あの後の事。珱嗄はアリシアの【過重拘束の鎖】で拘束された。込めた魔力に比例した重力が拘束対象に働くバインドだが、持ち上げることができれば動く事は出来る。
このバインドで珱嗄を動けなくしてから4人で運ぶという方法を取ろうとしたのだが、珱嗄は難無くその身体を持ちあげて悠々と歩きだしたので、4人は驚愕に目を見開く事になった。
結局、そのバインドを複数重ねがけした挙句全魔力を注ぎ込んだアリシアだが、珱嗄はそれでも難無く歩き続けた。そしてそれだけに飽き足らず、10m近くジャンプしたり浮遊魔法で飛んだりと化け物染みた身体能力を見せつけた。
結果的には拘束して移動するのを諦めて、アリシアはバインドを一時解除。なのはの魔力を借りて、時間と共に強固になっていくバインド、【随時強化の鎖】を発動。珱嗄をその場に縛り付けた。そしてそのまま転移魔法で隊舎に戻る方法を取る事にした。
だがそこでまた珱嗄が余計な手を出す。バインドを掛けられているにも関わらず自身を含めてその場にいる全員の足元に直径3m程の魔法陣を展開。同時に察知魔法で隊舎の場所を確認し、その方向へと転移。バインドを両腕含む腰に掛けられたまま隊舎へとやって来てしまった。
「到着っと……全く、今日から機動六課に配属って言われてきたのに……とんだ歓迎だぜ」
珱嗄がそう呟くと、八神はやてがその呟きを聞きとってダラダラと嫌な汗を掻き始めて青ざめた顔で俯き、その場をこそこそと立ち去ろうとした。
だが、同じく呟きを聞きとったアリシアがはやての肩を掴んで止める。影を落とした笑顔を浮かべてギリギリと万力の様にはやての肩を締め付けた。
「何処行くのかな? はやて」
「い、いやぁ〜……その、部隊長として書類整理とかせんとあかんなぁ〜って」
『主はやて、報告があるのですが。処理し終えた書類は上層部の方へ回しても良いのでしょうか?』
はやての言い訳に純粋な壁が立ちはだかる。
「あ、あはは……うん、ええよ。ありがとうな、アインス」
『はい』
そう言って通信が切れる。そして切れた通信ははやてへの処刑宣告。そしてギリギリと締め付ける肩の痛みは無くなり、逆に感覚が無くなってくる。はやてはギギギ、とゆっくり振り向いた。
そこにいるのはアリシアだけでは無く、なのはとフェイトも同じ様に笑顔を浮かべていた。珱嗄は何時の間にかバインドを音もなく解除して欠伸を漏らしていた。
「まだ言い訳、ある?」
「………これだけは言っとくで」
「何かな?」
「むしゃくしゃしてやった! 後悔はしてないで!」
「「「O☆HA☆NA☆SHI、しようか?」」」
その言葉と同時、隊舎に響く悲鳴が上がった。
「女三人寄れば姦しい、この場合は四人か……一人加わるだけで変わるもんだ」
珱嗄はそんな4人の姿を眺めながら、胡坐を掻いてゆらりと笑うのだった。
◇ ◇ ◇
「じゃあ、改めまして。この度、機動六課に配属させられる事になった泉ヶ仙珱嗄だ。面白いことが大好きな男だよ。ちなみに、先程先走った部隊長と各隊長4名に侵入者として襲撃された。この部隊ってああいう奴がトップで良いの?」
「うぅ……」
珱嗄はその後はやて達に凄い勢いで頭を下げられた。なんども謝られたが、襲い掛かられた事は事実なのでとりあえず俺は仕事をしない事を認めろと言って要求を呑ませた。
認めなかった場合は確認も取らずに襲撃してきた事を地上本部とかに報告すると言って脅したのだ。それが伝われば機動六課は問題有りとして潰されかねない。小さな問題でも言い方や味方を変えればどうとでも出来るのだ。
「ま、とりあえず……俺は仕事はしないので、全員頑張ってね。ちなみに俺は地位とか持ってないから平局員と同じ立場にあるねぇ」
「嘘っ……私達をまとめて相手して軽くあしらったのに……平局員……?」
「そうだよ、なのはちゃん。俺はなんの功績もなんの名誉もあげてない。唯の普通で平凡な局員だよ」
珱嗄はそう言ってゆらりと笑う。
「ま、ひとつよろしく」
珱嗄は最後そう締めて、その場を後にした。その自由奔放な姿を見て、はやて達は呆然とし、集まった隊員達は唖然とするのだった。
◇
その後、しばらくしてなのは達はフォワード部隊という部隊に配属される4人の新人を連れてきた。大体高校生くらいの年齢の女の子二人とまだ小学生くらいの男の子と女の子、全員で4人。
高校生くらいの子は、一人は元気で活発な印象の青い髪をした女の子と知的で冷静な雰囲気を纏いつつも強気な性格をしていそうな女の子。小学生くらいの子は、女の子が気弱そうだが芯は通ってそうな子で、男の子が元気そうで素直そうな子。全体的に見れば悪い子は居ないかなという印象だった。
そして4人はなのはとフェイトの隊長二人の監督の下訓練を受ける。なのは率いるスターズ部隊と、フェイト率いるライトニング部隊。各隊にはヴォルケンリッターのヴィータとシグナムが副隊長として付く。シャマルとザフィーラは基本隊舎で待機する。
アリシアは珱嗄を除けば機動六課で一番強い人物なので、切り札として基本隊舎で待機。場合を見て出撃するという立ち位置にある。いわゆる遊撃部隊、本隊とは別の別働隊という訳だ。名前はエスケープ隊。珱嗄は此処に配属される事になる。
「で、今は両部隊とも訓練に入ったって事か」
「そうだよ。まぁ私達エスケープ隊は遊撃隊だから訓練は最低限に、いつでも出動出来る様に待機してるのが仕事」
「なるほど」
そんな中、珱嗄とアリシアのエスケープ隊は二人だけ。他に隊員はいない。この二人はエスケープ隊の隊舎部屋でただくつろいでいた。珱嗄はソファに寝転がり、アリシアは椅子に座って珱嗄に向かい合う。
「それで? アリシアは俺に何か聞きたい事でも?」
「……貴方は、昔私と一緒にいたよね?」
「ああ、居たな」
珱嗄は正直に答える。というか正直言って珱嗄はもう記憶を消去した事を隠さなくても良い。あれからもう10年とちょっと。時効という奴だ。
既に記憶が戻ったとしてももう珱嗄を捕まえる事は出来ない。
「じゃあ、私の記憶がぽっかり空いたのって……貴方の仕業?」
「いや。それはなのはちゃんの仕業だね」
「え!?」
珱嗄の言葉にアリシアは驚愕する。あのなのはも記憶がないと言っていたのだ。信じられなかった。
「まぁ実際には俺がなのはちゃんにやらせたんだけどね」
珱嗄はそんなアリシアに両手を上げてゆらりと笑い、不敵にそう言った。
「俺はあの時ああするしかなかったからなぁ……というか、神崎零なら記憶戻せたんじゃないの?」
「神崎、さん……か。あの人は忙しいし、なのはちゃんが撃墜されて以降本局でいろんな事件を解決して回ってるから、会ってないんだよ。皆」
「ふーん……それならいいか」
「記憶は戻してくれないの?」
珱嗄がまたソファにぽすっと倒れると、アリシアは珱嗄にぽつりとそう言った。珱嗄はそんなアリシアに対し、とてもうざったらしく笑って言った。
「戻して欲しい? どーしよっかなぁ〜?」