小説『漂流のA(ゼロの使い魔二次)』
作者:権兵衛()

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第1章 青き春の章

第16話<逸勝>




 (まるで、地獄の色だ……)

 後から考えれば、それはほんの刹那の瞬間だったが、アクセルはその時、そんな感想を持った。地獄には未だ行った事がないし、出来れば永遠に御免被りたいが、きっと本物の地獄も、この瞳と同じほどに美しいのではないか……そんな思いが浮かぶ。

 「……!!」

 アクセルは尻を落とし、尻餅をつくようにして座り込んだ。フラヴィの右手が、頭上を凄まじい速度で通り抜ける。そう、そんな無様な回避行動しか、選択肢は残されていなかった。

 (……何が何だか、さっぱりわかんねぇが……)

 尻餅をついた勢いを利用し、素早く後転し、床をはね除けるようにして立ち上がる。
 空振ったフラヴィは、そのまま停止していたが、ゆっくりと、あの赤い瞳をアクセルへと向けた。同じ色ではあるが、普段の彼女のそれとは、あまりにも雰囲気が違い過ぎる。

 (この厄介な時に、厄介が仲間を呼んで、おや、厄介たちの様子が……なんと、キング厄介が現れた、って事だけはわかる。……俺のバカ、落ち着け、少しは)

 軽く息を吐き出し、床を踏みしめ、拳を構える。

 一体、何がどうなってフラヴィがこうなったのか、それはさっぱり分からないが……とにかく、フラヴィが明確な攻撃の意志を持っている事だけは確かだ。無造作に振られたあの右手だが、それはちょうどアクセルの頭の位置を空振っており、回避しなければ無事では済まなかっただろう。流石に首が千切れ飛んだりはしないが、身体ごと吹っ飛ばされていたかも知れない。

 油断無く構えるアクセルだが、フラヴィはふと、踵を返した。

 (そのまま帰る……ってのは無理だよな)

 若干の期待を込めてそう願ったが、それこそ問題の後回しである。このまま事務所や娼館の人間に被害が出れば、目も当てられない。それならば、ここで自分が、何とかするしかない。

 (……出来んのか?)

 詠唱できないメイジという、導火線のない爆弾のような自分が、果たしてどこまで出来るのか。確かに普段のフラヴィなら、素手で勝てる相手だろうが、今のフラヴィの戦闘能力は未知数なのだ。

 「……死に木よ」

 背を向けたフラヴィは、ぽつりとそう漏らす。

 「ざわざわと這い寄りて、疎ましき壁となれ」

 変化があったのは、木製の扉だった。重厚な扉を構成する板が、意志を持ったかのように延び、軋みながら結合して壁に潜り込み……それはもう扉という出入り口ではなく、ただの板の壁となっていた。

 アクセルの体中から、どっと汗が噴き出す。からからに乾いた唇を、舌を這わせて潤すと、フラヴィに向かって走り出した。

 (今のって…………先住魔法じゃねぇかっ!?)

 彼女は確かに、精霊を操り、扉を変形させた。杖を持たずに、口語の詠唱のみで。
 もたもたしていれば、こちらがやられると、彼はそう判断した。

 (くそっ、何てこった! エルフ……じゃないよな、流石に。じゃあ何だ? 翼が生えてないから翼人じゃないっ、なら、獣人? 吸血鬼? それとも娼婦らしく、サキュバスか?)

 アクセルが思いつけるのは、それが全てだった。

 アクセルは先住魔法を使えないし、それどころか実際に使われるのを目にしたこともない。周囲の精霊の力を利用し、メイジが使うそれよりも強力なものを使用できるというが、なるほど確かに、あんな魔法は自分には出来ないだろう。

 あのような魔法を使うのは、つまり、外から邪魔されない為であり、内から逃がさない為。一対一でフラヴィと戦い、圧倒しなければならない。

 (……惜しい)

 ぎぃっ、と、歯を噛み鳴らす。それはまるで、ようやく見つけた泥中の宝玉に、見逃せない瑕疵があった時のような、そんな悔しさ。
 フラヴィの有用性は、既に熟知している。ファミリーのため、更には娼館のためには、失いたくない人材だ。しかし、今、彼女の命を損なわずに事態を解決出来る可能性は低く、それどころかアクセルが殺される可能性が高い。

 (……厄介なもん抱えやがって。先に言っといてくれよ、そういう事は……)

 フラヴィを射程範囲内に捉えたアクセルは、迷わず拳を突き出す。が、そこにフラヴィはいない。しかし、先ほどとは違って覚悟していた為か、その動きは目で追えないものでは無かった。真上にジャンプしている。

 (そんな、大袈裟な避け方するもんでも無いだろうに。いや、持て余しているのか? 力を……)

 先住魔法を使う相手となれば、距離を取る事は出来ない。詠唱させる隙は与えられない。
 斜め上、フラヴィに風の爆弾を放とうとしたアクセルだが、どこまで威力を込めればいいのか、その判断が出来なかった。

 (余裕ぶってる場合か? いくら惜しいとはいえ……)

 迷いは隙こそ生まなかったが、代わりにチャンスを逃した。
 飛び降りてきたフラヴィは、振り上げた右手をアクセルに叩き付ける。咄嗟に、彼女の左側へと逃げる少年の太腿を、爪が掠った。

 「……っ!」

 顔が歪んだのは、痛みによってではない。ズボンの布を軽々と引き裂き、更にその下の肉体を傷つけた、彼女の爪の強靱さに驚いた。
 左手を伸ばし、フラヴィの左袖を掴む。それを引き寄せるようにして、更に彼女の左側へと周り、右拳を脇腹の後ろあたりへ叩き付けた。

 (確か、この辺りだったよな? 肝臓は……)

 危険すぎて反則技とされる、肝臓打ち。

 「がっ」

 フラヴィは短い呻き声を上げ、その身体を崩す。通常の身体であれば大ダメージだが、二秒とせずに手を伸ばしてきた彼女は、既に通常の身体ではない。

 (全力でなかったとはいえ……結構ショックだ)

 びりびりと布が裂け、アクセルの手に袖が残される。
 自由になったフラヴィは、今度は両手を使い、頭上からアクセルを捉えようとした。

 (バカの一つ覚えに、やられてたまるかっ)

 少々の無茶を行っても問題ないと判断し、アクセルは更にフラヴィに接近し、彼女の両腕の内側へと潜り込む。
 そこはフラヴィではなく、アクセルの間合い。だが、両手両足全ての攻撃が出来ないその距離で、彼女はぐっと、顔を異常な速度で近付けてくる。

 (!? 間に合わ……)

 風の爆弾を放つよりも一瞬早く、フラヴィの開いた口が、アクセルの首を銜えた。それと同時に、鋭い痛みが走り、放とうとしていた風の精霊が霧散する。

 (吸血鬼……か……!)

 彼女の正体を確信したところで、床に押し倒された。馬乗りされ、両手同士を封じられ、のしかかる体勢のまま、血を吸われる。

 (……何……だ……これ……)

 体中から、体温が失われていく感覚。前世で献血をした時と似たような感覚であり、別段不思議な事でもないが、それよりも、脱力感に衝撃を受けた。

 (……そうか……噛まれたら終わりなのか……)

 “彼岸島”の吸血鬼のように、吸血鬼の牙には、筋弛緩作用があるらしい。一度噛まれたら最後、そのまま抵抗も出来ずに血を吸われてしまう。
 当たり前と言えば、当たり前の事かも知れない。吸血鬼は確かに、ハルケギニアで最も危険とされる種族であるが、力自慢なら対抗できる程度の筋力しか持たない。にも関わらず恐れられるのは、魔法でも人間との違いを探知出来ないという、その極めて高い埋没性によって、である。
 この世界の吸血鬼は、“彼岸島”のように人間を家畜化などせず、一気に吸い殺してしまう。屍人鬼として操る場合は別だが、基本的に一度噛みついたら、その人間の全ての血液を吸収する。ひょっとしたら原作に出てこないだけで、密かに人間牧場でも作っているかも知れないが、隠れ住む存在である彼等だからこそ、少数から限界まで搾り取るという食事法なのだろう。
 一人の人間が持つ血液は、体重の12か13分の一くらい。出血死するのは、その三分の一が失われた時。アクセルのような子どもならともかく、大の大人なら5?程の血液を有し、出血死させるどころか、出血多量の状態にするにも時間がかかる。その間抵抗されない為にも、筋弛緩作用は必要な能力なのだろう。

 (……って……俺は……何を暢気に……)

 子どもの自分なら、その速度は更に速まる。吸血鬼に噛まれたら終わり、という教訓は、死を代償として得なければならないものなのか。

 (吸血鬼の……弱点は……? 太陽の光、流れる水、大蒜、十字架、銀……。けど、どうもここの吸血鬼は……太陽の光に弱い、くらいしかないな。……待てよ……)

 アクセルは、体中の力を一点に集中して絞り出すように、指先に力を込めた。

 (イメージだ……イメージなんだ……。大蒜は駄目、流れる水は無い、十字架も駄目……なら……退魔の力を持つと……言われる……)

 血を吸うフラヴィは、気付かない。少年の力無い指先が、自分の身体の上をなぞっているが、それはただの力無い抵抗だと考えた。落下してくる巨大な岩に向けて、思わず両手を突き出してしまうような。

 (頼む……あってくれ……)

 フラヴィがあの薬を持ってきた時、自分が渡した銀貨を、彼女はどこに仕舞ったのか。受け取った右手には持ってなかった。一番考えられるのは、彼女の右のポケット。

 「……!」

 指先に、硬い何かが触れた。それ以上の確認の時間が惜しく、無我夢中でイメージを込め、自分の精霊に追従させる。

 “退け”と。

 次の瞬間、彼女の身体は浮き上がった。刺していた牙が無理矢理引き抜かれたことで、皮膚と肉が若干食い千切られたが、痛みはなく耳障りな音が聞こえただけだった。

 アクセルの上から吹き飛ばされ、二メイルほど後方に落下したフラヴィは、むくりと上体を起こす。
 赤い瞳が、じっと、未だ満足に動けないアクセルを見つめている。静寂の中、地下倉庫に忘れられた柱時計の振り子が、その音を大きくしていった。

 「ひっ……」

 その音を、また取るに足らない雑音へと押し戻したのは、フラヴィの悲鳴のような呻き声だった。
 何かに取り憑かれたようだったその瞳が、歪み、人の脆弱さを取り戻す。首筋に牙の傷跡を残し、ぼんやりとした顔で天井を見上げるアクセルが、その赤の中に映し出されていた。

 「あた……し……あたし……」

 フラヴィは両手を自分の顔に這わせ、震え出す。それはまるで、触れているそれが人間の顔かどうかを確かめるような仕草だった。歪み、揺れる瞳は、目を背けたいという感情と、自分の行動を見据えたいという感情の狭間で混乱している。

 アクセルはようやく動くようになった右手を、自らの首へと移動させ、掌で傷跡を押さえ込んだ。

 (……寒い)

 かなりの量の血液を奪われたようで、その代わりに氷水でも注入されたような気分だ。
 妙な気分だった。体中を脱力感が襲い、意識が朦朧としているのに、頭脳は冷や水を浴びせられたように落ち着いている。杖となった指で、自分の喉を調べていくうちに、その冷静な頭脳は静かに回り始めた。

 フラヴィには、常に意識があった。こうやってアクセルを押し倒し、その首に噛みついて血を吸ったのも、自分がそれを望んだから。そうせずにはいられない、という、強い欲求故だった。
 しかし、その欲求が満たされてしまえば、また普段の彼女へと戻った。戻ってしまった。
 首筋に噛みつき、その血を啜るなどという、およそ人間では考えられない行動を、人間という視点から見てしまった。

 ふと、漸く上体を起こしたアクセルと視線が重なる。暫く無表情を崩さなかった彼は、やがて唇の端を吊り上げると、笑みに顔を歪めた。そして、喉に手を当てたままゆっくりと口を動かす。

 「……賢者タイムの……ところ……悪いけど……」
 「えっ」

 すぐに、フラヴィはその異常に気付いた。正常であるという異常に。
 掠れ、使い古しの手拭いのように擦り切れてはいるが、この少年の口から確かに、失われている筈の声が出た。

 「……ちょっと……付き合え……フラヴィ……」








 倉庫の扉が消えてから三時間ほどして、フラヴィが出て来た。

 「……まだ貧血か?」
 「いや……寧ろ……足りすぎ……」
 「……?」

 言葉短く、途切れ途切れにナタンに返し、彼女はよろよろと、壁に手をつきながら自室へ戻った。

 地下倉庫の扉がどうして“こう”なったのかはわからないが、恐らくアクセルが何かやらかしたのだろうと、皆がそう思っている。
 スルトが錬金を行い、壁に穴を開けて、今ではそこが出入り口となっていた。

 「いい顔になってきたな」
 「……あれがか!?」

 盲目のスルトが顔という言葉を使って評価を下す時、それはどの目開きよりも信用できる。が、今回ばかりは、ナタンも同意できなかった。

 物が散乱していた地下倉庫は、更に足の踏み場が無くなり、壁には黒板からはみ出した文字が、所狭しと並んでいる。ルーン文字、ナタンでも読める文字、そして見たこともない文字の群。中には、血で描かれているようなものもあった。
 それらの中心に胡座をかいて陣取るアクセルは、血走った目で書物のページを捲り、空いた手で口にハムを運んでいる。

 (あの娘達を上がらせ、たった一人になったという事は……勝算が出たか)

 あの少女達は確かにアクセルに依存しているが、アクセルも彼女たちに依存していた。それが必要なくなったということは、突破口を開いたのだろう。確かに、この姿は幼気な少女達には見せるべきではない。

 「つまり、どういうことだ?」
 「女の前では、男は誰だって頑張るだろう」
 「ああ。なるほど」

 とりあえず納得したナタンだが、やはりアクセルが気になった。時折顔を歪め、頭を掻きむしりながら本を漁る姿は、鬼気迫るものがある。そのまま本当に人間を辞めてしまうのではないかと、そんな馬鹿馬鹿しい杞憂すら頭を過ぎった。

 (マジで……テファ達に見せない方がいいな、これは)

 元々、どこか振り切れている……いや、人間として何かが欠落している感があるアクセルなので、例え人間以外になろうがナタンは気に留めない。しかし、今のアクセルを見ていると、自分たちを置き去りにしてどこか遠くへ行こうとしているかのような、そんな不吉な予感を覚えてしまった。まるで、どこか異世界へと足を踏み入れているかのような……。

 (この文字が……原因か?)

 ナタンは傍らの文字に目を向け、そっと指を這わせてみる。ルーン文字や口語文字ではない、成り立ちからして異質な文字。適当に作ったものではないだろう。規則性があるようで、無いような……そう、異世界から引きずってきたような文字。
 そしてそれを扱うアクセルの顔は、これ以上ない程に子どもらしかった。

 「……楽しそう……に見えるな」
 「ああ、いい顔だ」

 スルトは再びそう言った。








 考えてみれば、自然の道理だった。十年近く親しんだ文字が利用できるのなら、二十年近く親しんだ文字が利用できない道理は無い。最も重要なのはイメージを具現化することであり、漢字を使うのはアクセルにとって実にしっくりくる手段だった。

 (……すごいな。間に合った)

 屍人鬼(グール)化すれば、喉の呪縛を打ち破って喋れることを発見し、かなり気持ちに余裕が出来た。しかし、その方法は出来れば使いたくなかったのだ。確かに喋れることは喋れるが、呪縛に呪縛を無理矢理ぶつけているせいか、喉の痛みが激しい。イガグリでうがいをしているように、ズキズキと痛みが走る。よって、あの三人に使うのも却下。そもそも屍人鬼(グール)に出来るのは、吸血鬼一体につき一人だけだし、それ以前に屍人鬼(グール)にして問題解決という話も無い。

 (フラヴィに感謝だな)

 彼女が今まであの本性を隠せたのは、客の体液を吸収していた為だろうか。確か、それではその場しのぎにしかならなかった筈であり、何故今まで潜伏していたのかという疑問はある。事情を知ってそうなのはローランだが、彼は現在レオニー子爵領にいる。しかし、そんな重大な話を隠していたとは考えにくく、ひょっとしたら成果は上がらないかも知れない。

 身体を屈め、倉庫の穴から外に出ると、スルトが座り込んでいた。娼館ですら灯りを消すこの時間に、まさか誰かいるとは思わず、アクセルは驚いて立ち止まる。

 「……出来たのか」
 「……ああ」

 疑問ではなく、確認するような彼の口調に、アクセルは軽く笑みを浮かべて返す。少年の声を聞き、スルトはゆっくりと、大きく頷いた。

 「そうか。では先ず一つ、おめでとう、と言っておこう」
 「ああ、ありが」
 「さて」

 ゴツゴツと硬いブーツの音が、地下の廊下に響き渡る。立ち上がり、歩み寄ってきたスルトは、アクセルの前に立った。

 「そのマジックアイテムか?」
 「……ああ」
 「それを使わない、という選択肢もあるぞ」

 スルトのその提案は、アクセルにとって予想だにしなかったものではない。アクセルは右手に持つ、拳銃型のマジックアイテムを改めて眺めつつ、何故彼はこんなにも的確に、自分の迷いを衝くのだろう、と考えた。

 「……誰よりも早く、それを言うために……わざわざ待っていたのか?」

 からかうように言うアクセルの言葉に、スルトは若干表情を和らげる。

 「少年はついに試練を克服し、乙女達は声を取り戻した、めでたしめでたし。ところが、残念ながら世界は残酷だ。トゥ・エ・ビヤン(めでたしめでたし)・パッセなどというのは、所詮は御伽噺の中でしか通用しない」
 「ああ、そうだ。わかってる。でも……」
 「いや、気にするな。一度、聞いてみただけだ。成したいようにすればいい」
 「……ああ」

 彼女たちは、その存在を公にすることが出来ない。
 現在スルトが確認した限りでは、こちらに敵対する人間はいても、こちらを監視する人間はいなかった。
 声を失った経緯は未だ分からないが、彼女たちは悪意に晒されたのだ。その悪意の主がもし、彼女たちが生きていることを知り、更に声が戻ったことを知れば、再びその切っ先を向けてくることになる。

 アクセルもスルトも、彼女たちの声が戻った場合のデメリットを考えていた。

 特に、マチルダとティファニアが、アルビオンにとって消してしまいたい存在である、そのことを知るアクセルは、頭を悩ませた。もしも、誰にも気付かれないような高度な諜報手段、またはこちらの予想を遙かに超えるほどの諜報員がいて、アルビオン側に二人が生きていることを知られていれば。そして彼等が、二人が声を取り戻したことを知れば。
 声を失った事で、暗殺の必要もないと見逃してくれていた、あちらの微妙なバランスを、自分は悪い方向に突き崩してしまうことになるのではないか、という懸念もあった。

 想像に過ぎない。しかし、あり得ない話ではない。

 もしかしたら、初めから声を取り戻す方法を探るなど、余計なお節介以外の何者でもなかったのかも知れない。

 「それでも求める、か」

 アクセルの足音が聞こえなくなってから、スルトはふと呟いた。彼も、あの少女達には何か秘密があるのだろうと、薄々とは感じている。だからこその提案だった。

 「……守ってやろう。俺が、“スルト”であるうちは」

 “その時”がやって来るのは、そう遠くはないかも知れない。
 “その時”を他の何よりも待ち望んでいながら、彼は何故か、今だけかも知れないが、笑顔を作ることが出来なかった。



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ゼロの使い魔 三美姫の輪舞 ルイズ ゴスパンクVer.
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