小説『ゼロの使い魔 〜虹の貴公子〜』
作者:荒唐井蛙()

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 広い食堂内に、紅蓮の炎が渦巻き、鋭い剣閃が走る。コルベール、メンヌヴィル、そしてアニエスの三つ巴は、熾烈を極めていた。


 「さがるんだ、アニエス君!」

 「黙れ! 貴様らだけは許さん!!」


 再三にわたるコルベールの必死の説得にも、怒りに燃える親衛隊長は聞く耳を持たない。仇敵2人への憎悪にまみれた瞳を見開き、まずは当時の指揮官だった男を仕留めようと、本能のままに剣を振るう。


 「…いささか目障りだぞ、平民! 我らの勝負に水を差すな!」


 念願の勝負に水を差し続けているアニエスへ、メンヌヴィルが不快だとばかりに火炎を放った。


 「貴様こそ邪魔をするな! 貴様ら2人は、私がこの手で殺すっ!!」


 しかし、彼女は紙一重でそれを躱し、虐殺の実行者たちへと呪詛の言葉を投げつける。


 「ふん……。我らを憎むのはいいが、その前に大事な人間を1人、忘れているのではないか?」


 が、次いでメンヌヴィルが紡いだその言葉に、猛進を繰り返していたその動きを止めた。


 「…リッシュモンのことを言っているのであれば、私はすでに手を引いている……。ヤツの命は、エルバート公のモノだ」


 おそらく今の発言は、ダングルテール虐殺の首謀者である反逆者のことを指しているのだろう。銃士隊長は、そのように予想した。
 だが、彼女にはもはや、リッシュモンを手にかけるつもりはない。他ならぬ、彼を仇として追い求めていた少年の決断によって、『法による公平な裁き』が下されることになったからだ。
 しかし、


 「リッシュモン……? 誰だ? それは」

 「何……!?」


メンヌヴィルのその呟きが、アニエスを更なる地獄へといざなっていく。


 「フハハハハハ! これはいい! もしや貴様、何も知らないのか!」


 自分の言葉にわけが分からぬといった表情を見せる親衛隊長を見て、焼殺マニアは大声で笑った。哀れなモノを見るような目で、愉快だと言わんばかりに。


 「オレが言っているのは、そこの隊長殿にダングルテール殲滅を命じた男のことだ!」

 「なん…だと……!?」


 信じられない。そんな呟きと共に、アニエスは目を見開いた。
 無理からぬことだろう。今の今まで、事の黒幕はリッシュモンだと思っていたのに、それを正面から否定されたのだから。リッシュモンの他に、ダングルテール殲滅を命じた真の仇がいると、目の前の男は言ったのだから。


 「ッ! やめろ! その先を言うんじゃない!!」


 コルベールが、咄嗟に元部下を黙らせようと叫ぶも、時はすでに遅かった。


 「そいつの名は、アルバート・ラグ・モン・ド・エルバート!
  『国王の快刀』、そして『剣閃』と謳われた男だ!!」


 怪しく歪むメンヌヴィルの口は、すでに言葉を放ち終えていたのだ。あまりにも無慈悲な、知られざる20年前の真実を。







〜第51話 『真の黒幕』〜







 少女が目を覚ますと、そこには見慣れない天井があった。
 身体を起こし、辺りを見回して、まず驚く。ここが貴族の館であることは、一目で分かった。自分が眠っていたベッドは信じられないほど大きく、壁や家具のどれを取っても、村では見たこともない高価そうな代物ばかりだったから。


 「おお、気が付いたか」


 目を白黒とさせていると、不意に部屋の扉が開き、1人の紳士が入ってきた。
 窓から差し込む陽光を受けて輝く銀の髪。澄んだ宝石のような光を宿したエメラルドの瞳。その風格は、まさしくこの館の主だろう。
 なぜ平民である自分がここにいるのかは理解しかねるが、失礼があってはならぬと、彼女は咄嗟に身なりを整えようとする。


 「ああ、かしこまらんでよい。おぬしは一応、医者から安静を宣告されておる身だからな」


 が、そんな言葉と優しく肩に置かれた手によって、動作を止められてしまった。


 「さてと…昨日おぬしに何があったか、覚えているか……?」


 ベッド横の椅子に腰かけ、少女の様子をうかがいつつ、紳士はそう切り出す。
 その言葉に、少女は記憶の糸をたどろうとして、


 「…ッ!!」


あまりの恐怖に、自らの身体をきつく抱きしめた。
 突如として村を襲った業火と、闇夜をつんざく村人達の断末魔。なぜ今まで忘れていたのかと不思議に思うほどに、五感の全てが鮮明に覚えている。彼女の故郷が、見るも無残に焼け落ちていく様を。


 「…すまぬ。
  おぬしの村は火の系統のメイジ達に焼き尽くされ、生き残ったのは、どうやらおぬしだけであったらしい……」


 深々と、紳士は少女に頭を下げた。
 なんでも、彼女を間一髪で炎の中から救い、この家へ連れてきたのは、彼の古い友人であるらしい。その人物の話によれば、駆け付けた時には放火の犯人はおろか、その痕跡すらすでになく、彼女以外の村人達も全員焼け死んでいたのだとか。
 それを聞いて、少女はふと思い出す。薄れる意識の中で見た広い背中と、そこにあった大きな火傷を。おそらく、その人こそが紳士の友人であり、火傷は燃える村を進むときに負ったモノなのだろう。


 「そう…ですか……」


 そう呟く少女の瞳は、暗くよどんでいた。
 年端もいかない幼子が、ある日突然、理不尽にも全てを奪われたのだ。受け入れろというのが、無理な話だろう。
 生き残ったところで、それは幸福とは程遠い。天涯孤独な彼女に残された道は、道端でのたれ死ぬか、犯罪に手を染めて生きながらえるかの、2つに1つしかないのだから。


 「案ずるな」


 しかし、次の瞬間に紳士が紡いだその言葉が、大して大きくもないのに、室内によく響いた。
 顔を上げれば、そこにあったのは優しい微笑み。


 「おぬしの身は、私が面倒を見よう。せめて、1人立ちできるその時まで」


 その言葉に、少女はあっけにとられていた。貴族であるはずの彼が、平民の孤児を治療したばかりでなく、育てようとまで言っているのだ。誰が聞いても、驚くのは当然である。


 「な…なんで……」


 思わず、口からそのような呟きが漏れていた。
 厄介ごとでしかない自分を養って、紳士が得をするとは思えない。何か、裏があるのではないだろうか。命を助けられ、そこまでしてもらって、本当に良いのか。やはり、迷惑なのではなかろうか。
 精神的に不安定になっていた少女は、そのように考えてしまったのだ。


 「…何、私には子供がおらなんでな」


 恐々とした少女の様子から、その心中を察したのだろう。紳士は優しく語りかける。


 「近々、新たに妻をめとろうと考えているのだが……正直、このような武骨者に跡取りを育てられるのかと、不安に思うておった」


 頭に掌を置き、ゆっくりと撫でる。


 「おぬしを養うのは、私に子供ができた時のための予行練習と思ってくれてよい。
  私としては、『一族安泰のために、ここで暮らしてくれ』と、むしろ泣いて頼みたいくらいなのだよ」


 どこか、心安らぐような笑顔を浮かべて、紳士は言葉を紡ぐ。
 要するに、彼にも利益があるのだと、決して迷惑などではないのだと、そう言いたいらしい。


 「まあ、すぐに返事をくれとは言わん。まずは体を休め、ゆっくり考えなさい」


 その言葉と共に、紳士は立ち上がり、出口たる扉へと歩いていく。


 「あっ…あのっ……!」


 なぜその背中を呼び止めたのか、正直、少女にもよく分からない。ただ、彼が部屋から去ると思った瞬間、心の中でモヤモヤとした、不安にも似た何かが湧き上がる気がしたのだ。


 「どうかしたのかな?」

 「あの…その……」


 ただ、呼びとめた以上は何かを話さなければ。そう思い、少女は視線を泳がせながら話題を探す。
 と、そこで、ふと思い出した。


 「お…お名前……聞いていいですか……?」


 威風堂々とした御身の名を、聞いていないことを。


 「……おお。そういば、まだ名乗ってはいなかったな。これは失礼した」


 数瞬考え、紳士もそのことに思い至ったようだ。再度少女に歩み寄り、うっかり忘れていた自己紹介を始める。


 「では改めて…私の名は、アルバート・ラグ・モン・ド・エルバート。
  このエルバート家の主であり、微力ながら、国王陛下の側近を務めておる。以後お見知りおきを、お嬢さん」


 それが、後に銃士隊隊長となる少女・アニエスと、彼女の義父としてこれより10年間を過ごしていく先代エルバート公の、初めての出会いだった。







 「ウソだ……!」


 思わず、その言葉が口から漏れた。


 「ウソだッ!!」


 再度、今度は叫ぶ。


 「私を快く受け入れ、育ててくれたあの方が、真の黒幕であるわけがないッ!!」


 信じられなかった。あの日以来、実の父のように自分を育て、見守ってくれていた先代エルバート公が、よりにもよってダングルテール虐殺を命じた首謀者であったなどと。信じたくなかったのだ。


 「なんだ……? 平民のガキがどうやって近衛兵にまで上り詰めたのかと思えば…なるほど、貴様飼われていたのか」


 しかし、現実はあまりにも残酷で、


 「どういうことだ……!?」

 「分からないか? 貴様はヤツの所業の生き証人だ。貴様はヤツの不利益にならぬよう、文字通り飼い殺しにされていたのだよ」


どこまでも人の心を削っていく。


 「不思議に思わなかったのか? 仮にも王族が、平民のガキを育てようなど。何か裏があるとは思わなかったのか」

 「ッ……!」


 メンヌヴィルのささやきに、アニエスの心がズキリと痛んだ。
 そう、彼女も最初はそう思った。理屈ではなく、幼子ながらの生存本能で。しかし、それを無意識のうちに押し込めた。実の父親のように優しく接するアルバートを、それが彼の真意であると、信じていたから。


 「ヤツは貴様の世話を焼くことで、飼い慣らし、自分に牙をむかぬようにしたのだ。
  事実貴様は、『リッシュモン』とかいうワケの分からん黒幕像を刷り込まれているではないか」

 「ち、違う……! そんな……そんなわけがっ……!」


 あの温もりは、あの笑顔は、その全ては演技だった。破滅から身を守るための、ただの打算だった。そう告げられ、アニエスはもはや混乱の最中にあった。


 「貴様がなんと言おうと、我々に殲滅の命令を下したのがヤツであることに変わりはない。
  そうだなぁ! 隊長殿!!」

 「ッ……!」


 元部下の言葉に、コルベールは苦々しく顔をそむけるだけ。その仕草だけで、言葉を発さずとも真偽の判断は充分だ。


――――おぬしの村は火の系統のメイジ達に焼き尽くされ


 ふと、出会ったあの日のアルバートの言葉がフラッシュバックする。
 そうだ。今思えば不自然だ。彼は自分の友人が駆けつけた時には、犯人の姿もその痕跡もなく、生き残った村人もいなかったと言っていた。それはすなわち、あの火災が『人為的なモノ』だったのか、それとも『自然現象』だったのかすら、その目で見た者がいなかったことを示している。
 にもかかわらず、彼は『メイジに焼かれた』と断言した。事件から1日しか経っておらず、情報も証拠も集められなかったはずのその事実を言い当てたのだ。まるで、初めから全てを知っていた(・・・・・・・・・・・・)かのように。


 「そんな…バカなことが……」


 メンヌヴィルの言葉は信じたくない。しかし、状況が、わずかに残る記憶の中の矛盾点が、それを肯定し続けている。
 考えがまとまらず、意識が半ばもうろうとする中、アニエスは気づかぬうちに、剣を取り落していた。


 「仇の名が分かったのだ! これでもう思い残すこともあるまい!!」


 放心状態の彼女を見て、邪魔者を片付ける好機だとでも思ったのだろう。メンヌヴィルは杖を振るい、アニエスへと燃え盛る火球を撃ち出した。
 魔法を持たない彼女に、それを防ぐ手立てはない。半ば放心している今となっては避けることすらできないだろう。
 その身が業火に焼かれると思われたその時、


 「危ないッ!!」


禿頭の教師がアニエスの身体を突き飛ばし、巨大な豪炎の前へと躍り出た。

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