小説『ゼロの使い魔 〜虹の貴公子〜』
作者:荒唐井蛙()

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 コンコン。
 少年は木製の扉の前に立ち、軽くノックした。


 「……?」


 もちろん、その向こう側にいるであろう人達に入室の許可を得るための行動だったのだが、どういうわけかまるで反応がない。何やら会話している声が聞こえてくるので、不在というわけではなさそうだ。


 「…失礼します」


 急ぎのようではないが、ここまで来て出直すのもなんとなく気が引ける。よって少年は、控えめにそう呟きながら、そっと扉を開いた。
 すると、


 「そんで! アイツは貴族のハナタレ坊主にこう言ったのさ!
  『下げたくねぇ頭は下げねえ!』ってな!!」


そこではちょうど、コック長のマルトーによる、豪快かつ大音量の演説が行われていた。
 内容は聞くまでもなく、3日前の貴族VS平民の決闘についてだろう。あの日、貴族に真っ向からケンカを売り、そして勝利した件の使い魔少年は、この学院で働く平民の間で、半ば英雄扱いされているのだ。結構日も経っているというのに、当時の熱が未だに冷めていないらしい。


 「ははは…相変わらずのようで安心しました」

 「ん? おおっ、こりゃまた殿下!」


 少年の口から思わず漏れた呟きにマルトーが反応し、次いで他の使用人やコック達の視線が、来室者へと運ばれる。


 「お気持ちはわかりますが、貴族の悪口はもう少し小声で話したほうがよいかと。誰かに聞かれては大変です」

 「平気でさぁ! こんな小ぎたねぇトコに来る貴族なんざ、殿下ぐらいなんだから!」


 陰でコソコソ貴族に対する陰口を叩いていたとなれば、ただでは済まない。彼ら使用人を気遣って苦笑する少年に、コック長はガハハと笑いながらそう返した。他の面子も、うんうんと首を縦に振っている。
 ここは、魔法学院の一角に設けられた、使用人達の居住スペースであり、彼らが使用する食堂だ。生徒達が使っている大食堂とは、比べるべくもないほど粗末な内装で、ホコリくさいし、ところどころに蜘蛛の巣も張っている。マルトー達の言う通り、ここに自ら進んで来る貴族など、若干1名の例外を除いてあり得ないのだ。そう、今ここにいる、アレクサンドラ・ソロ以外には。


 「それより、何かあったんですかい?」


 そんな友人の問いに、アレクは苦笑を漏らした。話し方や態度が暑苦しい上に、少々思い込みが激しいのが玉にキズだが、こういう話の早いところは実に助かる。


 「いえ…今夜あたり、お腹を空かせた子犬が学生寮の廊下辺りを徘徊しているかもしれないので、
  よろしければ食事を与えてもらえないかと思いまして……」

 「子犬…ですか……?」


 要領を得ない貴公子の言葉に、黒髪ボブカットのメイド少女が、目をパチクリとさせて疑問を漏らした。まあ、突然このような話題を振られて、即座に順応できる人間の方がまれなのだが。


 「ええ。3日前、貴族に噛みついた、猛犬の素質抜群の子犬なんですけどね」


 怪訝そうな顔をする少女に、茶目っ気たっぷりにアレクはそう返すのだった。







〜第6話 『使い魔の剣』〜







 このトリステイン王国において、貴族と平民は一般的に不仲であり、少なくとも友好的な関係を築くことはまずない、というのが通例だ。多くの貴族が平民をいやしい存在として差別し、平民もそんな貴族に反感を持っているという、数千年分の確執があるので仕方のないことだと言えるが、ことアレクに関して、その理論はまったく成立していなかった。というのも、彼が、相手が貴族だろうが平民だろうが、基本的に同じように敬意をもって接するという、この国では極めて珍しい性格の持ち主だからだ。
 貴族の中でも最上級の名門家の当主でありながら、それを鼻にかけることなく、まったく気取らないその態度は、貴族・平民を問わず、数多の人々の心を惹きつける。平民からの人気が特に高いのは、仕方のないことだろう。それまで権力を盾にして威張り散らすだけだった貴族に、突然そんな奇特な人間が現れたのだ。他の貴族への反感も影響し、多大な支持を得るのは必定とすら言える。
 故に、平民達、特に顔見知りの者は、心からアレクへの敬意を払いつつ、しかし同じ身分の友人のように軽い気持ちで彼に接するのである。もっとも、当のアレクは彼ら平民を本気で友人だと思っているので、むしろもっと砕けた口調で接してくれてもいいと思っているくらいなのだが。


 「そうですか。やはり食事を抜かれていましたか」


 だからまあ、彼が早朝から学院の使用人であるメイド少女と仲睦まじく談笑しているのは、ごくごくありふれた光景なのである。


 「夕べはありがとうございました。よろしければ、シエスタさん達も彼と仲良くしてあげてください」

 「はい、もちろんです。私達みんな、サイトさんのファンですから!」


 あれから一夜明け、アレクは日課である早朝の散歩中に顔見知りである使用人の少女、シエスタとばったり遭遇。今はこうして、かの使い魔少年についての話題で談笑中、というわけだ。
 神童と呼ばれる少年の予想はズバリ的中し、サイトは昨日、本当に食事を抜かれていたらしい。しかも、昼と夜の2食分。本当はそれほど怒ってもいないクセに、素直に接することができない幼馴染には、まったくもって苦笑を禁じ得ない。
 まあ、そんなこんなであまりの空腹感から、これまた予想通りに学生寮の廊下を徘徊していた子犬は、目の前の彼女の手によって無事に保護。マルトーが手料理を振る舞ってくれたらしい。


 「…おや……?」


 と、その時だった。アレクの視界に、早朝の中庭を駆ける1頭の馬と、それにまたがる2つの人影が飛び込んできたのは。


 「あれは…サイトさんとミス・ヴァリエール……。どこかにお出かけでしょうか……」


 シエスタの呟きを肯定するかのように、2人は馬の背の上で何やら口ケンカをしながら学院の門をくぐっていく。仲がいいのか悪いのか分からない光景だ。


 「…………」


 そんな2人と1頭の後姿を見送る貴公子の口元が、とてもイイモノを見たと言わんばかりに、無邪気な微笑みを浮かべていた。







 人々で賑わうとある市場を、タバサは訪れていた。
 本を読みながらチラ見する視線の先には、並んで歩く噂の爆発娘とその使い魔の少年。少年の手には、刀身全体が真っ赤に錆び付いた片刃の長剣が握られている。
 おそらくは、せっかく剣を扱える使い魔なのだから、武器を持たせておこうとでも思ったのだろうが、アレはいかがなものか。アレでは、紙切れ1枚満足に斬れないだろう。使い道としてはせいぜい、『鈍器』がいいところだ。
 しかし、


 「ここんトコ、ちょっとモノいりで、お金がなかったの!
  ご主人様が与えた物に文句を言うなんて、1000年早いわ! 分かった!?」

 「……はい、分かりました」


 そんなガラクタを与えられた使い魔少年の反応は、思った以上に淡白だった。
 昨日までの彼ならば真っ先に反発するような高圧的な態度にもかかわらず、主人の財布への嫌味を言うでもなく、感謝の言葉を口にしたのだ。それも、敬語で。一夜の間に、いったい何があったのだろうか。
 まあ、口にするほど、自分は彼らの関係に興味などないのだが。あるとすれば、


 「あの女……! サイトの気を引こうと、プレゼントを買いに来たんだわ!」

 「ふふふ……。ようやくあの2人も、打ち解けてきたようです」


隣で物陰に隠れながら、悔しくて仕方がないとばかりに爪を噛む親友(キュルケ)と、そのまた隣で物語のハッピーエンドを見ているかのような穏やかな顔をしている級友(アレク)の方だろう。
 なぜタバサが、この2人とこんなところにいるのか。話を整理するとこうだ。
 事の発端は、キュルケが彼、ヒラガ・サイトに恋をしたことにある。この前は違う男に言い寄っていたような気がするが、気のせいということにしておこう。
 そんなわけで今朝方、件の少年がその主と一緒に馬に乗って出かけるのを見かけたため、彼女の使い魔であるドラゴン(シルフィード)の翼をあてにして2人の追跡を所望した。
 ところがいざ飛び立とうとした時、どこからか話を聞きつけたのか、アレクまでもがついて来ることになったのである。
 しかも、ビックリするような方法で。

 「ていうか、あなたがこの手の話に興味を持つなんて意外だったわ。
  ついでに、その鳥の怪力も」

 「…力持ち」


 普段から感情の起伏が少ないタバサも、さすがに驚かずにはいられなかった。
 何せこの少年、シルフィードには乗らず、自身の使い魔の足にぶるさがってここまで飛んできたのだから。
 今まさに人の肩に乗っている小さい体躯のどこに、あれほどの力が隠されているのだろうか。さすがは精霊と並び称される鳥の王である。


 「いやいや、なかなか微笑ましいものが見られました。遠出してきたかいがあります」

 「…何? もしかしてあなた、あの2人の仲を取り持つキューピッド気取り?」


 主従2人の後ろ姿を見送りながら、満足そうに呟くアレク。さらにそれを見つめ、彼の真意を冗談交じりに確かめようとするキュルケ。
 ただならぬ空気が漂い始め、巻き込まれてはたまらないと、タバサは咄嗟に本のページへと視線を落とした。


 「いえいえ、そんな。
  ただ、運命の出会いとは、かくも素晴らしいものかと感激しているだけです。
  私ごときが、天の御使いを気取ろうなど、そんな恐れ多い……」

 「…前々から思ってたんだけど、あなた、意外に腹黒いわよね。
  サイトに何か吹き込んだんじゃなくて……?」


 確かに、昨日までの彼ならば、ガラクタを押し付けられたことに不満タラタラなはずだ。それが先ほどの呆けた態度。何もなかったとするには、いささか無理がある。
 彼だけではない。今思えばルイズも、サイトに対してやけに素直に話している印象を受ける。金銭的に余裕がないなど、今までの彼女ならば口が裂けても言わなかったはずだ。心を開き始めている証拠である。
 キュルケの予想は、おそらく当たっているのだろう。一見すると少女にも見えるこの少年は、人畜無害そうでいて実はとんでもない策士だったりする。幼馴染とその使い魔の仲たがいを改善する、何らかの策を弄したに違いない。


 「ははは、まさか。ボクはただ、羽ばたこうとする雛鳥に、飛び方のコツをそれとなく伝えたにすぎません」


 「どちらかと言えば失敗でしたしね」と最後に付け加え、アレクはやんわりと否定するが、彼の行動による影響が現在の結果とは言えないまでも、『何か』をやったのは事実であるらしい。


 「…まあいいわ。それより、ここまで来たんだから、アンタにも最後まで付き合ってもらうわよ」

 「え……? ちょっ…ちょ〜っ!?」


 ため息交じりの言葉がキュルケの口から紡がれた瞬間、アレクは首根っこをガシッとつかまれ、先ほどルイズ達が出てきた武器屋へと引きずり込まれていく。爆発娘に負けず劣らずの負けず嫌いが発動してしまったらしい。
 少女はメガネの向こうで小さく苦笑しながら、2人に続くように扉をくぐるのだった。







 その夜、ルイズの部屋には、珍しい客人が訪れていた。
 豪華な金色の大剣を土産に押し掛けたキュルケと、そんな彼女の暴走を止めようとするも力及ばず押し切られてしまったアレクである。


 「おぉ〜……! スッゲェ! ピカピカだ!」


 そして今、サイトの手には、キュルケから贈られた豪華な剣が収まっている。その輝きにサイトは目を輝かせ、感嘆の声を漏らした。


 「…どーゆー意味? ツェルプストー……」


 だが、これにはルイズが面白くない。あからさまに険悪な視線を、キュルケにぶつけ続けている。


 「どーゆーも何も、サイトにお似合いの剣を偶然見つけたから、プレゼントしただけじゃない」

 「…後をつけたってワケ?」


 キュルケはあっけらかんと言ってのけるが、その真相が分からないルイズではない。鋭く図星をつく。


 「情けないわねー。こんな安物の剣も買ってあげられないなんて」

 「あははははは……」


 ルイズの一言など意にも介さずキュルケは嫌味を口にするが、これにはアレクが顔を赤らめながら苦笑した。
 何せ彼女、自慢の美貌とギリギリの色仕掛けによって、真金貨3千の品を、なんと値切りに値切って新金貨500で購入してきたのだ。正気に戻った店主の愕然とした顔が、今もなお脳裏にチラついている。
 ちなみに、キュルケが色気を振りまいているその間、アレクは顔を耳まで真っ赤に染めて、本を読むタバサの後ろに隠れていた。異性を虜にするほどの美貌に反して、とんでもなく純情な少年である。


 「この剣、ゲルマニア製の業物だそうよ? 剣も女もゲルマニアに限るわねぇ。
  あなたみたいな、トリステインの女が敵うわけないわ」

 「へ、へんだ!
  アンタなんかゲルマニアで男漁りすぎて相手にされなかったからって、わざわざ隣の国に留学してきたんでしょ!?」


 そうこうしている間にも、少女2人はまさに火花を散らさんばかりの口論を続けていた。見方によっては、男を取り合う女の闘いの場に見えなくもない。


 「言ってくれるじゃない!」

 「本当のことじゃない!」


 しまいには互いに己の杖を構え、今に決闘でも始めそうだ。


 「あ、あの〜…室内なので、できれば穏便に……」


 ルイズ自身、頭に血が上っているせいで気が付いていないようだが、このままでは、彼女の寝室が廃墟になってしまう。
 三角関係。展開的には燃えるモノがあるが、廃墟(それ)はさすがにまずいと思い、アレクが仲裁に入る。が、それでも女の闘いは簡単には止まらなかった。


 「じゃあ、サイトに決めてもらいましょうか」

 「オレ!?」

 「そうよ。アンタの剣でもめてるんだから」


 キュルケにいきなり決定権を譲渡され、たじろぐサイト。ルイズにも迫られ、1歩後ずさる。
 少年は改めて2本の剣を交互に見つめ、そして思い悩んだ。
 剣だけを見るならば、勝敗は明らかだ。だが実際は、そのような簡単な話ではなかった。
 片や、金色に輝く、物語の勇者が携えているようなとても豪華な剣。片や、錆だらけでみすぼらしいが、意地っ張りで優しい少女が、自分の命を救った後の残り少ない金で買ってくれた剣。それぞれに、他には代えがたい重みがあるのだ。
 少年は悩みに悩み、1つの答えを出した。


 「…2本ともって、ダメ? はははは…ぐはっ!?」


 しかし、そんなふざけた答えが受け入れられるはずもない。美女2人合同による制裁を受けてしまった。
 目も当てられないとばかりに、アレクは眉間をもむ。


 「いい機会だから教えてあげる。アタシね、あなたのことが大っ嫌いなの」

 「気が合うわね。実は私もよ」


 というわけで、女の闘いは再び両者の口論へとその舞台を戻してしまう。
 ホントにもう、どうしてこうなるのだろうと、アレクは文字通り頭を抱えた。


 「「決闘よ!!」」

 「あぁぁああぁぁあ……! ついに始まってしまう……」

 「マ、マジで……!? あ、あのさ、ちょっとお2人さん……」


 ついに2人の怒りのボルテージが頂点に達した。
 険悪な2人と、この世の終わりだと言わんばかりのアレクの落ち込みようを見て、さすがに焦ったサイトが仲裁しようと声をかける。
 が、


 「コラ! うるさいぞ! バカ女ども!!」


全てを台無しにするそんなセリフが、薄暗い室内に響いた。


 「バカ……」

 「女ども……?」


 これは聞き捨てならないとばかりに、ルイズとキュルケは音源を睨みつける。
 そこには、錆びた剣を握って青い顔をしているサイトの姿。


 「ち、違う! オレじゃない!!」


 少女2人に詰め寄られ、少年は必死に身の潔白を訴えるが、この状況で誰がそんな言葉を信じるものか。
 ああ、ついに死ぬのか。本気でそう思った瞬間だったと、後に本人は涙ながらに語ったという。


 「ほう……これは珍しい」


 しかしその時、救いの手が差し伸べられた。
 怒り心頭と言った少女達をかき分け、興味深げに錆刀を見つめながら、アレクが顎に手を当ててそう呟く。
 その言葉に、3人が先ほどまでの騒ぎも忘れてサイトの握っている剣へと視線を注いだ。


 「人が寝てるトコ起こしやがって……」

 「…あの……この剣、しゃべってますケド……」


 持ち主である少年が、口元をひくつかせつつそう漏らす。
 手元では、鍔元にある金具をカチカチと器用に動かし、錆刀がしっかりと愚痴をこぼしていた。

 「(おでれ)ぇた! こんなアホ面のくせして、お前使い手かよ。
  どーりで、目も覚めるわけだ」

 「使い手……? なんだそれ?」

 「それって、知性を持つ剣…インテリジェンスソードじゃない!?」


 わけの分からない単語を口にする剣に思わずそう問いかけるが、剣が答えるよりも先に、キュルケが話の腰を折ってしまう。


 「あなた…変なモノ買ってきたわねぇ……」

 「知らなかったのよ。こんな気色悪いモノ、すぐ返品するわ」


 どうやら彼女達にしてみれば、話す刀は『珍しい』というよりも、『変』または『気色悪い』という認識であるらしい。まあ、気持ちは分からないでもないと、アレクは心の中で苦笑した。


 「今 何年だ? つーかココどこだ。オウ、答えろコラ」

 「ぷっ……! あははははは! オレ、コレにするわ!」


 が、サイトはこのやけに俗っぽい話し方をする剣が気に入ってしまったようだ。
 粗雑な口調に親しみを感じたのか、はたまたしゃべる剣という存在に興味をひかれたのか、なんにせよ、彼はこの剣を所有することを決めたのだ。


 「「えぇ〜!?」」


 しかし、これには少女達も、それぞれ別の意味で不満げな声を上げる。
 1人は負けたような気分から、1人は厄介な居候が増えるという事実から。


 「オレ、サイト!」

 「デルフリンガーだ! よろしくな、兄弟!」


 なんというかまあ、相性はすこぶるいいようで、すでに仲良くなり始めている。というか、なっている。


 「ど、どうして私のトコにだけ、こんな変なのばっか……」

 「いわゆる運命というモノだと思いますよ?」


 肩を落としながらため息をつく少女に贈られたのは、幼馴染によるあまりにあんまりな一言だけであった。

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ゼロの使い魔 (MF文庫J)
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