小説『ゼロの使い魔 〜虹の貴公子〜』
作者:荒唐井蛙()

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 川の水が上流から下流へととめどなく流れていくように、この世にあふれるすべての事象は、すべからく変わりゆく運命にある。
 すなわち、激しく熱を持っていた人の感情にも、いつしか冷める時が来るわけで。騒動発生から小1時間ほどかかったものの、猪突猛進を体現したアレク・フォーリンラヴな2人も、少しばかり冷静さを取り戻していた。


 「とにかく、その墓とやらの場所を教えなさい」

 「いや…知ってどーするつもりですか……」

 「決まっているではありませんか。
  私を差し置いて抜け駆けぶっこきやがったペッタンチビに、この世の地獄を見せて差し上げるのです」

 「凶器を握りしめながら薄ら笑いを浮かべんな! 物騒極まりねーぞ!?」


 それでも、まんまとアレクについて行ったタバサに対する敵意は、欠片も収まっていなかったりするのだが。
 なんというか、この2人が徒党を組むととんでもない。混ぜるな危険の最凶2人組である。


 「嫌よ」


 しかし、そんな殺伐とした空間に、予想の斜め上をいくハッキリとした拒絶の言葉が響き渡った。


 「……なんですって?」


 こめかみに青筋を浮かべつつ、額に深いシワを寄せたエレオノールの視線が、音源である褐色美女へと注がれる。


 「嫌だって言ったのよ。聞こえなかった?」


 絶対零度の眼光を冷ややかな笑みで受け流しつつ、キュルケは平然とそうのたまった。
 その際、この騒動の原因となった紫ブロンドの少女へ、小馬鹿にしたような視線を送ることも忘れない。


 「いい度胸ですわねぇ……。
  こちらの27歳独身にならばいざ知らず、わたくしにまでそのような態度を取られるだなんて……」


 明らかにケンカ腰なその態度に、アリスもカチンときたようだ。瞳に激情の炎を秘めながら、売り言葉に買い言葉といった様子で応戦してくる。
 すでに『敵』という認識がアリスからキュルケにすり替わっているのだろう。エレオノールが『27歳独身』という挑発まがいの発言に反応することはなかった。


 「人の恋路の邪魔をしようだなんて、無粋だとは思わないの?
  まったく…これだからトリステインの女は……」


 呆れたと言わんばかりに、思いっきり肩をすくめてやれやれと大げさに首を振る赤毛の美女。
 一瞬ごとに緊張感が高まっていくそんな様子を、その場から緊急避難しつつ眺めるルイズとサイトは、そろってこう思ったという。


 ((…人のこと言えないと思うんだけど……))


 まあ確かに、今まで彼ら2人の関係進展を邪魔しまくってきた彼女が言ったのでは、説得力も半減といったところだろう。
 が、嫉妬心に駆られる乙女2人には、そんなツッコミをする余裕など微塵もなく、口論はさらにヒートアップしていく。それはもう、燃え盛る猛火のように、吹き荒れる嵐のように。


 「おや、ミス・ヴァリエールにサイト君。こんなところでどうしたのかね」


 そんな時、あまりにも場違いな穏やか過ぎる男性の声が、サイト達の耳に届いた。







〜第49話 『つかの間の平穏』〜







 2人が振り返ると、そこに立っていたのは法衣のような服装に身を包んだ壮年の男。


 「コルベール先生!」


 学院の教員でもある、ジャン・コルベールであった。


 「先生こそ、なんで学生寮(ここ)に?」


 第3者の登場に毛ほども気づかず、壮絶なる口論を繰り広げている3人など、意識のはるか彼方にほっぽりだし、ルイズがコルベールに問いかけた。
 彼女の疑問ももっともである。基本的に、生徒と教師の生活スペースは異なっているのだ。互いが互いの生活区域に足を踏み入れることは、いつもならばほとんどないのである。


 「あぁ、いや…昨日の一件について、殿下に相談があってね……」


 どこか話しづらそうに、微妙に視線をよそに向けながらそう語るコルベール。
 それを聞いた2人は、「ああ、なるほど」と、なんとなくではあるが理解した。


 「アニエスのこと…ですよね?」

 「ぅ…まあ、ね……」


 図星をアッサリとサイトにつかれ、少しばかり後ずさりながらもハゲた頭を縦に振る。
 昨日、学院地下にある『極秘公文書館』に行ってからというもの、アニエスはどこか近寄りがたい雰囲気をバラまいている。
 原因は、『ダングルテールの虐殺』の実行部隊の隊長の素性が、一切分からなかったことに他ならない。厳重に保管されていたはずの極秘書類だったのだが、何者かによって破かれ、部隊長の素性に関わる部分だけ(・・)が、閲覧不可能になっていたのである。
 分かったことといえばせいぜい、当時は『反乱』ではなく『疫病』が理由で殲滅指令が下されたということぐらいだ。これでは、なんの手掛かりにもなりはしない。苦労して手に入れた情報がこれだけでは、不機嫌にもなるだろう。


 「殿下は彼女と親しいし、どうにかできぬものかと……」


 神妙な面持ちで呟くコルベールの姿に、サイトがにんまりと顔を歪めた。


 「あれから、ずいぶん気にかけてますよね、アニエスのこと」

 「そ、そうかね?」


 つつつと、にじり寄ってくるサイトの言葉に若干ビクリとしながらも、コルベールは努めて冷静に答えた。何やらいたずらを思いついたかのような少年の顔が、なんだか無性に危機感をあおる。


 「もしかして、好きなんですか? 恋がどうとか言ってたし」

 「い、いやっ、そういうことではなくてだね……!」


 ニヤニヤといやらしい表情を浮かべながら問いかけてくるサイトに、コルベールは慌てて否定した。
 幸いにして自分の予想した最悪のケースではなかったが、これはこれでいろいろと問題がある。変な噂を流されでもしたら大変だ。


 「サイト」

 「へいへい。分かってますですよ、ご主人様」


 なおもコルベールをからかおうとするサイトを、主である少女が言葉と視線でたしなめた。
 彼もどうやら半分冗談交じりだったようで、アッサリと引き下がる。まあ、逆らった後の鞭打ちか爆破の刑が怖いからなのかもしれないが。


 「ウチの使い魔がすみませんでした。
  アレクだったら、タバサと一緒にマリィ・アンのお墓に行ってるみたいですよ」

 「あぁ…道理で」


 謝罪のついでに、彼の探し人の居場所を教えるルイズ。
 コルベールの反応から察するに、どうやら部屋にいなかったので探し回っていたようだ。


 「仕方ない。別段、急ぎというわけでもないからね。
  お帰りになるまで待つとしよう」


 明後日には授業もあることだし、どれだけ遅くとも明日には帰ってくるだろう。アニエスの件は、それからでも遅くはない。むしろ、時間を置いた分、彼女自身の心の整理も進んで、とっつきやすくなるかもしれない。


 「まあ、とりあえずはだね」


 この一件にひとまずの区切りをつけ、コルベールが視線を少年達の向こう側へと向ける。
 そこでは、まるで修羅のごとき2人の女性と1人の少女が、南極のブリザードもかくやという空気をまき散らしながら、地獄の業火も真っ青なほど熱のこもった口論を繰り広げているではないか。よく飽きないモノだと、感心すら覚える。


 「…避難しようじゃないか」

 「「同感です」」


 あのような危険地帯に自ら身を投げ入れるほど、無謀な精神は持ち合わせていない。コルベールの提案に、少年達は1も2もなく、賛成の意を唱える。
 まあ、なんだかんだで、魔法学院はいつも通りの通常運転。実に平和な昼下がりであった。







 その夜、アレクとタバサは、タルブ村の一角にたたずむプリコットの家に滞在していた。
 大きくも小さくもない木製のテーブルを囲み、3人で夕食後の会話を楽しんでいる。
 ちなみに、食事はプリコットのお手製だったのだが、さすがに100年以上も1人暮らしをしているだけあって、かなりの腕前だった。


 「それにしても、殿下がご友人を連れてくるだなんて思いませんでしたよぉお」


 どこか気の抜けたようなこの老婆のしゃべり方は、相も変わらずだ。自然と、場の空気も否応なしに和んでしまう。


 「そんな、寂しい人間みたいに言わないでくださいよ。
  ボクにも一応、友人くらいはいるんですから」


 そんなプリコットの発言に苦笑しつつ、アレクはやんわりと文句を言った。どうにもこの老婆は、自分には友人がいないと思っている節がある。
 これでも、交友関係には恵まれている方だという自負はあるのだ。『友人が少ないかわいそうな人間』などという、不名誉極まりない印象は、早急に取り払っておかなければ。


 「はぃ。それはもう、よぉく存じておりますよぉお」

 「…………」


 会話が、イマイチかみ合わない。
 友達が少ないと思われているようなので、友人ならばいると反論したら、知っていると返された。
 まさに矛盾である。どれだけ文章能力が低い人間と話したとしても、ここまで支離滅裂な事態にはならないだろう。
 まあ、御年130を超える飛び切りのご老体だ。そろそろボケの兆候が見えたとしても、なんら不思議ではない。むしろ、自然のこととすら言えるかもしれない。


 「…そうですか」


 とりあえず、近々、ボケ対策に指先を使う仕事でも提供するかと、心のメモに書き記す側近頭であった。


 「?」


 するとその時、コツコツと窓ガラスを叩く音が聞こえ、タバサが首をひねりながら音源へと振り返る。
 そこには、アレクの使い魔である赤い羽毛を纏った鳥の姿があった。
 その存在に気が付いたアレクが窓へと歩み寄って戸を開けると、不死鳥は彼の肩に飛び移り、耳元にくちばしを近づける。


 「……ッ!!」


 するとどうだろう。見る間にエメラルドの瞳が見開かれ、元から色白かった肌がさらに色を失っていくではないか。


 「どうか、した?」


 ただ事ではない。そう結論付けたタバサが、少年へと問いかける。
 しかして、数瞬遅れて彼の口から語られた事実は、まさに驚愕のモノであった。


 「…学院が、アルビオンからの奇襲を受け、占拠されてしまったそうです」


 生徒や教員の多くは、突然の事態に抵抗すら満足にできぬままに捕虜として捕らえられ、現在は大食堂にて敵の監視の下、拘禁されているらしい。
 アレクは唇をかみしめ、悲痛に表情を歪めた。
 まさか、自分が恋人の墓参りなどに興じている間に、かような緊急事態に陥っていようとは考えもしなかった。仮にも戦時中に、気が緩んでいたとしか思えない失態である。


 「こうしてはいられません! すぐに戻らなければ!」


 今この瞬間にも、愛すべき友人達が命の危険にさらされている。
 ならば、彼が取る行動はただ1つ。全速での帰還と、全力なる救出である。


 「ミス・タバサ、あなたはここに!」


 ホークスの報告によれば、相手は複数。しかもかなりの手練れ集団とのこと。
 今、連れ帰れば、彼女にまで危害が及ぶ可能性がある。故に少年は、少女にそう言ったのだ。
 だが、


 「私も、いく」


彼女は首を縦には振らず、ハッキリとそう宣言した。自身の杖を両手で握りしめ、『共に、戦う』、と。とても強い、決意の瞳で。


 「し、しかし……」


 それでもなお、アレクは共闘を渋る。彼としては、大切な友人をわざわざ争いの中に連れて行くことを、どうしても許容できないでいるのだ。


 「殿下」


 しかして、そんな少年の肩に、ポンとシワだらけの手が置かれる。
 振り返れば、そこにはいつの間に移動したのか、見知った老婆の笑顔があった。


 「連れて行って、あげなされ」


 それは、まるで幼子をあやすかのような、穏やかな声。だが、同時にどこか逆らい難い、不思議な力が宿っていた。
 事実、アレクはグウの音も出せずに押し黙ってしまっている。


 「ドラゴン(シルフィード)なら、不死鳥(ホークス)よりも速い」


 一刻も早く学院に戻りたいのなら、自分を使った方が効率的だ。そう主張するかのように、タバサもまたジィ〜っと少年を見つめている。


 「……はぁ……」


 数瞬の後、少年はため息とともに決断を下した。


 「分かりました。」


 ここで少女を説得するのは骨が折れる。それでは、大変な時間のロスだ。一刻を争うこの状況で、それは避けたい。
 ならばいっそのこと、彼女の要求に従おうではないか。どんな危険が彼女を襲おうとも、自分が守れば、それでいいのだから。


 「お願いします、ミス・タバサ」


 次の瞬間、彼ら2人は速やかに行動を開始した。脱いでいたマントをはおり、ドアの向こうへと飛び出していく。
 タバサが口笛で呼べば、青い体と瞳の竜が、数秒とかからずどこからともなくやって来た。
 その背に2人が飛び乗ると、大きな翼が力強く羽ばたき、辺りに砂塵を巻き上げる。


 「タバサ様」


 タルブの大地より飛び立つ一瞬前、少女は老婆に呼び掛けられる。


 「殿下を、お頼み申します」


 その言葉が紡がれた瞬間、青い巨体は主人とその友人を乗せ、月光と星々の輝く夜空へと飛び立っていった。

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