風呂にあがって、部屋に戻っていると何故かリコッタとユキカゼが来た。何故か、という表現は正確ではないかもしれない。何故ならこの二人が来ているのはさっきの続きだろうと思うからだ。
「駿様〜、通信機を貸してほしいであります」
「え、あ、うん」
俺は持ってきていた通信機をリコッタに渡した。
「てか、お前らがシンク中毒か」
「「?」」
どうやら意図が伝わらなかったらしい。たぶん、今ビスコッティではミルヒオーレさんは寂しがっているだろう。
二人が通信機を使い、シンクと話し始めたので俺は一旦外に出た。ああなったら俺が入る余裕がなくなるんだよな〜。
廊下に出ると直ぐにエクレールがいた。
「お、エクレール」
「どうしたんだ、駿?」
「あはは・・・・・・少し入りにくいので。エクレールもシンクと話す為に?」
そう聞くとエクレールは慌てだした。どうしたんだ?
「そ、そそそんなわけないだろ!」
「え、そうなのか?シンクから貰ったリストバンドを眺めながらすっごい笑顔していたから、シンクが好きなのかと・・・・・・」
「そんなわけないだろ!」
うおっ、うるさい。どうしたんだ?こんなに取り乱して。
「わ、わかったから落ち着いて」
「あ、あぁ、すまない」
「それで、結局どうしたんだ?」
シンクとのお話じゃないならどうしてここらへんを歩いていたんだろう?
「あ、それは、あれだ。ユキカゼとリコがいなかったから捜していたんだ」
「それなら、中だよ」
俺は扉を指さして言った。まぁ、あの2人がこんな時間に訪れるのはクー様のところか、ここくらいだとエクレールもわかっていると思うが。
「そうか。ありがとう」
そう言って中に入っていった。すると中が騒がしくなった。元気だな、若者は。
たぶん、エクレールが入ったことにより、俺が外に出ている時間は増えただろう。
さて、どうするか?俺はそう考えながら明かりが灯った廊下をとぼとぼと歩いていく。
「お、駿ではないか」
「クー様」
人工的な光と月光が照らし出す薄暗い廊下、俺からみて少し奥に大きなリスの尻尾を動かしているクー様がいた。
「どうしたのじゃ?」
「いや、少し部屋に居づらいので・・・・・・」
今頃、みんなシンクとお喋りしながら、適度にエクレールをいじってるんだろうな。
「おぉ、ならウチの部屋に来るといいのじゃ」
「え、えーと・・・・・・いいんですか?」
「何を言っておるのじゃ、いくぞ」
「あ、はい」
俺はクー様についていく。そしてついていきながら後ろからクー様を見ていた。
クー様って確か12歳くらいだったよな。12歳で一国の領主を務めている。12歳、俺はその時何をしていただろうか?確か・・・・・・・・・・・・。
「着いたぞ」
俺が思い出す前にクー様の部屋についてしまった。
「ほれ、入るのじゃ」
そしてそのままクー様に急かされて部屋へと入れられた。
「えっと・・・・・・何故俺を・・・・・・」
「ウチはな、お主が倒れたことをまだ怒っているのじゃ!」
扉を閉めた瞬間、クー様はそう大声を出した。
「うぅ、まだ許してくれませんか・・・・・・」
「当たり前じゃ、無事に帰ると約束したではないか」
そう、俺は約束した。でも、どうやらあのショックで一時的に記憶からこぼれていたらしい。
「すいません。でも少し・・・・・・・・・・・・」
そうだ、帰ってきて、みんながいつもの調子だったから忘れかかっていたが俺は魔人に限りなく近くなっているんだ。
そんなことを考えていたから、俺はどこか影が出来てしまい、クー様もそれを察してしまった。
「・・・・・・・・・・・・お主、まだ何かあるのか?」
クー様のその言葉は俺の胸を貫いた。
「やはり、まだあるのじゃな?」
「・・・・・・・・・・・・はい」
「それは、何なのじゃ?」
「言えません」
俺は曖昧にせず、きっちりとはっきりとクー様の目を見て答えた。
「な、何故じゃ?まさかお主はウチを信じれないと申すのか!?」
クー様は声をあげた。その言葉には少し違和感があった。その違和感の答えもクー様が直ぐに言ってくれた。
「お主の話はリコやノワから少し聞いておる。何故、そこまで人を信じれないのじゃ?」
「俺は強くないんです」
そう、俺は弱いんだ。
シンク為に泣いて頑張ったリコッタより、みんなに歌で勇気を与えながらもしっかりと領主の役目を務めるミルヒオーレさんより、そんなミルヒオーレさんの為に命をかけるレオ様より、ずっと、ずっとずっと弱いんだ。
「クー様、俺は弱いんです。だから、この問題は誰にも言えません、絶対に」
もし、魔人になったならみんなは俺受け入れてくれるだろうか?俺は正常な状態でいられるだろうか?もし狂ってしまって誰かを傷つけたなら俺は俺自身を許せるだろうか?
弱い俺はそれを許せないだろう。だから怖いのだ。そうなってしまってしまうなら俺は、誰も近づけない方が・・・・・・・・・・・・
「!?」
視界がぐらついた。足に力が入らなくなり、膝が地面にぶつかる。気がつくともうクー様の部屋の絨毯が視界を覆っていた。
「ど・・・・・・・・・・・・た・・・・・・じゃ!?」
クー様の声は既に耳には届かず、息も出来ず、体中が軋む。
一体何が!?・・・・・・いや、分かっている。魔人化だ。でも何で、俺は寝ていないぞ?
そんなことを考えている間にもどんどん苦しくなっていく。クー様が何か叫んでいる。
た、助けて・・・・・・!
苦しい体を何とか動かしてクー様の方に手を伸ばしてそう念じた瞬間、
「・・・・・・・・・・・・?」
体が一気に軽くなった。
「ど、どうしたのじゃ!?大丈夫か!?」
クー様の声がしっかりと聞こえる。体は動く。俺はあぐらをかいた状態になり、2、3回手を握ったり開いたりする。
「あ、はい。大丈夫です」
そうして涙目になっているクー様に言った。
「本当か?」
「はい。でもなんだったんでしょうか?」
「それはウチが聞きたいんじゃが・・・・・・」
そりゃ、そうだ。
でも本当に一体何があったんだ?俺は魔人に近づくことをやったのか?
「聞きたいか?」
「「!?」」
まただ、エルディーナはいつの間にか窓の近くで壁にもたれていた。
「お、お主何時から?」
「ふむ、駿がもがいていた途中だろうか・・・・・・」
成る程、それは気づかないな。あははは・・・・・・いや、それでもドアか窓を開けたらクー様が気づくはずだよ。
本当に魔人ってなんなんだよ・・・・・・・・・・・・。
「お前、最近頻度が上がってきてないか?」
まぁ、それはそうと俺も疑問をぶつけた。
「それほど、君が魔人に近づいているのだよ」
「ま、魔人・・・・・・?」
しまった。こいつにその言葉は出さしてはいけなかった。だってクー様が知っているのはあの魔人だけなのだから。
「どういうことじゃ、駿?」
クー様が不安そうな目でこっちを見ながら言う。
「はぁ・・・・・・・・・・・・分かりました。白状しますよ」
俺は俺の事情をクー様に全て話した。そうして全て話し終わった時にはクー様は泣いていた。
「え、ええ、え?どうしましたか?」
俺はなんとか泣き止まそうと笑った。
「お、お主、何故そんなことがあっても笑えるのじゃ?」
「さぁ、わかりません」
もしかしたら俺はもう諦めてるのかもな。
「クー様、この件はまた後で・・・・・・。それよりさっきのあれ、何だったんだ?」
俺はエルディーナの方に向き直った。エルディーナは相も変らず、笑みを浮かべている。
「あれか?そうだな、君は一人になりたいと思ったんじゃないか?」
「・・・・・・あ、ああ」
確かに思った。この力が暴走してみんなを傷つけるくらいならと・・・・・・。
「それが引金だよ。それにより君の中にいる魔人の力が輝力を上回り、君の体で拒絶反応が起きたんだ」
「拒絶、反応?」
つまり、それって・・・・・・・・・・・・
「俺は魔人にならずに死ぬのか?」
それを聞いてクー様は一瞬体をビクッとさせた。
「いや、その時は君が魔人の力を拒んだからだよ。それが無くなれば君は魔人になる」
否定はしない。つまり拒絶していれば死ぬのだ。
「なら、治ったのは?」
「君がクーベルだっけ?彼女に助けを求めたから」
「成る程、俺が一人でいたいと思わなくなったからか」
つまり、俺が魔人になってしまってみんなを傷つけるくらいなら一人になりたい、でもそう思えば魔人に近づく・・・・・・ならどうすればいいんだ?俺は魔人を恐れずみんなと仲良く過ごせばいいのか?
「駿君、君は今のを聞いて、なら一人でいたいと思わなければいいと思ったかい?」
「大正解だよ」
「それは無理だよ。君に残っているのは最長でも1週間、それで君の魔人化は完了する」
「な、なんじゃと!?」
俺が驚く前にクー様が声をあげた。そのおかげで俺自身、冷静になれた。
「お前は魔人になることを認めたのか?」
「ああ、そうだよ」
目の前の少女は何者なのか?今更だがそんな疑問が浮上してきた。確かにエルディーナという名前は聞いた。だが、それ以外は?神出鬼没で掴みどころがない、謎だらけの少女・・・・・・・・・・・・。
「話は終わり、私はもう帰るよ。まぁ、君も精々頑張りなよ」
そう言ってエルディーナは闇の覆われて消えた。ああやって移動するんだ。
「駿・・・・・・・・・・・・」
「クー様、このことはご内密に」
何かを言われる前に釘をさした。
「なぜじゃ!?」
「これは俺の問題です。それに誰にも心配して欲しくないんです」
「そうやってまた・・・・・・・・・・・・」
「俺は!自分の意識でこの問題を解決したいんです。みんなは優しいからきっと俺を助けてくれるだろうけど、俺はそれに甘えたくないんです。答えは自分で見つけます。それが例え、魔人の道でも・・・・・・・・・・・・後悔はしません」
俺は真っ直ぐにクー様の目を見ながらはっきりと言った。
「・・・・・・・・・・・・分かったのじゃ、お主がそこまで言うならウチはもう何も言わん」
「ありがとうございます。クー様」
俺はクー様の頭を撫でた。何故かそうすると安心出来てさっきまであった恐怖はどこかに消えた。