小説『漂流のA(ゼロの使い魔二次)』
作者:権兵衛()

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第1章 青き春の章

第2話<初陣>




 “骨”を杖にしてから、変わった事がある。
 以前は感じ取れなかった“力”の存在に、気付き始めた。

 やはり、魔法を発動させるための道具を、自分自身の身体の中に作り上げたことが影響しているのだろう。

 現在、アクセルの予備の杖は14本。両手指、両腕の橈(とう)骨、両足の脛骨。

 (……無茶したなぁ、俺)

 流石に、両足の膝から下が破壊されたら……と考えるのは、やめておく。喉もと過ぎれば何とやら、の心だが、ともかく幸いなのは、あの苦しみを二度と味わう必要が無いということか。
 自分の肉体を不必要に傷つけて、快感を得る趣味は無い。

 魔法を使う時確実なのは、両手の人差し指の二本だけ。それ以外ではやはり性能が下がり、特に両足の骨では、コモンスペルすら失敗することがある。人差し指の相性がよいのは、イメージの問題かも知れない。まぁ、流石に文字通りの無駄骨だった、なんてことは避けたいので、両足で魔法を使う訓練もするつもりだ。

 そして、自分は確かに、感覚を掴んだ。

 (……魔力……って言えばいいのかな、これ)

 目に見えるわけではない。それでも、目を閉じ、息を止め、耳を塞ぎ……五感を封じていけば、はっきりと感じ取ることが出来る。その力を、取りあえず魔力と呼んでいる。まぁ、相談する相手もいないのだが。

 両親やリーズなど、メイジの周囲に漂うもの。メイジでない平民、使用人たちも纏ってはいるが、その範囲、濃度ははっきりと違う。普段は頼りなさ気に漂っているその力は、魔法使用時に途端に意志を持ったかのように流れ、収束し、そして……発動する。

 勿論、自分の周囲にも漂っている。

 「あの……魔力さんですか?」

 一応尋ねてみたりするのだが、もとより反応は無い。反応するのは、魔法を使う時だけ。
 端から見れば、見えてはいけない友達が見えているようなので、あまりアプローチはかけられない。そもそも、自我を持っているのかも謎だし。

 ともかくそのことは、いい方向に働いた。試してみたいことも益々増え、24時間では少なすぎる。

 (……充実し過ぎだな)

 前世では、決して得られなかった感動。あそこの自分は、ただ周囲に流されるまま、確たる夢も持たず、漠然とした時間を送っていた。
 時計を見るたびに、まだ残っている時間に溜息をついたり。

 そんな事を考えていた時、父親に呼ばれた。

 曰く、領内の村が盗賊に襲われるようになり、それを鎮圧してこいと。
 まだ、年端もいかない子どもだ。勿論、アクセルに何かを期待している、というわけでもないだろう。いくら魔法の成績が優秀でも、やはり所詮は、子どもなのだから。

 討伐隊を率いるのは、アクセル。補佐するのは、リーズ。
 実質的な責任者は、リーズだった。メイドとは言え、彼女は風のラインクラスの魔法使い。そこらの盗賊に敗北する筈はない。
 今回のこれは、アクセルの教育の一環なのだろう。人の上に立つということ、また、魔法を使って平和を守るということ。杖を振るうことではなく、どんなことが起きるか、その目で見据えることが、ラヴィス子爵の望み。

 (……あのお父さん、結構スパルタなんじゃないか?)

 あっという間に全ては整えられ、アクセルは馬上の人となる。とは言え、アクセルは乗馬が苦手であるので、手綱を握るリーズの前に大人しく跨っている。周囲を取り囲む兵は、合計70名。
 そう、まだ馬にも乗れないような子どもなのだ。それどころか、同年代の貴族では、未だ杖すら与えられていない者が殆ど。そんな子どもが、名ばかりとはいえ、討伐隊の隊長。
 ひょっとしたら、血や死体に馴れさせておく、という目的もあるのかも知れないが……。

 (血生臭い話だなぁ)

 それはつまり、これからの自分の人生で、そんな場面に遭遇することが多々ある、ということ。

 他の貴族を知らないので何とも言えないが、どうやらラヴィス子爵は、何か秘密を持っているらしい。内政にもそれほど興味を示さず、普段はエリート商社マンか何かのように、彼方此方を飛び回っている。ラ・ヴァリエール公爵家からの手紙も一通や二通ではないし、屋敷を留守にしているか、屋敷でのんびりしているかどちらかしかない。
 ともかく、子爵自らが領地を留守にする必要があるのなら、なるべく早くに、自分を成長させておきたいのだろう。アクセルはそう考えた。

 ラヴィス子爵領パリュキオの村に到着したのは、夜も更けてからだった。予め連絡はされており、兵士は宛われた集会場で休み、アクセルとリーズは村長の家に招かれる。

 「アクセル・ベルトラン・ド・ラヴィスだ」

 緊張した面持ちで出迎える村長に、アクセルはそう告げる。年上とはいえ、平民に敬語を使うのは不自然であり、しかしなるべく威圧感を与えないよう、声色も選んだ。

 「これはこれは。こんな遠くまで、よくぞ来て下さいました」

 一応、領主であるラヴィス子爵の名代としての来訪なので、扱いも子爵本人と遜色ない。が、略奪を受けた村に蓄えは少なく、歓迎の宴、という雰囲気でもなかった。それが村長の気がかりだったらしく、アクセルが寝床を用意してくれただけでいい、と言うと、ホッと表情を緩めた。

 村長や集まった村人たちからの情報を総合すると、盗賊……というより山賊は、全部で30人ほど。メイジはいないが、傭兵崩れや破落戸、逃亡奴隷などで組織され、近くの山にある廃墟を根城としている。隣の男爵領から流れてきたものと、元々この地にいたものが統合され、ついに二ヶ月前から略奪が始まった。

 「二ヶ月前?」

 アクセルは思わず聞き返す。何か不味かったのかと、村長は青くなりながら頷いた。
 流石に山賊の略奪を、一回程度ならなかったことにしようか、などとはならないだろう。一度でも略奪が起きた時点で、領主に連絡がいく筈だ。
 今回の討伐隊は既に準備が出来ていたので、その結成にどれだけ時間がかかるかは分からないが、それでも遅すぎる気がする。兵士達も確か屋敷からは、遠くても半日の場所に駐屯していた筈。
 やはり、いくら何でも遅すぎる。

 (……どんだけなんだ、うちの内政は……)

 いくら領主が頻繁に領地を空けるとはいえ、これは酷すぎる気がする。これなら、代官でも用意した方が、ずっとうまくいくのではないか。
 つまり、この周辺の村々は、少なくとも二ヶ月前から略奪され続けているわけで……。
 反乱でも起きそうなものだが、やはり、平民と貴族を隔てる壁は、果てしなく高く、絶対なのだろう。例え不満はあっても、文句を言うという発想すらないのかも知れない。天災と同じく、どうしようもないことと諦めているのか。

 そして、それがこの世界の常識。

 取りあえず、一通り情報を集めた後、アクセルは宛われた部屋に戻った。

 「いいですか、若様。明日は私から、くれぐれも離れないようにしてください」

 リーズが同室なのは、そもそも村長の家の部屋数の問題と、アクセルの護衛の為。その彼女は、もう何度目かわからない注意を、また繰り返していた。

 「うん、わかってる。僕に何かあったら、みんなの責任になっちゃうし」
 「……それがお分かりなら、何も言うことはありません」

 どうせまた言い出すんだろうなぁ、と、アクセルはそっと苦笑する。行きの馬上でも、この会話は何度かしている。
 考えてみれば、これが初めての遠出だった。普段は子爵の屋敷と、その周辺に行くことしか許されていない。スパルタなのか過保護なのか、よく分からない父親だ。

 未だ馬に慣れていなかった尻をさすりながら、アクセルはベッドに潜り込んだ。





 誘拐された。

 な、何を言ってるのかわからねーだろうが……思わずポルナレフ。

 朝日が窓から差し込む中、後ろ手に縛られて、薄汚れた広間に引っ立てられたアクセルは、山賊の手際の良さに驚いていた。

 (まさか……向こうからやって来るとは……)

 アクセルが立てた……と言うより、リーズが立てた計画では、今晩は兵を休ませておき、明日の朝一番で出立、本拠地へと向かい、兵隊で包囲、そしてリーズ達が攻撃する、というものだった。勿論、アクセルは包囲網の外に置かれる。

 しかし、討伐隊の情報を得た山賊は、奇襲に出た。討伐隊が到着したその夜中に囮部隊が村を襲い、村人に化けた手下がどさくさに紛れて、眠りこけていたアクセルをかっ攫う、というものだった。

 流石に、メイジ……リーズを恐れたのだろう。数の上でも討伐隊が勝っているし、まともに来られては逃げるしかないと考え、領主の息子であるアクセルを手に入れた。つまりは戦う前から、勝敗を決めてしまった、ということになる。

 (……うん。そうだ。ぶっちゃけ、舐めていた)

 たかが山賊という、そんな驕りがあった。そしてそれは、討伐隊全体のものだった。

 考えてみれば、リーズもいくらメイジとはいえ、集団戦のような経験はない。せいぜい、盗人を倒すくらい。兵隊を率いるなども、知識としては知っていたのだろうが、初めての体験だった筈だ。

 (そうだよな、まぁ、山賊だってバカじゃないよな)

 彼等も、必死なのだ。勝って当たり前の戦で、どこか余裕があった……はっきり言って弛んでいた討伐隊とは違い、死に物狂い。

 (俺も、いつの間にか、平民を舐めていた)

 平民にだって恐れるべき者はいると、そう考えて今まで修行してきたのに……山賊など、所詮は雑魚が集まっただけだと、そう、どこかで侮っていた。

 「ようっし! これで、俺らにも勝ち目が出来たな!」

 山賊達の中心で、がらがらとした笑い声を上げる、髭の大男。筋骨隆々とした男で、傭兵か何かだったのだろう。言うまでもなく、この男がボス。
 奇襲をかけて貴族を誘拐するなど、思いついても普通は実行しない。それを実行に移す判断力、度胸……ただの力自慢ではなく、それなりに知恵もカリスマもあるようだ。

 (そう……侮っちゃいけない)

 こんな状態になれば、貴族には何も出来ない。騒がれないように猿轡をされ、勿論のこと、杖も取り上げられている。例えアクセルのように、思い掛けないものを杖にしていたとしても、呪文を唱えられなければ意味がない。
 確かに身体は鍛えているが、相手は目の前の筋肉男を筆頭に、大人が三十人近く。太ったヤツもいるし、チビなヤツもいるが、それでも大人は大人だ。単純な腕力では、まず敵わない。
 せめて猿轡さえなければ、何とか出来るだろうが。

 (いや……幸運に思うんだ。そうだ、そう思え)

 アクセルは静かに考える。ここまで冷静でいられるのも、相手に自分を殺す気がないからだ。よほどのことが無い限り、死の危険はない。
 対して、自分は彼等を殺しても、何の問題もない。貴族を拐かせば、それだけで死刑だし、何より相手は山賊、殺そうが功績にしかならない。

 つまりは……格好の“実験台”が、三十個もある。

 「お頭、これからどうしましょう」
 「そうだな。とりあえず、村には連絡したか?」
 「へい。さっき。村から一歩でも出れば、ガキを殺すと言っておきました。見張りも、二人ほど残してます」
 「そうか。それじゃ、まずは金をありったけ集めさせろ。こうなったら、こんな場所さっさとおさらばしねぇとな。村中の金を集めさせたら、二回に分けて運ばせるんだ」
 「へ? 二回? 何でそんな面倒な……」
 「バーカ。さんざん俺らがしゃぶった村だ、そんなトコに、ロクに金があるわけねぇだろ。しかしまぁ、村人も貴族は怖ぇから、隠してた金を出すかも知れねぇ。それでも、タカが知れてるが……。一回目に兵隊に運ばせて、またそいつらを戻して、二回目を運ばせる。しかし、二回目の金を運んで来た時にゃ、ここは無人になってるってわけだ」
 「それで……?」
 「兵隊どもがモタモタしてる間に、ガキを連れて子爵の屋敷に乗り込む。そこで、ありったけの金を吐き出させるわけだ」
 「さっすがお頭! 貴族の屋敷なら、唸るほど金がある!」
 「当たり前だ、俺を誰だと思ってやがる」

 やはり、金に目が眩んだ雑魚ではない。小さな利を捨て、大きな利を取ることを知っている。子爵の屋敷に乗り込む、というのはともかく、ここを脱出するなかなかの良策だ。
 まぁ、人質となっている自分が、その成功率を上げているわけだが。アクセルは猿轡のまま、小さく溜息をついた。

 なかなか修羅場をくぐっている、こんな男を相手にして、リーズと彼女が指揮する隊は、勝てるのか。恐らくは無理だろう。数は勝っているとはいえ、知恵で遅れを取る可能性が高い。

 「ガキは、隣の部屋にでもぶちこんどきますか?」
 「いや、やめとけ。どうせすぐにここを出ることになるんだ。隅っこに放っておけ」

 手下の一人が進み出て、アクセルを掴む。その時、それまで大人しくしていたアクセルは突然騒ぎ出した。うーうーとうなり声を上げ、身体をじたばたと動かす。
 ボスの目配せを受けてから、手下は猿轡を外した。

 「何だ、クソガキ。暴れんじゃね……」
 「おしっこ!!」

 部屋中に響くような大声で、アクセルが叫ぶ。
 一瞬の静寂の後、何人かが笑い出した。ボスも首を振り、苦笑している。

 「くそ度胸の座ったガキだなぁ、おい。流石は貴族様」
 「あ、くそで思い出したけど、大きいのも!」

 相変わらず、子どものような……まぁ、子どもなのだが、大声で喋るアクセル。

 「ここで垂れ流されても迷惑だ、連れてけ」

 ひらひらと手を振り、笑いながら、ボスは命じた。

 「おう、一人で大丈夫かぁ?」
 「ついてってやろうか?」

 アクセルに、ではなく、アクセルを引っ張る手下に、山賊達が声を掛けている。うるせぇっ、と、一言だけ叫んでから、手下はアクセルを連れ、廊下に出ると、近くのトイレに押し込んだ。
 しかし、アクセルは突っ立っている。

 「おい、何してやがる」
 「脱がせ」

 手下は、呆れた。このガキは、自分がおかれている状況を理解していないらしい。屋敷でも、使用人達に任せきりなのだろう、と。

 「ちっ、テメェでやりやがれ」

 ナイフを取り出し、少年を縛っていた縄を切断し、両手を解放する。杖も取り上げているし、そして何より、相手は小生意気なだけのガキだ。

 そう、ただのガ……

 「? 何して……」

 少年はこちらに人差し指を向け、何か呟いている。再び聞き返そうとした手下、彼の二十二年という人生の最後を飾った光景は、首のない自分の身体だった。トイレの天井にまで達する血飛沫が、噴水のようだった。





 ドアが開きかけ、止まる。その僅かな隙間から、何かが転がってくる。
 床に、足跡のような血痕を残しながら、それは山賊達の足下を擦り抜け、ボスの足にぶつかった。呆然とした光を宿さない目と、それが生首であると確認したボスの目線が、合わさる。

 次に、軋んだ音を立てて、ドアが開いた。

 血をバケツで被ったような姿の少年が、準備体操のように首を捻りながら、入ってくる。
 沈黙が支配する空間で、少年はそっと左右を見回すと、ボスの隣のテーブルに無造作に転がる、自分の杖を発見した。

 「それ……返してくれる?」

 人差し指を向け、アクセルは軽く微笑んだ。

 「……テメェ……」

 ようやく、近くの……少年の左隣に立つ一人が、声を絞り出す。驚愕は薄れ、だんだんと激情が広がっていた。

 「なんなんだっ、テメェ!!」

 そう叫んだ、瞬間。アクセルは右の人差し指を向けたまま、左手でその男の顔面を叩く。拳で届くか、微妙な距離。よって、手は軽く広げたままの、素早い目眩ましのような攻撃。
 大して力も込めてはいないが、日頃の鍛錬で、その指は既に尋常でないほど硬くなっている。鼻っ柱を打たれ、男は鼻を押さえて目をつぶった。じわりと、涙が滲んでいる。

 打たれた瞬間、男がヒュッと、息を吸い込んだ。
 鼻を押さえて、蹲るように頭の位置を下げた時、ハッと息を吐く。血が何滴か、床に散った。そしてその時、アクセルは足を動かし、男を真正面から見据える。
 そして、次。男は再び、ヒュッと息を吸い込む。

 その呼吸音に重なるようにして、

 「ハッ」

 アクセルのかけ声。さんざん練習した正拳突きを、男の腹部に突き刺した。

 相手が息を吸い込む時に攻撃すれば、ダメージが倍増する……そんな知識は、前世から。単純に正拳突きの威力かも知れないし、タイミングが遅かったかも知れない。人体に試したのは初めてなので、何とも言えないが、クリティカルヒットと感じられる手応えがあった。

 男は顔と腹を押さえたまま、文字通り、崩れるようにその場に倒れ、嘔吐した。てっきり悶絶するだけだろうと思っていたのだが、床に広がる血の混じった吐瀉物を見て、アクセルは少し驚く。同時に、今までの鍛錬が、無駄にはなっていなかったことを確認した。

 直後、室内で怒号が暴発する。

 一つの怒鳴り声の直後、集団パニックに陥ったように、皆が皆一斉に武器を手に取った。その衝動の矛先は、言うまでもなくアクセル。唯一皆を抑えようとしたボスの声は、掻き消される。

 悶絶する男を踏み台にして跳躍し、手斧を振り上げていた男の顔面に右膝をめり込ませるアクセルの表情は、ポーカーフェイス。強いて言うならば、あまりにも落ち着いた自分に驚いている。

 武器を抜いたヤツは全員、背の低いアクセルを叩き潰そうと、武器を振り上げている。
 何人かの……特に剣を振り上げた敵は、うっかり天井に突き刺してしまっている。
 アクセルは上からの攻撃を気にしていればいい。
 これで金的でも狙えば簡単だが、それはしない。折角の実験台だと、そう思っていた。
 金的を狙うことなくこの場を切り抜ければ、少しは自信がつく。
 周囲の熱気に反比例するように、アクセルは冷静になれた。

 (確かに……一人が相手だと、結局は一度に数人しか攻撃できないな)

 漫画で得た知識。周囲の熱気にあてられ、自分がパニックになれば、恐らく自分は殺される。パニックになるのだけは避けなければならない、そう思って、実際にそれが出来ているからこそ、頭にある知識も役に立ってくれた。

 小さな身体に似合わぬスタミナにモノを言わせ、常に動き回り続ける。
 相手が振り上げても、攻撃するにはそこから更に振り下ろさねばならない。対して自分は、振り上げる動きがそのまま攻撃に直結している。
 周囲に気を配りながら、一番早く攻撃に移れそうなヤツを捜し出し、ジャブや平手の叩き付けで目眩まし、隙を見て止めの正拳突き。ガンシューティングゲームのようなものだ。

 助かったのは、山賊達に傑出した人材がいなかった点。恐るべきなのは、どうやらあのボスのみで、彼がまとめ上げていたからこその戦闘力だったらしい。
 しかしそれも、自分たちが襲撃されたのは初めてで、まさか山賊が襲われるとは思っていなかったらしく、ボスも止めろ止めろと叫ぶだけで、まったく生かせていない。

 十人ほどを床に転がした時点で、初めて、勢いが弱まる。
 流石に、アクセルがただの子どもではないと気付いたのだろう。一旦下がる……というか、腰が引け始めた。

 (逃がすな!!)

 アクセルは、攻撃に転じた。
 不意打ちを食らったその男の目に浮かぶのは、恐怖と、そして二本の指。流石にまだ子どもの手では大きさが足りず、アクセルは両手の人差し指を並べ、男の両目に突き刺した。

 ぬるり、とした暖かさ。

 周囲に恐怖を与えるための攻撃だが、これはアクセル自身の試練でもあった。
 幸い、意識は大分この世界に染まっているらしく、山賊程度の命など重視していない。自分に害を及ぼす相手であれば、尚更だ。
 眼球を破壊する。それは即ち、その相手の残りの人生から、永久に光を奪い去るということ。
 殺すことと失明させること、どちらが重大か……それはともかく、やはり自分は、必要とあらば命を奪うタイプの人間で、それが今証明された。

 どちらにしろ、一人も生かしておくわけにはいかない。

 自分の戦い方が、この世界で異質の部類だからこそ、今も自分は生きていられる。その優位性を崩せば、それだけ、自分の命が危険にさらされる。
 だからこそ、この場にいる全員、生かしてはおけない。そう、全ては……アクセル自身が生き延びる為に、殺されない為に。

 両目を破壊された男。子どもの指では脳までは達さず、ただ眼球を破壊されただけだが、それが周囲の不幸だった。ほとんど半狂乱になり、手に持った剣を振り回している。それはアクセルには当たらず、仲間達を傷つけるのみ。

 両手の人差し指に残る、イヤな感触を押し殺しながら、アクセルは振り下ろされた剣を避け、それを握る指を殴りつける。小指をへし折られた男は思わず剣を落とし、蹲るが、落下した剣はアクセルに受け止められ、逆手の刃で首を裂かれた。



 山賊のボスはただ、呆然としていた。外見に似合わず、理性的な人間である彼は、未だ衝撃から立ち直れない。半ば機械的に止めろ止めろと言うだけで、それに耳を貸す者はいない。

 御伽噺のような光景だった。

 逆手で一人の首を切り裂いた子どもは、剣を握ったまま、柄頭に右掌底を当て、飛び込むようにして次の男の腹部を貫いた。剣の切っ先が、背中から飛び出る。

 ああ、そうだ。それでいい。そのまま後ろから斬りつけろ。

 アクセルの無防備な背後に向かって、剣を振り上げるのが三人ほど。が、少年は剣を握ったまま、たった今突き殺した男を傘のように扱う。その男の死体を支点として、身体をぐるりと入れ替えた。目の前にあるのが少年の背中から、仲間の死体の背中へと変わり、三人は驚いて動きを止める。

 突如として風が起こり、死体が吹き飛ぶ。それに巻き込まれる形で、三人は床に転がった。

 今のは……確かに、魔法。しかし何故、どうやって? 予備の杖を持っていた?

 あれだけ動いても、少年の動きは衰えない。主に、手下達の顔面を狙って動きを止め、隙を見て破壊。
 それでも、何とか少年を掴むことが出来たヤツはいる。素早いし、妙な体術を仕込まれているようだが、流石に腕っ節では敵うはずはない。

 そうやって、窮地に追い込むたびに……魔法が炸裂する。

 意地汚く視界を奪われ、木々を避けるように飛び回る少年に翻弄され、追いつめれば魔法でやられる。

 何だ、あれは。悪魔か?

 首を切り裂かれて倒れる者。
 倒れた所で顔面を踏みつけられ、動かなくなる者。

 ああ、二人、逃げ出したヤツがいる。そいつらの背中が、魔法で切り刻まれる。

 そして、あとは……あとは……残ったのは?

 未だ生きてるヤツも多い。痙攣している者もいる。風の魔法で、両腕を切断された者は、ズリズリと這って逃げようとしている。
 その、芋虫のような手下と目が合った。しかし、首に剣を突き立てられ、床に縫いつけられ、その瞼は閉じていく。

 無傷で立っているのは……ボス、一人だけ。

 「いち。にい。さん」

 アクセルは人差し指を動かし……確認するように、数を数える。具体的には、転がっている顔の数を。

 (ああ、確かに、死体がこんな有様じゃ、顔で数えるのが確実だな)

 ボスの頭の中、どこか醒めた部分が、少年の行動に同意していた。

 「じゅうきゅう。にじゅう。にじゅういち」

 声変わりしていない少年特有の、美しい高音。

 「……さんじゅう」

 その声が、最後の数を数える。
 その指が、ボスの顔に向けられる。

 そう……最後の、一人。

 「……ははっ」

 アクセルは笑いながら、軽く首を振った。

 「流石に……疲れたよ」

 風の刃が襲いかかる。

 世界は、闇に包まれた。





 全ての山賊に止めを刺した後、アクセルは風呂場に向かった。
 いくら何でも、返り血を浴びすぎたし、掠り傷も数カ所。相手が武器を持った山賊、三十人だったことを考えると、少々出来すぎな結果だったが……それでも、まだ安心は出来ない。

 もし、あの戦力差で、自分が襲われる側だったら?

 もし、あの中に一人でも、メイジ……いや、経験豊かな強者がいたら?

 自分の格闘の有用性は実感できたし、杖を持たないメイジが、いかに無力なものであると考えられているかも分かった。

 「……ふぅ」

 バスタブの水を流し、飲み水として使われていた清潔な水、そして凝縮の魔法で作り出した水で満たし、少々苦手である火炎魔法で熱して……服を脱ぎ、ゆっくりと身体を沈める。一旦潜って、ガシガシと髪の毛を洗いながら、顔を上げる。入浴剤でも入れた時のように、湯が真っ赤に染まっていた。

 死体だらけの屋敷で、風呂に入る。弁解の余地無く、異常者の部類であるが、それでも一刻も早く洗い流したかった。
 傷を治癒で処理しようと思ったが、無傷というのもまずいだろう。そのままにしておく。血染めの衣服も、軽く湯にくぐらせただけで、そのまま着用した。

 ボタボタと、体中から水をまき散らしながら、再び先ほどの屠殺場に入る。
 そして壁に手をつくと、アクセルは嘔吐した。胃の中のものを粗方追い出したところで、あらためて室内を見回す。

 死体だということは、わかる。自分が作ったのだから、尚更だ。
 今の嘔吐は、精神的な要因ではなく、血の香りが原因。やはりあの時は、嘔吐を忘れるほど気分が高揚していたのだろう。
 どうせ、自分のような臆病な生き方をする以上、人殺しは避けては通れなかった。早い段階で“童貞”を捨てられたことに、感謝をしよう。

 (……さんざん見たもんな)

 あの日。骨を杖にするために、自分の身体を切り刻んだ時。血塗れの肉をさんざん見たせいか、死体に対してそこまでの嫌悪感はなかった。

 「さて、やるか」

 吐き出すものがなくなり、スッキリしたのか、アクセルは呟くと、傍らの剣を拾い上げる。

 片手で。両手で。逆手で。

 既に物言わない死体を、切り刻む。

 それは、練習だった。腕や首を、切断出来るまで切りつける。使い物にならなくなる度に、死体も剣も次のものに取り替え、ひたすら振るう。
 始め……あの、自分をトイレに連れて行った山賊は、上手に首を切断できた。
 しかし、最後。あのボスは、確かに一撃で死んだが、切断までには至らず、動脈を切り裂いただけ。疲労があったかも知れないが、それでも、ここにある死体を有効に使う。

 魔法は、イメージが大きく影響する……気がする。

 人を斬るには、どうすればいいか。それを自分の身体に教え込ませるのは、決して無益なものではない筈だ。そのイメージさえ、自分の中で完成させれば。あの、最初の殺しは、恐らくはたまたま。まぐれ。

 やがて、切り刻むものも、切り刻むためのものも無くなった時、アクセルは死体を漁った。主に、指輪。財布。その他アクセサリー。
 自分に目利きなどは、出来ない。片っ端から集め、それを一つの袋にまとめると、窓から放り投げた。
 続いて屋敷を歩き回り、宝物庫を発見すると、それも窓から外へ。

 少し迷ったが、山賊達から漁ったものはそのままに。宝物庫にあったものは一部を屋敷の傍に埋めた。

 台所にあった油を全て、屋敷中にばらまき、火を付ける。その火が屋敷を包み、内部で二階の床が崩れる轟音を確認すると、アクセルはその場を立ち去った。背中の布の包みには、山賊のボスの首が入っている。

 早く、リーズ達を安心させてやらないと。





 村に戻ったアクセルは、リーズに治癒をかけてもらうと、村長の家で泥のように眠った。

 実際は、そんな一文で語れるようなものではなく……血に染まったアクセルを抱きしめ、人目も憚らず号泣したり、とにかく大変だったが。

 村の見張りをしていた山賊二名は、アクセルが無事に戻ったことであっさりと捕縛された。

 山賊が仲間割れを起こし、同士討ちを始めた。
 自分は杖を奪われるも、逆に剣を奪い、死に物狂いで戦った、というか逃げ回った。
 ボスは宝を抱えて逃げる途中だったので、襲いかかって剣を突き刺した。
 誰かが火を放ったらしく、燃える屋敷から命からがら脱出した。
 びしょぬれなのは、山を下りる途中の小川で転んだから。

 要約すると、それが、アクセルの説明だった。

 明らかにした功績は、ボス一人を討ち取った、それのみ。子爵の嫡男、盗賊退治の初陣の手柄にしては、これだけで上出来だろう。

 屋敷の焼け跡に散らばる宝は、後始末と称して、全て兵士達が回収した。まぁ、それが彼等の報酬なのだから、止めはしない。埋めておいた宝はどうやら見つけなかったらしく、運がよい誰かが、後に見つけることになるだろう。そもそも、燃やすのも勿体なかったからだし、運ぶのも重そうだったし、必要になるか、何かの折には、その時に発見されていなかったら回収しよう、という、極めて優先順位の低い理由で埋めたのだ。はっきり言えば、どうでもいい隠し財産。多分、自分だって忘れ去るだろう。

 略奪を受けた村に関しては、屋敷に帰ったら速やかに税を下げなければならない。というか、自分がやらないと、誰もやらないだろうし。村人達も、逆らわないだろうし。

 そうそう、リーズや兵達の責任についても、結局は囚われた自分が一番間抜けだったわけだし、なるべく父親に掛け合って、軽い罰で済むようにしないと。

 凱旋の馬上、自分をしっかり抱きしめるリーズに身体を預けながら、アクセルは静かに微睡んでいた。

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