「戻して欲しい? どーしよっかなぁ〜?」
珱嗄がそう言うと、アリシアはむっとした顔で言葉に詰まる。すると、立ち上がって珱嗄に掴みかかった。グイグイと珱嗄の襟を引っ張ってギャーギャーと騒ぎ立てた。
「戻してよ〜!! もう!!」
「わはは、どーしようかなぁ〜」
「むぅううう!!」
ぷんぷんと怒りながら寝っ転がる珱嗄に馬乗りになってガクガクと珱嗄の襟を掴んで揺らす。その様子は、10年前の珱嗄とアリシアの悪ふざけの様子と同じだった。
アリシアはそんな自分達に懐かしさを感じながら、次第に笑顔を浮かべる。珱嗄はガクガクと揺らされながら薄ら笑いを浮かべてHAHAHAとふざけていた。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
「満足した?」
「うぅ……相変わらず自分勝手な……ん?」
相変わらず。アリシアはそう言って、自分の言葉に疑問を抱く。記憶もないのに懐かしさを感じたからだろうか、そんな言葉を使ってしまった。珱嗄はそんなアリシアの様子を楽しげに眺めるばかり。
だが、アリシアは気付く。8年前から自分の胸の内にぽっかりと空いた穴。大事な物が有った筈のその場所に出来た穴が、今は埋まっていた。元の大事な物がまた収まった様に、8年間纏わり付いていた悲しみとか恐怖とかそういう物が無くなっていた。
「……」
「―――まぁソレは置いておくとして……泣くなよ」
珱嗄はそう言って、何故か泣きだすアリシアの頭をぽんぽんと撫でる。ぽろぽろと小さな子供の様に名k出したアリシア。唐突過ぎて珱嗄も付いていけない。
「はぁ……こういうシリアスっぽい雰囲気、あまり得意じゃなんだけどなぁ」
「ぐすっ……うぅ……」
珱嗄はただただ泣き続けるアリシアに、少しだけやりすぎた感が否めなかった。とりあえず頭を撫でてあやすものの、ぐずる子供の扱いは全ての技術を持つ珱嗄としても難しかったのだった。
◇
「とりあえず、記憶なら戻すから。近い内に」
「うん……」
泣きやんだアリシアに諦めた風な顔でそういう珱嗄に対し、アリシアはとりあえず納得した。遊撃部隊として二人きりな訳だし、とりあえず険悪な雰囲気は少し止めて欲しいと珱嗄は思った。
面白い事が好きな珱嗄は、逆にシリアスな事はあまり隙じゃなかった。まぁそれが面白い事に繋がるのならいいのだが、悲しみとか怒りとかそういう面でのシリアスは止めて欲しいと思っている。基本珱嗄はそういうシリアスは茶化す。一番珱嗄が止めて欲しいのは茶化せないシリアスだ。
「全く、こういう所は子供のままなんだから………さて、それじゃあ本隊の訓練を見て来ようかな」
「私も行く」
「ああ、そう」
珱嗄とアリシアは一悶着あった後だが、並んでなのは達の新人いじめを見に行く事にした。虐めじゃないいじめだ。実際には珱嗄も自分がやってきた修行と管理局の訓練がどれほど違うのか見に行こうと思ったのだ。新人達とはまだ顔合わせして無いし、こっちはやってきた新人達の顔を見た程度なのだ。
性格や戦闘スタイルを知らない珱嗄としては、それも含めて興味が湧いていた。
「というか俺達は訓練最低限で良いのか? それじゃああまり強くはなれないんじゃないの?」
「私達は遊撃部隊だからね。でも一応訓練の日はあるんだよ? 週に一回、スターズとライトニングの二つと混じって合同訓練をするんだよ。アレだったら普段暇な訳だしあっちと混ざって訓練してもいいし」
「なるほど、自由参加な訳か」
「そう!」
珱嗄とアリシアはそんな会話をしながら訓練をしているなのは達の下へ歩いていく。まず向かっているのはライトニング。フェイトとシグナム率いる、小学生くらいの子二人が訓練している所だ。
ちなみに、男の子の名前はエリオ・モンディアル、女の子の名前はキャロ・ル・ルシエだ。どちらも素直で良い子である。
「そんで、アリシアは今どれくらい強いの?」
「うーん……10年前からSSランクはあったからね。魔力量自体はあまり変化ないんだけど、結構鍛えたからね。なのはとフェイトを同時に相手して勝つ位は強いよ………たまに引き分けるけど。でも1対1でやったら確実に勝てるね!」
「ふ〜ん」
アリシアの答えに珱嗄はただそう返した。正直、なのはとフェイトを相手取れるのは昔からそうだったし、特に興味は無かったのだ。
ただ、アリシアが強くなったのは分かる。その強くなったアリシアとなのは達の差がたまに引き分けるという位まで縮まっているというのなら、なのはとフェイトも同じく強くなっているという事だ。それに関しては、珱嗄もそこそこ感心した。
「というか、今フェイト達ってどういう立ち位置な訳?」
「え〜と、フェイトは執務官になって……なのはちゃんは管理局武装隊の戦技教導官だったかな?」
「偉いの?」
「執務官っていえばそこそこの権限を持ってるし、教導官はそうでもないけどなのはちゃん自身は結構発言権が大きいよ」
珱嗄はアリシアの答えになるほど、と言って少しだけ考えた後、まぁいいやと考えるのをやめた。
「えーと……あ、アレだね。おーい! フェイト!」
「え? 姉さん……と、珱嗄さん」
「訓練の見学に来たんだよ」
フェイトにアリシアはそう言ってすぐに子供達の所へ駆け寄って挨拶し始めた。フェイトはアリシアの事を特に止める訳でもなく、クスリと笑った。
「なんだ、性格的には結構成長したんだな」
「あ、珱嗄さん。どうも」
「おー、というかあのガキ共戦えんの?」
「え、はい。一応エリオはかなりの素質を持ってますし、キャロも龍召喚の稀少技術を持ってますから」
珱嗄はソレを聞いて、小さい頃のなのは達みたいなものかと結論付けた。そして次にキャロの稀少技術を思い出す。稀少技術というのは、稀に生まれつき保有して生まれてきたり後天的に目覚めたりするある種の特殊技術だ。また、珱嗄はこの世に存在する全ての技術を持っている故に全ての稀少技術を保有しているし使いこなすことが可能。ただ珱嗄は稀少技術をあまり使わない。あまり必要ないからだ。
「それで、訓練は今から?」
「あ、今日はあまり本格的にはしませんけど、個々の実力を測ろうと思ってます」
「そっか……じゃあいいかな。おーいアリシア、俺はなのはちゃんのトコに行くけど?」
「あ、そう? じゃあ私は此処に残って訓練を見てくよ」
「あいよー。じゃ、頑張って」
珱嗄はそう言って、踵を返して歩きだす。フェイトはそんな珱嗄の後ろ姿を懐かしい感覚に包まれながら眺めていた。そして、アリシアを見るとアリシアはフェイトにニコリと笑った。フェイトはアリシアの晴れ晴れとした笑顔を見て、自分もまた笑った。
◇ ◇ ◇
「それにしても、記憶を消しても何かしらが覚えてるんだなぁ……いっそ記憶戻すか、アリシアにもああ言ったし」
珱嗄はそう言って呟きながら、なのは達の下へやって来ていた。前を見ると、珱嗄に気付いていないがなのはが残りの新人、スバル・ナカジマとティアナ・ランスターの二人を鍛えていた。
どうやらなのははフェイトと違ってスパルタな様で、初日から随分と本格的に鍛え始めていた。
「それにしても……デバイスって便利そうだ。道案内とか出来そう」
珱嗄はそんな訓練の様子を見ながら3人が持つデバイスを見てそう言った。元々そういう用途で創られた物ではないのだが、デバイスなしで魔法を使いこなす珱嗄としてはそういう風にしか見られなかった。
そんな事を考えていた珱嗄に高町なのはが気付いた。
「はい、一旦休憩」
「「はい!」」
なのはは休憩を促した。すると、スバルもティアナも激しい息切れをしながらその場で座り込み体力の回復に専念する。なのはは特に疲れた様子もなく珱嗄に近づいてきた。
「よう、なのはちゃん」
「どうしたんですか? 珱嗄さん」
「ん、暇だから訓練を見に」
「そうですか。で、どうですか?」
珱嗄はそう問われ、顎に手を当てて少し考えた。自分の修行と比べるとかなり優しい訓練だが、珱嗄は自分の訓練が常識の範囲外のやり方である事を理解していたので、こう言った。
「良いんじゃない? 強くなれるかどうかは個人の気持ち次第って事で」
「そうですか。あ、そうだ……珱嗄さんに聞きたい事があるんですが」
「何?」
「珱嗄さん、昔私達と一緒にいましたよね? 闇の書の件とかジュエルシードの時とか……」
「居たな」
珱嗄はアリシアの時と同じ様に答えた。するとなのははやっぱりといった顔をする。だが、珱嗄は二の句を継がせないように言った。
「まぁお前の疑問は後々解決するから、ホラ訓練に戻れ」
「……はい」
なのはは釈然としない様な顔をしながらも、訓練に戻る。二回も同じ事を話すのは面倒なのだ。珱嗄的に言っても作者の執筆的に言っても。
「さて……訓練の度合いは見れたし、新人達とは……後で交流するとしよう」
珱嗄はそう言って、また踵を返し、隊舎へと戻るのだった。