小説『漂流のA(ゼロの使い魔二次)』
作者:権兵衛()

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第二章 朱き夏の章

第1話<二つ名のアクセル>







 一人が行けば、何事かともう一人。そして三人目が引き返してきて、他の者に叫ぶ。
 野次馬の集まり方は、変わらない。だから何人集まろうが、構うことなど無い。
 驚いたのは、寧ろ野次馬達だった。

 一人の少女が、立っている。肩まで伸びる金の髪は、左側で括られてサイドテールとなっている。身体の凹凸は控え目だが、それでもその姿は、決して不格好などでは無かった。まるで軍記物の挿絵から抜け出してきたように、一種の威厳と呼ぶべきものがあった。
 マントをたなびかせている事から、メイジであることは容易に分かる。しかし何より野次馬達を驚かせたのは、彼女の手には杖では無く、ショートソードが握られていることだった。女の腕力でも振り回せそうな、小振りの両刃剣。装飾は殆ど無い。そのようなものを切り捨てた、無骨な刃。

 野次馬達が人垣となり、古代の闘技場のように、円形の空間がある。少女はそこに立っていた。

「もう一度言ってみろ」

 凛とした声が、響く。
 その声に答えるべき人間は、少女と同じ円形の中に立つ、メイジの青年。年齢も体格も、少女と同程度。
 彼も、剣を握っていた。ただし、少女のそれより明らかに長い。その長さはそのまま、男と女の膂力の違いを物語っていた。

「おおっ、いいぞ、言ってやる」

 静かに、冷たく視線を向ける少女に対して、青年は笑っていた。楽しんでいるようにも見える。
 赤毛を軽く掻き上げ、嘲りを唇に浮かべ、彼は首を振った。

「女臭くてたまらん。我ら誇り高き『バラデュール剣友会』は、剣士の集い。にも関わらず、親の七光りで入団してきた女がいては、いい物笑いの種だ。お人形でも弄ればいいのに、何故剣を持つ? ジュリー」

 ジュリーと呼ばれた少女は、相変わらず静かな声で答える。

「我が家は武門。我が一族は戦士の一族。ならば、剣を振るのは当然の事よ」
「はんっ、その細腕で何が出来る? 大根でも切るのか?」
「……いい加減にしなさい、リオネル。虎の尾を踏むつもり?」
「吼えるな、子猫ちゃん」

 決闘だった。
 魔法では無い。剣による戦い。共に伯爵家の、歴とした貴族である。衛士隊が駆けつける前に終わらせる必要があった。
 その場の空気が、静かに凍り付く。リオネルは相変わらず肩を竦め、嘲笑を浮かべている。ジュリーはそっと腰を落とし、剣を構えると、リオネルを射るように見つめた。

 確実に、血が流れるであろう。リオネルは『バラデュール剣友会』の中でも屈指の手練れであるし、またジュリーも、その自信に恥じない力量の持ち主である。
 二人とも、家名を名乗らない。これをあくまで、私闘であるとして。

「ああ、私は思い出す。あなたと手を取り合い、あの野を駆け回った日々を」

 それは涼風のような声だった。凍り付いた場を、緩やかに宥めるような。何故凍るのだ、この程度の風で……そう言いながら。
 ジュリーは眉を顰めて、振り向いた。野次馬達も、何事かと道を空けている。この決闘の場で、愛の詩など吟じるような、場違いな闖入者を確認しようと。

「例えあなたが風と共に去ったとしても、私は風を抱き、あなたを留めよう。もうこれ以上、あなたが遠くへ行ってしまわないように」

 詩は有名なもので、少しばかりの教養がある者なら誰でも知っている。
 しかし、ありふれていないのは、その声。温雅玲瓏、澱みが無い。
 少年か、青年か、どちらとすべきか。その中間だろう。現れた少年は、近くにいた花売りに銀貨を渡しながら、百合を受け取る。そしてそれを、若草色の髪へと飾った。男であるにもかかわらず、その仕草は、何ら違和感など無い。
 僧侶の真似事だろうか、首から下げた聖具をもてあそびながら、彼は尚も歌い、こちらへ歩み寄ってくる。
 道を阻む者などいない。演劇に見入る聴衆が誰一人として、役者の邪魔をしないように。

 ジュリーは再び振り向き、そしてリオネルの様子に驚いた。

 先ほどまであれほど余裕たっぷりに、笑みすら浮かべていた彼の顔が、青白くなっている。冷や汗を流し、唇を舐め、さながら教師に悪戯を見破られた生徒のように、戸惑っていた。

「……嗚呼」

 彼の少年は、詩を終わらせると、大きく手を広げて空を仰ぐ。その時には既に、彼はジュリーとリオネルと同じ、円形の中にいた。
 空では燦々と、太陽が輝いている。

「嗚呼、この良き日。始祖ブリミルに感謝を」

 少年は聖具を押し頂くと、祈るように瞑目した。聴衆も何事かと、様子を見守っている。

「こっ、この良き日に、始祖ブリミルに感謝を」

 倣うように言ったのは、リオネルだった。自棄になったように、声を張り上げる。

「お久しぶりですね、リオネル殿」

 少年は微笑むと、リオネルに言った。彼は相変わらず引きつった顔で、頷いて見せる。

「……おや?」

 思わずジュリーは後退る。少年は微笑むと、彼女の前に立った。

「どうかされたのですか?」
「え……」

 質問の意図が分からない。
 どうにも芝居がかった男だと、ジュリーはそう思った。僧侶の真似事をしているところを見ると、熱心なブリミル教信者らしい。
 しかし何故、リオネルはあれほど焦っているのか。

「ふむ……」

 ジュリーの答えを待たず、少年は顎に手を当てた。

「どうやら、今日は貴女にとって、良き日ではない。違いますか?」
「いや……まぁ……」

 今から決闘だというところで、突然乱入されたこともそうだが、確かに良き日とは言い難い。しかしそれを、この少年に正直に言ってしまっていいものか。

「嗚呼っ、なんという! なんたること!」

 どうやら、正直に言ってしまっては駄目だったようだ。
 少年は悲しげな顔をすると、祈るように両手を組み合わせ、それを天に掲げた。

「始祖ブリミルよ、ここに不幸なあなたの子がおられます! 今日という良き日に気付けない、不幸な子が! 嗚呼、そうなのですね? あなたはこの子を救わんが為、この私を遣わした! 嗚呼、このアクセル、あなたの杖となれた事を生涯の誇りと致します!」

 どうやら少年の名は、アクセルというらしい。

「だっ、大丈夫だ、アクセル殿!」

 慌てて大声を上げたのは、リオネル。彼は大股でジュリーに歩み寄ると、彼女の肩を抱いた。
 抗議しようとした彼女に、頼むから話を合わせてくれ、と囁く。

「実は、不幸な行き違いからあわや決闘、とまで行きかけたのだがな。ほ、ほらっ、もうこんなに仲良しだ! 我々はお互いを認め合い、今日この時、友として高め会おうと誓ったのだ!」

 虚言であることは明白だった。先ほどまでの展開を見守っていた野次馬達にとって、あまりにも突拍子のない話。
 それを聞いたアクセルは、ゆるりと振り向く。

「ほう。では、仲直りをされたと?」
「そ、そうなる! その通りだ! だから……」
「嗚呼っ、やはり今日は、何という良き日! 争っていた二人が、血を流すことなく互いを認め合うなど! 嗚呼、僕は幸せ者だ、なんという果報者か! よろしい、リオネル殿……と……」
「……ジュリー」
「ジュリー殿! どうかこのアクセルめに、仲立ちをさせて頂きたい! ほら、ちょうどそこに酒場が! 杯を酌み交わし、お二人の未来永劫の友情、大いに祝いましょう」
「未来永劫の友情? そんなの願い下げ……」
「おおっとぉ! そ、それはいい考えだな、アクセル殿! 是非頼む、よし行こう!」

 ジュリーに口を挟ませず、リオネルは何度も頷いた。

「え? ちょ……ちょっと!?」

 アクセルとリオネル、二人が揃ってジュリーの両手を引く。力で敵う筈も無く、彼女はズルズルと、酒場の中へと引きずられていった。








 たったったっ

 そんな軽快な音を響かせ、彼女は石畳の上を走っていた。金色の髪がふわふわと揺れ、マントが風で広がる。人混みを擦り抜け、ある程度開けた場所に至ると、溜息をつきながら額の汗を拭った。

「どこ行ったのよ、まったく」

 苛立ちを滲ませ、零す。眼鏡の奥の鋭い目が、更に鋭さを増した。
 いなくて良い時にはいて、いて欲しい時にはいない。探し人は、そんな厄介な人物。そしてそんな厄介な人間を必要とする自分にすら、段々と苛立ちが募ってきた。

「……ああ、もうっ」

 再び駆け出す。書店の主人の話では、フォッソワイヤール街を南へ向かったそうだ。
 ふと、道傍で談笑している男達が目に入った。普通なら声を掛けるのも躊躇うような男達だが、メイジであり、そして大貴族の長女である彼女には関係無い。

「ちょっと」
「え? あ……な、何でしょう、お貴族様」

 眼光の鋭さにたじろぎ、流石に男達も怖じ気づく。尤も、彼女に睨んでいるつもりなど無い。普通に話しかけているつもりでも、相手が恐れる意味を理解しない。

「こう……」

 彼女は説明するように、両手をわしゃわしゃと動かした。

「若草色の髪で、ひょっとしたら花でも挿してるかも。それで僧侶の真似事をしていて、やたら芝居がかった騒がしいメイジ、見なかった?」
「た、多分、そこの酒場に入って行ったかと……」
「そう、ありがと」

 短く礼を言い、彼女は再び駆け出すと、酒場の中に飛び込んだ。睨み付けるように左右を見回し、目的の人物を捜す。そしていざ発見すれば、名を呼びつつ駆け寄った。

「アクセル!」

 呼ばれた少年は、椅子に腰掛けたまま振り向く。まだほろ酔い、といった顔だが、相当に飲んでいる顔だということは分かっていた。何しろこの少年は、途方もなく酒に強い。

「ああ、これはエレオノールさん。ご機嫌……」

 微笑み、挨拶しようとした彼の手を、エレオノールはがっしりと掴んだ。

「早く来なさい。どうしても上手くいかないの。ちょっと見て」
「え? いえ、僕は今、この方たちの友情を祝って……」
「いいから!」

 挨拶もそこそこに、連行するようにアクセルは連れて行かれた。エレオノールも、同席の人間などに興味無いようで、他の二人に目を向けようともしない。

 嵐のように立ち去った二人を前に、ジュリーは暫く呆然としていたが、向かいに座るリオネルの溜息で、ハッと我に返った。

「はぁ。やれやれ、やっと行ってくれた……」

 心底疲労した顔で、彼は溜息をつく。どうやらあのアクセルという人物は、リオネルにとって相当に苦手な少年のようだ。
 今更、決闘を再開する気にもなれない。暫くアクセルの席に残された、数本のワインの瓶を眺めていたが、やがてジュリーはリオネルに声を掛けた。

「……だれ?」
「ああ、エレオノール殿?」
「違うわ。あの、アクセル」

 エレオノールというのは、ラ・ヴァリエール公爵の長女である。幼い頃より学問に秀で、今は魔法技術を研究するアカデミーに所属している。少々学問に没頭し過ぎた為か、それともあの性格が災いしたのか、浮いた話は無かった。
 彼女については、ジュリーも、父親同士交流があるので知っていた。そしてだからこそ、驚きもしたのである。あのエレオノールに、一方的とはいえあれほど親しくするような友人がいたのかと。

「アクセル、か……」

 リオネルはつまみの木の実を口に放り込み、噛み砕きながら、頬杖を付いた。

「アクセル・ベル……ベルナール? いや、何だったか……? とりあえず、ラヴィス子爵の長男アクセルだ。本人は、二つ名は“大樹”って言ってるが、それで呼ぶヤツは少ないな。多分一番多いのは、“祭杯”のアクセル」
「“祭杯”……?」
「教会の、儀式用の祭杯に注がれたワインを、一息に飲み干して見せたらしい。まぁ、酒好きってことだ」

 空になった瓶を振りながら、リオネルは従業員に追加注文をする。確かに、この短時間でワインを四本も五本も空けてしまうなど、よほどの酒豪だろう。

「熱心なブリミル教徒でな。領地には、孤児院を兼ねたでかい修道院も建てたらしい。マザリーニ枢機卿に心酔していて、殆ど弟子みたいな扱いだ。とにかく……ああいうヤツでな。孤児達をブリミル教徒に教育し、ロマリアの勢力を広めようとしているようだ。本人が意図せずとも、ロマリアにとっちゃ、重宝する人材だ。そりゃ、“走狗”なんて二つ名も付けられる。ただ、今言った通り、本人は全くの善意でな。そこが憐れと言うべきか……。煙たがってるぜ、皆。あんなのに付きまとわれちゃ、最悪の一日だ。いいか、ジュリー。次あいつを見かけたら、逃げろ。最悪に退屈な一日を過ごす羽目になるぞ。……グラモン元帥だって、あんなのをお前に近づかせたくは無いだろうさ」
「……剣」
「あん?」

 ジュリーの呟きに、リオネルは首を傾げた。

「彼、腰にレイピアを差していたようだけど……。使えるのかしら?」
「…………」

 彼は大きく溜息をつく。暫く俯き、赤毛の毛先を捩っていたが、また溜息をつきつつ顔を上げた。

「……あいつの二つ名、“大樹”って言っただろ?」
「ええ」
「魔法は、ラインクラス。けどな、剣を使う時のあいつは、とにかく……動かない」
「え?」
「こう、試合前に、足下に円を描いてな。そこから出ないんだ。相手が槍だろうが、大剣で斬りかかって来ようが、とにかく全部捌いてしまう。そして相手が疲れ切った頃を見計らって、相手の武器を落とす。嫌味な勝ち方だぜ。少し前に、『バラデュール剣友会』に籍を置いていたんだが……ほとんどのヤツが、太刀打ち出来なくてな。三日で脱けた」

 恐らくは、脱けさせられたのだろう。

「それで、リオネル。その“ほとんど”の中に、貴方も?」
「……聞くな」

 舌打ちし、彼はワインを呷る。ジュリーは俯くと、手にしたグラスの中のワインに自分の顔を映し、それをゆらゆらと揺らした。顔が歪み、捻れる。
 それを一息に飲み干し、グラスをテーブルの上に置いた。

「……リオネル」
「うん?」
「脱けるわ、私。『バラデュール剣友会』」

 リオネルの手が、止まった。

「どういう……事だ?」
「私を除名したかったのでしょう? はい、これ、会証」
「ちょ、ちょっと待て!? まさか……」
「彼の剣技に、興味が湧いたわ。きっと、姉上達を打ち破るヒントがある筈」
「馬鹿な事を考えるな! だいたい、お前の姉上って、“鉄人”に“長足”だろ? あの人たちは、何て言うか別の次元の生き物で……」
「私は……勝たなければならない。ギーシュのためにも」

 ジュリーは立ち上がると、マントを翻し、酒場の出入り口から飛び出した。

 会計を押し付けられた事にリオネルが気付いたのは、それから数秒後だった。








「こんばんはー」

 そんな脳天気な挨拶と共に、アクセルがマザリーニの執務室に入った時には、窓の外の夕日は完全に沈む。マジックライトの灯が部屋を照らし、夜の訪れを知らせた。
 さっさと『ディテクトマジック』、それに『サイレント』をかけると、アクセルは勝手知ったる部屋のソファに腰を下ろす。机のマザリーニは、ふぅと、物憂げな溜息をついた。

「あれ、どうかされましたか? マザリーニさん。具合でも?」
「貴方は……ご自分が何と呼ばれているか、ご存知ですか?」
「まぁ、だいたいは……」
「知っている上でその態度とは、驚きです。ああ、驚いた驚いた」

 マザリーニの大袈裟な身振りが滑稽だったらしく、アクセルはくすくすと笑みを漏らす。しかし、笑い事ではないとばかりに、マザリーニは仏頂面だった。

「夜更けに、貴方のような見目麗しい少年が、枢機卿の部屋に来る。しかも、『サイレント』を使用して。……これが世間には、どう映ると?」
「ふむ。寝る間を惜しんでお師匠様から教えを請う、実に勤勉かつ見所ある少年。ではないでしょうか?」
「わかって言ってますよね、それ。……よろしいのですか? “尻坊主”などという二つ名がついても」
「はっはっは。いいじゃないですか、疑われずに済みます。それにそれ、もう付けられて、陰口を叩かれてます」

 アクセルはそれを、歯牙にも掛けない。そのことがマザリーニにとっては頼もしく、また苛立たしくもあった。この少年は、その素顔を隠し通す為ならば、人前で失禁すらして見せるのだ。

「それとも……」

 わざとシナを作り、アクセルは足を組み替える。

「その噂、本当にしてしまいましょうか?」
「やめてください。ただでさえ、自宅ではメイド達から質問攻めにあって、辟易しているというのに……」
「はは、残念です。僕はいつでも構いませんよ? 人の魅力は外見では無いと、最近学んだばかりですから」
「……そこまで率直な侮辱は久しぶりです」

 マザリーニは苦笑いを浮かべ、アクセルは微笑する。少年に、昼間の騒がしさは見られない。

「……さて」

 マザリーニは立ち上がると、カーテンを閉じた。
 本題に入ることを意味している。

「如何です? セリーヌ殿のご様子は……」
「やはり、ダレイラク伯との密通は事実でした」

 アクセルは懐から折り畳んだ手紙を出し、それを机の上で広げた。目を通し始めたマザリーニだったが、すぐに顔を顰める。

「何という露骨な……。これが他人の目に触れたら、どうなるか」
「寧ろセリーヌ殿は、それをお望みなのかも知れませんね。女性の恐ろしさは、僕も少しは知っていますから」
「道連れですか?」
「ええ……。既に関係は、半年前から。……そして、やはり……あの薬が」
「“阿片”、ですか。全く、恐ろしい薬もあったものです。私の方でも出所を調べてみましたが、少なくともロマリアではありませんでした」
「そうですか。ブランツォーリ司祭が所持していたことから、てっきりロマリアだと思っていたんですが。……と言うかマザリーニさん。真っ先にロマリアを疑ったんですか?」
「ええ。私も、その可能性が一番高いと思っていましたから」
「……枢機卿のくせに」
「枢機卿だから、です」

 淡々と告げるマザリーニを暫く見つめていたアクセルだが、やがて懐から別の紙を取り出す。

「貴族の婦人による、平民相手の売春。取り仕切っているのは、ダレイラク伯。彼と密通した婦人は、その時に阿片を仕込まれたんでしょうね。阿片のため、彼の命令には逆らえず、密通は事実ですから誰にも相談することは出来ない。しかも、同じように囚われている婦人は、他に何人もいる」
「……アクセル殿。本当に、回復する手段はあるのですね?」
「ええ、既に自分で実験済みです。ただ、三日三晩かかります。要するに、禁断症状を乗り越ればいいだけですから。勿論それまでは、地獄の苦しみですが。……セリーヌ殿に接触してみようと思うんですが、どうでしょう?」
「是非ともお願いしたい。これが王城に知られれば、関係者全員が殺されてしまいます。そうなる前に……」
「無駄だと思いますが、ダレイラク伯を尋問します。出所の手掛かりがあるかも知れない。ダレイラク伯の命は……?」
「やむを得ませんし、助ける筋合いも見当たりません。お任せします」
「ではまた、“怪人フーケ”の出番ですか」

 アクセルはそっと顔を撫でた。

「ええ、そうです。不幸にもダレイラク伯は、怪人フーケに狙われてしまった。実に不幸なことに……」

 マザリーニは目を閉じ、首を振る。恐ろしい死に方をしてしまうであろう、未来の死者を悼んで。
 暫く顎に指を添えていたアクセルは、考えを纏めると、一つ頷く。

「では、また明日の夜」
「……時間帯を変えませんか? 流石にこれ以上、噂の種を増やすのも……」
「いいじゃないですか。民衆は、高貴だったり神聖だったりする存在の醜聞を喜びます。仕方ありませんよ。ちょうど男が、修道女を汚してやりたくなるように」
「アクセル殿。貴方は修道女たちをどういう目で……」
「結構ふしだらな目で見てますけど?」

 微笑む少年に、マザリーニは天井を仰いだ。


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