小説『小娘つきにつきまして!(2)』
作者:甘味処()

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#4 藤堂間宵

◇◆敦彦◆◇

 そこに――間宵(まよい)がいた。

 初めて実感が湧いた。

 ついに、妹がアメリカから帰ってきたのだ。

 嬉しいはずだ。嬉しいはずなのだが……、

 間宵の姿を見て――。

「……は?」

 ――僕は間の抜けた声を発していた。

 腰が抜けそうにさえなったが、かかとに力を込めて、転げそうになるところをなんとか踏ん張った。

 そんな、バカな――。

「ふはぁ〜、久々の我が家。家の匂いっていうのは、確かにあるのね」

 間宵は玄関から家に入ってくると、背筋を伸ばし深呼吸を繰り返した。

 その姿を確認して、

「……はぁッ!?」

 またも頓狂(とんきょう)な声を上げてしまった。

「あ、お兄ちゃんいたんだ」

 一方間宵は、愕然としている僕などそっちのけで、あっけらかんとそんなことをいう。

 久し振りの兄妹の再会にしては淡泊すぎる。実は海外などへは行っておらず、近場の熟から帰宅しただけなのではないかと錯覚を起こしてしまうほどの、淡く薄っぺらい挨拶だった。

 しかしながら、僕が驚愕している理由はそんなところにない。

「ちょちょちょ、ちょっと待て! 誰だお前ッ!?」
「嫌だなー、お兄ちゃん。わたしの顔忘れちゃったの?」

 間宵は細い指先で自分の姿を指し示した。

「わたしだよわたし。間宵。藤堂間宵(とうどうまよい)。ほら、お兄ちゃんの妹ちゃん。まあ、確かに垢抜けて帰って来たけどさー。そんな驚いた顔しなくたっていいじゃないですかー」

 妹も僕同様気まずそうであり、時々混ざる敬語が、距離感を掴めずにいることを証明しているようであった。たった一年会っていないだけで、家族はわりと他人行儀になるらしい。

「わかっているさ。お前は僕の妹であり、僕はお前のお兄ちゃんだ。他のなにものでもない」
「だったらどうして驚いているわけ? そんなにわたし変わった?」

 彼女は垢抜けたというが、間宵の容姿は出国する前とあまり変わっていない。

 歳のわりにスタイルがよく、大人っぽい容姿をしているので、留学する前の間宵を知らない者が今の彼女を見たら、劇的に成長したかのように映るだろう。けれど、それは元々であり、留学する前から彼女は垢抜けていた。

 細い線で描かれた輪郭。澱みのない円らな眸に勝気そうな眉。艶やかに輝く、黒色のロングヘアーも出国する前と何一つ変わっていない。

 大きく変わったところといえば、服装だろうか。今現在の彼女は、肌の色と同系色のパフスリーブを身にまとい、膝丈の白いスカートを着用している。どこぞの淑女のように服装が華やかになっている。前まではもっと華美な服装をしていたはずだ。

 また、彼女の細い首回りに大きな桃色のヘッドホンが掛かっていた。といってもそれは、昔からそのようにでかいヘッドホンを掲げて、クラシック音楽を聴いているのであり、そこはなんら変わっていない。強いて変異点を挙げるのならば、ヘッドホンの色が青色から桃色になったことぐらいだろう。

 ただ、そんなこと今はどうでもいい。

 目の前の原状が真実であるというのならば、本気でどうでもいいことだ。

「いいや、変わっていないようで安心した。おかえりなさい。元気だったか?」
「えへへ、この通りまあまあ元気」

 胸を張りながら、気まずそうに薄く笑っている。

 しかし、僕の視線は間宵から少し外れた方へ向けられていた。もう一度“妹の背後”を見やる。



 やはり――いる。



 その驚きのあまり、頭にずきずきと痛みが広がり、手足が動かなくなる。全身の皮膚が硬直し、まるで火傷したかのようにひりひり痛んだ。開放されたドアから、生ぬるい隙間風が抜け、そんな微風で僕の身体は、粉みじんに吹き飛ばされてしまうかもしれない。そんなことを考えてしまうほどの衝撃的な事態が目前に広がっている。

 当然、“妹の姿”に驚かされたわけではない。

 妹のやや後方、玄関のドアをくぐるかくぐらないかといった際どい所に――




 何者かが――いる。




 しかも、そいつは――

 ――男だ。




 間宵もまた、はっとした顔で、僕の後方へ視線を送った。

「そんなことよりも……間宵……」
「って……あれ? お兄ちゃん……」

 僕たちは、「まさしく私たちふたりは兄妹であります」と主張するように、息を吸い込むタイミングをぴったり重ね、声をそろえていった。


「「“後ろの人……誰?」」


 僕の後ろにはいつの間にか二階にいたはずの沙夜がいて、間宵の後ろには得体の知れない男がいた。

 この状況を要約すると、つまりは、こういうことになる。




  ――妹がアメリカから“男を連れて”帰ってきた。




 その男はぶっきら棒な態度で頭を下げて、自己開示をするのだった。


「どうも、アネモネというものだ。以後お見知りおきを――」


 そして、目まぐるしく、痛烈で異端な、忙しない一週間が始まろうとしていた。そんな気配が、この時からすでにじりじりと迫ってきていたのだろうが、この時の僕はまだ感じ取れずにいた。

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