小説『薄橙色の記憶 』
作者:美久()

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≪ 遺影の秘密 ≫

年末、例年通り雪の中を僕たち家族は帰省した。
僕はいつものように居間の指定席の椅子に座る。
元々は父が座っていた位置だ。
そこに座るとちょうど正面に作り付けの仏壇がある。
仏壇の中の位牌の後ろに父の遺影が見える。
父の遺影に「帰ったよ」と心の中でいう。
遺影の父は少しはにかんだような笑顔でこっちを見ている。

僕の父親は石の職人だった。
昔ながらの職人気質そのままの人で、僕が子供の頃は笑顔なんか滅多に見たことがなかった。
すぐに怒るし、しょっちゅう酔っ払ってるし、怒って酔っ払ってたらテレビをブン投げたこともあった。
強くて怖くて近づきがたい人だった。

そういう父だったから笑顔の写真なんてあるはずもなく・・・
七年前の正月すぎ。父が亡くなったとき、遺影にする写真がなくて困った。
写真といえば、白いシャツ着て作業ズボンはいて、石粉で真っ白になってるような写真ばかり・・・。


「いい顔しとるなあ。ようこんな写真があったなあ」

葬式の時、親戚の人達が遺影を見てみなそう言った。
しかし父のこの写真には秘密があった。
この写真は僕の妹の結婚式のときのものだった。
まだ二歳だった僕の長男を横抱きにしている写真だった。
父はほかの誰よりも僕の長男を愛していた。
周りの人たちから「人間が変わった」といわれるほど孫にべったりのおじいちゃんになっていた。
父は初孫ということもあってか、長男をしょっちゅう抱っこしていた。
この遺影には本当は父と抱っこされている長男が写っている。
僕はどうしてもこの写真を遺影にしたかった。
父にいつまでも孫と一緒にいてもらいたかった。
そこで業者の人に頼んで父の写真から長男だけを消してもらって遺影にしたのだった。

こうして一見して消したようには見えない素敵な写真ができあがった。
このはにかんだような笑顔はいつ見ても素敵だ。
僕は実家に帰省していつもの椅子に座るたびにそのことを想い出す。
鬼のように怖かった父。
岩のように強かった父。
しかし誰よりも僕達のことを思っていてくれた優しかった父。
父が座っていたその椅子に腰掛けて僕は、父に心の中で話しかける。
「よかったな父ちゃん。いつまでもかずくんと一緒やな」
写真の父はいつもと同じように少しはにかんで笑っていた。

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