小説『漂流のA(ゼロの使い魔二次)』
作者:権兵衛()

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第1章 青き春の章

第8話<囮餌>





 雨上がりの中庭で、今日もアリスはヴァイオリンを奏でる。
 恵みの雨に感謝を込めて。雷雲に別れを告げて。

 しかし……その音色の違いに……子守歌の曲でありながら、それに潜む荒々しさに気付いた者もいる。子守歌の曲が、獰猛な魂を押し隠すものであることに。
 だが、気付いた娼婦達は何も言わない。娼館の助っ人でありながら管理側の人間でもある、特異な少女。その彼女に確認することを、恐れて。

 アリスは演奏を終え、自室まで戻ると、ヴァイオリンを片付けた。
 そして、ナタンとバルシャの元へ向かう。

 「さて。それでは、参りましょうか。お兄様、バルシャさん」
 「おう」
 「はい」

 と言っても、すぐに動くのは二人ではない。これは、行動開始の報告だ。
 アリスは地下へ行くと、倉庫の片隅に鎖で繋がれた娼婦の前に立った。

 「……あなたは……」

 娼婦は驚いた顔をしたが、アリスはそれには構わず、鎖の鍵を外す。

 「お静かに、リリーヌさん。お兄様やバルシャさんに気付かれてしまいます」

 捕縛された、誘拐未遂犯である娼婦……リリーヌ。彼女は監禁されてはいたが、拷問されていたわけでも、乱暴に扱われてもいない。このことを知っているのは、バルシャ、ナタンのみ。他の娼婦達も、リリーヌはお忍びの貴族に呼ばれ、ローランのホテルで休日勤務を行っている……と思っている。

 「アリス、どうして……?」
 「話は後にしましょう」

 声を潜め、緊迫した状況であることを印象づける。

 「とにかく、何があったのかは知りませんが……あなたはもうここを出るべきです」
 「逃がしてくれるの? どうして?」
 「……大切な女の子が傷つけられるのを、黙って見ていられないだけ、です」

 その言葉はアクセルの本心であり、何一つとして間違ってはいなかった。

 彼女の衣服を、目立たないものに変えさせる。ちょうど出入りの商人が来る時間帯だったので、それに紛れるようにして娼館の敷地から脱出した。

 既に時刻は夕暮れ時だが、つい二日前にオープンした大衆浴場は、アクセルの予想に反してなかなかの賑わいを見せていた。周囲の屋台はまだ六軒ほどだが、珍しい酒を仕入れているということもあり、また、大衆浴場自体もオープン価格として値段を下げているので、仕事を終えた人々が大勢集まっている。
 アリスはリリーヌを連れて、更にその中に紛れた。

 「リリーヌさん、ここまで逃げて来ましたが……行く当てはありますか?」
 「……ええ」
 「それでは、私はこの辺りで戻ることにします。いいですか、すぐにこの街を出て下さいね? それが無理でも、東地区には絶対に近づかないで下さい」

 人通りの少ない裏道まで来た時、アリスはリリーヌに別れを告げる。
 しかし、リリーヌは少女の手を掴んだ。引き留めるようにして。

 「……どうかしましたか?」
 「……。お願い。私を、連れて行って欲しいの」

 当初の予定では、別れた振りをしてリリーヌを尾行するつもりだった。

 (もし、リリーヌの考えていることが、予想通りなら……)

 彼女が、未だアリスに同行を求める理由が、人質にする為なら。素直に連れて行って貰った方がいいかも知れない。
 少し考え込む振りをした後、アリスは彼女の要求を受け入れた。

 リリーヌが向かったのは、東地区と南地区との境目にある倉庫。裏口の、古ぼけたドアを押し開けると、彼女はアリスを招き入れた。

 (さて。そろそろか?)

 すたすたと歩みを進めるアリスは、軽く倉庫内を見回す。背後から攻撃の気配がするが、見当は付いていた。恐らくリリーヌが、ドアの近くに立て掛けてあった棍棒を振り上げているのだろう。

 「ここが、目的地ですか? どなたかお友達が?」

 背後を振り向かず、アリスは軽く尋ねた。
 リリーヌは、未だ殴りかかってこない。そうしてくれないと、アリスとしても話が進まないのだが。

 ガランッ

 「……リリーヌさん?」

 ついにアリスは振り向くと、床に転がる棍棒、それに座り込み俯くリリーヌに目を向けた。

 (流石に、良心が咎めたということか?)

 捕えられた彼女は、アリスが助け出すまで、一体何を想像していたのだろうか。
 リリーヌは決して訓練を受けたスパイなどではなく、ただの一人の女性なのだ。恐怖に浸食され、予想できる結末は最悪へとエスカレートし……。

 目的としていた誘拐の対象をアリスに変えたのも、自然なことだろうに、リリーヌはアリスを恩人として見ている。

 「……そいつが、向こうの“弱み”かい? リリーヌ」

 薄暗い倉庫の中に、静かな声が響いた。

 「待って! お願い、この娘はやめてあげて!」

 絞り出すようにして、リリーヌは懇願する。その願いが聞き入られるとは思っていなかったし、事実、つい先ほどまでは、そんなことを願うつもりもなかった。
 その決意が打ち崩されたのは、年端もいかぬ少女の、あまりにも無防備な背中を見せつけられたが故。

 「やめてどうするんだい、リリーヌ? その娘が黙っていてくれるとでも?」
 「でもっ……!」
 「リリーヌ、これは戦争なんだよ。もう後戻りなんか出来はしない。こっちが滅ぶが、ヤツらが滅ぶか、そのどちらかだ」

 闇の中、赤い瞳が現れた。
 破れた窓から僅かに差し込む夕陽の中に、一人の女が姿を見せる。

 (彼女が……“ラパン”のフラヴィか)

 流石に、まとめ役となるだけのことはある……アリスは素直にそう感じた。双眸には静かな決意が宿り、その物腰は堂々としている。

 「……生まれて初めて、ブリミル様に感謝してぇ気分だ」

 また、別の男の声が聞こえた。ギシギシと、闇の中にある階段が軋んだ音をさせ、誰かが近づいてくるのを教える。その声は、アリスにとって特に印象に残るものではなかったが、やがて現れた男の顔を見て、頭の片隅から記憶が蘇った。

 (協力者の傭兵ってのは、こいつのことだったのか)

 以前、ミシェルを殴りつけた男だった。バルシャ達に大分痛めつけられた筈だが、もう完治したのだろう。相変わらず、嫌悪感を催すような笑みだと思った。

 「残念だったなぁ、お嬢ちゃん。悲しいお知らせだ。もう二度と、おうちには帰れねぇ」

 アリスは一つ、溜息を吐くと、そっと両手を挙げた。








 “彼”がこの一件に手を貸したのは、暇だったから、ただそれだけ。

 レオニー子爵のドラ息子が、道楽で始めた傭兵稼業。本人もラインクラスのメイジであり、戦闘ではなかなかの強さを誇る。まぁ、そんな強さなど、“彼”にとっては猿山の大将と何ら変わりないものであったが。
 隣のラヴィス子爵領に最近出来た娼館、そこで叩きのめされたので、復讐したいという、特に珍しくもない話だった。女々しい男だと、そんなことは以前から分かり切っていたので、別に軽蔑したりもしない。“彼”自身も、己が善人ではないということは自覚していた。
 しかし、あのドラ息子は違う。自覚していない。自分を高尚な存在であると信じ、それを否定される言動を極端に嫌う。いや、本当は心のどこかで、自分を信じ切れていないからなのだろうが。そう考えれば、“彼”よりはまともかも知れない。

 ドラ息子の作戦は、単純だった。野良の娼婦達を攫い、それを娼館の仕業にする。苦境に立たされた娼婦達に、善人面をして近づき、唆す。

 “彼”はこの一件に、傍観者として参加していた。勿論、何かあれば手を貸さねばならないが、今のところそれはなさそうだ。
 あのアリスという小娘一人のために、娼館の人間は果たして、全てを明け渡すのかと言えば、恐らくNO。見捨てられるだろうし、それが当然だ。誰かの身内だとしても、周囲が切り捨てる。

 娼婦達は、自分たちの自治を勝ち取ることを望んでいる。

 あのドラ息子は、叩きのめされた仕返しが出来ればそれでいい。

 そして……その他の傭兵達は、利権を手に入れることを目的としている。

 “彼”が求めるものは、そのどれにも当てはまらなかった。

 “彼”はただ、倉庫の天井の梁に寝そべり、そっと下界を見下ろしていた。








 色々と予定変更になってしまったが、想定外ではなかった。
 アリスの両手首は麻縄で縛られ、その小さな身体は倉庫の二階から吊されている。爪先が辛うじて床に触れ、アリスはふらふらと揺れていた。

 「お願い……離してよぉ」

 今にも涙を溢れさせそうな表情で、アリスは声を絞り出す。木箱の上に腰掛け、真正面からその顔を眺める男は、相変わらず下卑た笑みを浮かべていた。

 フラヴィは腕を組んで険しい顔をし、リリーヌはアリスに背を向け、耳を塞いでいる。

 他の女達は娼婦で、男達は傭兵だろう。

 「さて。どこがいい?」

 男はナイフを取り出し、木箱から腰を上げた。

 「……ラファラン、何をするつもりだい?」

 少々咎めるような声で、フラヴィが尋ねる。ラファランという名を聞いて、アリスが思い浮かべるのは一人。

 (確か、隣のレオニー子爵の息子の名前だな。放蕩息子だという噂だったが……。いや、流石に偽名の可能性もある。とはいえもし本当に貴族なら、死なれると厄介だな)

 ラファランは右手でナイフを弄びながら、その切っ先をアリスへと向ける。

 「これから、イシュタルの館の連中に手紙を出すわけだが……無視されねぇよう、土産をつけようと思うんだ」
 「……土産? まさか……」
 「まぁ、そうだな。指の一本でも添えてやるか?」
 「そこまでする必要があるのかい?」

 フラヴィも流石に躊躇した。いくら敵対する人間とはいえ、まだ幼い少女を傷つけたくはない。ナタン達が大人しく出て行き、行方不明の仲間の居所が分かれば、それでいいのだ。

 「甘ぇよ、フラヴィ。お前らは舐められてる。だから攫われるんだ。だから奪われるんだ。……俺は、俺を舐めるヤツを許さねぇ」

 それも正しい考え方ではあるが、ラファランの表情を見るに、これは彼の個人的事情や嗜好が大きい。

 「ひィッ……お願いっ、助けて! 助けてよぉ!」

 徐々に自分の身体に近づく刃に、アリスは悲鳴を上げた。フラヴィは険しい顔をしているが、まだ迷っているらしい。リリーヌは更に身を縮め、音を遮断しようとしている。

 フラヴィとリリーヌ以外の娼婦達は、互いに顔を見合わせ、誰かが行動を起こさないか待っている。

 ラファラン以外の傭兵は、五人。ラファランはメイジだとして、その五人の中にメイジはいない。ただの傭兵だ。判断理由は魔力の流れ。

 (……ナタンとバルシャが来る前に、終わらせるか?)

 そう考えていた時、突然拳が襲いかかってきた。

 「ぐっ……」

 殴られたのは、顔面。ぽたぽたと鼻血が垂れ、床に染み込む。一瞬、表情が崩れそうになったが、アリスは何とか“怯えた少女”の顔に戻した。

 (甘かったな。流石に女の子の顔は大丈夫と思ってたけど……そう言えばこいつ、ミシェルもさんざん殴ってたっけ)

 女の顔を殴り、痛みに悶えるその表情に興奮する性癖らしい。ラファランは、拳に残った余韻を楽しむように、何度も指を曲げ伸ばししながら、ニヤニヤとアリスを見下ろしていた。

 「二発……だったよな? あの時は」

 再び、拳が迫る。今度は真っ直ぐではなく、左頬を殴られ、不安定な身体がくるりと回った。縄が捩れ、二階の方から軋んだ音が響く。

 「俺は、倍返しがモットーなんだ……」

 右頬を殴りつけられた。
 そして最後の一発は……ラファランはまたナイフを握り……。

 「やめときな」

 アリスと彼との間に割って入ったのは、フラヴィだった。

 「……邪魔すんじゃねぇよ」
 「あんたとこの娘の間に何があったのかは、知らない。けど、もう十分じゃないかい? これ以上、しなくちゃならないのかい?」
 「うるせぇ、どけよ、フラヴィ。まず、テメェを可愛がってやろうか?」

 グスグスと、アリスの泣き声。少女は涙を流しながら、フラヴィの背に向かって訴えた。

 「お願い……何で……私がこんな目に……? 帰してよぉ……おうちに……帰して……」
 「うっとぉしいんだよ!」
 「ひぃっ!?」

 振り返りざま、フラヴィはアリスの襟を掴み、自分の方へと引き寄せる。アリスは顔を背けながら、恐る恐る、彼女の顔を窺った。

 「まず、あんたのボスが、あたしの仲間を返すのが先だ。殴られたのは可哀想だと思うけど、悪いとは思っちゃいないよ。……あたしらにとってそんなもんは、傷つけられた内にも入りゃしない。……あんたらみたいな……!」

 フラヴィの指に、力が込められる。

 彼女の脳裏に蘇るのは、攫われた仲間の娼婦達。
 勿論、彼女たちの奪還も目的だが……薄々と、気付いていた。それは不可能だろうということに。生かされている理由などないのだ。恐らく彼女たちは、もう既に……。

 「あんたらみたいなっ! 守られてのうのうと暮らしてるガキどもなんかっ……!」

 忌々しげに、彼女はアリスの襟から手を離した。
 アリスは確かに、リリーヌを助け出してくれた。そのことに恩は感じている。だが、目の前の少女の泣き言に、だんだんと怒りが沸き上がってきたのだ。

 その可愛らしい服も、普段食べている食事も、全ては何の努力もなく……ただ、生まれた境遇の幸運故に得たもの。
 たった一杯のスープのために、ゴミ以下の存在と自分を貶める生活など、想像も出来る筈がない。

 「……あんたら……です、か」
 「ぁあ?」

 俯き、ぽつりと呟いたアリスに、フラヴィは三白眼を返した。

 「何の苦労もなく、常に誰かに守られて……絹の衣にくるまれ、のうのうと生きてきた……私は、そんな人間です」

 すぅ……と、アリスはフラヴィの瞳を見つめる。

 フラヴィが異変に気付いたのは、その時だった。
 常に彼女を助けてきてくれた、驚異的な危機察知能力……それがけたたましく警報を鳴らし、うなじの産毛を逆立たせる。

 「でも、“あんたら”って……言いましたよね? つまり、私以外のあの娘達も、私と同じように扱った……そう言うことですよね? ……ふざけるな」

 か弱い少女の目ではなかった。
 か弱い少女の声ではなかった。
 無力な小娘の顔ではなかった。

 「ああ、どうしよう……二人を待つべきなのに……駄目、もう……自制が……」

 アリスは両手を広げると、そっと、自分の顔を覆った。

 「……え?」

 誰かが、そんな間抜けな声を出した。

 アリスを吊していたロープは、既に切断され……少女の両手首を束縛していたそれも、バラバラに散らばってミミズのように床に落ちる。

 「確かに……あの娘達を狙ったのは、正解です。あの娘達は、既に私の一部とも言えます。あの娘達に何かあったら、私は……。……だから、お願いです。死んでください」

 アリスの足が、地を蹴る。そして未だ呆然としたままのラファランの前に立つと、彼の腹部に、両掌を押し当てた。
 そして次の瞬間、ラファランの巨体は鞠のように吹き飛ばされ、倉庫の壁に叩き付けられる。悶絶するその口から、血の混じった吐瀉物が零れていた。

 (他は……五人か)

 取り出した杖を、必死に握るラファランだが、あれでは詠唱もままならない。横目で見つつそう判断し、アリスは一番近い傭兵に向かった。

 「なっ」

 驚愕するその男の腹部に、有無を言わさず正拳突き。近付けてくれた顔面に、跳躍し膝を叩き込んだ。

 二人、剣を構えて接近してくる。

 (ちょうどいい位置だな……実戦で使うのは初めてだけど……)

 アリスは一度、動きを止めた。
 そして二人の傭兵が打ち掛かってくる直前、身体を翻し、背を向け、後ろ回し蹴りを放つ。
 届かなかった。二人の手前、半メイルほどの場所で空振った。

 「『嵐脚(らんきゃく)』」

 呟きと、身体の向きが戻るのと、二人の傭兵の腹が蹴りの軌道に沿って切り裂かれるのは、ほぼ同時だった。
 “六式”をモデルとした、魔力を利用する近接戦闘。元ネタのONE PIECEのように、斬撃を飛ばすのはまだ無理だが、1メイルほどの風の刃を作り出し、攻撃の間合いを伸ばすのは可能だった。

 「『月歩(げっぽう)』」

 長らく名称の無かった、足裏での風の暴発による移動も、そう名付けた。まともに姿勢を保っていられるのはせいぜい三回までで、四回目にはあらぬ方向へ飛んで行ってしまうことが殆どだが。

 文字通り、空を蹴るようにして接近、焦りで剣を抜けていない傭兵を殴り飛ばす。倒れ伏した拍子にすっぽ抜けたその剣を奪い、逆さに持ち上げ、一直線に喉に突き刺した。

 「…………」

 そこで、アリスは周囲を確認する。

 ラファランは未だ蹲ったまま、傭兵は一人がたった今死亡。腹を切り裂かれた二人は重傷で、恐らく放っておけば死ぬだろう。最初に膝蹴りで沈めた傭兵は、四つん這いになって顔を押さえている。あと一人、まだ攻撃を受けていない傭兵は……。

 ズスッ……

 すっかり怯えていた傭兵の手から、剣が転げ落ちる。彼の右耳から入り込んだ矢は、左耳から飛び出していた。

 「……あなたらしくないですね」
 「また、派手にやったなぁ……」

 弓に次の矢を這わせるバルシャと、両腰に剣を下げたナタンが、呆れた様子でアリスを眺めていた。

 「確かに、ね」

 ふっ、と、アリスは苦笑する。二人の言葉を否定できるほど、盲目になっていたわけでもなかった。

 しかし……アリスが苦笑し、死体に突き刺さった剣から手を離した刹那、何も見えなくなった。

 「!?」

 少しの後、倉庫内の灯火が全て掻き消されたのだと理解する。確か、マジックランプだった筈だ。その灯火を一斉に消せるのは、メイジしかいない。
 間の悪いことに、双月も黒雲に隠され、完全な闇が訪れる。

 その中で、何かの動きを感じた。

 (……いる! 何かが……!)

 アリスは咄嗟に構えるが、相変わらず、漠然とした存在しか感じ取れない。



 「またお会いしよう」



 静かなその声は、さながら暗闇そのもののようだった。

 闇を切り裂くように、窓が破られる音が走る。ようやく気付いたアリスは、自分の鈍さに舌打ちしながら、周囲の灯火を再び蘇らせる。

 死体となっていたり、死体のような状態の傭兵達。
 我を忘れたように、呆然としている娼婦達。
 周囲を警戒しているナタン、バルシャ。

 蹲っていた筈のラファランの姿が、消えていた。

 残されていたのは吐瀉物、窓の破片、そして……アリスの耳にまとわりつく声。

 (……また、か……)

 遂に、訪れるべき時か来てしまったかと……アリスは冷や汗を流しながら、唾を飲み込もうとする。乾いた鼻血がへばり付く喉が、砂漠のように渇いていた。


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ゼロの使い魔F Vol.3 [Blu-ray]
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