「先生、なんでここに……!?」
「そりゃ決まってるよ。俺も機動六課に配属になったからだよ」
「で、でも……10年前から行方不明になった上に八神達の記憶からも姿を消したじゃないか!」
珱嗄と神崎は二人だけの空間で、そう言う。どうやら珱嗄の思った通り、神崎には記憶を戻す方法があった様で、珱嗄の記憶がちゃんとあるようだ。
だが、なんの理由かはやて達の記憶を戻す事はしなかったらしい。
「まぁ、あれは管理局に捕まりたくなかったからだし。もう時効過ぎたからね」
「な、なるほど……」
「それにしても神崎君。記憶戻さなかったんだねぇ」
珱嗄は寝っ転がった体勢から身体を起こしてソファに座る様に姿勢を変えてそう言った。すると神崎は頬を掻きながら答える。
「あぁ……だって何かしら理由があったんだろうし、恩人でもあったから俺の方から記憶を戻したりはしなかったんだよ」
「なるほど、そいつはありがたいね。というか俺はもう先生じゃないぜ」
「あ、すまない……えと、じゃあ珱嗄さん」
「ま、それでいいや。実際、俺の肉体年齢は20歳そこそこで止まってるから大体年齢差は無いんだけどね。まぁ実際に生きた年月を考えれば俺も老人か」
「珱嗄さん、いくつだよ」
「1054歳」
珱嗄がそう答えると、神崎は唖然として開いた口が塞がらなくなった。実際、珱嗄の年齢は中年どころか老人も良い所だ。
「まぁそれだけ生きてりゃ色々と娯楽も増えるもんでね」
「そりゃ強い訳だ……」
珱嗄はゆらゆらと楽しそうに笑いながら疲れた顔の神崎にそう言う。神崎は神崎で珱嗄の強さに納得の表情を浮かべて苦笑する。
さて、それは置いておいて。珱嗄のいるのはエスケープ隊の隊舎、そしてそこに神崎が来たという事は、彼もエスケープ隊に配属されたという事。元々、エスケープ隊は単騎戦力として100人の魔導師を相手取って圧倒出来る実力が有ることが配属の条件。アリシアも珱嗄も神崎も同様に一人で一軍隊を圧倒する実力を持った実力者なのだ。
故に、遊撃隊であるエスケープ隊のメンバーは基本リミッターを付けられない。アリシアも神崎をリミッターを付けられていない。珱嗄は特例なのだ。上層部は『エースオブエース』と『夜天の書の主』と『天才執務官』、そして『拘束好き』を同時に相手取って圧倒したと聞いて、珱嗄の実力にリミッターの必要性を提示したのだ。結果、珱嗄はリミッターとしては重すぎる物を課せられた。
要は上が珱嗄の実力に危険性を感じてビビったのだ。
「それはそれとして、神崎君は今まで何をしてたのかな?」
「!」
神崎は珱嗄の言葉に表情を硬くする。10年前の決意は、珱嗄に認められなければ意味がない。何故なら、神崎が珱嗄に誓った事だから。
珱嗄はその決意と誓いに免じて神崎の魔法の力を取り戻したし、神崎もその魔法の力を取り戻してもらった事に感謝している。
ならば、神崎はそれに見合う誠意と行動で感謝の意と決意の証明をしなければならない。それが珱嗄に対する神崎の誓いだ。
「―――俺は、胸を張って言える。あの誓いと決意を俺はちゃんと守ったって」
神崎は晴れ晴れとした自信に満ち溢れた顔で、珱嗄を正面から見据えた。その姿は、人々の憧れる英雄や正義の味方そのもの。珱嗄風に言うのならば、まさしく主人公の名にふさわしい姿だった。
「なるほど」
「……」
「嘘じゃないみたいだな」
珱嗄はそんな姿に、10年前と変わらない楽しげな声でゆらりと笑う。そして立ち上がって神崎の前に立った。
「っ……」
「いいじゃないか。随分と面白くなったね、神崎君」
「!」
珱嗄は神崎の頭にぽふっと手を乗せてそう言った。神崎は手が乗っかったことで目元が隠れたが、その言葉に肩を震わせた。珱嗄はそんな神崎を置いて、部屋を出る。
「じゃ、俺は訓練に参加してくるよ。お前も早く来いよ」
扉が閉まり、神崎は部屋の中に一人になる。そして珱嗄の足音が遠ざかった頃、神崎は部屋の中で一人、静かに涙を流した。
◇ ◇ ◇
「それにしても、神崎君は何を誓ったんだろう? 」
珱嗄は訓練場に向かって歩く途中、そう呟いたのだった。