小説『ゼロの使い魔 〜虹の貴公子〜』
作者:荒唐井蛙()

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 愛しのアリスへ
 お元気ですか? ボクは元気です。
 最近、トリステイン魔法学院はなかなかの大騒ぎです。何かというと、ご存じの通りに今は戦時。一応の鎮静化は見せていますが、それでも油断はできません。
 というわけで、学院に在籍している男子達が、こぞって軍に収集されていったのです。
 ボクは違うのかって? 仮にも王族、それも今となっては女王陛下の側近頭ですから、おいそれと彼女のそばを離れるわけにはいかないのです。理解していただけましたでしょうか。
 そんな経緯もあり、男女の比率がおかしくなってしまった学院に、銃士隊の方々が駐留するようになりました。名目は、『ボクの警護と、学院の女子生徒への軍事教練のため』、だそうです。慣れない戦闘訓練に、みなさん色々と苦労しているようです。ボクも何か手伝えたらよいのですが……。
 そしてもう1つ、ロマリアから転入生がやってきました。かなりの美男子さんですが、なかなか気さくな人で、君とも気が合うのではないかと思います。いつか紹介できる機会もあると思うので、その時を楽しみにしていてください。
 それでは、また会う日まで。







〜第35話 『新たな仲間』〜







 「何をしているんですか?」

 「ひゃいぁっ!?」


 中庭で1人手紙を書いているところを後ろから話しかけられ、アレクは変な声を上げてしまった。手からこぼれた羽ペンが、ストーンと芝生の上に落ちていく。


 「すみません。驚かせるつもりはなかったのですが……」

 「ぁ…あぁ、いえ…大丈夫です。
  何かご用ですか? ミスタ・チェザーレ」


 若干慌てた様子で弁解するこの少年の名前は、ジュリオ・チェザーレ。
 件の転入生である彼は、左右で色の違う瞳とキレイな金髪の持ち主で、なかなかの美少年だ。転入してきて日も浅いというのに、男不足になってしまった学院の女子生徒から、熱烈な人気を誇っているほどである。


 「いえ、殿下と少しお話でも、と思いまして」


 この気さくな態度も、人気の理由だろう。
 正式に女王の側近になったことで、大半の生徒から高嶺の花と認識され、若干距離を取られるようになったアレクに対しても、このようになんの気兼ねもなく接してくる。敬語や敬称も、おそらくは形だけのモノだろう。
 知り合って間もないが、若き側近頭にとっては、身分にかかわらず気軽に接することができる、数少ない友人の1人になりつつあった。


 「…なるほど。そういうことなら、どうぞお座りください。立ち話もなんですので……」


 そう言って、アレクは向かい側にあるイスを勧める。
 神官である彼が、はるばるロマリアからこの学院に転入してきた理由、それは、迫りくるアルビオンの脅威に対応するためだ。
 最近のアルビオンの動向には、宗教国家である『ロマリア』の主・教皇聖下も、危機感を抱いているらしい。
 そこで彼が転入という名目で派遣されてきたのだが、初日から一騒動巻き起こしてくれた。ルイズを巡って、サイトとチャンバラのケンカを演じてくれたのである。
 いい人ではあるのだ。国籍は違うが、共にアルビオンに立ち向かう仲間ではあるし、一応信頼もしている。ただ少し、人をからかうのが好きなようで、そこがアレクの悩みどころでもあった。


 「さて、話というのは……?」


 そんな一見おちゃらけた彼だが、なかなかの切れ者であり、しめるところはしめる人だ。
 こうして周りに人のいないところを見計らって音もなく訪ねてきたということは、何かしら任務に関係する情報を持って来たと見るのが妥当だろう。
 アレクは顔の前で左右の手を組み、真面目な表情で問いかける。
 だが、


 「いえいえ、そんな構えなくてもいいですよ。ただの世間話ですから」

 「…はあ……?」


目の前で笑う少年は、あっけらかんとそう言ってのけた。
 思わず、間の抜けた声がアレクの口から漏れる。


 「ときにそれは、恋人への手紙ですか?」

 「…………」


 本当に、ただの世間話をしに来たらしい。身構えていた数瞬前の自分があまりにもバカバカしいものに思え、アレクは深いため息をつく。


 「そんな落ち込まないでくださいよ。何かあったんですか?」

 「…いえ…少し、疲れがたまっているだけですので……」


 「あなたのおかげで猛烈な肩すかしを喰らったのだ」。などということは、口が裂けても言えないアレク。つくづくお人よしの苦労人気質である。


 「ああ、そうそう」

 「…何か……?」


 ふと思い出したかのように、ジュリオが人差し指を立てて語り出す。
 どうせ、また大した内容ではないだろう。そう判断したアレクは、疲れた身体を潤すべく、何の気なしに紅茶の入ったティーカップに口をつけた。
 こうなったらもう、このまま世間話としゃれ込もう。友人とのそんな時間も、悪くはない。


 「アルビオンは現在、暗殺されたクロムウェル卿に代わり、彼の秘書を務めていた女性が統率しているそうです」

 「!」


 しかし、次いでジュリオの口から飛び出したその言葉に、アレクは思わず目を見開いた。完全に気を抜いていたところへの不意打ちである、驚かない方がおかしい。


 「その女性の名前は分かりませんが…
  クロムウェル卿の死を『アンリエッタ女王が処刑した』として、貴族達のトリステインに対する敵愾心をあおっているとか……」

 「そっ、そんなバカな……!」


 珍しく取り乱し、座っていたイスを後ろに倒して立ち上がるアレク。
 クロムウェルの暗殺からまだ数日。女王の誘拐やら何やらがあったこともあり、表向きには未だ発表されてすらいない。
 にもかかわらず、早くも彼に代わる指導者が選ばれ、彼の死が『処刑』だとして広まっている。こんなことが起こり得るのだろうか。これではまるで…。


 「『初めから仕組まれていたようだ』…そう思いませんか?」

 「…………」


 アレクの思考を、ジュリオが不敵な笑みを浮かべながら代弁する。
 暗殺、指輪の盗難、女王誘拐、そして今回の一件。何か、作為的なものを感じる。まるで、見えない何かに踊らされているようで、気味が悪い。


 「…名前が、分かっていないというのは……」

 「恥ずかしながら、ボクの情報網ではそこまでしか……」


 肩をすくめて答えるジュリオに、アレクは気にしないようにと言い含める。
 暗躍する謎の女。現状では、その存在が分かっただけでも収穫だ。少なくとも、警戒することはできる。


 「ありがとうございます」

 「いえいえ、同志のために動くのは当然じゃありませんか」


 そんな軽口をたたくジュリオに、アレクは思わず苦笑する。
 今回は、完全にペースを彼に奪われてしまった。おそらくサイトも、こんな感じで毎回からかわれているのだろう。とんでもないいたずら小僧が転入してきたものだ。
 自分もまだまだ、今は亡き父の足元にも及ばないと思い知りながら、アレクは空を見上げる。


 (大丈夫……)


 ふと、青い髪をした友人の言葉が頭に浮かび、言い聞かせるように心の中で反芻する。
 自分も、『あの頃』のままではない。友人にも恵まれている。何が起ころうとも、何が来ようとも、対処できる。
 計り知れない不安に抗うように、喉まで出かかった弱音と共に、少年は平静を装いながら紅茶を飲むのだった。







―――――――――――――――――――――――――――数日後――――――――――――――――――――――――――







 「失礼。何用で来られた? この学院の生徒ではないようだが?」


 銃士隊隊長アニエスは、学院の敷地内でキョロキョロと辺りを見回す少女に声をかけた。
 薄い紫がかったプラチナブロンドの長髪を腰まで流し、髪と同色の瞳はまるで宝石のような輝きを纏っている。
 背丈は見たところ150サント前後だろうか。決して高くはない身長だが、それに反して胸元の布地を押し上げる双丘が自己を主張している。栄養がその一点に集中しているとしか言えない体系だ。
 アニエスは彼女を、今まで見かけたことがない。纏っているのが学院の制服ではなく、簡素な純白のドレスであることからも、部外者であることは明白である。
 だが、纏った空気を見る限り、どこか位の高い貴族の子女であることもまた確か。よって彼女は、失礼のないように、さりとて警戒を怠ることなく、少女に問いかけたのだ。


 「あ、『銃士隊』の方ですよね?
  アレクサンドラ・ソロ・モン・ド・エルバート様は、どちらにいらっしゃいますでしょうか?」

 「…エルバート公にどのようなご用事で?」


 アニエスは気取られぬように、戦闘の体制に入る。
 自分が銃士隊であること、またはこの学院に銃士隊が駐留していることは、限りある人物でしか知り得ない情報だ。それをこの少女は、難なく看破した。
 しかも、アレクの居所まで聞き出そうとしている。アルビオンの差し向けた刺客だということも、充分にあり得る。


 「あぁ、いえ、特に大したことでは……。
  久しぶりにお手紙をもらったので、お会いしたくなってしまって……」


 が、少女は無邪気な笑顔を浮かべたまま、持っていたカバンから1通の封筒を取り出す。その封蝋には、間違いなくエルバート家の紋章が用いられていた。


 「失礼いたしました。
  エルバート公ゆかりの方とはつゆ知らず……」


 咄嗟に、アニエスは深く謝罪する。
 あんなモノを持ってこられては、彼女の話を信用しないわけにはいかない。


 「いえいえ、戦時ですものね。仕方ありませんわ。
  あぁ、それと、その呼び方は普段はなさらない方がよいかと……。あの人、ちょっと気にしているみたいですよ?」


 確定である。少なくとも彼女は、アレクと近しい関係にある。でなければ、彼が普段から漏らしている愚痴を知りようがない。
 というかよく考えれば、こんな真っ昼間からこんな分かり易いところでウロウロする刺客などあり得ない。どうやら自分も、少々神経が過敏になっていたらしい。


 「申し訳ありませんが、それについては少々考えさせていただきたい。
  女王陛下のご側近に、失礼があってはなりませんので」

 「まぁ。話に聞いた通り、頑固なお方ですこと」


 貴婦人のように微笑む少女。アニエスには、その姿がとても大人びて見えた。胸部で揺れる何かが、相乗効果を生んでいることは間違いない。


 「あの方ならば、あちらの寮塔か、中庭でお茶をたしなんでおられるかと……」

 「ご親切にありがとうございます。では」


 そう言ってパタパタと駆けていく少女の後姿を見ていたアニエスは、後に語る。
 その姿は、久方ぶりに恋人に会うのを楽しみにする、乙女にも似ていた、と。







 「なぁ、アレク。あのジュリオってヤツ、どーにかなんねーのか?」

 「いや…どうにかと言われましても……。
  仲良くしてくださいよ、サイトさん」


 校舎と別の塔をつなぐ渡り廊下を、サイトとアレクは並んで歩いていた。その内容は、なんともアレなモノではあるのだが。
 どうにもサイトとジュリオは、転入初日からあまり仲がいいとは言えない。
 ジュリオは、むしろサイトに興味と好感を示しているようなのだが、


 「ったく…そんなにいいのかよ…イケメンが……」


当のサイトの方が、彼に嫉妬丸出しなのである。
 あのすかした態度に、初日から女生徒の人気を集めたことに加え、あまつさえルイズに対して馴れ馴れしく接してくる。彼女も彼女で悪い気はしていないようであるし、なんとなく表現しづらいが、


 「…ムカつく……」


のである。
 そんな少年を、まるで微笑ましいモノでも見るかのように、銀の貴公子はニコニコと笑顔で眺めていた。


 (やはり、恋にライバルの存在は必須!
  ミスタ・チェザーレ、グッジョブです!!)


 あの金髪少年自身は、どちらかといえば2人をからかって遊んでいるのだろうが、アレクとしてはまさに燃える展開である。
 1人の女性を巡って2人の男が競い合う。恋愛モノの醍醐味だろう。
 純情なクセに変なところで耳年増な少年は、心の中でガッツポーズをしたとかしなかったとか。


 ダダダダダダダダダダダダッ!!


 「…おや?」


 と、その時、中庭の方から猛烈な勢いで走ってくる女子生徒が数名。
 何やら、目に涙を浮かべている者も少なくない。ていうか、号泣している娘もいる。


 「ひどいですわ殿下ぁぁぁあ!!」

 「私に黙ってあんな…あんな……!」

 「ぅえぇぇえぇえぇえん!!」

 「えっ…ちょっ…み、皆さん落ち着いてください!」


 自分の前に来るや否や、一斉に泣き崩れる女生徒達。
 もうわけが分からない。両の手をわたわたと振り、アレクは大混乱を起こしていた。


 「ほほう、二股どころか十股とはやるじゃねぇか、あんちゃん」

 「何冗談言ってるんですかあなたはっ!
  って、サイトさんも『やっぱりな』みたいな顔しないでくださいよ!?」


 人聞きの悪い発言をのたまうデルフに文句を言ったり、生暖かい目で見てくるサイトの視線に心を痛めたりと忙しいアレク。


 「ごゆっくり」

 「って、えぇええぇぇえ!?
  助けてくださいよ友達でしょ!?」


 そのまま、この場を去ろうとする親友を、イケメン少年は必死で引き留めようとする。
 その姿には、普段の沈着冷静な面影はない。若干涙目だ。


 「モテるヤツとイケメンは敵だ」

 「ひどいっ!?」


 今度は自分が嫉妬の標的にされてしまったことに、心の底から嘆くアレク。
 自分がいったい何をしたというのだろうか。やはり、始祖ブリミルは自分を嫌っているのだろうか。
 そんなまとまらない思考の中、哀れな少年の絶叫はむなしく空に掻き消えていった。

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