小説『リリカル世界にお気楽転生者が転生《完結》』
作者:こいし()

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 珱嗄が歩いてフォワードの戦っている現場へ向かい始めて少し、フォワード陣は迫りくるガジェットに対して五分五分と行った具合に善戦していた。スバルやエリオは訓練通りに自身の武器を使った戦闘を行ない、キャロは無理しない範囲でブーストを掛けていく。ティアナはそんな彼女達の後方からクロスミラージュを使って射撃攻撃で応戦していた。4人の連携は中々上手く行っており、大きなミスもなく戦闘を継続出来ていた。

 だが、それは別に良い事ではない。善戦どころじゃない、彼女達が本来の実力を出せていたなら圧倒出来ている筈なのだ。相手はガジェット、あくまで機械、思考し裏を掻く様な人間では無くプログラム通りに動くだけの人形だ。ならば、AMFさえ乗り越えられれば彼女達が善戦程度に収まる筈がない。
 それはひとえに、本来の実力が出せていない事が証明されていた。原因はティアナ。後方からの指示は確かにスバルとエリオの助けになっている。それでも、最善の指示を出せている訳ではない。言うならば、そこそこの、無難な、まずまずの、そんな言葉が合う指示。
 故に、ティアナの指示はスバル達を助けているが、所々で危機に陥れている。今はスバルとエリオが自己判断で助け合い、その危機を回避しているが、このままでは善戦している戦況は少しずつ押されていくだろう。

 とはいえ、ガジェットの数はもうじき尽きる。このままなら戦況が変わる前に勝負はつくだろう。それはスバルやエリオにも理解できていた。

 だが、それはティアナのミスが無かったらの話。つまり、ティアナは焦るあまりミスを犯す。連携プレーにおける最悪の手を打ってしまう。
 ガジェットがその戦況の為か、目的を達成した為か退いていく動きを見せた時の事だ。深追いはしない様にシャマルは通信で言った。

 だが、ティアナは焦っていたのだ。こんなところでガジェットを全滅させる位出来ないのなら、自身の兄の魔法を証明するなんて出来るわけがないと。

「大丈夫です! 全部ここで墜とせます!」

『ティアナ!?』

 クロスミラージュを構えて、ベルカ式特有の魔力強化外装―――カートリッジシステムを使う。
 四発の薬莢をクロスミラージュがリロードし、その分弾丸に込められていた魔力がティアナの魔力スフィアの威力を数倍まで引き上げる。

『ティアナッ! 4発もカートリッジをロードするなんて!? それじゃ、ティアナもクロスミラージュも壊れちゃうよ!!』

シャマルの心配する声が通信を通してティアナに伝わる。だが、ティアナは無視して集中する。ティアナの気持ちは、ただ一つ。周囲の声は既に関係無かった。その焦燥の浮かんだ心はただ自分の力を、兄の力を証明するということだけに向けられていた。

「撃てます!」

 だから、ティアナはそう答える。凡人の私は強くない、だからこそ自分の力を知らしめてやると。兄を侮辱し貶めた腐った連中に見せつける為にその自身の手に有り余る力を収束させた。

『Yes』

 クロスミラージュがティアナの気持ちに答え、彼女を支える。ティアナは銃口をガジェットに向けた。ティアナにとって、今はただの的であるガジェットに向けて、己の全力をぶつける為に。

「クロスファイアー…シュートッ!」

 ティアナの渾身の力を込めた数発の魔力スフィア。それは滑らかな軌跡でガジェットを破壊していく。


 だが、その弾丸は焦燥の心で放たれた想いの籠らない唯の攻撃。そんな攻撃はガジェットを破壊する中、まだ退避していないスバルに向かっていった。

「スバル!!」

「っ―――!?」

 スバルは今更止まれない。自身の魔法であるウイングロードを走り、高威力の魔力スフィアへと近づく。なんとか避けようとローラーの回転を逆に変え、スピードを落とす。だが、今まで全力で走っていた分、その速度は今更減速しようと前へと進んだ。



 そして、その魔力スフィアとスバルの距離は0になり、爆発を起こした。
 


 だが




「いっつつ………ゲホッ、やっぱバリアジャケットって必要だな……」




 そんな声が爆煙の中から響き、ティアナとスバルの視線は驚愕に目を見開きながらその声の方向へと向く。そして爆煙は風に流されて消えていく。
 中から出て来たのは、珱嗄。恐らく管理局内で最強の存在。フォワードはその存在に随分と信頼と尊敬を抱いていた。
 だが、中から出てきた珱嗄の姿。それは、いつもの珱嗄の姿とは違った。


 
 吹き飛んだ左腕


 拭きだす鮮血


 赤い肉の中に除く骨


 ボロボロになりながら揺れる赤く滲むスーツ



 珱嗄の姿は、満身創痍。左肩から先が無かった。血液が拭きだす様子は、未だに少女の彼女達からすれば見るに堪えない姿だ。

「あー痛ぇ……やべ、どうしたもんかな……」

 実際、対人の時は非殺傷設定なんていう便利な補正が魔法に付くので今の珱嗄の様に左腕が肩から吹き飛ぶなんて光景は作り出せない。
 だが、今はガジェットを相手とした戦闘。非殺傷設定ではなく、殺傷設定で破壊する対象だ。故に、珱嗄の身体は殺傷設定の魔法によって吹き飛ばされた。

「珱嗄!」

「ヴィータ、後任せた。俺は寝る」

「おい! しっかりしろ! 珱嗄!」

「……俺寝るって言ったよね?」

 珱嗄はそう言って、とりあえず意識を手放すことにしたのだった。



 ◇ ◇ ◇



 次に珱嗄が目を覚ました時、そこは機動六課の医務室だった。

 珱嗄は上体を起こして、ゆっくりと意識を失うまでの事を思い出す。珱嗄がフォワード勢の戦闘現場に辿り着いた時、既にティアナのスフィアは放たれていた。
 そのスフィアの一つがスバルに直撃する軌道を進んでいる所を見つけ、咄嗟にスバルの下へと全速力で向かったのだ。だが、珱嗄の速度を持ってしてもリミッター付きである今は間に合わなかった。
 故に、珱嗄はスバルとスフィアの間に入り込み庇う形を取ったのだ。移動する最中にヴィータの姿も見えていたし、自身が脱落した所で後の事はヴィータがどうにかしてくれるだろうと考えたのだ。

 そして、左腕が吹き飛んだ所で血液不足になり意識が遠のいて、気絶するのは癪だったから自分から寝てやった所までは思い出した。

「なるほど……と」

 珱嗄はぽんっと手を叩こうとした所で、左腕が無くなっている事に気がついた。どうやらスーツの方はいつもの着ものに着替えさせられているようで、左腕には袖がちゃんとあった。
 故に、傍から見ると左腕はまだある様にもない様にも見えた。

「……はぁ、面倒だなぁ」

 珱嗄はそう呟いて、とある魔法を発動させる。自身に掛けられた呪いや拘束、枷の魔法を解除する魔法【枷外しの乙女(シャークルズメイデン)】。
 カシャンと音が医務室に鳴り響き、珱嗄に課せられたリミッターが外れる。すると、珱嗄の使える魔力量が一気に増えた。元々の魔力ランク、SS-に戻ったのだ。

「さて、自己再生自己再生」

 次に、珱嗄は肉体を再生させる魔法を使用する。これは、珱嗄が修行中によく使った魔法。流石に致命傷を完治なんて無理だが回復可能領域までには戻せる魔法だ。当然、怪我したばかりの身体の損失なら完治できる魔法だ。
 だが、この魔法には珱嗄の魔力の大半を持っていかれる。故に一日に一回ほどしか使えないのだ。

肉体再生魔法(オートリバースマジック)

 珱嗄は魔法を発動させ、袖の中の左腕を再生させた。

「……ん、まぁ元通り……か」

 左手を握ったり開いたりしつつ、動作を確認する。少しだけ違和感を感じるが、いつもの事。いずれなじんでくるだろうと珱嗄は左腕をぷらぷらと振った。

「……リミッター掛け直してっと、左腕はとりあえず隠しておこうか」

 珱嗄は自身にまたリミッターを掛け、左腕を袖から引いて着物の中に隠した。左腕が通っていない袖はひらひらと揺れ、珱嗄はベッドから立ち上がった。

「さて、それじゃ……いつも通り、面白い事を探そう」

「わぷっ……あ……」

 珱嗄はそう言って、医務室から出ようとして――――止められた。
 否、珱嗄の胸に何かがぶつかったのだ。開こうとしたドアは誰かに開けられ、珱嗄の胸に一人の少女が顔を埋めていた。

「……はやて」

「お兄ちゃん……」

 ぶつかったのは八神はやて。無事に帰ってきたら、心配掛けた事で説教をしようと意気込んでいた少女。10年前に置いていった、家族の少女だった。



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