小説『薄橙色の記憶 』
作者:美久()

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≪ 薄橙色の記憶 ≫


お盆の少し前の夜。
僕はこんな夢を見た。

遠くから盆踊りの練習をする太鼓の音が聞こえている。
小学校低学年の僕は石屋で残業をしている父に麦茶を持って行った。
石屋は石粉で真っ白なボロのほったて小屋だった。
外の道路にぼうっと薄橙色の灯りがもれている。
中をのぞくと、扇風機の風で舞い上がる真っ白な石粉に
裸電球の橙色の灯りが反射して橙色の霧がかかったように見えた。
父はこちらに背をむけて石の前に座っている。
頭は石粉で真っ白・・・
ランニングシャツからのぞいている筋肉が盛り上がった両腕も真っ白・・・
グレーの作業ズボンも真っ白・・・
何もかもが石粉で真っ白だった。



「父ちゃん、麦茶!」
僕は声をかけたが父は振り返らなかった。
「父ちゃん!麦茶持ってきた!!」
僕は大声で叫んだ。
『おー、そこへおいとけ!』
父は一瞬振り返ってそう言った。
振り返った父は、眼に跳ね石避けのゴーグルをかけ、口には緑色の防塵マスクをはめていた。
それらのもの全部が石粉で真っ白だった・・・
父はまるで石と格闘しているように見えた。
僕は、そばのまだ成型されていない石塔の材料の上に麦茶がいっぱい入ったプラスチックの容器をおいた。
「じゃあ帰るよ、父ちゃん」
「おー、気をつけて帰れよー」
父はこちらに背を向けたまま答えた。

作業場の外へ出るとまた盆踊りの太鼓の音が遠くに聞こえている・・・
道路にぼうっと薄橙色の灯りがもれていた・・・

僕は無性にありがたかった。
わけもなく感謝の気持ちでいっぱいになった。


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