小説『ゼロの使い魔 〜虹の貴公子〜』
作者:荒唐井蛙()

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 「…『極秘公文書館』のカギを開けろ、ですって?」


 現在進行中の実験の手を休めながら、末妹と愉快な仲間達の要求に、エレオノールは思わず聞き返した。
 自分の問いに頷くルイズ、サイト、アニエス、ジュリオの4人が、そろいもそろってススだらけのボロボロである点は、とりあえず無視するとして、その申し出はいささか不自然である。
 『極秘公文書館』とはその名の通り、この魔法学院の地下にある、極秘扱いの公文書を保管する施設のことだ。
 彼らがそこになんの用があるのかは知らないが、行こうとしている以上はアンリエッタに許可を取ってのことだろう。ならば素直に教職員に鍵を開けてもらえば問題ないはずだ。何もこんな学院の一角に設けられた研究室を訪ねて、非常勤講師に頼み込まなくてもいいのである。
 もしくは、


 「殿下に頼めばいいじゃない。
  あなた達の頼みなら、喜んで聞いてくれそうだけど?」


我が愛しの側近頭に応援を要請すればよいのだ。
 何しろあの少年、身内にはとことん甘い。二つ返事でぱっぱと開錠するその姿が、目に浮かぶようである。
 しかし、


 「…エルバート公には、すでに断られました」


アニエスの返答に、金髪ブロンドの特別講師はそう来たかと、思わず苦笑した。
 おそらくは、トラップ満載の危険な場所に友人を向かわせるわけにはいかないだとか、そんな理由だろう。聞けば、オスマン学院長にも同じ理由で開錠を拒まれたとか。


 「…いいわよ。私も、秘密の公文書とやらを見たいしね」


 かつて極秘裏に行われたという魔法実験の数々。1000年も前から存在するという極秘の書物庫にならば、その記録が残っているかもしれない。これでまた、無茶ばかりする愛しの彼を支えるための知識(チカラ)を得ることができる。
 恋する乙女は快く、実験途中の試験管を試験管立てに戻し、座っていた木製のイスから腰を上げるのだった。







〜第46話 『過去への回廊』〜







 アレクは学院の中庭にて、テーブルセットと日傘を広げ、優雅にティータイムとしゃれ込んでいた。
 向かい側には、常に笑顔を絶やさないヴァリエール家次女と、カワイイけれども実は怖いブラコン少女が座っている。


 「いい天気ですね、お兄様」

 「そうですね。
  あぁ、ミス・カトレア、紅茶の味はお口に合いましたか?」

 「ええ。とってもおいしいわ」


 雲1つない天気も相まって、実に和やかな雰囲気である。
 ただし、表面上は(・・・・)


 (おいコラ。
  アンタ身体悪いんだから、あんまり屋外に出るのはNGなんじゃねぇの?)

 (あら、殿下からは、適度に日光を浴びた方がいいと言われているのよ?
  日傘もご用意していただいたし、問題ないわ)

 (うっせーな、下心見え見えなんだよ。
  言っとくけど、7歳も年上のオバサンに兄様は渡さねぇからな!)

 (あらやだ。そう言うあなたも7歳年下の上に、実の妹じゃない)


 水面下では、南極のブリザードも真っ青のやり取りが、火花を散らしているのだ。まあ実際には、アリスが一方的に突っかかっているだけなのだが。げに恐ろしきは乙女心、といったところだろうか。


 「?」


 しかして、その話題の中心たる少年は、そんな事実には全く気付かない。気付かないったら気付かない。


 「あ! 殿下!」


 するとそこへ、第3者が手を振りながら駆け寄ってきた。


 「…シ、シエスタ…さん……?」


 ハルケギニアでは珍しい黒髪を、ショートボブに切りそろえたメイド少女の登場である。しかして、友人の呼びかけに答えようとしたアレクの目に、何やらとても異様なモノが飛び込んできた。


 「ど、どうしたんですか? その格好……」


 少年は、思わずそう問いかけてしまう。
 まあ、それも無理からぬことだろう。屈託のない笑顔を浮かべる彼女が纏っているのは、いつものメイド服ではなく、水兵の服に学院の制服と思われるスカートという、常識から考えれば限りなく不自然なコーディネートだったのだから。
 しかしながら、なぜだかとてもマッチしているようにも思える。これもまた、未だ世界にあふれている不可思議な事象の1つなのだろうか。


 「サイトさんにもらったんです!」


 そう笑顔で答えるシエスタ。
 この軍服はどうやら、かの少年が町で偶然見つけてきた代物らしく、それをスカートと共に彼女にプレゼントしたらしい。


 「…………」


 女性に軍服を贈るという、かの少年の非常識さはこの際おいておくとして、アレクにはこの服装がなんというかとても卑猥に思えてならなかった。
 何が卑猥かと言うと、


 「…せめて、おへそは隠しましょうよ……」


服のサイズが小さいのか、軍服とスカートの隙間から丸見えになってしまっている腹部である。
 彼女の白い肌と腰のくびれが、否が応でも目に入り、とてつもなく毒なのだ。仮にも年頃の乙女がしていい格好ではない。


 「あ…すみません……」


 真正面から指摘されて恥ずかしくなったのか、黒髪の少女は頬を赤らめる。


 「…まぁいいです。何か用事があったのではありませんか?」


 諦めたかのようにため息を1つ吐き、少年は問いかけた。
 学院関係者のその手のモラルの低さは、今に始まったことではない。責めたところで、今さらだろう。


 「あ、えっと、サイトさん見かけませんでしたか?」


 おそらくは、もらった服を着込んで、意中の少年に見せに行こうというのだろう。その格好は置いておくとして、なんと言うかまあ、微笑ましい限りである。


 「それでしたら、先ほどミス・ヴァリエールやアニエスさん達と一緒に、本館の方へ行くのを見かけましたが」

 「あ、そうなんですか。ありがとうございます」


 アレクの返答に、シエスタは軽くお辞儀をしてパタパタと駆けていく。
 その後ろ姿を見送る少年を見ながら、アリスはため息をついた。


 「まったく、お兄様は平民に甘すぎます。
  メイドが一国の側近頭にあんな軽々しくモノを訪ねるなんて、前代未聞ですわ」


 百歩譲って会話をするとしても、それこそ恭しく地べたに這いつくばってもよさそうなものだが、アレクの人となりを知る平民達は、決してそのような態度を取らない。彼自身が、それを固く拒んでいるからだ。
 この兄は、昔からこうだった。日頃から使用人に対しても、低姿勢でありながら友人に接するかのような態度を取るものだから、彼らも次第にアレクに対して、砕けた言動で接するようになってしまう。
 いや実際、兄は平民にすら友人としての情を抱いているのだが、それがまた難点なのだ。仮にも一国を束ねる立場にある貴族が、平民を同列の友人として見るなど、普通ならば大問題なのである。それこそ、6千年続いた貴族と平民という階級社会そのものを崩壊させかねないほどに。


 「平民(かれら)貴族(われわれ)を支えるのが仕事。
  そして貴族(われわれ)は、そんな平民(かれら)を守り助けるのが仕事なのです。
  これくらいは、仕事の範疇として認めてください」


 しかし、当の本人はいつも笑ってこう言うのだ。これはもう、誰が何を言ったところで、一生治らないだろう。王宮に仕えるどこぞの枢機卿が頭を悩ませている図が、目に浮かぶようだ。


 「ふふ、そうね」


 そんな少年の言葉に、カトレアもまた、小さく笑いながら同意する。
 アリスも、分かってはいるのだ。そんな一見非常識じみた考え方ですら、この少年の魅力の1つなのだと。そんな彼だからこそ、自分も、目の前でニコニコ笑っている年増も、そして兄が唯一愛した今は亡き少女も、恋い焦がれるのだと。
 野に吹く風に芝生が揺れる中、3人は茶会を再開する。
 カップに注がれた紅茶や、テーブルに広げられた茶菓子に舌鼓を打ちながら聞く風の音の、なんと心地よいことか。しばらくして、どこからか無粋な爆発音が轟くが、3人は気にも留めなかったという。







 「なんてことしてくれたのかしらこの子は!」


 目の前にそびえる瓦礫の山を見上げながら、エレオノールはおろかな愚妹に叱責の言葉を送る。


 「『魔法を使うには、時と場所をわきまえる必要がある』!
  そんな初歩的なことも習わないの!?」

 「にゅぅううぅうぅう! ひゅ、ひゅいまひぇん〜!」


 怒り心頭といった感じの姉に強く頬をつねられ、ルイズは痛みに涙を浮かべて謝罪した。
 しかし、エレオノールの怒りももっともではあるのだ。彼女達は秘密の隠し通路を通って地下の公文書館へと向かっていたわけなのだが、何しろ現状は、ルイズの虚無魔法で崩れた瓦礫によって、地上へと続く通路が完全にふさがれてしまっているのだから。
 若者達の無茶な行動が心配でついて来たコルベールの見立てによれば、この惨状では土メイジの手を借りなければ、脱出はまず不可能であるとのこと。いわゆる、生き埋めというヤツだ。


 「サイトさん! しっかりしてくださいサイトさん!」

 「ほえぁ〜……」


 まあ、もとはと言えば、すぐ横で絶賛気絶中の使い魔少年の身体をゆすっている変な格好をしたメイド少女にも、原因の一端はあるのだが。
 なぜだか地下探検隊の後をつけてきたこの少女、どうやらサイトにもらった服を着てお披露目するという目的があったらしい。その過程で、服を贈られた時にサイトが口にした『ルイズは胸が小さい』という発言をアッサリ暴露してしまい、本人の逆鱗に触れてしまったのである。そして現在に至ると、まあこういうわけだ。
 なんとも見慣れたいつもの光景ではあるのだが、いかんせん場所が場所なだけに、危うく大惨事になるところであった。いやまあ、今でも充分惨事ではあるのだが。


 「まったく! 少しは周りのことにも注意を払ったらどうなの!?
  昔からちっとも変っていないじゃない! 何かをしては周りを巻き込んで……!」


 次第にヒートアップしていくエレオノール。もはや説教の内容が過去にタイムスリップし始めた。


 「そもそも、4年前のあの時だって、初対面の印象が最悪だったのはあなたのせいなのよ!? 分かってるの!?」


 ルイズは涙目でタジタジになっているのだが、ヴァリエール家長女の主語やら述語やらが軒並み抜け落ちた叱咤に、周りの人間はわけが分からないと言った様子で首をかしげることしかできない。いったい4年前、彼女に何があったというのだろうか。







 それは、4年ほど前のある日のこと。
 1番下の妹が、ある日突然友人を屋敷に招いたのだ。お相手は、幼い頃から交友のあった、エルバート家の長男にして次期当主である。
 『国王の快刀』の才を色濃く受け継ぎ、その父すらも上回るとされる天才的魔法使い(メイジ)。すべての系統をつかさどる四大の精霊達に愛された、奇跡の子。四捨五入で10年しか生きていないとは思えないほどの身のこなしを誇る、極めて早熟な貴公子。
 彼に対する貴族達のそんな賛辞の数々は、もちろんヴァリエール家にも届いていた。


 「…………」


 客間に通され、大きなソファに腰掛けるその姿を見たエレオノールは、こう感じた。なんとも、小生意気な子供だ、と。
 出されたティーカップに口をつけるその仕草を取って見ても、そこには確かに紳士としての雰囲気がにじみ出ていた。窓から差し込む陽光が銀色の長髪に輝き、むしろ神秘的ですらある。
 そこがまた、エレオノールの心をかき乱すのだ。10と3年しか生きていない子供であるにもかかわらず、余裕ぶったこの態度。自分は選ばれた人間だと言わんばかりの優雅な仕草。その全てが気に入らない。


 (…何か話したらどうなの……!?)


 何しろこの少年、この部屋に通されてから、まだ一言も言葉を発していないのだ。
 彼を連れてきたルイズはカトレアや両親を呼びに行ったため、今現在はこの沈黙漂う広い室内に2人きりなのである。
 気まずい。非常に気まずい。


 (ちびルイズと同年代なんじゃなかったの!?
  なのに何よ、このすかした態度……!)


 いかに社交界にそれなりに慣れている女性といえども、この沈黙は耐え難いモノがある。
 しかし、相手は仮にも、この国のナンバー2となるべく生まれてきた人間だ。子供とはいえ、失礼があるなど言語道断。下手に話題を振って機嫌を損ねたら、それこそ大問題である。
 よって、最善の状況は、相手が年頃の子供らしくこちらに話題をズバズバと降ってくることなのだが、その希望は見事に打ち破られている。本当にあのお転婆な末妹の友人なのかと、疑いたくなるほどだ。
 そんなわけで、こちらの心情などつゆ知らず紅茶を口に運んでいる少年に対して、心の中で悪態をつきつつ、エレオノールは脂汗でギトギトになった手を膝の上で握ることしかできないでいた。


 「ようこそいらっしゃいました。アレクサンドラ王太子殿下」


 と、まさにその時、大きな扉がおもむろに開き、父達が部屋に入ってきた。
 ようやくこの気まずい空気から解放されそうだ。九死に一生を得たとばかりに、エレオノールは胸をなでおろす。


 「お初にお目にかかります、ヴァリエール公爵。
  本日は急な用事にもかかわらず、こうして直にお目通りできたこと、光栄に思うと共に、深く感謝しております」


 そよ風のような動きで立ちあがり、挨拶と共に水の流れのような優雅なお辞儀をする少年。とてもではないが、齢13で身に着けられる仕草ではない。
 父である公爵を始めとして、ルイズ以外の家族は目を丸くするが、エレオノールはもはや驚かなかった。


 「い、いえ、めっそうもない。
  して、本日は何やら重要なご相談と伺いましたが……」


 あっけにとられながらも、冷静に本題を切り出す父。仮にもエルバート公と同様に、切れ者として王宮に君臨するだけはある。


 「ご息女の病を…このわたくしに治療させていただきたいのです」


 そして、そんな金髪モノクルの紳士に、白銀の少年はそのように申し出たのであった。

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ゼロの使い魔 (MF文庫J)
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