小説『ゼロの使い魔 〜虹の貴公子〜』
作者:荒唐井蛙()

しおりをはさむ/はずす ここまでで読み終える << 前のページへ 次のページへ >>

 そんなこんなでエレオノールの介入により、サイトはルイズと引き離され、現在は使用人用の寮の一室にて、布団にくるまっていた。


 「…くっそ……」


 しかし、どうも落ち着かない。
 以前はワラの上で寝ていたのだ。それを思えば、寝心地が悪いというわけではない。それなのに、なぜか眠れない。


 「…仕方ねぇ……」


 理由は、分かりきっている。
 それならばと、少年は体を起こし、部屋を出る。彼の姿は、静まり返った廊下の向こうに消えていった。







〜第38話 『恋の土砂降り注意報』〜







 眠れない。
 そう思い少女は、ここ、使用人用の寮の廊下を寝間着のまま訪れていた。
 そもそも、エレオノールは無茶苦茶だ。いきなり来たかと思えば、学院で特別講師として働くと言ってのけるわ、自分から使い魔を取り上げるわ。もう、わけが分からない。いったいなんのために来たのだろうか。
 せめてもの救いは、病弱にもかかわらず、なぜか彼女と一緒にカトレアも来ていることだろう。
 そんなわけで、ルイズはサイトに割り振られた部屋に向かうべく、絶賛忍び足中である。


 (べっべべ別にね、アイツに会いたいからじゃないんだからっ!
  そっそそっそうよ! 私は貴族(メイジ)なの!
  ぃいっいつも使い魔をそばに置いとくのが当たり前なのよ!
  ホ、ホントにそれだけなんだからっ!!)


 などと、誰も聞いていないのに心の中で言い訳をしつつ歩いていく少女。顔が、リンゴのように真っ赤である。
 そうこうしている間にも、お目当てである部屋の前にたどり着いた。
 そっと扉を開け、中に入る。
 目の前には寝床であろう布団があり、少しばかり盛り上がっている。


 「…………」


 ルイズは静かに歩み寄り、布団の中に潜っていく。
 目を閉じてしばらくすると、不意に肩を掴まれて引き寄せられた。少しだけ、心臓の鼓動が早くなる。


 「……ッ」


 そして触れ合う、唇と唇。
 赤かった少女の頬がさらに赤みを増す。
 自分も彼の身体に手を添えようとしたその時、


 ポヨン


 「…?」


何やら柔らかい感触に疑問を覚えた。
 恐る恐る、目を開けてみる。


 「あぁ…サイトさん……」


 するとそこには、見知ったメイドの顔。
 瞬間、2人の少女の目がかち合った。


 「「えぇえぇぇえぇぇええぇええっ!?」」


 数瞬の後、驚きのあまりに頭からかぶっていた布団をはねのけて起き上がるルイズとシエスタ。
 2人の脳内は、もうパニック寸前だ。お互いの思考はただ1つ。なぜ、彼女がサイトの部屋(ここ)にいるのか。


 「どっどどどどどうしてアンタがっ……!?」


 最初に口火を切ったのは、主人であるルイズ。
 その問いに、シエスタは一瞬目を泳がせる。言えない。2人が離れて眠る今夜がチャンスだと思って、夜這いに来たなどと。


 「サ、サイトさんに…サイトさんに呼ばれたんです……」


 そこで、精一杯のウソをつく。


 「そ、そうですサイトさんに…『今夜、オレの部屋に来てくれ』って……サイトさんに呼ばれて来たんですっ!!」


 根や葉っぱどころか、種すら存在しない大ウソである。
 しかして、顔を真っ赤にしたメイドによるその発言の真偽を知る術は、ルイズにはない。
 よって彼女は、


 「…………」


文字通り真っ白になって、固まるしかなかった。







 その頃サイトは、学生寮のとある部屋の前に来ていた。
 ゆっくりと扉を開け、中に入る。
 室内に漂う寝息。どうやら、部屋の主は寝ているようだ。まあ、時間を考えれば当然だけれども。
 真っ暗な室内をキョロキョロと見渡しながら1歩を踏み出す。
 その瞬間、


 「どぅおわぁっ!?」


左手の壁から、無数の刃が戦場を飛び交う矢のように襲い掛かってきたのだ。
 咄嗟に回避し、刀剣類が突き刺さった反対側の壁を、サイトは顔を青く染めながら見つめる。
 いったい何がどうなっているのか、わけが分からない。なぜ寝室に、このようなトラップが仕掛けられているのだろうか。セキュリティ会社も真っ青である。


 「こ…殺す気か……」


 部屋の主の意図を測りかね、そうやって顔をひきつらせていると、


 「…こんな夜更けに、兄様になんの用だコラ」

 「ッ!!」


地の底から響いてくるような声色が、明りのない室内に響く。
 ビクリと肩を震わせ、サイトは壊れた人形のような動きで首を回し、後ろを振り返った。


 「あれか? テメェ、両刀とかそーゆーアレなのか? あん?」


 そこにあったのは、鬼神のような形相で、コキコキと拳を鳴らしながら仁王立ちしている、紫ブロンドの小さな死神の姿。


 「あ…あはははは……」

 「笑ってごまかそうったって、そーはいかねぇぞ」


 逃げようという考えは浮かぶものの、恐怖のあまりに身体が思うように動かない。もはや少年は、蛇に睨まれたカエルも同然であった。
 何これ。10歳だよね。アレクの妹なんだよね。なんでこんな怖いの。てゆーかここって、この子の部屋じゃないはずだよね。
 などというサイトの心の叫びに答えてくれる者は、残念ながら存在しない。この部屋の真の主は、そんな周囲の様子には気づくことなく、机に突っ伏して寝息を立てている。
 瞬間、少年は唐突に理解した。おそらく、先ほどの致死性トラップは、この少女の手によって設置されたモノなのだろう。アレクがアレを用意したとは思えないが、今のアリスならば全力で肯定できる。


 「いっ、いや待て違うんだ!
  オレは別に、君が考えてるよーなことをしに来たわけじゃっ……!」


 ひどくドスの利いた口調に脅えながら、少年は必死に弁解する。その目は、若干涙目だ。
 自分は別に、男色家でも変態でもない。確かに机の上で絶賛爆睡中の少年は、ともすれば少女にすら見えるほどの美貌の持ち主だが、だからと言ってそちらの趣味に走るほど、自分は酔狂ではないのである。


 「…………」


 瞬間、少女がにっこりとほほ笑んできた。貴婦人も顔負けの美しい笑顔を前に、サイトは分かってくれたのかと、胸をなでおろす。
 が、


 「…ブチ殺し、確定……!!」


ビッと床に向けて親指を突き出すと同時に、少女の口から告げられたのは、断罪を告げる明らかな死刑宣告だった。
 その夜、哀れな少年の断末魔が、双子の月の下でこだましたという。







 翌日、中庭の片隅で、少女は1人沈んでいた。
 もう、誰も信じられない。ずっと守ってくれると言ったのに、キスまでしたのに、あの少年は自分よりもメイドを選んだ。
 情けないやら、腹立たしいやら、悲しいやら。色々な感情が小さな胸の中で渦を巻き、目から涙となって零れ落ちる。


 「なーにやってんだよ」

 「ッ!」


 と、そこへ、件の少年が歩み寄って来た。
 その態度は、いつもとまるで変わらない。


 「…なんの用よ……?」


 それが無性に腹立たしく思えて、ルイズはついつい刺々しい態度を取ってしまう。
 それが彼の浮気の原因であることも、分かっているはずなのに。


 「なんの用ってこたねーだろ。オレはお前の使い魔なんだからさ」


 それでも、彼の言動は少女が許容できるモノではなかった。


 「何よっ! メイドを寝床に呼び出してたくせに!
  テキトーなコト言わないでよ!!」

 「はぁ!? なんじゃそりゃ!?」


 なおもこの男は、白を切るつもりらしい。
 明確な怒りが、少女の悲しみを塗りつぶしていく。


 「あのコの方がいいんでしょ!? ハッキリ言ったらどうなのよ!!」


 だからだろう。ルイズの目に涙はもはやなく、口から飛び出したのは鳴き声ではなく怒声だった。
 息を荒げて肩を上下させながら、目の前の少年を睨みつける。
 また、やってしまった。少女が我に返って悔いてみても、もはや言葉は全て口から出た後だ。
 これで、完璧に愛想を尽かされる。そう思った次の瞬間、


 「…バカかお前」


少年の口から飛び出したのは、ため息交じりのそんな言葉だった。


 「ッ! バカとは何よっ!」


 思わず、ルイズは彼に食って掛かる。
 もとはと言えば彼が元凶なのだ。自分がバカ呼ばわりされるいわれは、1サントほどもない。
 が、今度はサイトがズイッと身を乗り出してきた。


 「誰が好きで、お前みたいなワガママ娘のご機嫌取ってると思ってんだよ。
  誰が好きで、こんなペッタンコなご主人の使い魔やってると思ってんだっつーの」

 「よっ、よくも言ったわね!」


 この使い魔は、畏れ多くも主人に向かってワガママだのペッタンコだのとのたまってくれたのだ。
 ルイズの顔が怒りと羞恥心で真っ赤に染まる。


 「ああ! 何度でも言ってやるよ!
  戦争だの任務だの、挙句におねー様の命令だの、付き合ってられねーっつの!」

 「だ、だったら! ドコへなりとも勝手に行けばいいじゃない!!」


 サイトも若干興奮し始めたのか、後半になるにつれて口調が強くなる。
 心にもないことではあるけれど、ルイズの口は止まらない。もはや売り言葉に買い言葉である。


 「好きなんだよっ!!」


 しかし、はたから見れば痴話喧嘩であるこの口論は、一層強いその一言によって硬直を見せた。


 「…好きなんだよ! お前のことが!」


 今度は若干恥ずかしそうに顔をそらして、少年が本日2度目となる告白をしてくる。


 「それをお前は!
  メイドだのなんだの、わけ分かんねーことゴチャゴチャ言いやがって……!」


 もはや少女の思考は、オーバーヒート寸前であった。


 「なんでオレがこんな世界で命がけで戦ってると思ってんだよ!
  お前のことが、好きだからだろーがっ!!」


 再び向き直って、少年が吠える。その顔は、ゆだっているのではないかと思うほどに、真っ赤に染まりきっている。
 完全にその場の勢いに任せたであろうその雄叫びはしかし、間違いなく少年の本心で、


 「…それ、ホント……?」


恋する乙女の心に響くには、あまりにも真っ直ぐで、充分過ぎた。


 「ああ!」

 「ホントに…ホント……?」

 「ホントにホントだ!」

 「ホントにホントにホントなの!?」

 「ホントにホントにホントだっ!! 何度も言わせんな!」


 そんなやり取りの後、恥ずかしいだろと言わんばかりに顔を背けるサイト。
 ルイズの頬を、歓喜の涙が伝う。


 「って、オイ!?」


 いきなり抱きつかれて、戸惑いを隠せない少年。
 さっきまでのケンカ腰はなんだったのか。小さな少女は自分の胸の中で、嗚咽交じりに泣きじゃくっている。


 「…アンタが、メイドのコを誘ったって…ウソなのよね……?」

 「だから、なんの話だっつーの」


 途切れ途切れの問いかけに、正直に返す。
 実際サイトは、なんのことなのかサッパリ見当がつかないのだから。


 「…昨日、どこに行ってたの?」

 「ちょっと、救援を要請に…な」

 「?」


 そんな少年の回答に、少女は疑問符を浮かべるのだった。







 「…ひ、酷い目にあいました……」


 自室のテーブルに、ぐったりとうなだれる1人の少年。
 常に三つ編みにまとめられているはずの銀髪はボサボサに乱れ、表情には明らかに、苦悩と疲労の色が見えていた。


 「…なんであの人は、事あるごとにあんなことを……」


 適齢期であるために色々と焦っているのは分かるのだが、誰かれ構わずあのような行動に出るのはいかがなものかと思うわけで。幼馴染の姉である金髪女性の過激なスキンシップを思い出し、深い深いため息をつく。
 昨日、といっても夜中ではあるが、サイトが突然部屋に尋ねてきて、


――――――――――――――――――頼む! あのねーちゃんの説得に協力してくれ!!―――――――――――――――――


と、土下座で頼み込んできたのだ。
 すでになぜか彼の体中がボロボロであったことについては無視するとして、それからはもう大変であった。
 朝一でエレオノールの部屋を訪ねるなり、当の彼女は起き抜けで寝ぼけてでもいたのか、いきなり「私を抱いて!」ときたものだ。いったいどのような夢を見ていたのかは分からないが、本題を切り出すのに小1時間もかかってしまった。


 「まぁ…なんとかなったので、よしとしますか……」


 結局、カトレアにも説得に参加してもらい、紆余曲折はあったが、なんとかサイトとルイズの同室を承認させることはできた。その代わりにと、ヴァリエール家長女にやたらと色々体中まさぐられたり、ない胸を押し付けられたりもしたが。


 「ふ…ふふふふふふふふふ……」


 無駄に神経をすり減らされた少年の乾いた小さな笑い声が、生活感のない部屋にむなしく漂った。







 「…で、それは分かったけど、なんでそんな傷だらけなのよ」


 一通りの説明を終えたサイトに、ルイズが問いかける。
 よくよく見れば、彼の身体にはひっかき傷だったり打撲だったり、とにかく無数の傷があるのだ。今まで気づかなかったのが不思議なくらいである。


 「あー、いや…これはだな…アレクの妹に……」


 瞬間、ルイズの目が怪しく光った。


 「…何? アンタ、アレクのトコに行ってたんじゃないの……?」

 「え、いや、行ったけどさ……」


 俯きながら肩を震わせる主人に、何やら不吉な予感を覚えるサイト。
 少しばかり後ずさる。


 「じゃあなんで、アリスに傷をつけられてるのかしら、ねぇ?」

 「だ、だからさ!
  アレクの部屋に行ったら、なんでか知らないけどアイツの妹が……!」


 正直に真実を話すも、怒りに狂った少女は止まらない。


 「そんなウソ、信じられるわけないじゃない!!」


 そもそも、アレクの部屋には2人分の生活スペースなど皆無である。理由としては、彼が領主としての仕事に使う資料やら書類やらを、寝室に運び込んでいるからなのだが。
 よって、学院長の好意で、アリスには彼女が来た翌日に違う部屋が割り振られたのだ。
 それを知ってか知らずか、この使い魔はアリスがアレクの部屋にいるなどという嘘八百を並べ立てた。


 「アンタまさか…あんな小さい子の部屋に……」

 「いやだから! 少しはオレの話を……!」


 サイトがなんと言おうとも、忍び込んだと、判断するしかないだろう。
 ルイズの身体から、どす黒いオーラが立ち昇る。
 年齢に反比例した豊満な胸の持ち主とはいえ、仮にも10歳の少女の部屋に忍び込むなど言語道断。女と見れば身分年齢の見境なく盛るこの色魔を、再調教しなければ。


 「そんなにデカイ胸が好きか! このドスケベ犬ぅぅううぅううぅううっ!!」

 「話聞けぇええぇえぇええぇええっ!!」


 学院中に響き渡る爆音と、少年の断末魔。
 もはや学院の名物になりつつある主従の追いかけっこが、今日もまた勃発するのだった。

-38-
<< 前のページへ 次のページへ >> ここまでで読み終える




ゼロの使い魔 三美姫の輪舞 ルイズ ゴスパンクVer.
新品 \7600
中古 \6435
(参考価格:\7140)