その後、珱嗄とシグナムがやって来たのは模擬戦ルーム。整備士チームの方からは良くなのは達がやり過ぎで壊しまくることから若干のクレームとストライキが起こったりしているのだが、そこは珱嗄の助けたリインフォース?や、はやての作りだしたリインフォース?が頭を下げていつもなんとかして貰っているらしい。
まぁそんな事は置いておいて、珱嗄とシグナムは模擬戦ルームにて対峙していた。室内環境はとりあえず実力測定が目的なので特に変化は無い。周囲は障害物もない頑丈なただの部屋だし、重力や気温なんかも特に変化なし。正真正銘、何にも邪魔されずに実力勝負になる。
しかし、珱嗄とシグナムの差は魔導師的な差は激しい。どちらもリミッターが付いているが、その重さは桁違い。リミッター付きでシグナムは魔導師ランクAA、対して珱嗄は全力振り絞ってやっとA−だ。魔導師的に見ても騎士的に見ても、珱嗄の方が圧倒的に下だ。
「でも、それじゃ勝ち様がないじゃないですか」
「う〜ん……まぁそうなんだよね。正直、あのリミッターは私もやり過ぎかなって思うんだけど……」
対峙して開始を待っている珱嗄とシグナムを観戦室からガラス越しに見ているのは、スターズのメンバー。つまり、なのはとヴィータとスバルとティアナの4人。その中のスバルがそう言ったが、なのはも苦笑で返すしか出来ない。
だが、見れば目の前にいるのはゆらりと笑う珱嗄。何故か負ける姿がなのはには想像出来ないのだ。
「でも、彼の実力は本当だよ。リミッターが付いてなかった時は私とフェイト隊長、はやて部隊長、アリシア隊長をまとめて相手にして、勝った人だからね」
「……それって…!」
「うん、かなり強い。それも、とびきり………でも今は違う。私たち以上に重いリミッターが付いてるからね、どうなるかは分からないよ」
なのははそう言って珱嗄へ視線を向ける。それにつられて全員が珱嗄へ視線を向けた。そしてその中でヴィータは一人、心の中で思っていた――――
「(……はやてやなのは達を相手にして圧勝したってのも信じられねーが、なんとなく……アイツの実力がリミッター程度で抑えきれるとは思えねぇ……初めてだこんなの。)」
―――底が見えねぇ、と。
◇ ◇ ◇
「で、何時始めるの?」
「慌てるな。もうすぐ始まる」
珱嗄がそう聞くと、目の前のシグナムはセットアップしてバリアジャケット纏った。対して、珱嗄はバリアジャケットを纏わない。否、纏えない。何故なら、その為のデバイス自体がないからだ。
「何故デバイスを起動しない?」
「だってデバイス持ってねーもん。機動六課に来れば貰えるって聞いてたし、魔導師になってからデバイスなんて持ったことないからね」
「なっ!?」
その言葉に、シグナムは驚愕する。何故なら、それが本当であるならデバイス無しではやて達を撃退した事になるからだ。その実力は、未知数。
「まぁ今は堅苦しいリミッターも付いてる訳だし、デバイスも貰えないみたいだし……どんな縛りゲーだよって思ったけど……ぶっちゃけリミッターなんて何時でも外せるし良いか」ボソッ
珱嗄は最後の方ぼそっと言った。これは誰にも聞こえなかったようだ。だが、その結果シグナムは結構慌てていた。何故なら、デバイスという武器もなく唯一の武器だったであろう魔法すら重いリミッターで奪ってしまった。はやて達をあしらう程ならばそれは辛い修行をして会得した物だった筈。
それらを全て封じておいて模擬戦など、ただの一方的な虐めの様な物だ。例えるなら相手の手足を縛りあげて毒を盛った状態にした挙句武器を持ってフルボッコにする感じ。
そんな状態なら、シグナムもあまり乗り気にはなれなかった。騎士として、正々堂々お互いに対等な状態で戦いたかったのだ。
「それは……すまない。なんなら模擬戦を中止しても……」
「いや、別に良いけど。ほら、今更中止出来るタイミングじゃなさそうだ」
珱嗄がそう言うと、その言葉を肯定する様に試合開始のブザーが鳴った。
「ほら、来いよ」
「……良いのか?」
「良いさ。それに、全く戦えない訳じゃない」
「……ならば、参る!」
珱嗄のゆらりと笑う様に、シグナムは己の愛剣であり相棒のレヴァンティンを構えた。
相手はバリアジャケットもデバイスもない丸腰の相手。騎士としてそんな相手と戦うのは気が引けるが、戦うからには全力を尽くすのが礼儀。シグナムは腰を低く落として珱嗄を見据える。
珱嗄はただそこに立っているだけで何の構えもない。とても自然体で良い具合に力が抜けているようだった。傍から見れば、隙だらけな珱嗄の立ち姿だが……
「(………隙がない。流石に主はやてやテスタロッサ達を撃退しただけはある……か)」
シグナムは攻めあぐねていた。腰を低く落とし、レヴァンティンの切っ先を珱嗄の喉元に向けたまま動けない。珱嗄の立ち姿は隙だらけ、だがその迫力は歴戦の戦士そのもの。下手に踏み込めばすぐにやられてしまうイメージが出来た。
「来ないのか?」
珱嗄が軽い口調で言うものの、シグナムは張り詰めた糸の様に慎重だった。頬には汗が滲み、すっと伝って顎から地面へ落ちる。
「……暇だ」
珱嗄はただ呟いたのだった。両者はまだ、動かない。
◇
観客side
「動きませんね、二人とも」
「ああ。シグナムが攻めあぐねてやがる……緊張感が此処まで伝わってくるぜ」
ティアナの言葉に、ヴィータが答える。実際、珱嗄とシグナムの間に渦巻く緊張感は凄まじく、まさしく一撃で勝負が決まってしまうのではないかと思わせる程の物。
地球出身のなのはからすれば、その姿はまるで昔の武士を思わせた。互いに刀を鞘に納めて向かい合い、相手の隙を探りあう。一瞬でも油断したならば、即座に鞘からその刃が抜かれて刹那の内に斬り伏せられ、命を落とす。珱嗄とシグナムはまさしくそんな武士をイメージさせる程に動かず、隙を探りあっている様に見えた。
「でも、あの珱嗄、隊長?」
「アイツは隊長じゃなくでアリシア隊長率いるエスケープ隊の平隊員だ。珱嗄で良いと思うぞ」
「じゃあ珱嗄……さんは隙だらけに見えるんですが……」
スバルはそう言う。だが、それにはなのはが答えた。
「うん。確かに、構えてもいないし唯立っている様に見えるよね。でも、あの二人の間にあるのは互いの隙の探り合い、先に動いた方が負ける位下手に動けないんだよ。スバルももう少し成長したら分かると思うよ」
「そう、ですか」
スバルはそう言ってまた珱嗄達に視線を移す。そこにあるのは達人達の戦い。リミッターで自分達と同じランクに落ちた珱嗄はシグナムには勝てないだろうと思っていたのだが、それは違う。やはりリミッターでランクが落ちたと言っても幾多の戦いを潜り抜けた強者なのだ。自分達と同じな訳がない。
「さて、どうなるかな……」
なのはの呟きは、観戦室の空気の中やけに響いた。
◇
珱嗄said
「うーん……」
正直言って、俺の戦闘スタイルは後の先を取るやり方。掛かってきた所を迎え撃つタイプだ。だから自分から掛かっていく事はあまりしない。また、今の俺はリミッターが付いてるから魔導師的には向こうの方が上だ。
とすれば、勝つには魔法を使って鍛えた身体能力を使った近接戦闘しかない。つまり、魔法での勝負は諦めた方が良い。純粋に肉体を使った勝負だ。
だが、シグナムは何故か剣先を向けたまま動こうとしない。これはやはりこちらから向かった方が良いかな。こっちから見たら隙だらけだし。
「ま、いいや……じゃ、行くよシグナム」
「!」
「ちゃんと付いて来いよ?」
俺はそう言って脚に力を込める。俺とシグナムまでの距離はおよそ7m程、俺なら一歩で潰せる距離だ。俺は地面を蹴って上では無く、唯前へと跳ぶ。足と地面の距離は数?程のまま俺の身体はシグナムの懐へと運ばれる。腰を低く落としたシグナムの左足を片足で踏みつけて後方への退避を阻止、そのまま腰を低くしたせいで俺の腹程まで下がったシグナムの頭を肘で撃つ。そしてそのせいで更に下へ下がったシグナムの頭を左足を踏みつけた足を上げて膝打ちした。
「ぐっ、あぐっ!?」
そして頭への二連撃で脳が揺れたシグナムはふらつき、意識が数秒朦朧とする。俺はその数秒でシグナムの喉に右の手刀で叩き、腹を左の拳で打つ。すると更に体勢が崩れたので、空を掴もうとする右手の手首を掴み、捻りあげた。
「……ふぅ」
「……ま、まいった」
こうして俺の勝ちが決まった。
◇
シグナムside
私は奴と自分が同等だと思っていた。私は向こうの隙を探る為に動けず、向こうも同じ様に動けないのだと思っていた。だが違った。奴は何時でも動けたのだ。実力としては奴は私の何枚も上を行っていた。
「行くよシグナム、ちゃんと付いて来いよ?」
奴はそう言った瞬間、姿を消した。否、私が目視出来なかったのだ。
気付けば奴は私の目の前まで来ており、騎士としては絶対に入られてはいけない懐に入られてしまっていた。視界は奴の胴体で埋められており、この近さではレヴァンティンが上手く振るえない。
故に、瞬時に後方へと下がろうとするが
「!?」
奴はそれを阻止するために着地と同時に私の左足を踏みつけ、後方への退路を断った。それによって後方へ寄せていた力が急停止を受け、体勢が少し崩れる。だが、すぐさま立て直して奴の動きを見るが突如私の頭頂部に鈍い衝撃が響いた。恐らく、奴が上から肘鉄を落としたのだろう。
すぐに真下から奴の膝が迫っていた。それを見た瞬間私はなんとか躱そうとするが、頭に衝撃が直撃したことや、片足が封じられていたことも有ってすぐに動けない。片手を挟もうとするも、レヴァンティンを持っていた事で両手は塞がっており、騎士として使用してきた相棒がこの時ばかりは私の行動を阻害していた。
結果、奴の膝は私の額を捉えた。
意識が一瞬飛んで、戻っても視界はぐらついて上手く身体を動かせない。
「ぐっ……あぐっ…!」
そんな私の決定的な隙を奴が逃す筈もなく、無防備な喉に衝撃が走り、呼吸を無理矢理止められた挙句追撃とばかりに腹へ拳が突き刺さった。
この時点でなんとか視界ははっきりとしてきたのだが、体勢は崩れたままだ。
「……ふぅ」
「……ま、まいった」
最終的に私の宙に投げ出された片手を捻り上げられ、組伏せられてしまった。この状態なら奴は幾らでも私を好きに出来るだろう。煮るなり焼くなりだ。現場ならば確実に死んでいる。
こうして私は何も出来ずに敗北したのだった。
◇ ◇ ◇
「す、すごい……」
「シグナム副隊長が一瞬の内に……!」
観客室から見ていたメンバーは各々驚愕の色を浮かべていた。何故なら、対峙していたと思ったら珱嗄が視界から消え去り、驚愕していた次の瞬間にはシグナムが敗北していたからだ。
そんな魔法を使ったかも分からず、シグナムが何をされたかもスバル達には分からなかった。
「ヴィ……ヴィータ副隊長! 今のは!?」
「あ、ああ……あたしも良くは見えなかったが、珱嗄の奴がシグナムの喉と腹を打撃してたのは分かったな……あとは腕を捻りあげて組伏せたって所か」
「うん、でも珱嗄さんはまずシグナムさんの足を踏んで後方への回避を阻止してた。その上で肘を頭頂部に落として下がった頭を膝で打ち上げたんだよ。その後はヴィータの言った通り」
「フェイトちゃん!」
ヴィータが自分の見えた部分だけ解説すると、やってきたフェイトが解説を付け足した。後ろにはキャロとエリオも居る。
「訓練が午前の訓練が一息ついたからね。エリオ達が模擬戦が見たいって言うから見に来たんだけど……終わってたみたいだね」
「うん。珱嗄さん本当に強かったよ」
フェイトは苦笑して珱嗄達を見る。そこにはシグナムを開放し、手を貸して立たせている珱嗄がいた。
シグナムとフェイトは闇の書事件以来競い合う間柄だが、そのスタイルはかなり違う。簡単に言うならスピードのフェイトとパワーのシグナムといった感じだ。
まぁそんなフェイトだからこそ珱嗄の動きを見れたのだろう。
「シグナムが手も足も出ない、か……才能、だけじゃないんだろうね」
「うん。きっと凄く頑張ったんだと思うよ」
フェイトとなのはがそう言う。するとヴィータがスバルとティアナに言った。
「アイツが明日からあたし達スターズの訓練を手伝う。アイツの動きからして才能より努力で手に入れた強さだ。よく見習えよ」
その言葉に、スバルとティアナはビシッと気を付けをして大きな声で返事した。
「「はい!」」