小説『漂流のA(ゼロの使い魔二次)』
作者:権兵衛()

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第1章 青き春の章

第13話<宝光>





 薄氷が粉々に砕け散るような、そんな甲高い音が響いた気がしたが……それが自分だけに聞こえたのか、それとも皆にも聞こえていたのか、わからない。
 喉にじわりと、熱が広がった。火傷するほどではないが、少し熱めの風呂に入ったような、散髪屋でおしぼりを乗せられた時のような感覚。

 (あー……)

 口を開け、発声を試みる。しかし、聞き慣れている声は耳に届かない。確かに唇を上下に開き、肺の空気を喉で固め、声を絞り出した筈なのだが……相変わらず、何の音も聞こえない。

 (本当に、声が出なくなった。偽物だったら、売った商人を殺してやろうかとも思ってたけど……)

 隣に、鏡がある。そちらを向くと、自分と目が合った。
 喉元に浮き出たのは、青白いルーン文字。

 (このルーンは……逆アンスールに、逆マンか。誤解、情報の混乱、人間関係の不調和……別に、予想外のルーンじゃないな。平凡と言えば平凡、当たり前な……)

 やがて、じわじわと染み込むようにして、ルーンは薄れ消えた。

 誰一人として、声を出す者はいない。

 そのマジックアイテムを知っていたバルシャだけではなく、机の上で頬杖を付いていたナタンも、筆記の練習をしていたフラヴィも。スルトも、見えない目でアクセルを凝視し……何が起きたのか、想像が及んだらしく、唖然として口を開いていた。

 静寂を破ったのは、甲高い金属音。

 アクセルが開け放たれたままのドアを振り向くと、廊下にはスプーンが散らばっており、そしてその中心には、マチルダが立っていた。恐らくはふと目を覚まし、サイドチェストに放置されていた食器を、今夜のうちに片付けてしまおうとしたのだろう。

 マチルダ

 いつものように名を呼ぼうとしたアクセルの唇は、空しく上下しただけだった。
 少女の顔が、見る見るうちに萎んでいく。震える両手で自らの顔を包み、やがて身体全体を震わせ始めたマチルダは、突然アクセルの元に飛び込んだ。

 「っ!?」

 腰に抱き付いてきた少女を何とか受け止めたが、その少女より小さな身体では、勢いを殺すことは出来ず、アクセルは背後の机に背を強かにぶつける。衝撃に顔を歪ませるが、呻き声も出ないまま、床に座り込んだ。
 落ち着いて、改めて、抱き付いてきた少女を眺める。マチルダは小刻みに震えながら、少年の腹に頭を押しつけていた。非力な腕が、精一杯にアクセルの腰を抱きしめている。

 (……大丈夫)

 言葉は出せない故に、身を以て示すしかない。
 左手でそっと、彼女の震える身体を抱き返し、右手で頭を撫でた。いつも思うことだが、彼女の、自分のそれより少し濃い髪は、適度な反発によって指を絡める。それがまるで、愛撫のように心地よかった。
 マチルダはくしゃくしゃになった顔を上げ、水没したような目でアクセルを見つめ、唇を震わせる。アクセルは寝間着の袖で、そっと顔を濡らす涙を拭ってやると、出来る限り柔らかい笑みを見せた。

 (さて、時間は有限。いつまでもこうしてても……な)

 やがてアクセルは、マチルダを抱き付かせたまま立ち上がる。そろそろ離してくれないか?と、視線で彼女に語りかけるが、少女は幼児のように首を振ると、今度は彼女より少し低い位置にある肩に抱き付いた。

 アクセルはもう、それを振り解こうとはしない。白墨を手に取り、壁に掛けられた連絡用の黒板に、手早く文字を書き込んだ。

 “これから地下に籠もる。四日で決着を付ければ、僕の勝ちだ”

 その言葉を残すと、アクセルはマチルダを伴い、ドアから去っていった。

 事務所は、相変わらず静寂に包まれていたが……既に全員、空白のような呪縛から解放されていた。ナタンとバルシャは、ハシバミ草を口いっぱいに押し込められたような顔をして、フラヴィは自発的な行動が出来ず、ちらちらと他の三人を窺っている。スルトは唇を結び、黙り込んでいた。

 「……一言くらい……」

 ナタンがようやく、口を開いた。

 「一言くらい、相談しろってんだよ……あのバカが!」
 「…………」

 拳を震わせるナタンの言葉は、バルシャの代弁でもあり、バルシャは目を瞑る。

 「あいつは……一体何を……」
 「決まってんだろが!!」

 フラヴィの言葉が引き金となり、激情が解放され、ナタンは硬く握った拳を机に振り下ろす。初めて聞く彼の怒鳴り声に、フラヴィが思わず首を縮めた。

 「声の封印が解けないからってよぉ、テメェで試しやがった! あいつは自分を実験台にしやがった! 退路を断ちやがった!」

 アクセルの行動は、確かにファミリーに損害を与えるものだが、ナタンの怒りはそのことではない。

 「俺らは一体、何なんだよ!? そこまで頼りねぇのか!? どんだけ信用ねぇんだ!? 何も言わねぇまま、勝手に突っ走りやがって!」
 「……もし……」

 そこで初めて、スルトが口を開く。彼は見えない目で、じっとナタンの顔を見つめた。
 相変わらず見る者を引きずり込むような、恐怖を感じさせる視線だが、威嚇するわけではなく、真剣な目なのだ。

 「もし、アクセルが相談していたら……お前はどうした?」
 「決まってんだろが、止めたよ! 取り上げたよ!」

 あの三人の娘達の声の封印について、ナタンも、何も思ってないわけではない。
 しかし、彼はメイジではない。マジックアイテムに関する問題など、相手にするのは問題外の門外漢なのだ。そしてアクセルも、マジックアイテムの専門家ではない。

 「止めて、どうする?」
 「どうするって、そんなの……もっとじっくりと、焦らずに……」
 「そして解決するのは、何年後だ?」
 「わかるかっ、そんなもん!」
 「そうだ……誰にも、わからない」

 普段のスルトでは無かった。

 彼にしては、あまりにも穏やかすぎる口ぶり。冷や水を注されたように、ナタンの熱も治まっていく。しかし、冷静になっていく頭でも、尚、アクセルの行動は納得できない。
 ナタンだけではない。バルシャも、フラヴィも、そしてスルト自身も、己の中の感情の矛先に飢えていた。

 「……声が出せなくなれば、詠唱が出来ない。つまり魔法が使えない。この四人の中で、それがどれほどの枷であるかを理解出来るのは、メイジである俺だけだろう。自分の声を封じるなど、伊達や酔狂で出来る事ではない」
 「んな事ぁ、俺だってわかってる……。あいつがマジだってのもな」

 アクセルは、容赦しない。自分の敵に対して、自分の大切なものを奪おうとする敵に対して。まるで駆除するかのように、素直に人の命を奪ってしまう。
 快楽殺人者ではない。ただ単に、それが彼の、自らの人生に横たわる障害を排除する方法なのだ。そこには歓喜も、血飛沫への渇望もなく、あるのはただ……己の敵を、報復することすら許さずに、永劫の彼方へと追放してしまいたいという臆病さ。

 「けど……何で、“今”なんだ?」

 ナタンはどさりと、自分の椅子に座り込む。両手を垂らし、天井を見上げ、呆然と呟いた。
 スルトの加入によって戦力が強化され、フラヴィが降ったことで娼館の内部が改善され……組織の質が底上げされたという理屈は、ナタンにも分かる。しかしだからと言って、アクセルが必要無いわけではないのだ。
 この街を、表と裏の両面から支配する……彼はあの時、そう言った。アクセルには、代官という顔がある。寧ろそれこそが、彼の真正面とでも言うべき肩書きなのだ。喋れなくなった代官……貴族など、貴族社会でどう見られるのか。……それは言うまでもなく、“無能”である。

 その上アクセルは、未だ九歳。もし解呪の方法を見つけられなかったのなら、残りの人生を、その枷に付き合わせなければならない。

 臆病な者が冒険を行うには、未だ早すぎるのだ。
 もっとマジックアイテムについての研究を重ね、理解を深め、メイジとしての力量を高め、そして目途が立った上で、ようやく行うべき挑戦。

 「……とある娘が、美しい宝石を求めた」

 再び訪れた静寂を嫌うように、スルトが話し始めた。ナタンは目だけ動かし、彼を見る。

 「齢、未だ16。美しく、そして高価な宝石だった。その娘は平民で、そんなものを買う金など無い。勿論、その娘の親にも無い。親は言う、諦めろ、と」
 「……何の話をして」
 「いいから聞け、ナタン。もしお前がその娘の親ならば、何と言う?」

 ただの与太話に付き合うつもりにはなれない。しかしナタンは、スルトのあまりに静かな声色に、それを無視することが出来なかった。

 「……そりゃ、諦めろ、高嶺の花だ……とか。自分で金を貯めて買え、とか」
 「その金が貯まるのは、いつだ? 何しろ平民だ、十年二十年では無理だ。食いたい物を食わず、着たい服も着ず、見たい歌劇も見ず……そしてようやく金が貯まった、その時。その娘は、万感の思いを込めて宝石を購うのだろう。しかしその時、美しかった娘は既に娘ではなく、年老い、病を患っているかも知れない。宝石を購うのに何十年もかけながら、結局は、手にしていられるのは数年だけかも知れない」
 「…………」
 「娘は……借金をしてでも、宝石を購うべきなのだ。確かに金は少なく、生活は苦しくなるだろう。だがそこに、金を貯める事と、何の違いがある? 娘は、少なくとも娘であるうちに宝石が得られ、そしてそれを何十年と手にしていられるのだ。……その時娘が購ったのは、宝石ではない。宝石のように輝かしい、人生の時間なのだ」

 スルトは壁に手をつき、立ち上がった。

 「今、アクセルは……己の残りの人生の声、全てを賭け、あの娘達の、残りの人生の声を手に入れようとしている。“今でなくてもいい”ではない、“今しかない”のだ」

 彼は腰のメイスを握り、その感触を確かめる。そして、俯いていた顔を持ち上げると、ドアに向かって歩き出した。
 その背に、ナタンが声を掛ける。

 「……どこに行くんだ?」
 「俺としたことが、熱に侵されたらしい。俺にも、“今しかない”のだ。俺に出来る事など、燃やすぐらい。燃やすことだけが、俺に出来ることだ。今、不穏な動きを見せている連中は、二つだったな? そいつらは俺に任せろ。三日でカタを付けてやる」

 言い終わる前に、スルトは部屋を出ていた。

 「……今しかない、か」

 ぽつりと、ナタンが漏らす。

 「今しかない、ねぇ……」

 顎に手を当て、肘を机に乗せ、一度瞼を閉じる。そして再び開いた時、ふっと、ナタンは笑った。
 机に両手を置き、勢いを付けて立ち上がる。弾かれた椅子が、背後の壁に衝突した。

 「バルシャ!」
 「はいっ」
 「あのマジックアイテム、もっと調達出来ねぇか、クルコスの街に連絡だ! 手に入れられるんなら、一つ残らず買い占めろ! 流通経路についても、もう一度洗い直せ!」
 「了解」
 「フラヴィ! お前に、イシュタルの館の全権を任せる! 文字通り、全部だ! 役に立ちそうな客には、存分にサービスしてやれ! 貴族だろうと商人だろうと、骨抜きにしてやるんだ!」
 「あ、ああっ」
 「俺は、今集められてる情報をもう一度整理、検討してみる! いいかっ、これから四日間は、俺らにとっても正念場だと思え! いつもいつも、好き勝手に引っかき回してくれやがるあのガキに、俺らの本気を見せつけてやれ!!」








 平民には魔法は使えないが、平民でも使えるマジックアイテムは存在する。風石の力を使って飛ぶフネは、平民の技師によって操縦出来るし、声を封じるマジックアイテムも、メイジではない人間でも使用できるようになっている。

 マジックアイテム“夢の姑(ラ・メイユール・ベルメール)

 電池、動力とでも言うべき精神力は、使用者から吸収するのではなく、初めからマジックアイテムの内側に蓄えてられている。引き金を引くことでその力が解放され、銃口へと向かい、ルーンを刻み込むらしい。使えるのは一度きりで、使い捨てだが、シャチハタ型とでも言うべきか。

 「…………」

 手の中の、拳銃型のそれに、精神力を込めてみる。アクセルは再び、その銃口を喉元へと押し当てた。
 しかし、それをぐっと押し止めた手がある。
 隣を見ると、蒼白な顔をしたマチルダ。

 アクセルは安心させるように微笑み、ゆっくりとマチルダの指を解いていく。彼女はそれ以上、止めようとはしなかったが、じっとアクセルを見つめていた。

 再び、あの、薄氷が砕け散る甲高い音が響いたが……今度は、喉には何の変化も無かった。

 (再利用は出来ないか。まぁ、当たり前だよな。それとも、重ね掛けが出来ないだけか……最初に込められていた精神力でしか発動しないのか……一度使えば、壊れるように出来ているのか)

 また、隣を見てみる。安心した表情で、マチルダが止めていた息を吐き出していた。

 先ほどから、ずっとこの状態なのだ。彼女はアクセルの一挙手一投足、果ては指の動きに至るまで、神経を尖らせるようにして注意深く見守っている。

 少し考えた後、アクセルは地下倉庫の壁に立て掛けられている黒板に向かうと、そこに文字を書いていった。

 “もう夜遅い。お休み、マチルダ”

 アクセルがそれを書き終える前から、マチルダも白墨を握っている。

 “ここにいる”

 再び、アクセルは考える。慎重に、言葉を選んだ。

 “テファが寂しがるよ”
 “テファもここに連れてくる”

 (……そうなると、ミシェルも、それにアニエスもくっついて来そうだな)

 この感覚は、前世でもあった。将棋のルールを覚えたばかりの頃、上手い友人と対戦した時、指す手指す手にカウンターを喰らわされ、じわじわとなぶり殺しにされた時のような……逃げ場が次々と失われていく感覚。

 “四日間だけ、ここに籠もる。だから外で待っててくれ”
 “私も四日間だけ、ここで過ごす”

 駄目だ、と、アクセルは焦った。どんどん袋小路に追い込まれている。

 “お願い。集中したいんだ”
 “いるだけ。静かにしておく”
 “だめ。女の子はちゃんと寝なさい”
 “子どもはちゃんと寝なさい”

 幼い応酬が続き、ついにアクセルは、苦笑と共に諦めた。
 こんな筆談による言い争いをしている暇など、自分には無いというのに。それくらいなら、一歩でも解決へ向けて進むべきなのだ。

 ルーン文字を使用していたことからしても、魔法に則った、メイジにとっては十分に理解可能なものなのだ。ならば、解明出来ない道理が無い。
 既に用済みとなったので、件のマジックアイテムを分解してみる。仕組みは至ってシンプル、それだけに難しい。もう一つ、未使用のものを分解出来ればいいのだが、無いものねだりはキリが無い。どうやらスペースの大部分は、精神力を保管しておく電池に取られているようで、心臓部と呼ぶべき部分は銃口に集中していた。

 十本の指の全てを活用し、マジックアイテムと自分の喉を、ディテクトマジックで調べていく。

 (ギアス、では無さそうだ。水系統だけど、肉体の一部分に直接作用するタイプか。それに風系統か……)

 呼吸を繰り返してみる。呼吸音はあるが、寒い日に手を温めるようにはぁーっ、と息を吐き出してみても、風が吐き出されるといった感じだった。囁き声も封じられている。水系統で肉体の動きを阻害し、風系統で補完しているらしい。

 (よし……。先ずは、ルーンを試すか)








 (なぁ、メンヌヴィル……助けてくれないか?)

 傭兵にとっての戦闘は、仕事である。報酬を受け取ることを目的とした、労働である。
 戦うことに意義を見出す、そんな者は少数派だ。戦闘行為が手段ではなく、目的になってしまっている。大部分は、確固たる信念や信条、正義を持たない、半分破落戸のような者たち。別に悪い事では無い。そんなものを持っているのは義勇兵と呼ばれるべきであり、そもそも傭兵とは別物なのだ。

 金だけの繋がりであるので、当然、不利になればさっさと報酬分働いて逃げる。賞金稼ぎなどと同じく、死ぬまで戦おうとするのは愚か者だ。

 命乞いは正道。スルトも、数多くの命乞いを見てきたし、その大半は自分に向けられたものだった。

 現に、今も……。

 「ブリミル様ぁぁっ! どうかお助け」
 「間違えるな。命乞いの相手を」

 スルトは呆れたように、メイスを振り下ろす。彼に背を向け、天に向かって祈りを捧げていた男は、少なくとも痛みを感じる暇なく死ぬ事は出来た。ぱっくりと割けた頭部から、脳漿と血が零れている。

 スルトはふと、あの少年の事を思い出していた。

 (なぁ、メンヌヴィル……助けてくれないか?)

 少年はあの時、確かにそう言っていた。
 そしてあの時から、彼の自問が始まっていた。

 アクセルは言う、死ぬのが怖いと。恐ろしいと。
 それは本心なのだろうが、それでもスルトは考える。ならばアクセルの本質とは、何なのか、と。

 人は闇を恐れる。暗闇の中を、怖々と歩く。理由は当然、見えないから。
 既に世界が闇に閉ざされたスルトだが、それでも、まだ光を失っていなかった頃の事は覚えており……“自分は闇など恐れない”などとは思わない。ただ単に、闇から逃れることが出来なくなり、順応するしかなかった、それだけだ。
 死も同じだ。先が見えない。その中にはきっと、疑心暗鬼という名の鬼が棲む。

 アクセルのあの時の行動を、やはり、命乞いだとは思えなかった。

 何度も命乞いをその目で見て、見えなくなってからはその温度を感じてきた。

 「たったたっ、助けっ」

 そう、これが命乞いだ。武器を持つべき手には何も持たず、両手を組み合わせ、身動きが取れないように膝を畳んで座り込み、ただ嘆願する。自分は無害な存在である、殺す必要など無いと、必死に体現する。

 スルトがその男の隣を通りながら、無造作に炎で焼き殺したのは、考え事をしていたから……それだけの理由。

 (命乞いではなく、救いの手を求められたから?)

 肉が焼ける匂いが、体中を満たす。しかしスルトは、常のようにただそれを楽しんではいなかった。
 いくら自問しても、納得のいく答えは出ない。

 「……ハハっ」

 しかし、それを不快には思わなかった。答えが出せない、という答えが出るたびに、スルトは人知れず笑っていた。得体の知れないもの……まるで、闇だ。
 ああ、自分は闇を恐れていると同時に、それと同じかそれ以上に、闇を愛している……それが自分の本質の一つだと、スルトは思っている。

 そんな彼が、自問の果てにたった一つだけ導き出せた、アクセルの本質。

 「そうだ」

 勇敢にも剣を振り上げて襲いかかってきた、一人の青年。彼の身体を、無造作にメイスで払いのけつつ、スルトは両手を大きく広げ、赤く染まる天に向かって叫んだ。

 「あいつは! あいつはあの時! 死を真正面から見据えていた!」

 誰もが忌避し、目を背けようとする死を、他の何ものでもなく、ただ“死”としてそのままに見る。
 少なくともスルトの、そしてメンヌヴィルだった頃の記憶に、あんな温度は見当たらなかった。

 得体の知れない、初めての、記憶に無い、前代未聞の、史上初の、未曾有の……それらの言葉全てが、スルトの喜びを励起し、渇ききった彼の心を潤していく。

 「何と! 何と素晴らしい事か!」

 メイスを振るい、燃え盛る火炎の一点を指し示す。突風が起こり、炎を吹き潰し、逃げようとしていた数人の姿を露わにした。彼等は皆、スルトに向かって怯えた表情を向ける。

 「どうした? 何をしている?」

 笑顔のまま、スルトはその数人に向かって歩き出した。

 「分不相応な夢を見て、その幻に手下達を付き合わせた罪。哀れな手下達を見捨てて、自分たちだけ逃げる罪。今日まで生きていた、罪」
 「くっ、来るな化け物!」

 彼等の中の、誰かが叫ぶ。命乞いが無駄だという事を知っているのは、この襲撃の一部始終を見ていたからか。

 「俺は化け物ではない。足を引きずってやって来た、罰だ」

 スルトはメイスを振り上げる。現れた炎球が、彼等の顔を真っ赤に染め上げた。

 アクセルは、こいつ等とは違う。こいつ等のように、代わりがいない。
 果たして彼は、あの呪縛を解放できるのか。声を取り戻し、宝石のような人生を与えられるのか。もしも、それが出来たとすれば、何と素晴らしい少年なのだろう。

 素晴らしい、だからこそ……スルトはやがてメンヌヴィルへと戻り、彼を灼くのだ。

 「……“芝居は終わった。喝采せよ”」

 灰となった、最後の数人に背を向け、恭しくお辞儀をし……スルトはその場を去った。


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