小説『ゼロの使い魔 〜虹の貴公子〜』
作者:荒唐井蛙()

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 その日ルイズは、窓から差し込む朝日を浴びて目を覚ました。


 「〜〜〜ッ」


 清々しい朝だ。大きく伸びをして、自分の右隣を見る。
 そこでは、使い魔である少年が、ベッドの上で気持ちよさそうに寝息を立てていた。
 タルブでの戦い以来、自分達はこうして同じベッドで並んで眠っている。特に、理由はない。ないったら、ない。
 強いて言うなら、彼が生まれ育った世界よりも、主人である自分を選んでくれたことがうれしかった。それだけだ。
 愛おしそうに、少年お髪をすく。少女の頬は、ほのかに桜色に染まり、とても幸せそうだ。その場に人がいたならば、大量の砂糖を吐いて悶絶することだろう。


 「起きなさい、ちびルイズ!!」


 しかし、そんなスウィートな空気は、


 「エ、エレオノール姉さまっ!?」


唐突に寝室のドアを蹴破らんばかりに入ってきた女性によって、盛大にぶち割られてしまった。







〜第37話 『ヴァリエールの三姉妹』〜







 日課である早朝の散歩も終わり、廊下を歩きながらアレクはため息をついた。というのも、


 「んふふ〜♪」

 「あの…アリス? せめてもう少し離れてくれませんか?」


現在自分は、妹・アリスと、新婚夫婦のように腕を組んで歩いているからだ。
 もともと自分にべったりの甘えん坊であったが、この学院に来てからそれが余計にひどくなった。なぜだ、と、考えずにはいられない。
 アレだろうか。長らく文通だけで、ほったらかしにしていたのがまずかったのだろうか。


 「…お兄様は、私のことがお嫌いなのですか?」

 「い、いや…そういうわけでは……」

 「なら、いいではありませんか♪」


 歩きにくいので注意してみるのだが、涙目で顔を覗きこまれ、結果はこの通りである。
 なんで自分はこうも女性と押しに弱いのかと、嘆かずにはいられない。


 「あ、そういえば……」


 そこでふと、思い出す。
 アリスが来て3日が経ったが、あれから一部の女子生徒が謎の体調不良を訴えて、授業に出なくなってしまったのだ。
 おそらくは、銃士隊による熾烈な護身術講座が原因だろう。自分は幼少の頃から父に散々体術を叩き込まれたおかげで体力に自信があるが、令嬢達はそうはいかない。
 今日は授業も予定もないし、見舞いにでも行こうかと思案する。その際に治療薬でも作れるだろう。


 「それなら、私にお任せくださいませ」


 と、そこで、アリスが可憐な笑顔を浮かべて挙手してきた。


 「いいのですか?」

 「お兄様の手をわずらわせるほどでもないでしょう。
  これでも水のラインメイジですわ。ご安心ください」


 アレクの問いかけにも、にこやかにそう返してくるアリス。
 何やら学院に着て以降、一部の女生徒達とギクシャクした関係が続いているように思えて心配だったが、それも杞憂に終わりそうだ。
 アリスも、体調を崩した人達が心配なのだろう。これを機に、仲良くなってもらいたい。


 「分かりました。では、お言葉に甘えて」

 「はいっ♪」


 というわけで、女生徒の件は彼女に一任することにしたアレク。
 自分は後日にでも、様子を見に行けばいいだろう。今は、学院生徒と妹の親善の場を用意することが先決だ。
 実は意外と兄バカなエルバート家当主であった。


 (よしっ! これで時間は稼げた!
  あとはアイツらにさらなる苦痛と恐怖を……!)


 そんな兄の隣で、見えないように小さくガッツポーズをする妹。
 どうせこの兄のことだ。明日にでも見舞いに行くつもりだろうが、それだけ時間があれば充分である。


 (兄様に近づこうとするハエは、今の内に駆除しとかないとな!!)


 その心の中では、どす黒い思惑が渦を巻いていた。
 アレクは知らない。女子達の体調不良の原因が、自身の妹の水魔法であることを。


 「「ええぇえぇぇぇえぇえぇえぇえぇえええっ!?」」

 「「!?」」


 と、その時、寮塔から空気を切り裂かんばかりの絶叫が届き、兄妹は思わず肩を震わせる。


 「今のは……」

 「ルイズお姉さまと、その使い魔の方ではないかと……」


 顔を見合わせて当たりをつけた2人は、踵を返して音源である少女の部屋へと駆けていくのだった。







 ルイズの部屋に駆け付けたアレクは、呆然としてしまった。
 何せそこでは、部屋の主であるルイズとサイトが床に正座させられ、本来ならばここにいないはずの金髪女性に、絶賛お説教を喰らっている最中なのだから。
 この金髪ブロンドの女性の名は、エレオノール・アルベルティーヌ・ル・ブラン・ド・ラ・ブロワ・ド・ラ・ヴァリエール。ルイズの姉にして、ヴァリエール家三姉妹の長女である。


 「まったくもう! 信じられないわ!!」


 そしてその性格は、ルイズの高慢さをさらに拡大したような、激しい気性の持ち主と言えば、理解していただけるだろうか。


 「あら殿下。いえ、もう『エルバート公』でしたかしら?」


 と、そこに、犬やら猫やら、何匹かの小動物を引き連れた桃色ブロンドの女性が歩み寄って来た。


 「お久しぶりです、ミス・フォンティーヌ。
  『殿下』で結構ですよ。あまり堅苦しいのは、好きではありませんので」


 部屋の中で繰り広げられている殺伐とした光景から目を離し、廊下に立つ女性へと向き直るアレク。
 彼女の名は、カトレア・イヴェット・ラ・ボーム・ル・ブラン・ド・ラ・フォンティーヌ。エレオノールと同じくルイズの姉であり、ヴァリエール家の次女である。


 「それなら、わたくしも『カトレア』と呼んでください。いつも言っているでしょう?」


 そしてその性格は、長女や三女とは真逆。おっとりとした、優しいお姉さんといった印象だ。
 ついでと言ってはなんだが、その体型も真逆である。洗濯板のような長女・三女に反して、彼女だけがなぜか巨乳だったりする。世の中は不可思議なことだらけだ。


 「ところで、なぜあなた方がこの学院に?
  特にあなたは、あまり外出していい体では……」


 心配そうな眼差しで、アレクはカトレアに問いかける。
 彼女は、幼少の頃から身体が弱い。原因不明の奇病を患ってからは、その度合いがさらにひどくなった。
 彼女の姓が『ヴァリエール』でないのも、父であるヴァリエール公爵が領地から出られない彼女を不憫に思い、領地の一部を分け与えたことが由来だ。
 そんな彼女が、領地から遠く離れた学院まで来るなど、もってのほかなのである。


 「大丈夫ですわ。最近、特に今日は、すこぶる体調がいいのです」


 そんなアレクの心配をはねのけるかのように、カトレアは微笑む。
 数年前、ルイズを通して彼女の事情を知ったアレクは、その身の上を気の毒に思い、自らその治療を買って出たのである。
 多くの治癒術者がさじを投げた病であるため、いかに『神童』と謳われた彼といえども、その治療は困難を極めた。連日の徹夜は当たり前。時には、アレクの方が過労に倒れることもあったという。
 しかして、そんな努力を神は見捨てなかった。治療の開始から2ヵ月後、誰もがあきらめかけたその時、1つの奇跡が起きたのである。
 それ以来、少しずつではあるが、カトレアの容体は改善されつつある。かつては体に負担がかかるために使用できなかった魔法も、短時間であれば使えるまでになった。


 「殿下のおかげですわ」

 「大げさですよ。あなたの生きようとする意志があったからこその結果です。
  治癒術者(ボク)には、そのお手伝いしかできませんでした」


 改めてお礼を言われ、照れくさそうにアレクは笑う。
 このやり取りも、もう何度目だろうか。ヴァリエール公爵にもひどく感謝され、「お礼として、カトレアを嫁にもらってほしい」、などと言われる始末だ。娘の意思を無視したかのような公爵の発言には、毎度苦笑を禁じ得ない。
 と、その時、


 「殿下ぁ! 殿下からも何か言ってあげて下さいまし!
  この子ったら、いやしくも平民と同じベッドで寝ていたのですよ!?」


アレクの存在に気づいたエレオノールが、彼の下へと駆け寄って、妹の説得に協力してほしいと申し出てきた。その際に、ちゃっかり少年の手を握ることを忘れない。


 「まぁまぁ、いいではありませんか、ミス・ヴァリエール。
  彼はミス・ヴァリエールの使い魔です。親睦を深めるのは、決して悪いことではありません」


 「そんな…『エレオノール』とお呼びになって? ちびルイズとかぶって紛らわしいですわ」


 困ったような表情でそう言って、アレクの手を自身の胸に押し当てるエレオノール。
 ハッキリ言ってそこには何もないのだが、そこは純情少年。顔がユデダコのように真っ赤だ。


 「わっ、分かりました! し、しかしですねミス・エレオノール。
  あ、あなたが妹君の心配をなさるお気持ちも分かりますが、彼女もぃいっいつまでも子供ではありません。
  は、離れて見守るのも、い…一種の愛情ではないかとっ……」


 いつもの冷静さなどどこかに置き去りにしたかのように、しどろもどろになりながらも一気に自身の意見を言い終えるアレク。
 なんというか、頭から大量の湯気が絶え間なく吹き出ている。完全にオーバーヒート状態だ。


 「殿下…あなたはわたくしの妹が、どこぞの馬の骨に汚されてもいいとおっしゃるのですか?」

 「い、ぃいいぃいえ! けっけけ決してそのような……!」


 ズイッと顔面近くまで詰め寄られ、思わずのけぞりながらさらにパニックに陥るアレク。
 それもそうだろう。メガネの下のその表情は、先ほどまで眉間にシワを寄せていた女性のソレではないのだから。


 「では、可能性をゼロにするためにも、あの小汚い平民を追い出す必要があるのでは?」


 さらに顔を近づけるエレオノール。もう、あと少しで唇が触れあいそうだ。


 「えぇえぇえと…あの…そそっその……」


 女性に対する免疫がまったくないアレクにはもはや、彼女に逆らうのは不可能だった。完全に涙目である。


 「殿下?」

 「は…はぃ……おっしゃる通りでございます……」


 軍配は、エレオノールに上がった。
 彼女の後ろの方では、ルイズとサイトが横暴だなんだと文句を言っているが、取り合うエレオノールではない。


 「何よ、殿下のご判断よ? 文句あるの? ちびルイズ」

 「いや! 明らかに脅迫だったじゃねーか! なんかぐったりしてるぞオイ!!」

 「お兄様!? お兄様!?」


 アレクに熱い視線を送っていたつい今しがたまでとは打って変わって、再び眉間にシワを寄せて振り向く長女に、サイトが力の限りにツッコんだ。
 表情の見えなかった彼らからしてみれば、今のやり取りは脅迫以外の何物にも見えなかったのだ。現に、純情少年は気絶でもしているのか、顔を真っ赤にしてぐったりとうなだれて動かない。
 エレオノールが未だに手を握っているためにかろうじて床に倒れずにいる兄に、アリスが涙ながらに呼び掛けている。
 どういう状況だコレは。


 「あら大変。
  私は殿下を介抱するから、あなたは即刻この部屋から出ていきなさい!!」


 ビシッと、効果音が聞こえてきそうなほどに指を指され、サイトは思わずたじろいでしまう。なんというか、この人は自分の天敵に思えてならない。
 エレオノールはそのままアレクを抱え、鼻歌交じりに部屋を出ていく。その足取りが軽くスキップしているように見えるのは、おそらく気のせいではないだろう。


 「って、ちょっと待てやコラァ!!
  兄様と2人きりで何する気だ、この貧乳!!」


 そして一瞬遅れて、殺気と八重歯をむき出しにしたアリスが、怒声交じりにそれを追いかけていった。
 あとに残された面々は、唖然とするしかない。


 「…なんだアレ……」


 親友の妹である可憐な少女のあまりの豹変ぶりに、サイトは思わずそう呟いたという。

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