしてそれを成したのは、目の前の少年の魔法。
 信じられなかった。
 常に笑みを絶やさず、異性どころか同性にすら好感を持たれる心優しき少年が、戦時とはいえこんなことをためらいもなくやってのけたという事実が。そして、こんなにも感情の見えない瞳でモノを見ているということが。
 いったい何が起こったのか。何をしたのか。聞きたいことは山ほどあるが、とても問いかける気分にはなれない。
 と、次の瞬間、


 ゴオォオォオォォオォォォオオオオォオオッ!!


 「まっ、またかっ……!?」


今度は天空が、耳をつんざく轟音とまばゆいばかりの光に包まれたのである。


 「…目覚めたようですね……」


 あまりの眩しさに目をつぶるしかないギーシュの耳に、アレクのそんな呟きが届いたという。







 結果は、トリステインの大勝利であった。
 アルビオンの竜騎士はサイトが操る『竜の羽衣』によってことごとく撃ち落され、母艦であるレキシントン号もルイズが放った謎の閃光によって墜落せしめられた。
 終盤に猛威を振るっていたワルド・フーケ両名の生死・行方は、分かっていない。しかしながら、状況が状況だけに、生存は絶望的であろうというのが、関係者の見立てである。
 そんな中、サイトとルイズを乗せた『羽衣』は傷つきながらも不時着し、乗組員2人は無事だった。
 空は見事に晴れ渡り、太陽が双子の月の間から顔を覗かせている。


 「…クビだって…言ったのに……」

 「オレ、この世界の字、読めねーし」


 頬を膨らませながらの少女の言葉に、サイトは目をそらしながら知らん顔を決め込む。


 「…『羽衣』まであんなにしちゃって…どうするのよ……」


 ルイズの視線の先には、そこらじゅうに穴が開き、前方の風車に至っては『くの字』にひん曲がっている、変わり果てた『羽衣』の姿。
 当然、飛べないだろう。ここまで墜落しなかっただけでも、運がいいほどだ。
 これでは、サイトは元の世界に帰れない。


 「ま、なっちまったモンは仕方ねーよ」


 だが、当の少年は悲しむそぶりも見せず、あっけらかんと言ってのけた。
 ルイズの瞳に、影が差す。


 「…ごめん……」

 「は?」


 唐突に謝られ、サイトは頭上に疑問符を乱舞させた。


 「私の…せいよね……」

 「って、おいおい…何言ってんだよ」


 次いで少女の口から漏れだす呟きに、少年は呆れたとばかりにため息をつく。
 何をどう考えたら、彼女のせいになるのだろうか。むしろ彼女がいなければ、自分はワルドに撃ち落とされていたかもしれないというのに。


 「私がアンタに…変なことばっか、押し付けたから……だからアンタは、ここに……」

 「…あ、あ〜……」


 嗚咽交じりに突脱ぐ言葉を聞き、サイトは思い至った。
 なるほど、この少女は自分が使い魔だとか主人だとか、そういう義務感に駆られて駆け付けたと思っているらしい。


 「…ば〜か」


 これは、早々に誤解を解いておかなければ。さもなくば、今後の関係に支障をきたすだろう。
 たとえば、忠誠を誓ったと勘違いされて、今まで以上にこき使われたり。


 「オレは、そんなお人よしじゃねぇよ」


 事実、つい先刻までは本気で帰る気だった。主人だの使い魔だの、魔法だの戦争だのは、正直に言って願い下げである。
 だが、ルイズやアレクが出陣したと聞いて、さらには世話になったシエスタの村が襲われていると聞いて、駆けつけずにはいられなかった。


 「お前を守りたかったんだ。…ただ、それだけさ」


 正直な、心の底からの本音を、照れながらも言ってみる。
 「使い魔のくせに生意気よ!」。なんて言われるだろうが、それでも、言っておきたかった。
 しかし、少年が予想していた反応は、返ってこない。
 代わりに、


 「!?」


唐突な、口づけ。
 予想外なルイズの行動に、サイトは目を丸くする。


 「いいこと!? これ、再契約の証だからね!」


 数秒の後、唇を離した少女は、顔を真っ赤に染めながらそう宣言する。
 そんな姿を見て、少年は思わず自分の口元がほころぶのを感じた。
 本当に素直じゃなくて、世話の焼ける主人。


 「はいはい……改めてよろしくな。ご主人様」


 けれども、そんな彼女といることが、いつしか心地よいと感じるまでに、彼の心は毒されていたのだ。それも極めて、いい意味で。


 「ふふっ…『雨降って地固まる』とは、よく言ったものです」


 そんな仲睦まじい2人の姿を、遠目で見守る王太子。
 予想通り、いや、予想以上の進展に、彼は目を輝かせていた。


 「殿下ぁ〜!」


 と、そこへ、ギーシュが手を振って合流してくる。
 しかしてその姿は、なんとも奇妙であった。


 「…ミスタ・グラモン…その御仁は……?」


 何やら気絶しているらしき金髪の男性を引きずっているのである。


 「いやぁ…さっきそこをうろついていたので、とりあえず気絶させたのですが……」


 なんでも元から衰弱していたらしく、軽く木の棒で後頭部を叩いただけでアッサリ気を失ったらしい。
 まあ、この状況だ。アルビオン軍のメンバーと見て、まず間違いないだろう。ギーシュの判断と行動も、あながち間違ってはいない。本人がそれを意識してやったかどうかは、怪しいところだが。


 「……ん?」

 「どうかしましたか?」


 そこでふと、気絶しているワシ鼻男の左手中指にはめられた怪しい輝きに目が留まった。
 この人を魅了するかのような魔力、さぞやなかなかのマジックアイテムであろう。


 「…とりあえず、回収しておきますか」


 そんな品物が敵の手にあるのは、あまりにも危険だ。どのような品であれ、とりあえずは没収である。


 「いい風です……」


 晴れ渡った青空に、心地よい風が流れる。
 さんさんと降り注ぐ陽光が、やっとスタート地点に立った恋人達の行く末を照らし出すかのように、高い空の上から見守っていた。

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