「zzz……zzz」
翌日。珱嗄は隊舎でぽけぽけと寝ていた。
昨日のシグナムとの模擬戦後、フォワード陣とは会わなかったが、ヴィータから翌日の訓練時間について教えられていた。午前から訓練に参加することになっていたので、その時間は午前7:30。
現在時刻―――8:43
完全に遅刻だった。
「珱嗄さん!?」
そこへバンッと音を立てて掛け込んで来たのは、高町なのは。慌ててきたのかバリアジャケットを着てレイジングハートも起動済みの状態だった。
無論、中に入ればそこにはソファに寝転がって幸せそうに寝ている珱嗄の姿。なのはは珱嗄に近づいてその身体を揺らす。
「珱嗄さ〜〜ん! 起きてください、もう訓練始まってますよ!」
「んあ? ん〜……? ん? あぁ……それじゃいこっか……」
珱嗄は寝ぼけたまま、半目の状態で立ち上がる。服装はいつも通り着物に袴のちょっとおかしなスタイル。髪の毛はいつも少し跳ねていたのだが、今では寝癖でぼさぼさだった。
「だ、大丈夫かな……?」
ひょこひょこと危なっかしい足取りで訓練場へと向かう珱嗄の後ろを不安げな表情で付いていくなのは。未だに寝ぼけていた半覚醒状態の珱嗄は訓練場に着いてなお、その状態で訓練に臨むことになるのだった。
◇ ◇ ◇
「お、来たな……って……おい、なのは。コイツ大丈夫なのか?」
「あー……うん。多分、訓練してる内に目を覚ますんじゃないかな」
訓練場にやってきた珱嗄は、未だに寝ぼけている。眠気眼でぼーっとしながらその場に立っていた。ヴィータはそんな珱嗄を見て少し不安になる。また、あれほどの実力を見せた珱嗄のこの姿を見たティアナとスバルはズルッと脱力していた。
「まぁ……そうか。よし、珱嗄?」
「ん〜……」
「これからお前はティアナ達と軽く戦って貰う。ただし、珱嗄から攻撃するのは駄目だ。あくまで、二人の攻撃を躱し続けてくれ。いいか?」
「……おっけー」
珱嗄はそう言ってティアナ達に近づく。欠伸を漏らしながらスバルとティアナの目の前で立ち止まり、のんびりした声で自己紹介した。
「え〜……泉ヶ仙珱嗄。これからよろしく」
「は、はい! スバル・ナカジマ二等陸士です! 宜しくお願いします!」
「ティアナ・ランスター二等陸士です。宜しくお願いします!」
珱嗄の自己紹介に、二人は戸惑いつつも自己紹介で返す。すると、後ろからヴィータがやって来て模擬戦の説明をする。
珱嗄は基本的に攻撃しない。二人は珱嗄に一撃当てれば勝ち、というルールだ。そしてそれを聞いた二人はヴィータの隣に立っている寝ぼけた珱嗄を見て大丈夫なのかと不安げにヴィータを見た。
「あー……お前らの言いたい事は分かる。とりあえずコイツの眼を覚まさせるつもりで全力を出せ」
「わ、分かりました」
「りょ、了解です」
「じゃあ、珱嗄……いいか?」
「………zzz」
ヴィータが珱嗄の方を見ると、珱嗄は立ったまま寝ていた。ヴィータはそんな珱嗄を見て、こめかみに青筋を浮かべる。どうやら訓練を舐めてるとイラついたらしい。
「よーしいい度胸だ。おいティアナ、スバル……コイツ、叩きのめせ」
「「はい!」」
スバルとティアナはヴィータのあまりの迫力と怒気に唯返事をするしか出来なかった。
◇
「はぁっ……はぁっ……」
訓練が始まってから10分。ティアナとスバルは未だに珱嗄に攻撃を当てられずにいた。
だが、珱嗄はスタート地点から一歩も動いていない。流石に眼は覚めているようだが、最初の2分間は眠ったまま攻撃を躱し続けた。次の3分は寝ぼけた状態で、完全に目が覚めたのは最初から5分経ってからだった。
そしてそこから更に5分間、目の覚めた珱嗄は同じく攻撃を避け続けた。しかも、スタート地点から動かないままに、だ。
「どうなってんのよ……目が覚めてからならいざ知らず……眠ったまま攻撃を躱しつづけるなんて……!」
ティアナは悪態を吐く。実際、一般的な魔導師が1分間に打てる魔力弾の数は優に100を超える。優秀な者なら500発は打てる筈だ。ティアナは中でも優秀な射撃型魔導師だ。まだデバイスは貰ってないので自作のデバイスなのだが、それでも1分間に500発は撃てるだろう。ただし、目標に当てる様に撃つとなるとその数はやはり減る。ティアナなら約120発程だろう。今回みたいに珱嗄が動かない的ならその数は倍に出来る。つまり、約240発。
それを10分間となれば、240×10で2400発。実際にそれだけの数を撃ったかと言われればそうでもないし、魔力量の関係も有ってずっと撃ち続けるなんて事もしていない。
だが、それでもこの10分間でティアナが珱嗄に向けて撃った回数は542発。しかも幻術魔法を使って撹乱しつつだ。魔力スフィアだけを使っている訳ではないので弾数はかなり節約されているが、そのどれもが珱嗄に当たる軌道で放たれた筈だった。
しかし珱嗄はそれを全て躱したのだ。最初の5分は幻術魔法が寝ぼけていた故に効かず、次の5分では幻術魔法事態見破られて避けられた。中には素手で魔力弾を弾き飛ばしもした。
故に、珱嗄には一度も攻撃があてられていない。
「どうすれば……幻術も効かない、スバルの近接も投げられてお終いだし……どうしようもないじゃない」
ティアナは実際、よくやった方だ。正直、ヴィータやなのはも自分ならやれたか考えれば、出来ると自信を持って言えるわけではない。
「はい、終了だよ〜!」
そこに、なのはの声が響く。ティアナはガクッと肩の力を抜き、大きく息を吐いたのだった。
「何も、出来なかった……」
◇ ◇ ◇
「いやー、珱嗄さん強いねぇ……眠ったままやるとは思わなかったよ」
「あたしもちょっと驚いたな……正直、勝てる気がしねぇ」
なのはとヴィータは息切れをしながら戻ってきたティアナとスバルを前に、そう言う。珱嗄は気だるそうにスバルの隣でなのは達に向かい合い、話を聞いていた。
「というか、俺気付いたら魔力弾パーティに巻き込まれていたんだけど」
「やっぱり寝てたんだ」
「寝てたんじゃない。夢の世界ひ浸ってただけだ」
「それを寝てたっつーんだよ」
「なんだ、こんな所に子供が……」
珱嗄はなのはとやり取りしながら、前に出たヴィータの脇に手を入れて持ちあげる。珱嗄の腹部程の身長であるヴィータは軽々と持ち上げられる。
「は、放せこの野郎! あたしはお前の上官なんだぞ!」
「……マジで?」
「あ、あはは。マジだよ」
「……スイマセンでした。お詫びに飴あげます」
「お、サンキュー♪」
珱嗄はヴィータを下ろして飴を手渡す。ヴィータはその飴を受け取って美味しそうに口に含んだ。その姿を見つめる珱嗄は、プルプルと肩を震わせる。
数秒見つめた後、振り向いてスバルの肩に手を乗せて前屈みになりながらプルプルと笑いを堪えていた。
「ぶふっ……ま、マジでガキだよ……くはっ……!」
スバルはそんな珱嗄の言葉を聞き、壷にハマってしまった。
「ぶふっ……あははははあはは、こ、子供って……あははは!」
「―――スバル」
「は……」
「今、お前……」
「ち、違うんです! 今のは珱嗄さんが」
スバルは目の前で影を落とした笑みを浮かべたヴィータに向かって言い訳をする。珱嗄を指差すが、珱嗄はけろっとしてその場に佇んでいた。
「え? 俺が何かした?」
「……う、裏切り者ぉおおお!!」
「ラケーテンハンマー!!!」
「うぎゃあああああああああ!!!」
その後、スバルはボロボロの状態で午前の訓練を終えた。
―――そして、休憩時間。デバイス支給の時に機動六課最初のファーストアラートが鳴り響く事になる。