小説『漂流のA(ゼロの使い魔二次)』
作者:権兵衛()

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第1章 青き春の章

第11話<奇縁>





 「……ははっ…………はははははははっ」

 紅蓮の中で、男は嗤う。身を捩り、腹を抱え、天に唾吐くように。

 「ざまぁ見ろ! ざまぁ見やがれってんだ!」

 あらゆるものが地獄の色に染まるその場所で、ラファランもまた、悪鬼のように輝いていた。

 「焼かれちまえっ! 兄貴に! 炎に! 黒焦げの消し炭になっちまえっ!」

 ラファランにとって、この場の火事などどうでもいい。
 気に入らなかった。お飾りの代官のくせに、ただ座っているだけの代用品のくせに、得意気な顔でいることが。
 気に入らなかった。九歳でラインクラスに達した少年が。十二歳でスクウェアクラスに達したガリアのシャルル王子よりも、身近な分、より憎悪が湧いた。

 父親であるレオニー子爵と、二人きりで話していた事も気に入らなかった。
 一体、書斎で何を話していたのか。貴族社会に誇れる職を持たない自分のことか。二人の兄より出来の悪い出涸らしのことか。必死になって魔法の修行を積んでも、結局トライアングルクラスになれなかった、厄介者の三男坊のことか。

 「お前なんぞっ、燃えてしまえばいい!」

 一頻り笑い声を響かせると、ラファランは唇を結び、メンヌヴィルの元へ駆け寄った。

 「おいっ、兄貴! さっさと逃げようぜ! いくら何でも、やり過ぎちまったしなっ」

 周囲の火炎の熱気を振り払うように、ラファランは掌で顔の周りを仰ぐ。
 汗一つ見せないメンヌヴィルは、そっと、口を開いた。

 「今の……フレイム・ボールは……お前か?」
 「ああっ、そりゃ別に、兄貴が負けるなんてこれっぽっちも思っちゃいないが……勘弁してくれよ。俺だってこいつにゃ、煮え湯を飲まされたんだ」
 「…………」
 「それよりも兄貴っ、これからゼルナの娼館をかっ攫おうぜ! 前みたいに、余計な小細工なんかいらなかったんだ! どんなヤツがいようが関係ねぇっ、兄貴と俺がいれば無敵だ!」
 「……そう言えば、一つ聞きたいんだが」
 「ん、何だ?」
 「お前はどうして……俺を、兄貴と呼んでるんだ?」

 言葉にではなく、その声によって、ラファランは口を開けなくなった。
 戦闘の時は勿論、その他のどんな時も……傭兵ギルドを襲った時でさえ、メンヌヴィルはそんな声を出さなかった。

 ただひたすら、その声は、氷雪のように冷たかった。

 その冷たい声の主は、杖に炎を纏わせる。

 「ラファランよ。お前は俺にとって……ただの、“蛇の足”だ」







 クルコスの街の執政庁を襲った火事は、夜が明ける頃、ようやく鎮火した。
 庭園は四分の一が完全に焼失し、四分の一が半焼。幸い庁舎まで及ぶことは無かったが、焼け跡から成人男性一名の遺体が発見される。体格、そして身につけていた装飾品から、レオニー子爵の三男、ラファランであることが判明した。
 そしてもう一人、焼け跡から発見されたのは、来訪していた隣の子爵領の代官・アクセル。背中には魔法による火傷の跡、肩にはラファランのナイフが突き刺さっていた。
 更に、前夜にラファランが、アクセルの客室の場所を聞き出したというメイドの証言。
 止めに、傭兵ギルドの襲撃で辛うじて生き残った傭兵が、死の間際、犯人はラファランだと遺言した。

 アクセルは風のラインメイジ、ラファランは火のラインメイジ。

 全てを総合して出された結論は、火の元はラファランの魔法で、アクセルはラファランに殺されかけた。

 水メイジの治療によって目覚めたアクセルは、狼狽するレオニー子爵にカバーストーリーを提案する。

 アクセルはラファランに誘われ、夜の庭園を案内されていた。
 しかしそこに、狼藉者の火のメイジが襲いかかる。
 二人は共に杖を振るって立ち向かうも、相手はトライアングルクラスのメイジであり、ラファランは戦死して何とかアクセルだけが生き残った。
 庭園は襲撃者の魔法によって火事になり、騒ぎが大きくなったことで犯人は逃げ出した。
 その後、襲撃者の行方は杳として知れなかった。

 犯人の逃亡先として可能性の高い候補に、ラヴィス子爵領も挙げられるのだが、そこはレオニー子爵に手心を加えて貰う。

 火事の後始末や、大怪我を負ったアクセルへの負い目もあり、レオニー子爵は結局、その提案を有り難く受け入れることにした。

 王都トリステインから二人の兄も急遽帰郷し、三日後、ラファランの葬儀が執り行われた。

 そしてアクセル・ベルトラン・ド・ラヴィスは、葬儀から四日後、ようやくラヴィス子爵領への帰路につくことが出来た。

 「……災難でしたな」

 馬車の向かいに座るローランは、気遣うように言う。彼はアクセルの家臣ではないので、護衛の義務も無かったのだが、彼自身はそうは思っていないらしい。
 あの夜の真実を、アクセルはローランにのみ話していた。

 「まぁ、厄介ではあったけど。命があって万々歳……かな」

 ラファランを殺したのは、恐らくメンヌヴィルだろう。勝負を邪魔された腹いせか、流石に足手纏いだと切り捨てられたのか。どちらにしろ、アクセルは彼を惜しんだりはしなかったが、憐れみはした。ラファランが死者となってしまった今なら、尚更だ。
 葬儀に集まった家族や親族の間には、その死を悲しむと言うよりは寧ろ、厄介者が消えたことに安堵する雰囲気が漂っていた。

 ふと、アクセルは前世を思い返し……自分の葬儀も、あんな感じだったのではないかと考えた。

 「……ねぇ、ローラン」
 「はい?」

 ラヴィス子爵領に入った頃、それまで肘をついて窓の外を眺めていたアクセルは、口だけ動かしてローランに呟いた。

 「僕の臆病さは、知ってるよね?」
 「……?」
 「だから。僕があの夜、何があったかをローランに打ち明けたのは、それ程にローランを信用しているからだって、それを認識して欲しいんだ」

 ローランとて、人を見る目はある。いや、無ければ、貴族から破落戸まで様々な人間の相手をしつつ、街一番のホテルを切り盛りすることなど出来なかった。

 アクセルは臆病なまでに用心深い。子ども故か、時々馬鹿な程に抜けている事もあるが。それでも、重大な話を打ち明ける人間は選んでいた。

 「……お言葉有り難く。身に余る光栄にて……」
 「いや、ごめん。言いたいのは、そういう事じゃないんだ。ローランにも、僕を信じて貰いたいんだ」
 「……元より、私めも共犯者で御座います」
 「僕を信じて、これから言う事をよく聞いてくれ。まず一つ、何があろうとピクリとも動かないで。二つ、僕が許可するまで黙っていて。声を上げないで」
 「……?」

 アクセルは相変わらず、窓の外から目を離さない。不思議に思いながら、ローランは言われたとおり、己を石像か何かのようにした。

 「……入って来ないのか?」

 十秒ほどして、ふと少年はそう呟き……ローランの心臓は跳ね上がった。

 アクセルが眺めていた景色の中に、黒い革製のブーツ……いや、何者かの足が割り込む。それはするりと窓枠から侵入し、驚くほど静かに、馬車の中へと入り込んだ。
 恐らく、壁越しとはいえ、アクセルの背中に触れられるほど近い御者も、牽引する馬も気付いてはいないだろう。いや、頭の上にいながら、ローランにすら気配を感じさせなかった。

 姿を見せた大男は、窮屈そうにしながら……それでも相変わらず衣擦れの音すら立てず、アクセルの隣に腰を下ろす。
 逆立つ真っ白な髪、顔の半分を覆い隠すマスク……そして、目を合わせた者に、深淵を思い起こさせるような左目。

 「そう言えば……明るい時に会うのは初めてだったね」

 アクセルは相変わらず、ぼんやりと景色を眺めている。

 「そうなる、か。俺には昼だろうが夜だろうが、あまり違いはないが」

 ローランはふと、この男が例のメンヌヴィルであることに気付いた。

 アクセルが平然としていられるのは、ある種の諦念であった。相手にはある程度力を見せてしまったし、そしてその相手とはよりによってメンヌヴィルである。何も出来ない。

 何故あの夜、自分が生き残れたのか……という疑問はあるが。

 「今、唐突に思い出したんだけど……よくも肩を刺してくれたね」
 「その点は、素直に謝罪しよう。あれくらいしか手は思い浮かばなかった。そしてそれを、お前はきちんと利用してくれた」

 メンヌヴィルは杖を抜いていない。
 いや勿論、ただ単に襲いかかるつもりだったなら、わざわざ乗り込んで来たりはしないだろう。
 少なくともアクセルには、彼が戦いに来たとは思えなかった。

 「ところで、御用は?」

 アクセルは漸く窓から目を離し、メンヌヴィルに向き直る。

 「? 何故、そんなことを聞く?」

 対する男の表情は、怪訝そうなものだった。アクセルの問いを、まるで愚問であるとでも切って捨てるような顔。寧ろ、自分が何故そんな質問をされなければならないのか、本当に理解などしていなさそうだった。
 質問そのものを否定するような彼の態度に、アクセルは更に疑問を深める。

 「……じゃあ、他の質問。何で、僕を助けた?」
 「お前が言ったんだろう、“助けてくれ”と」

 確かに、アクセルも忘れたわけではない。

 「……言ってない。僕はただ、“助けてくれないか?”って尋ねただけだ」
 「いいぞ」
 「……何がだよ」
 「助けてやる、お前を」

 一瞬、頭を抱えたくなったが……頭を抱えても、理解出来る筈が無いという結論が出た。

 メンヌヴィルは確かに強烈なキャラクターだったが、それは彼の特性が理由だ。彼がどういう経緯で小隊に入ったのか、どういう人生を送ってきたのか……そして、どんな理由があって、肉が焦げる匂いを求めるようになったのか、明らかにはされなかった。勿論、生まれついての異常者という可能性もあるが。

 別に、狂人という訳でもないだろう。近づく者全員燃やし尽くすという人間ではなく、傭兵として仕事をして報酬を得るという、極めて真人間と言える面もある。

 「ふーん……助けてくれるんだ。僕を?」
 「ああ」
 「僕の、大切なものも含めて?」
 「ああ。だから……」
 「だから?」
 「俺も、助けてくれ。と言うか、匿ってくれ。お前のせいで、子爵の三男坊を殺したお尋ね者だ」
 「それは間違いなく、お前自身の責任だろうに」
 「俺はお前を助ける、お前も俺を助ける。俺もこう言おうか、“アクセル、助けてくれないか?”」
 「いいよ」

 アクセルはごくあっさりと、そう返した。

 既にメンヌヴィルと知り合った以上、彼との奇縁から逃れる術は無い。ティファニアも、勿論未だ忘却の魔法を習得していない。そしてアクセルは、メンヌヴィルよりも弱い。
 それに、メンヌヴィルの人生の目的を叶えてやる、という手札は、アクセルの手の中にある。

 メンヌヴィルは太い腕を伸ばすと、アクセルの肩に回し、抱き寄せた。

 「感謝するぞ、友よ」

 彼の口から飛び出したとは思えない二つの単語だが、流石にそう感じるのは酷すぎると、アクセルは密かに反省する。
 分厚い胸板に頬を押し潰されながら、アクセルは溜息をついた。

 「僕も、助けてくれたことにはありがとう、と言いたいけど……殺し合いで育まれる友情なんて、聞いた事もないし、信じたくもないね」
 「だからこそ、だ。“まさかの友は真の友”というヤツだな」

 陽気に、そして豪快に笑い声を上げるメンヌヴィル。
 そこでようやく侵入者に気付いた御者が、仰天し、慌てて馬車を止めた。







 今回、メンヌヴィルと出会う羽目になった原因を辿っていけば、命の軽視にある……アクセルはそう結論付けた。
 別に、今までの殺人の罪悪感で心が押し潰されそうだとか、そんな事は無い。敵として現れた傭兵を、たかが戦闘員……言うなれば、経験値をくれる果実のように考えてしまった事が問題なのだ。
 彼等とて、木に実るわけではない。歴とした人間であり、雇用主との繋がりもある。
 例え傭兵として個人契約を結んでいたとしても、そうなる前はギルドに所属しており、当然そことの繋がりもある。

 行方不明にするだけでは駄目なのだ。傭兵など大多数は破落戸と変わりないが、家族や友人なども当然おり、消息は求められ……そして特に大きな戦争なども無いのに、そんな実例が多くなれば、流石に怪しまれる。メイジまで含まれているのなら、尚更だ。

 盗賊や山賊ならともかく、傭兵は立派な職業なのである。傷害や殺害が発覚すれば無罪放免とはいかないし、ギルドを襲撃すれば犯罪者となる。

 “ラパン”のフラヴィを急襲した一件についても、怒りにまかせて、という部分があり、アクセル自身も失態を認めざるを得ない。

 (流石に、歴とした組織を相手取るのはまずいな……。怖がられるのはいいけど、興味を持たれるのはイヤだ。もう、いっそファミリーを宣伝しまくるか?)

 そう考えれば、メンヌヴィルが味方についたのは幸いだ。敵になる可能性のある存在が、マイナス1となり、味方がプラス1となった。
 しかし、メンヌヴィルは所謂“悪者”のキャラである。原作でも、異常者として描かれていた。

 (……アニエスみたいに、俺の予想を裏切ってくれることを祈ろう)

 そう……アニエス。メンヌヴィルもまた、彼女にとっては仇の一人である。
 内緒にしておく、という結論は、一瞬で出た。

 そしてアクセルが留守にしている間、ゼルナの街の事務所でも、変化があった。

 「……フラヴィを、ねぇ」
 「……ああ」

 娼館の全ての権限は、ナタンが握っている。その彼が、実質的な経営を誰に任せようと、何も不都合など無い。
 アクセル不在の間に、ナタンは、フラヴィを部下として雇い入れ、娼館の管理をさせることにしていた。

 ナタンは明らかに、アクセルの攻撃を警戒しており、事務室には妙な緊張感が漂っている。アクセルを怒らせたフラヴィを、勝手に味方に引き入れたことで、きっと何らかの制裁があると考えているのだろう。

 「……惚れたのかい?」
 「いや、違う」

 もしかしたら……と思い、尋ねてみたが、ナタンは静かに首を振った。

 「理由は、まぁ、色々だ。流石に、男相手に出来ないような相談だってあるし……それに、管理側が男だけってのもバランスが悪い。……あとは、罰ってことかな」
 「罰?」
 「……俺は……その、ここが好きなんだ。いい場所だと思ってるし、もっと良い場所にしていきたい。フラヴィだって、もう行き場所が無ぇんだ。ここを居場所にして、ここを好きになって貰いたい。……ほ、ほら、あれだ。ただ殺すよりも、生かして協力させようと思ったんだ。自分たちが誘拐しようとしたのが、どんな子ども達なのか。自分たちが傭兵まで巻き込んで敵対してたのが、どんな組織なのか……それとかを、全部知って、やっぱりここを潰そうとするんなら、そん時は改めて……」

 後半は、若干情けない口調になってしまったが……アクセルはじっと黙り込んだまま、ナタンを見つめていた。

 (全く……主人公みたいな事を言いやがって)

 アクセルは思わず、ふっと微笑む。

 「……イシュタルの館の管理は、全部ナタンに任せてるんだ。そのナタンが選んだ人間なら、好きにすればいいよ」
 「お、怒ってない……のか?」
 「別に。ところで僕も、一人、仲間を連れて来たんだ」
 「え?」

 合図を受け、部屋に入ってきたのは、顔に火傷跡のある大男だった。右目を含めた顔半分は、マスクで覆われており、口元の笑みは凶気を感じさせる。

 「紹介しよう、“白王”のスルトだ。火のトライアングルメイジ」
 「よろしく頼む」
 「お……おお」

 異様な風貌の男に、若干気圧されつつ、ナタンは取りあえず返事をしておいた。

 「特技は殺し合い。好物は、肉が焦げる匂い……」
 「おいっ、ベル!? 何かヤバイ趣味持ってそうなんだけど、こいつ!」
 「何を言ってるのやら。彼はただの、類い希なるステーキ職人の素質を秘めたオジサンです」
 「嘘だっ、絶対嘘だ! いいのかよっ、こんな危険物を……」
 「酷いなぁ、僕の友達に向かって」

 既に一通りの葛藤を終えたアクセルは、余裕を持ってナタンに話しかけることが出来る。

 「天災……みたいなものさ」

 冗談めかしてそう言うが、アクセル自身、その言葉が一番しっくり来ると感じた。
 流石に傭兵の世界で、メンヌヴィルという名は有名なので、単純にスルトに変えさせた。そして彼が、再びメンヌヴィルと名乗る時は……恐らく、アクセルから離反する時だろう。
 彼はアクセルにとって、正しく天災のようなものだった。人の手では立ち向かえず、それ自身をコントロールすることなど出来ない。出会ってしまった以上、何とか受動的に対応していくしかないのだ。

 (……そうだ、裏切られたらどうしようもない。束になったって敵わない。だから、無駄なんだ、考えるだけ。気にしても仕方がない)

 未だ何か言いたげなナタンだったが、彼もまた、アクセルを一応信じてはいる。よって、最終的には受け入れるしかなかった。

 ナタンと別れたアクセルは、スルトを従えて、バルシャを探そうとした。

 「おや、坊や。何でこんな所にいるんだい?」

 少年を見つけ、そう尋ねてきたのは、赤目の女……フラヴィだった。声を掛けてから、後ろにいる大男に気付いたらしく、若干慌てた素振りを見せる。
 しかしふと、気付いた表情になり、フラヴィはスルトの前に立った。

 「…………」

 フラヴィは突如、身体を沈めると、両膝と両手を……そして額を地面に擦りつけ、スルトの足下に平伏す。アクセルは初めて、彼の困惑した顔を見た。

 「頼める筋合いじゃないってのは……分かってる」

 スルトはフラヴィの顔を知っているが、ラファランが個人で勧誘した彼の顔を、フラヴィは知らない。よって、フラヴィにとっては初対面の相手である。
 土下座したまま、彼女は続けた。

 「殺されたって、おかしくは無かった。命を助けて貰っただけで、有り難いとは思ってる。けど……何なら、私の命と引き替えだっていい。頼む。攫われた仲間達を、どうか……」

 恐らくナタンはフラヴィに、自分の背後にいる存在を教えたのだろう。教えたのはその存在だけで、具体的な情報は漏らしていないらしいが。
 フラヴィはどうやら、スルトこそがその存在であると見たようだ。

 困惑した表情を見せるスルトは、助けを求めるようにアクセルを見た。

 「攫われたのは、四人。二人は一週間ほどでここに戻り、あとの二人は交渉中」

 クルコスの街での、思わぬ滞在延長の間に手を回した、アクセルの成果。
 少年の声に、フラヴィは驚いたように顔を上げ、跪いたまま背後を振り向く。

 「詳しくは、ナタンにでも聞いて。……それじゃ」

 やはり未だ、どこか、気持ちの整理が付いていない部分がある。
 単純に、マチルダやティファニア達を誘拐しようとした、感情的な部分。そして、メンヌヴィルと殺し合いをしてしまう羽目になった原因の一端を、彼女が担っているという、損得での部分。

 呆然としたフラヴィを残し、アクセルはスルトを連れて再び歩き出した。

 「……“熱”に、当てられたな」
 「ん?」

 ぼんやりと、独り言のような彼の呟きに、アクセルは首を傾げる。

 「あの女から、静かで、力強い“熱”を感じた。……よほど、仲間を大事に思っているのだろう。……やはり、俺とは違う」

 その言葉は、どこか自嘲を含んだようなものであった。少なくともアクセルは、そう感じ取った。
 彼の言うその熱が、ナタンのものと同種であれば、フラヴィもまた、人の上に立つ素質を持つのだろう。

 「……スルト」
 「何だ?」
 「あの女も……僕の、大切なものだと思っていてくれ」
 「……了解した」


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