小説『合法トリップ。』
作者:雅倉ツムギ()

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「…フリーさん、ごめん、食べ物の話がどう繋がるのか、だんだんわからなくなってきた。」

こういう時は素直に言ってしまうのが一番いい。
ある程度の信頼関係があればこその技だが、ただ単に、僕は面倒な話が苦手なのだ。

『…ホラな。根をあげたろ、お前。それこそが、強烈に意識したときの嫌悪感だ』

「え?」

『けけけ、意地悪いことしたと思うけど、わざと小難しいような例えを言ったんだよ、俺』

「はい?」

『嫌いになるのには理由がいる。それをまさに今、体感させてやったというべきか?』

正直、してやられたと思った。
確かに、僕はこういう話がめんどくさくなると、回避する癖がある。
自分でも気付いてなかったけど、今までだって確実にそうだ。

『嫌いなものに対してのほうが、積極的なアクションを起こすんだよな、何にしても』

「うわぁ…俺、気付かなかったわ」

『まぁ、話を戻すけどよ。そうやってなんかしらで接触したものに関しては、好きか嫌いかのジャッジが出来るけど、好きなものは全部そのまま考えナシに受け入れるのに対して、嫌いなものはどうにかしてなんとかしてやろうとするじゃんか。ニンジンが嫌いなら、残す。これは避ける行為だな。そして、ニンジンが嫌いだから、なんとか沢山食べて克服しようとする。これは、前向きに見えて、実は全然前向きじゃねぇ。結果として、ニンジンが嫌いなら、苦痛でしかないからな。そんな感じで、嫌いだからこそ、めちゃくちゃそのことに執着してしまうことって、よくあることなんだよ。』


今の話はわかりやすかった。僕がニンジンが嫌いゆえ、やったことのある行為だからだ。
確かに、嫌いなら食べなければいいだけの話なのに、僕はムキになって、絶対好きになってやる!と思ってた。今はそのせいか、確かに食べれるようになったけど、ニンジンがモロに入っている料理を見ると、ドキッとする。僕は未だに嫌いなのか…と少し落ちこんだ。


『ま、俺はそれを、あの曲にも感じたんだよ』

「…つまり、硬派である裏には…」

『そう、ナンパモンへの強いコンプレックスがありそうだな、ってこと』

「えー、それ、めちゃくちゃカッコ悪い動機じゃんか!」

フリーさんの話は確かに筋が通っているが、それだったとしたら、あんなにカッコイイと思ってた曲のイメージが台無しになってしまう。
だが、フリーさんは、そこでもまた、肩をすくめる。

『だが、あいつらはそれで終わってねぇんだよ。ちゃんと昇華させてんだ』

「?」

『昇華ってのは、報われない欲求やコンプレックスを、報われる形で世に送り出す行為のことなんだよ。つまり、あの曲がお前にヴィジョンを見せるくらいカッコイイのは、愛とか恋とかに浮かれてるナンパモンを羨む欲求が生み出した、究極の恨み節だからなんだよ』

「恨み節じゃ、やっぱカッコよくはないじゃんよ!」

『甘いな少年。それを恨み節と思わせないまでの出来に仕上げて、素直にお前をときめかせてるじゃねぇか。こんなこと、なかなかできねぇぜ。よっぽどメルトローの奴、欲求不満なんだろうな。』

「…俺、なんだかわけがわからなくなってきたよ…」

確かにそうなのだ。
皮肉にも、この曲の見せるヴィジョンに、僕は恋をしてしまったではないか。

『こんなにメルトローの意図をわかってやれるのは、ヴィジョンの見えるお前だけなんだぜ?幸せ者だな』

フリーさんは楽しそうに笑っているが、僕はもう、疲れてしまった。

「…フリーさん、俺、寝るわ。」

『ま、少年にはまだ早い話だったかもな。明日バイトだろ、ゆっくり寝ろよ』

僕が手を止めると、フリーさんも姿を消す。
まるでこれではお父さんだ。本当におせっかいな楽器だ。ちょっぴり反抗心を持ってしまう。
でも、僕は、そんなフリーさんが、やはり嫌いになれない。

「…好きになるのには、理由は要らない、か。」


今はその言葉だけ受け止めて、眠りに就くことにした。

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