小説『ゼロの使い魔 〜虹の貴公子〜』
作者:荒唐井蛙()

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 「ひ…ひどい目に遭った……」


 激しく肩を上下させながらそう呟く少年の有様は、本人の言うようにそれはもう酷いモノだった。
 上半身の衣服は完全に脱がされ、三つ編みの銀髪は乱れに乱れている。首から上には無数のキスマークが刻まれており、先ほどまで行われていた行為の激しさが見て取れる。


 「まあ、よかったじゃねぇか。操は守れたんだしよ」

 「全然よくないですよっ!
  もうちょっとで本番に突入するトコだったんですからっ!!」


 笑顔で語るサイトに、アレクは涙目になって抗議する。
 すんでのところでエレオノールを魔法で眠らせられたからいいようなものの、あのまま行けば確実に初夜に突入していただろう。仮にそうなれば、なし崩し的に結婚、などという事態に発展してしまう。
 そうなってはもはや、マリィに死んでも顔向けできない。本当に危ないところであった。
 そしてそれもこれも、全てはこの少年のせいである。


 「で、あのねーちゃんの胸になんかこう…星柄のイレズミみたいなのあった?」

 「あるわけないでしょう! いったい何を考えてんですかアンタはっ!!」


 悪びれた様子もなくなおも問いかけてくるサイトに、仏の顔を持つ少年もさすがに我慢の限界のようだ。普段からは想像もできないような乱雑な口調で叫ぶ。その顔は、羞恥とは別の意味で真っ赤であった。


 「そっか…やっぱりな……」

 「『やっぱりな』、じゃないですよ! きちんと説明してください!!」


 なぜか安心したとばかりに表情を明るくする親友に、アレクは冷静さなど微塵も見えない様子で怒鳴りつける。まあ、何も知らされずに連れ出された先で貞操の危機に直面したとなれば、当然の反応かもしれないが。







〜第41話 『間諜の刻印』〜







 「目印……?」


 乱れた身なりを整えつつ、アレクはそう聞き返した。


 「ああ。学院長が、逃げようとする犯人の胸に魔法のハンコを押したんだとさ」


 事情は、至極簡単だ。
 犯行現場に駆け付けたオスマンが、まさに逃走しようとする盗人の胸元に、彼にしか扱えない魔法のハンコを投げつけたのである。
 その特殊なマジックアイテムによって刻まれた五芒星の刻印は、たとえトライアングルクラスのメイジであっても消すことは不可能。よって、サイト達はそれを頼りに犯人を捜しているというわけだ。
 なお犯人は、なかなかグラマラスな女性であったらしい。


 「…初めからミス・エレオノールは容疑者から外れてるじゃないですか……」


 ものすごく疲れた表情で、アレクは肩を落としながら呟いた。
 かの女性の胸は、お世辞にも大きいとは言えない。オスマンの証言とは前提からして食い違っているのだ。


 「ま、まあ、なんつーか念のためってことでさ……」


 無駄に精神をすり減らしたとばかりに睨んでくる彼に、サイトは苦笑いで返すしかなかった。


 「ていうか、それならそうと初めから言ってくださいよ」

 「『ねーさんの胸を見に行くからついて来てくれ』って言って、ついて来たか?」

 「うっ……」


 ふて腐れたかのように文句を言うも、親友の反論にぐうの音も出ない。
 確かに、事前に知っていたならば『嫌だ』の一点張りで、こうしてのこのことついて来ることはなかっただろう。


 「…大事な指輪を奪った犯人とはいえ、ミスタ・オスマンも、また変なところに印を残してくれたものです……」


 よって、少年の不満の矛先は学院長に向くことになる。
 いかにアンリエッタから預かった秘宝を盗んだ犯人を特定するためとはいえ、寄りにもよって直視しがたいそんな部位に目印を刻むなど、かの煩悩老人はいったい何を考えているのだろうか。
 おそらく取り逃がしたのも、その胸に見惚れていたからに相違あるまい。全く困ったご老体である。


 「あ、言い忘れてたんだけどさ」


 と、そこで、思い出したかのようにサイトがポンと手を打った。


 「実は盗まれた指輪はニセモノで、本物は学院長の知り合いに預けてあるらしいぞ」

 「…………」


 かなり深刻な状況にもかかわらず彼がいつもと変わらずのんびり構えている理由。それがこれだ。
 オスマンから直接事情を聴いたアニエスとミシェル、サイトとジュリオの4名は、そう聞かされていたらしい。
 今さら語られる真実に、アレクの思考が一瞬固まり、


 「それじゃあボクがあんなことされてまで、探す必要ないじゃないですか!!」


一気に爆発した。


 「まあ、なんだ…いいモノ見れてラッキーだったろ?」

 「全然よくないですよ!
  これからどーやって彼女と顔を合わせればいーんですかっ!!」

 「『寝ぼけてた』とか、『夢だった』で誤魔化せば?」

 「ボクの方は!? 今でもしっかり色々と目に焼き付いちゃってるんですよ!?」

 「ドンマイ?」

 「なんですか『ドンマイ』って!? わけ分かんないですよ!?」


 そんなこんなで、次第にヒートアップしていくアレク。普段の物静かな貴公子はどこへ行ったのやら。
 するとそこへ、


 「やあ、殿下にサイト君。こんなところでケンカなんて珍しいですね」


爽やかな笑顔を浮かべているジュリオが、廊下の向こうから歩み寄って来た。


 「なんだよジュリオ。アニエスと一緒に女生徒達の確認に行ったんじゃないのかよ」

 「彼女とは別行動中さ。
  でも、調査は順調に進んでいるよ。今のところ当たりは見つかってないけどね」


 サイトの問いかけに、金髪神官は肩をすくめながらそう答える。なんでも、彼が『胸を見せてほしい』と言えば、大抵の女性は喜んで胸を開くのだそうだ。


 「…………」


 そんな神官少年の体験談に、思わず呆然と立ち尽くしてしまう銀髪少年。
 なんというか、この学院に関わる女性は、異性へのハードルが低すぎやしないだろうか。酔いの勢いに任せて人を押し倒したり、信じられない要望をされたにもかかわらず抵抗もなく従ったり。
 今さらながらに、アレクはこの国の貴族令嬢達のモラルに対して、そこはかとない危機感を抱くのだった。


 「まあ、それはそうと、後はよろしく頼むよ」

 「…はぁ?」


 そう言ってサイトの方をポンと叩き、ジュリオは暗い廊下の向こうへと消えていく。
 少年2人がそんな彼の言葉を不思議に思っていると、


 「どこ行ったぁあぁあぁああぁあっ!!
  出てこい! こンのドスケベ生臭坊主!!」

 「「!?」」


ジュリオが歩いてきた方向から、鬼のような形相のアリスが、無数の突起がついた棍棒を片手に、ひどくドスの利いた怒声と共に現れたのだ。


 「ア…アリス……?」

 「あ、お兄様♪」


 恐る恐るアレクが声をかけると、少女はコロッと態度を改める。まったく変わり身の早いお嬢さんである。


 「申し訳ありません、はしたなくも大声なんて出してしまって……。
  さっきジュリオさんに、『胸を見せてくれないか』なんて言われて、気が動転していて……」


 話を聞いてみて、アレクは思わず納得した。
 基本的にはしっかり者ではあるが、昔から怖がりで、自分にべったりだった妹のことだ。突然年上の異性に変な要求をされて、よほど怖かったのだろう。
 素直でド直球なのはいいことだが、ジュリオには時と相手を考えてほしいものである。


 「いえいえ、いいのですよ。当然の反応ではありますから」

 「…当然の反応かぁ……?」


 妹を落ち着かせようと優しく抱きしめるアレクの後ろで、サイトのそんな呟きが漏れた。
 その目には、可愛らしい少女の手には不釣り合いな、ひどく凶悪な棍棒が留まっている。明らかに、持っていて当然な代物ではない。なんで持っているんだとか、そういうツッコミはしないのだろうかと、思わずにはいられない。
 まあ、兄バカな彼には無理な話だろうというのは、分かってはいるのだが。
 するとその時、


 ドォン!


 「「「!?」」」


3人の耳に、何かが爆発したかのような音が届いた。







 音源は、カトレアの寝室だった。ドアの横と窓側の壁にはそれぞれ大穴が開き、何者かが襲撃したことをにおわせている。
 アレクとサイトが駆けつけた時にはすでに、アニエスとミシェル、先ほど別れたジュリオと、なぜかルイズが室内に集まっていた。
 ちなみにアリスは、夜も遅いということで自室に戻るようにアレクが説得した。


 「これはいったい……」


 風通し抜群になってしまった部屋の惨状を見渡し、アレクは思わずそう漏らす。


 「エルバート公。申し訳ありませんが、彼女の治療をお願いできますか?」


 そんな彼に、アニエスがそう申し出てきた。
 よく見ると、寝間着のままベッドに腰掛けているカトレアの胸元には、火傷のような傷がある。


 「わ、分かりました」


 少年は顔を赤くしながらも、その依頼を受け付けた。
 話を聞けば、先ほど何者かがこの部屋を襲撃し、その際に燭台の一部を溶かして熱い銀のしずくをぶつけられたのだという。『錬金』と呼ばれる、土系統の魔法だ。
 暗かったため、顔は見ていないとのこと。


 「…大した傷でなくてよかった……。これなら、痕も残さず治療できます」


 嫁入り前の乙女の肌に火傷の痕が残っては大変だ。幸いにして大事に至らなかったことに、アレクは胸をなでおろす。
 しかし、


 「失礼ですが、あなたは土の魔法を得意としてらっしゃいますね?」


そんなアニエスのカトレアに対する問いかけが、静まり返った寝室に響いた。


 「え、ええ……」


 質問の内容を疑問に思いながらも、カトレアは素直に答える。


 「なるほど、自作自演の疑いがあると……」


 その時、ベッドから離れたところの壁に背を預けているジュリオが、アニエスの思考を代弁した。


 「な、なんなの? どういうこと?」


 事情をまったくもって知らされていないルイズは、わけが分からないと言った様子で彼を見る。


 「…実は先ほど、学院長室が何者かに襲われまして……。
  その襲撃者の胸には、ミスタ・オスマンが押した印鑑の跡があるのです」


 そんな幼馴染に、カトレアの胸の治療を続けながら、アレクは淡々とそう説明した。まあ、彼もその事実を知らされたのは、つい先ほどのことだったのだが。


 「ボク達は、その手がかりを基に犯人を捜していました」


 まんまと目的の指輪を強奪した犯人が、わざわざ学院内で騒ぎを起こすなどという危険な行動に出る理由がない。
 考えられる可能性といえば、そちらに人の目が向いている隙に敷地内から脱出することくらいだが、状況から見て容疑者は内部の人間。逃げだせば、その時点で犯人が特定され、追手がかかる。得策ではない。
 となれば、この状況下で考えられる可能性は…。


 「彼女は刻印(ソレ)を隠ぺいするため、何者かに襲われて火傷を負ったと偽り、自分以外に犯人がいると思わせることで、捜査の目をかいくぐろうとした……。
  お2人は、そのように言いたいのです」

 「な、何よそれ! あなた達、ちい姉さまのことを疑ってるの!?」


 アニエスとジュリオの思考を代弁した幼馴染に、ルイズはかみつかんばかりに詰め寄る。アレクは俯いたままで、何も答えない。


 「サイト、まさかアンタも……!」

 「い、いや…オレとアレクは、アニエスの捜査に協力してただけで……」


 自分にまで飛び火しかけたため、サイトは必死でそう言いつくろう。事実、彼はカトレアが犯人であるなど微塵も信じていない。


 「だいたい! 捜査だか何だか知らないけど、ご主人様(わたし)になんの報告もなくコソコソ何かしてるなんておかしいじゃない!
  やっぱり疑ってるんでしょ!!」

 「だ、だから、それはアニエスに誰にも言うなって言われて……!」

 「ミスタ・チェザーレ、他の容疑者は、どうでしたか?」


 いつものように痴話ゲンかを始めた幼馴染とその使い魔を尻目に、治療を終えたアレクは、神官少年に歩み寄って問いかける。


 「土系統の魔法が使える女生徒達は、みんな調べましたよ?」


 が、返答はあまり色よいモノではなかった。調べた結果、その全員が空振りだったという。


 「さらには他の教職員も調べ終えましたが、全員シロでした」


 後ろからも、ミシェルがそのように報告してくる。
 すなわち、この学院内にいるメイジで未だに調べられていないのは、カトレアただ1人なのだ。


 「そして…そこのワラの中から、こんなモノが……」


 カトレアのペットである小動物が寝床にしているワラを指差しながら、銃士隊副隊長は決定的な証拠を提出してきた。
 そこには、闇夜に輝く2つの指輪。


 「そ、そんな……! 何かの間違いですわ……!」

 「証拠があるんだぞ! それでもまだしらばくれる気か!」


 身に覚えがないと反論するカトレアに、ミシェルはアレクの下から離れ、往生際が悪いと言わんばかりに詰め寄る。


 「…そうですね。そろそろ茶番も見飽きました」


 その時、銀髪の少年の冷たい声が、さして大きくもないというのに室内によく響いた。


 「ボクとしては、非常に残念なのですが……」

 「殿下……」

 「ちょ、ちょっと……! 何言ってんのよ……!」


 確かに、状況を見ればカトレアが怪しいのは明白。だがそれでも、彼だけは最後まで信じてくれると思っていた。
 その信頼を裏切られたかのような錯覚に陥り、姉は顔色を青くし、逆に妹は怒りで赤くしている。


 「あなたを逮捕します」


 しかして、少年は止まらない。ベッドのそばまで歩を進め、その言葉を無情にも解き放つ。
 右そでに隠されていた杖を手に握り、少年は指輪を盗み出した賊へと切っ先を向けた。
 カトレアの前に立つ、ミシェルへと。


 「…なんのおつもりですか?」


 怪訝な顔で、銃士隊副隊長は問いかける。
 カトレアやルイズといった面々は、あっけにとられた様に固まっていた。


 「色々と策を弄して苦労なさったのでしょうが、生憎指輪(ソレ)は『本物』でして」


 にこやかにほほ笑みながら少年の口から告げられた言葉に、ミシェルの表情が驚愕に染められた。


 「バ、バカな! 我々は確かに学院長から、盗まれたのはニセモノだと……!」

 「すまんの。あれは嘘じゃ」


 副隊長が取り乱すとほぼ同時、白いひげを蓄えた老人が、あっけらかんと告白しながら部屋に入ってきた。


 「『敵をだますにはまず味方から』と言うじゃろ?
  まあ、殿下には無意味だったようですがのぅ」

 「伊達にあの2人の友人をやってきたわけではありません。
  本物かニセモノかの区別くらい、一目見ればつきますよ」


 談笑を始める少年と老人の姿に、ポカーンと口を開けるアニエス、ジュリオ、サイトの3人。どうやら彼らも、『盗まれたのがニセモノである』と、本当に信じていたクチらしい。


 「し、しかし! だからと言ってなぜ私が犯人にされなければならないのですか!」


 確かに、ミシェルの訴えはもっともだ。
 ニセモノだと聞かされていた盗難物が実は本物だったとしても、それがカトレアの部屋から発見された以上、疑いの目は彼女に向かなければおかしい。
 だがそれは、『普通ならば』という前提があってこそだ。


 「ミス・カトレアに、犯行は不可能だからです」


 アレクはアッサリと、そう言ってのける。


 「なぜそう言い切れるのです! 
  彼女が土のメイジである以上、当然容疑者の1人に……!」

 「あり得ませんね」


 納得がいかないと言わんばかりの副隊長の抗議も、少年は一言で両断した。


 「ミスタ・オスマンの証言によれば、犯人はとても身軽な人物だったらしいじゃありませんか。
  それも、胸元に目を奪われていたとはいえ、彼が取り逃がしてしまうほどに」

 「な、なんのことですかのぅ」


 ジト目で睨んでくる視線に耐え切れず、オスマンはとっさに目をそらした。その態度は「ハイそうです」と白状しているようなモノなのだが、気づいているのだろうか。
 まあ、それはさておき、長年この学院の長を務めてきた彼は、間違いなく教職員一の魔法の使い手である。そんな彼が魔法を使う間もなく取り逃がしたということは、犯人が相当身軽な人間であることは想像に難くない。


 「しかし、彼女にそんな激しい運動はできません」


 瞬間、ルイズとサイトがポンと手を打った。
 そう、カトレアは幼い頃からつい最近まで原因不明の奇病を患っており、今でも定期的にアレクの治療を受けながら体力と免疫機能の改善を図っている最中なのだ。それこそ、魔法の使用回数にも上限が言い渡されるほどに。
 とてもではないが、高位の魔法を使って金庫を破り、さらにはオスマンが取り逃がすほどの激しい運動を行うなど、身体が受け付けない。物理的・理論的に不可能なのだ。


 「だからこそ、ボクやサイトさんは初めから彼女を無実であると確信し、この部屋へ調査に来る必要もないと判断したのです」

 「そ、そうだったの!?」

 「え!? いや、その……まぁ…な」


 アレクの言葉に目を見開きながら、ルイズは使い魔の顔を見る。
 サイトは冷や汗を流して目を泳がせながら、主人の問いかけに答えた。


 「そして、犯人でない彼女の部屋から指輪が発見されたならば、その理由は普通に考えて2通り存在します」


 少年は右手で杖を構えたまま、左手の人差し指と中指を立てる。


 「1つ。
  犯人は追っ手から逃れるため、とりあえずこの部屋に指輪を隠し、隙を見て回収するつもりだった」


 しかし、この策は、家主に気取られてしまった時点で失敗。どのように巧妙に隠したところで、発見される可能性の方が高い。少なくとも、あとで回収することなどできないだろう。
 というか、大きな音を立ててまで壁に大穴を開けているこの状況を見れば、隠すことよりもむしろ見つかることを目的としているように思える。
 となれば、残る可能性はもう1つ。


 「2つ。
  学院にいる容疑者全員の胸元を調べ終える前に、彼女に罪を着せるつもりだった」


 いずれ捜査の手は学院中におよび、次々と無実を証明された者が増えていく。そうなれば、真犯人に行きつくのは時間の問題。その前にわざと騒ぎを起こして、カトレアに火傷を負わせ、あたかも自作自演の芝居のように見せかけるのだ。
 それならば、わざわざ爆発を起こして人を集めたのも、『ワラの中』などという見つかりやすい場所に指輪が隠されていたのも頷ける。


 「そして、せっかく指輪を手に入れた犯人が、なぜソレを手放す必要があったのか」


 それはオスマンから、盗まれた指輪がニセモノであると聞かされたからに他ならない。
 すなわち、


 「犯人は、『指輪がニセモノである』と聞かされていたボク達5人の中にいる…ということになります」


アニエスがかたくななまでに情報を第3者に隠していたため、容疑者は必然的に、アニエス、ミシェル、ジュリオ、サイト、アレクにまで絞られるのだ。
 ここからは、簡単な消去法である。
 カトレアが襲われた時に無実のアリスと一緒にいたアレクとサイトには、犯行は無理。魔法を使えないジュリオも同様だ。というか、3人は男であるので、前提からして違っている。
 アニエスは動機がまったくない上に、魔法が使えないことは周知の事実。


 「以上のことを踏まえると、犯人はあなた以外に考えられないんですよ、ミシェルさん」


 自信に満ちた表情で、アレクは言い放つ。
 まあ、それもこれも、オスマンの証言を信じるならば、であるが。
 その様子を見ながら、サイトは驚愕に目を見開いていた。この部屋に来てからのごく短時間で、わずかばかりの情報で、この少年は実に論理的に犯人を特定してみせたのだ。
 推理ドラマの主人公を思わせるその姿に、この世界に来てから時折聞き及んできた『天才』の片鱗を垣間見たような心地である。


 「なっ、何をバカな……!
  いくらあなたといえども、コレは立派な侮辱行為ですぞ!」

 「副長」


 心外だとばかりに腕を振り抜いて講義する副官に、アニエスが冷静に声をかけた。


 「残念だが、エルバート公の見解は恐ろしいほどに筋が通っている。
  言葉で否定するだけでは心もとない。
  悪いが胸元を開いて、刻印がないことをハッキリと証明してさしあげろ」


 その命令に、ミシェルは視線を泳がせる。額にはうっすらと、冷や汗が浮かんでいた。


 「どうした? できないのかい?」


 離れたところから、ジュリオが睨みつけるような視線を送る。
 沈黙が、暗い室内を支配した。


 「…分かりました。そこまで言うのなら……!」

 「!?」


 副官はそう言うとゆっくり胸元のインナーを掴み、勢いよく破り捨てる。
 そこには、クッキリと五芒星の刻印が刻まれていた。


 「隙あり!!」

 「ぐっ!?」


 アニエスは虚を突かれ、ミシェルに蹴り飛ばされる。
 サイトが咄嗟に動く頃には、彼女はベッドに腰掛けるヴァリエール姉妹を突き飛ばして、その背後に開いた大穴から逃げ出そうと跳躍していた。
 だが、


 「何っ!?」


突如としてその大穴はきれいに塞がり、逃げるつもりが壁際に追い詰められた状況になってしまったではないか。これには、思わず目を見開くのも仕方ないと言えよう。


 「選びなさい。
  潔く投降するか、それとも無様に抵抗するか」


 背後から投げかけられる、刃物のように鋭い言葉。
 ビシビシと感じる殺気に冷や汗を滝のように流しつつ振り返れば、そこには杖を構える銀髪の貴公子の姿。
 その横には、剣を構えているサイトも立っている。


 「もっとも、抵抗した場合、ついうっかり本気を出してしまうかもしれませんが」


 黒い微笑みを浮かべて、脅迫まがいの言葉を送るアレク。
 何しろ相手は、愛すべき友人に罪を着せようとしたばかりか、物理的な危害までも加えた人間だ。容赦する理由など、彼は微塵も持ち合わせていない。


 「一応忠告しておきますと、ボクならあなたが杖を抜くよりも早く、あなたの意識を刈り取れますので」


 抵抗する前から結果は見えているとばかりに、エメラルドの瞳を細めながら淡々と語る。もはやミシェルに、選択の余地など残されていない。


 「…くそっ……!」


 悔しげに歯を強くかみしめつつ、裏切り者はその場に膝をつくのだった。

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