小説『漂流のA(ゼロの使い魔二次)』
作者:権兵衛()

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第1章 青き春の章

第3話<邂逅>その1



 ところで、魔力についてわかったことがある。

 まず、外見。丸い頭、十字架のような身体の薄っぺらいヤツ。その集合体だと、日に日にはっきり見えてくるそれを観察して、わかった。例えるなら、千と千尋の神隠しで、竜体のハクを襲っていた、式神のようなあれ。あれを、もっと縮小させたもの。

 魔法を使う時、それらが変色するのもわかった。
 メイジの周囲に漂うそれは、魔法を使う時に変色し、それ自体が魔法となる。ファイヤーボールを使うときには、赤くなって集合し、炎の塊となる。

 どうやら、どこにでもいるものらしく、焚き火の傍を漂っていたり、湯船を出たり入ったりしていた。
 火の周囲に漂うのは赤色、水の周囲に漂うのは薄い青色、一際素早く、風の中を漂っているのは若草色、地面にいるのは茶色。
 実に、わかりやすい。

 それが見えることのアドバンテージ……優位性は、最近ようやくわかった。

 例えば火炎の魔法を使う時、何もないところからいきなり炎を生み出すわけだが、その際に魔法使いの周囲の魔力が集合し、赤く変色したと思ったら火炎が生まれる。
 しかし、よく見てみれば、すぐに赤く変色するもの、少し時間がかかって変色するもの、まるで変色を嫌がっているようなものなど、様々。
 結局、真っ白一色のように見える魔力達にも、個性があるという結論に落ち着いた。

 リーズを見ていると、火炎の魔法を使うとき、すぐに赤く変色するものも変色を嫌がるものも、まとめて無理矢理、火炎にしている。それは、試してみた自分も同じだった。

 原作では確か、理をねじ曲げるのがメイジの系統魔法で、理に沿って使用するのがエルフの先住魔法だった……筈。

 つまりは、魔力の個性を無視して、魔力と統一して、一緒くたにしているのが、メイジということか?
 メイジよりエルフの方が強いなら、魔力の個性を重視すれば、並のメイジより強力な魔法が使える?

 アクセルは早速、部屋の中に四つ、置物大のインテリアを作った。

 デザインを考え、木材を自分で削り出し、寝る間も惜しんで製作を続ける。一刻も早く、仮説を試したくて。

 一つ目は、火のインテリア。燃え盛る火炎を象ったもので、周囲に蝋燭を立てられるようになっている。おまけで、火という漢字も彫り込んだ。
 二つ目は、水のインテリア。どんなデザインにすればいいんだ、と大分迷ったが、以前行商人から買った、人魚姫の置物を思い出し、そのまま木製の土台にくっつけ、人魚姫の周囲を削り込んだ。堀が出来たわけだが、一応は、海に突き出た岩に腰掛ける人魚姫、というイメージである。そこに、水を流し込んだ。これも、土台に水という漢字を彫ってある。
 三つ目、風のインテリア。水と同じくデザインで迷ったが、竜巻にした。ただ、バランスが悪くすぐに倒れるので、二本の串を両側に立てて支え、ついでに紙を切り出して作った風車をくっつける。勿論、風という漢字を彫り込んだ。
 四つ目、土のインテリア。土台に土を盛るだけにしようかと思ったが、いくら何でも寂しすぎるし手を抜いた感があるので、自分が持っている一番価値の高い宝石を、小さなティアラのようなものを削りだしてはめ込んだ。そのティアラの内側に、土を山型にして積み上げる。やはり、漢字で土と彫った。

 まぁ要するに、祭壇を作ってみた。
 アクセルも、ここまで来るともはや魔力ではなく、精霊と呼び直している。今見えているのが精霊なのかどうかはともかく、自分にしか見えていないのなら、何と呼ぼうが問題はない筈だ。

 火のインテリアに蝋燭を立て、火を点すと、自分からいくつかの精霊が離れ、インテリアの周囲を漂い始めた。他も、同様。自分の身体から離れ、インテリアに留まる。

 改めて自分の身体を見回すと、周囲を漂う精霊は、大分減っていた。これは、一般的な平民より少し多いくらいか。
 残ったのは、四つのインテリア、どれにも反応を示そうとしない精霊達。

 (ひょっとして、これが……虚無の精霊? いや、違うか?)

 失われたとはいえ、虚無の属性も、立派な系統の一つだ。とはいえ、虚無のインテリアなど、何をモチーフにすればいいのか。
 そもそも、虚無の使い手は、現在世界で四人だけの筈。努力とか、そういう問題ではないだろう。
 というか、虚無って何だ? 無属性って考えていいのか? いや、そもそも無属性の物質って、何だ?

 考えても仕方ないので、自分の身体に留めたままにしておく。試しに系統魔法を使ってみたが、特に可もなく不可も無し。四つの属性、全てに対して、目立った反応の違いは見られない。取りあえず、無属性としておいた。

 さて、それからが大変だった。

 「……ちょっ、こらっ、喧嘩しない! ほら、仲良く。……え? ああ、ひょっとして、水が古くなった? じゃあ取り替えないと……だからそこっ、ちょっかい出さない!」

 託児所の職員も、こんな感じなのだろうか。
 精霊達はやがて、それぞれの色から変化しなくなったが、それだけにはっきりと、居場所や行動が分かる。火属性のくせに、他の属性に喧嘩を売っていたり、風の属性が他のインテリアの乗っ取りを進めたり……。
 それらを引き離すのも、一苦労なのだ。

 アクセルがトイレに行く為に部屋を出て、戻ってみれば水のインテリアを火の精霊が乗っ取り、水の精霊達が途方に暮れたように漂っていたり、火の精霊が他のインテリアに攻め込んでいる隙に、風の精霊が火のインテリアを強奪していたり。

 それだけならまだしも、四系統の精霊全てが入り乱れ、部屋の至る所で己以外全て敵、な大戦争を繰り広げていた時は、流石に無視して寝てしまおうかとも思った。

 「ほらっ、大人しくしろ! 自分とこに戻れ! 行儀の悪い子には、お菓子やらんぞっ……て、お前らほんと……食欲には忠実なんだな」

 インテリアの前に食べ物をお供えしてみたら、意外にも好評だった。いや、好評すぎた。
 比較的大人しい水のインテリア前に置いたところ、四つのインテリア全てから、全精霊が突撃した。流石に四色の奔流は見事で、暫し見とれてしまったが。
 とはいえ、基本的に精霊達は物質を擦り抜けるので、備えた食べ物は全く無傷。どうやら、食べ物の中の何かを食べているらしいが、それが何なのか全くわからない。重さも変わらないし、味も変わらない。
 食べ物よりも、お菓子が好みらしい。では飲み物は、と、試しにワインをコップでお供えしてみたら、群がるのは水の精霊だけ、残り三系統の精霊たちが羨ましそうにしている、という、なかなか面白いものが見られた。
 喧嘩になるので、食べ物やお菓子は同じものを、四つにきちんと等分してお供えしている。それでも、喧嘩は絶えないのだが。

 (……日に日に増えてるのは、気のせいだよな……?)

 前は確か、精霊達は漂うほどしかいなかった筈だ。それなのに今や、インテリアの周囲を忙しく流れている。
 精霊同士は、同じ系統ならすんなり重なるので、いくら増えようが、体積は変化しない。他の系統同士だと反発しあうが、それはそういうものなのだろう。つまり、系統精霊全てをコンパクトにしてみたら、僅か四つ分の体積で済む。なのに、それをせずにバラバラになっているのは、きっとくつろいでいるからだ……そう考えておく。

 お菓子の脅しが有効なように、どうやらこちらの言うことは理解している。こちらからは見ることしか出来ないが、それでもだいたいの動きで、精霊たちの気持ちは大まかに判断できるようになってきた。
 故に、意思の疎通が出来ることが嬉しく、楽しく、もっと会話したいのだが……流石に横から見れば、自分の部屋で、自作のインテリア相手に独り言言っている、頭の危ない少年だ。部屋のドアはきちんと閉めるようにしているし、父親は相変わらず留守にしがち、母親は音楽が唯一の趣味であり生き甲斐であるので、四六時中楽器に触れているから、用心すべきは使用人達なのだ。

 肝心の魔法の威力については、一度試したきりだった。
 ウィンドブレイク……風を爆発させるような魔法を、試しに、風色に染まった精霊達のみを行使してやらせてみたら、自分が吹き飛んだ。狙ったのは、三メートルほど前方に立てた木の杭だったのだが。

 本当に、こっそり試して良かった。

 いくら何でも、きっとあれだ、純度が高すぎたのだ。自分の周囲の、無属性らしき精霊で薄めれば、いつも通りの威力になった。

 最大出力を試してみたい気はするが、やめておく。絶対に、自爆する。それ以前に、それをこっそり試せるような、秘密が厳守される場所がない。

 そもそも、ラインクラスになったばかりの自分が、スクウェアクラスの威力を出せる方がおかしいのだ。言ってみればこれは、チートコードだろう。
 禁じ手として、封印する。まぁ、極限のピンチに陥った時に、自爆覚悟で封印を解くとしよう。

 属性が固定された精霊たちを、格闘に利用できないか、現在の目標はそれだった。

 ベッドの上に胡座をかき、膝の上に手首を乗せ、十本の指に意識を集中する。周囲のインテリアから精霊を集め、指でバラバラに操るようにして、奔流を作り出して操作する。

 火の精霊が暖かい。
 水の精霊が体内で流れる。
 風の精霊が頬を撫でる。
 土の精霊が集合する。

 それを感覚として察知できるのもやはり、自分だけだったようだ。試しに精霊を集め、リーズに向かってこっそり放ってみたが、彼女が何か気付いた様子はなかった。それはそうだ、風の精霊をいくら走らせても、そのままでは髪の毛一本たりとそよぐことは無いのだから。
 属性が固定されようと、あくまでそれ自体では、何の影響ももたらさない。

 まるで、マスゲームの練習をさせるように……精霊達に、号令を出す。普段は我が儘だが、こちらが強く願えば、それに応じてくれるのだ。

 コンコンッ

 ノックの音。見られても特に問題ないので、

 「若様、旦那様がお呼びです」
 「ああ、わかった。すぐ行く」

 メイドの声に返事をし、立ち上がる。

 じっとしていれば、そして集中していれば、精霊への号令も難しいものではないが、行動しながら、他人と会話しながらだと、その難易度が強烈に跳ね上がった。
 すぐに行動を乱し、ばらける精霊達を見ながら、理想とはほど遠いと溜息をつく。

 いや、今の自分だって、相当に強い筈なのだ。少なくとも、十歳にも満たない年齢でラインメイジになっている時点で、なかなかに非常識なのである。

 しかし……これから先、自分の非常識さなど、通用しなくなる……そんな非常識な物語が始まる。そうなった時、生き延びる為には、まだまだ足りない。

 相手として想定すべきは、メイジや幻獣、亜人たちだけではない。タルブの村のゼロ戦、それに、ロマリアの虚無の担い手が使うという世界扉から引っ張って来られるであろう、近代兵器。もしも、自分の未来で、あれを相手にする可能性があるのなら……。

 (まだだ。まだ足りない)

 あんなもの、相手にしたくはないというのが本音だ。従って、才人と敵対するのは避ける。
 だが、もしも……彼が将来、自分の前に立ちはだかる事になれば?
 確か機関銃なら、水の壁でも作り出せば、銃弾が自壊して防げた筈。もしくは風で軌道をそらすという方法もあるが、才人の主な武器である、インテリジェンスソードのデルフリンガーには、魔法を吸収するという特技があり……それが怖い。
 それを考えれば、手は抜けない。その余裕が無い。せめて、サイヤ人クラスの存在にならなければ、安心は出来ない。
 いや、それが無理だとしても。この世界での、最強と呼べる存在の一角にならなくてはならない。

 (……デカ過ぎるだろ、夢が)

 ただ、長生きしたい。殺されたくない。
 そんな当たり前のような願いを叶えるためには、最強とならなければいけないのか。
 平穏な人生というのも、案外楽ではない。

 ただ、己の小心さ故なのだろうが。

 「おお、来たか。アクセル」
 「三ヶ月ぶり……ですね、父上」

 ラヴィス子爵は、バタバタと部屋中を歩き回っていた。レビテーションで彼方此方の書物を浮き上がらせ、表紙を確認しながら、何冊かを手に取り、机の上に積み上げる。
 この父親は、忙しいかのんびり休んでいるか、そのどちらかしかない。先ほど、メイドがアクセルを呼びに来た時、そこで初めて、子爵が帰っていることを知った。それが、日常。アクセルがもっと甘えれば変わるだろうが、既に独り立ちしそうな我が子に、かえって自由に動けると喜んでいるらしい。安心して、アクセルが知らない仕事に精を出せるのだろう。

 寂しい家族だとも思うが、両親の仲は悪くない。亭主元気で留守が良い、なのか。
 たまに帰ってきた時は、アクセルが敬遠するほどべったり愛し合っている。
 父親が留守の間、母親も特に寂しくはないようだ。お茶を飲むか、音楽を楽しむか。アクセルを愛していないわけではないが、これもまた、一つの家族の形なのだろう。

 「そうか、そんなになるか」

 ふむふむと頷きながらも、子爵の動きは止まらない。先ほど帰ってきたらしいが、またすぐに、次の出張の準備をしていた。

 「それで、父上。御用は?」
 「ああ。アクセル・ベルトラン・ド・ラヴィス。ラヴィス子爵領の代官に任ずる」

 アクセルはそっと、頭に手を当てた。

 「父上。一体何を……」
 「まぁ聞け、確かに珍しいが、前例がないわけじゃない。私はこの通り忙しい身だし、いつ仕事の目途が付くかもわからん。しかし、子爵が不在というのは問題だ。そこで、名ばかりではあるが、息子のお前を領主代理とする。心配するな、座ってるだけでいいんだ。細かいことは、ゼルナの部下達がやってくれる」

 この屋敷から徒歩で一時間ほど歩いたところに、ゼルナの街がある。ラヴィス子爵領の中心地とも言うべき場所で、言うまでもなく、子爵領最大の街。そこには執政館が建てられており、官吏が詰めている。
 一応、そこで政治を取り仕切っているのは元執事のメイジだが、そろそろ老体なこともあり、後方へ退かせたい。

 「わかりました。アクセル・ベルトラン、謹んで拝命致します」
 「おお! 相変わらず聞き分けが良いな!」
 「父上に似たようです」
 「……そうか。まぁ、慣れるまでは向こうで寝起きをするようにしろ。要領がわかったら、週に一度か二度は屋敷に戻り、母さんを安心させてやれ。それと……」
 「はい」
 「……リーズを、同行させよう」

 少し迷いを匂わせながら、ラヴィス子爵は告げた。
 アクセルの教育係であるリーズだが、同僚のメイドや使用人達からは、あまりウケが良いとは言えない。
 平民に堕とされたとはいえ、彼女の根は貴族であり、他の平民を見下す言動が目立つのだ。勿論、メイジであるリーズに表立って喧嘩を売る者はいないが、使用人達の不満が、そろそろ無視できないレベルにまで達している。

 没落貴族の娘が、理由もなく威張っている……快いものではない。

 「わかりました」

 聞き分けよく、アクセルは頷いた。

 しかし、ラヴィス子爵はどうも、リーズに甘い気がする。
 仮にも貴族の屋敷で働くメイド達は、通常の平民などとは比べ者にならない程の教養を身につけていた。貴族に使用人を世話するギルドがあり、メイドは皆、そのギルドの試験をパスした才女たち。
 貴族として育てられたリーズと比べても遜色はなく、そしてメイドはメイドとしての自負があるからこそ、平民になっても高圧的なリーズを苦々しく思っていた。
 はっきり言ってしまえば、リーズがまともに身につけているのは、魔法のみ。試験をパスしたわけではなく、ラヴィス子爵の独断で引き取られた娘だった。

 アクセルは父親の部屋から出たその足で、リーズに異動を伝えに行ったが、彼女は寧ろ、屋敷を離れることが出来てせいせいする、という風だった。

 まぁ、これが普通の貴族というものなのだろう。

-3-
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