第2章 朱き夏の章
第9話<“長足”レティシア・ド・グラモン>
オーク鬼の体重は、大人二人分はある。少女の腕力では到底動かせない。それでも少女は傍らに穴を掘り、そこに押し込むようにして、二体のオーク鬼の死骸を埋葬した。
オーク鬼は知能が高く、意思疎通も可能。であるが、怪物とされている。殺しても何の問題もない。寧ろ、英雄と讃えられる。
(会話も可能なのに……怪物?)
少女は不思議に思った。
自分が殺したのは、妻。自分を殺そうとしたのは、夫。
彼等にも、そうやって家族がおり、子どもがいる。夫は妻を愛し、妻は夫を待ち、二人は子どもを作る。
(怪物じゃない)
怪物はもっと、人間という種にとって理解の及ばないものだ。例え会話が出来ても、その精神は大きく異なるものだ。
幼いゼナイドは、掌を見つめた。オーク鬼の牙が四本、転がっている。勿論、研磨などの加工はなされておらず、父の装飾品のように美しくはない。
オーク鬼の一家は、この四本のために、ゼナイドによって殺された。
(……何も変わらない)
人間もオーク鬼も、大した違いは無い。そう思った。
夫が最期の力を振り絞り、行ったのは、ゼナイドを道連れにすることではない。妻の元へと戻り、その傍らで死ぬことだった。
愛が、憎しみに勝った……そんな見方をするのは、穿ちすぎだろうか?
妻と、未だ生まれ出でることなかった子ども達を前に、オーク鬼は何を思ったのだろう?
(…………筋合いが無いのは……承知している)
既にこの六歳の少女は、本来なら生涯を掛けて出すべき答えの一端に触れていた。
(お前の無念さと憤りは、私には理解出来ないだろう)
これが、世界だ。
死は平等であり、貴族だろうと平民だろうと、商人だろうと僧侶だろうと、老いも若きも貧しきも、強きも弱きも等しく扱う。
(理解できない……したくもない。名も無きオーク鬼よ、私は誓おう)
それでも、抗うしかない。
負けるわけにはいかない。勝つしかない。
(私は、お前達のようには負けない)
知りたくはない。家族を奪われる無念さなど。
味わいたくはない。その憤りなど。
(私は勝ち続ける。私は、私の大切なもの全てを守る。私は決して、負けはしない。私は生涯、勝ち取り続ける。平穏も平和も、家族の笑顔も)
少女は誰よりも強く在ろうとした。少女は誰よりも疾く在ろうとした。
その力で敵を討ち滅ぼすために。その疾さで、力をより遠くまで届かせるために。
彼女にとって戦闘は、勝ち取るための手段である。その為に、己の女としての純潔も犠牲にした。
勝利の快感など感じたことは無い。ただ、自分の目的を達するためには、勝利するしかなかった。
負ければ奪われる。自分がオーク鬼にしたように、全てを奪われてしまう。
“鉄人”と呼ばれるようになった彼女が率いる軍団が、いつしか“飛虎軍”とあだ名されるようになった。
永遠の勝利者などいない。いつしか超え難い、壊し難い壁に衝突し、無敗の軌跡は途切れる。
しかし少なくとも今、ゼナイド・ド・グラモンは確かに、常勝無敗の勝利者であった。
「私は違うけど……ね」
自嘲を込めて、エレオノールは呟く。既に深夜、彼女の研究室に他に人はおらず、机の上のマジックライトがぽつりと点されている。
ゼナイドは未だ、変わってはいない。己の正しさを、勝ち取り続けることで示している。
時々彼女の、あの猪突猛進とも言える真っ直ぐな生き方が羨ましくなる。自分の行動に疑問を持たず、その生き方を貫く上で発生する全ての結果を、善悪問わず一身に背負い込むのだ。
エレオノールがゼナイドと接する時、存在する筈も無い者、という印象を彼女は受ける。折れず曲がらず、ただ天へと向かって伸び続ける大木……それは決して腐らず、朽ちず、地が揺れ動き空が傾こうがビクともしない。落雷を弾き、嵐を切り裂き、火を食い潰す。
「…………」
そこまで考えて、エレオノールは溜息をつく。
「そう言えば……あいつの二つ名も、“大樹”だったわね」
“大樹”のアクセル……彼の体格は、残念ながら二つ名のようにはいかなかった。二つ名の由来を本人に聞いたことは無いが、きっと、大きく勇壮な男になることを意識したのだろう。
結局彼と最後に顔を合わせたのは、ジュリーと共に博物公園へと遊びに行ったあの時だった。それまでは、ほぼ毎日のように顔を合わせていた。あの翌日、突然彼からキャンセルの連絡が来て……。
(どうなのかしら?)
ジュリーの言葉で忌々しいほどに動揺させられたのは事実だが、果たして自分は本当に、アクセルに色っぽい感情を抱いているのだろうか。
よく考えてみれば、自分だけに懐いていると思っていた野良猫が、他の女とも遊んでいることを知った時のような気持ちではないのか。
(……でも)
恋愛感情の問題は別にして、彼に傍にいて欲しいと思うのは事実である。何しろ、彼が自分から離れていくなど想像したこともなかった。考えたくもなかった。
決して人付き合いが上手いとは言えないエレオノールだが、アクセルはその不器用さを受け入れていた。投げ出さず、諦めようともせず、じっくりと向き合い、理解しようと努めてくれる。それはさながら、親が子に接する姿勢とも言えた。
「……親子、か」
エレオノールは改めて気付かされる。自分がいかに、アクセルに甘えてしまっているか。彼が自分を理解しようとしてくれる、その姿勢に甘え、ぞんざいな接し方をしてしまうことも多々あった。相手が彼ならば、そこまで気を遣わなくても何の問題も無い、と。
だが、果たして彼は、本当に傷ついていないのだろうか。未だ十四歳、大人びた少年とはいえ、多感な年頃である。少なくとも、十四歳のエレオノールが同様の接し方をされたら、即座に絶交を宣言しただろう。
「…………」
エレオノールは机に突っ伏した。机に積まれていた書類に頭が当たり、ばらばらと机の下へ舞い落ちるが、それを気にも留めない。
考えれば考えるほど、思い出せば思い出すほど、時間を巻き戻したくなる。失ってからその大切さに気付く、そんな愚かな気分だった。冷静に見てみれば、次に会ったときに絶交を宣言されてもおかしくは無い。絶交の時が我慢値の限界の時ならば、現在、ダブルリーチ、トリプルリーチどころでは無いのだ。
(……アクセル、今、何してるんだろ)
こんな夜中ならば、恐らく寝ている。でなければ、本を読んでいる。
だが、一人ではないかも知れない。
ゼナイドがアクセルに惚れたというのなら、そのアタックはきっと凄まじいものだろう。今も、彼の元へ押し掛けていても不思議ではない。
女に興味は無さそうなアクセルとはいえ、思春期の少年が美人と向き合えば、あっという間にリードされてしまうのではないか。
次に会った時には、彼はもう司祭ではなく、グラモンの一族に入っているかも知れない。
ゼナイドは勝ち取って来た女なのだ。彼女が、大人しく時機を見るなどという、そんな消極的な方法に出る筈が無い。
そしてアクセルとゼナイドを結ばせたくないのなら、ゼナイドに向き合わなければならない。こちらもまた、アクセルを勝ち取らなければならない。
「…………」
ふと思い出し、エレオノールは机の下に落ちた書類束の一つを持ち上げる。表紙には、ゼナイド・ド・グラモンの文字があった。
カルテというほどのものでは無いが、それでも、ゼナイドのデータが集められている。
(骨を杖に……そう聞いた時は、驚いたわ)
骨を杖として契約する……。
ハルケギニア六千年の歴史の中で、誰一人としてその発想に至らなかったわけではない。図書館を漁れば、それについての文献はちらほらと転がり出る。
それを纏めた限り、ゼナイドは唯一の成功例と言えた。そしてその事は、恐らくエレオノールしか知らない。
メイジは契約した杖を持ち、詠唱することで魔法を放つ。それは基本であり、絶対のルール。
その杖を骨にすることは、確かに素手で魔法が扱えるということにもなるが、逆に言えば、杖を手放すことが不可能となる。それが原因で魔法を暴走させ、衰弱死した例もある。死して尚、三日三晩魔法を放ち続けたそうだ。他にも、血肉が爆散したり、ドロドロに腐り落ちるなど、筆舌に尽くしがたい悲惨な例が多々ある。
また、痛みも大きな問題となる。骨が露出するまで肉を削るなど、常人に可能な所業では無い。死ぬ思いで骨に至ったとしても、その痛みを抱えたまま、契約の儀式を行うほどの集中は不可能と言える。
例え諸々の問題をクリアしたとしても、その数少ない彼等は残らず精神が崩壊した。彼等の周囲の世界がどうなったのかは、理解する術も存在しないが、発狂して最期は自ら命を絶ったのだ。
そもそもそんな発想に至り、またそれをやってのけるなど、怪物と言わざるを得ない。
しかしゼナイドは、それを行った。
(彼女が成功した理由は……)
書類の片隅に、小さく、当時の自分の考えが記されている。
“痛みを感じないから”
エレオノールのその結論は、未だ変わっていなかった。
喉を潰せば、詠唱は不可能。水の魔法で治癒出来るとしても、その魔法にも詠唱が必要。
これが通常の戦闘であれば、既に勝負は決している。詠唱出来ないメイジなど、弾切れの銃より始末が悪い。最大の寄る辺を失った衝撃は強大で、即座に精神が敗北を受け入れることも多い。
アクセルの喉を潰したゼナイドが、それでも油断しないのは、これが通常では無いからだ。
「…………」
アクセルは咳き込みつつ立ち上がると、構える。薄暗い部屋の中、ぽつぽつと赤黒い雫が降り、床にどす黒い染みを広げた。
「……素晴らしいな」
ゼナイドのその言葉は、皮肉ではなく感嘆だった。
喉を潰され、声と詠唱を奪われていながら、アクセルの精神に大した動揺は見られない。たかが、この程度の劣勢で大局は動かない。勝負が未だ序盤であると、少年の構えが何よりも雄弁に告げている。
だが、彼の戦闘に詠唱が必要というのは紛れもない事実であり、何割か戦闘能力は減退している。
「……素手で勝てると……」
手にした細剣を、手首ごと捻るようにして絞り、顎の近くまで引く。
「思うなっ」
再びアクセルの喉を狙った突きが、解放されるようにして飛び出した。踏み込みは遠く深く、鋭い。
同時にアクセルも、一歩を踏み込んでいた。
(これだ)
ゼナイドは確信する。やはり、この男は必要だ。怖じることなく、冷静に距離を詰めることが出来る。
腰に添えられた右拳は、既に安全装置を外されている。ゼナイドは左腕を上げ、その拳を防いだ。
「…………」
衝撃の感触は、初体験のもの。
拳を岩や樹木に打ち付ければ、確かに硬い拳が作られるが、それを行う者はいない。ましてや、メイジでは。
しかしアクセルは、ゼナイドよりも遙かに長い時間、狂気すら孕ませてそれを行ってきた。
一体、いつからなのだろう。
弱冠十四歳の少年が、屈指の武人であるゼナイドと渡り合えるほどの力を身につけている。才能も、勿論あったのだろう。だがそれ以上に、強さへの渇望を絶えることなく供給し続けてきた源は、何なのだろうか。一体いつから鍛錬を始め、それからどれ程の時間を、強くなることへ捧げてきたのか。
ゼナイドにとってその疑問は、口にする程度の価値も無い。
きっと自分と同じなのだ、そう確信した。一人では強くなどなれない。強くなる理由、それは守るべき存在がいるから。平穏とは守り通すものではなく、勝ち取るものなのだ。
「ハッ」
ゼナイドの細剣が走る。その非常な膂力に任せた力業ではない。確実に相手を貫くための、殺すための突き。
しかしその突きが、弾かれた。
アクセルの手に握られているのは、一振りのナイフ。
「……それが、お前の武器か?」
潰れた喉から、答えが返ってくる筈も無い。が、アクセルは行動でそれを示す。
ナイフを逆手で構え、ゼナイドの突きを逸らす。
ナイフを抜いてから、途端にその動きは消極的なものになった。無理に距離を詰めようとはせず、ただ攻撃をかわすことに集中している。喉を治癒するタイミングを計っているのだろう。
しかし勿論のこと、そんな隙を与えるつもりはゼナイドには無い。
互いの刃が擦れ、悲鳴のような声を上げる。
ゼナイドの膂力にとって、この程度の細剣は枯れ枝も同じだった。当然、その速度も尋常ではない。
しかしアクセルは、それに対応している。
(……やはり……)
彼のこれまでの経験値を予測するたびに、それが過小評価であると覆されるのだ。
一体、彼のこれまでの人生の中で、幾度の戦闘が存在したのだろう。幼少時、山賊の首を持ち帰ったという事は知っている。しかし明らかになっている戦闘はそれのみで、以後、彼は実に平穏な人生を送っていた筈だ。
「……フッ」
一度、攻撃の手を止めた……と見せかけ、渾身の突きを放つ。しかしそれすら読まれ、ナイフの刃で弾かれた。
まともな訓練を受けた者ならば、引っかかる筈なのだ。しかしそれすら対応出来るという事は、つまり、彼の積んできた経験がまともなものではなかったということ。
ただの、ルールや禁じ手が定められた試合ではない。人間が己の全てを賭けて挑む、命がけの戦いに身を投じていた筈だ。どちらか片方が死ぬしかない殺し合い……その全てに打ち勝ち、生き残ってきた彼が今、こうして自分と対峙している。
「!?」
攻撃を弾いたアクセルが、突然一歩を踏み出した。逆手に握っていた筈のナイフが、いつの間にか反転している。
ナイフの攻撃回数は、突き刺す時と、引き戻す時。突き刺しを横にかわしても、引き戻す時に斬りつけられる。次の一手を出せないゼナイドは、ナイフの射程外へ出るしかなかった。
『ウィンドブレイク』
「……?!」
風の魔法が彼女の腹部で暴発し、そしてその身体はドアから廊下へ、そして廊下の窓から外へと吹き飛んだ。
(今……詠唱したのは……誰だ?)
窓ガラスを砕き、屋敷の外へと吹き飛ばされる義姉の姿を目の当たりにした時、レティシアの心は逆に奮い立った。この程度で倒される筈が無い、というゼナイドへの信頼もあるが、何より、彼女が自分の力を必要とするほどの強敵と対峙しているという、この状況による高揚感故に。
「ッハァァァァ!!」
レティシアに、不意打ちや暗殺といった発想は無い。廊下に出てきたフーケに向かって、ただ一直線に突き進む。
「一の槍ぃぃぃっ、『ヴァンフレーシュ』ぅぅぅ!!」
初めはただ、声を出すことで威力を増す、シャウト効果を狙ったものだった。
しかしレティシアの槍技は、いつしか無意識のうちに、魔法の力を兼ね備えるようになっていた。
(また……あの突きか)
アクセルはレティシアに向き直る。どうやら眠気は完全に吹っ切れたらしい。
彼女は今度こそ、石突きではなく穂先で……刃で襲いかかる。
(来る)
文字通り嵐のような速度で接近してきた彼女の足が止まる。そこから全身の力を穂先へと集中させ、捻りを加えながら突き出してくる。
(遠い?)
ふと、気付いた。
いくら彼女のリーチとはいえ、いくら槍とはいえ、あまりにも遠すぎる。この距離で、穂先が届く筈が無い。槍を投げてくるのなら、姿勢が違う筈だ。
ライフルの弾丸のように発射されたレティシアの突きは、アクセルの胸には十サントほど届かなかった。
ブシュンッ
「!?」
しかし、攻撃が届く。まるで槍が伸びたかのように、見えない穂先がアクセルの腹部を貫いた。
『ヴァンフレーシュ』……『風の矢』
(くそっ、『エア・スピアー』か……!)
例え槍の射程距離外であろうと、そこから放たれる風の穂先が相手を襲う。槍術の威力がそのまま、魔法の威力に比例しているようだ。
アクセルの口から、たらりと血液が漏れる。喉を潰されたことによる喀血ではなく、内臓が傷ついたことによる吐血だった。このままでは遠からず死ぬだろうが、それ以上に、最も恐るべきは、ゼナイドを突き放したことで安心し、油断してしまった自分自身の怠惰だ。
(……そんなご身分じゃないでしょうに、ねぇ?)
(うるさい、わかってる)
(今のうちに使ったら?)
(……そうだな)
頭に響いてくる忌々しい声に応え、アクセルは腰の薬瓶を取り出した。レティシアを警戒しつつ、僅かにずらした仮面の隙間から、その中身を一息に飲み干す。
全身の細胞の一つ一つを、アルコールを噴霧した布で拭き上げたかのような、心地よい清涼感が染み渡っていった。
「あー、おフン、オフん」
軽く、咳払いをする。
痛みは無い。潰された喉も治った。傷ついた内臓も治った。
(……便利なんだから、もっと持っておけば? 残りは2つ?)
(今の僕は“怪人フーケ”だ。だから“怪人フーケ”として戦うだけだ)
「おいっ」
突然、レティシアが怒鳴る。
「ん……? ドうかシマしたかァ?」
「貴様は今、『念話』を行ったな!? 誰とだ!」
ピクリと、アクセルの指が動く。内心の驚愕とは裏腹に、彼が表に出した動揺は、ただそれだけだった。
「ねんわぁ?」
「惚けるな!」
槍をぐいと突きつけ、更に詰問してくる。
『念話』が行われていることを察知するのは、それほど驚くべき技術でも無い。アクセルが驚いたのは、ゼロ距離の念話を彼女が知覚したということだ。
「答えろ! 一体、誰とだ!?」
もしもこれがゼナイドならば、忽ちにしてカラクリに思い至っただろう。
(……レティシアでよかった。ゼナイドの前では、やはり絶対に止めておこう)
レティシアには材料を揃えることは出来ても、それを組み立てるまでには至らない。
アクセルは仮面の下から、暗くくぐもった笑いを漏らした。壁に設置されたマジックライトの光が、その揺れ動きを映し出す。その中で、そっと、人差し指が持ち上がった。
「『念話』の相手なら……ちょウど、ホら、貴女の後ろニイるデしょう?」
「何?」
驚くほどに、呆れるほどにあっさりと、レティシアはアクセルから目を離し、首を回し、背後を振り向く。何も無い、薄暗い廊下が続いていた。
アクセルは驚き、呆れると同時に、気配を隠して跳躍する。行動が読みやすいとはいえ、彼女の槍術は厄介だ。さながら、移動砲台に狙われているようなものだ。ゼナイドの相手をしつつその攻撃をいなすのは、至難の業。早々に、この戦闘から退場して貰わなければならない。
(腹部に……一発)
着地と同時に拳を叩き込み、下がった頭に攻撃を加え、脳震盪を起こさせる。そのつもりだった。
ガッ
「!?」
「いないではないか……」
しかし、攻撃の起点となる腹部への拳は、彼女の槍によって阻まれる。
(読まれていた……?!)
再び振り返ると同時に……いや、振り返るよりも前に、レティシアは防御していた。
「この外道めがっ!」
狭い廊下で、驚くほどスムーズに槍が回転する。そして攻撃は、頭上から降ってきた。
「小官にっ、嘘を吐いたなぁぁぁ!!」
「『盤石』!」
咆吼と共に叩き付けられる槍を、アクセルは両腕を交差させて防ぐ。肉体に『硬化』をかけたにも関わらず、その衝撃が脳天から肛門へと突き抜けた。
(……見誤った……か……)
防いだ槍が、即座に逆回転し、石突きで顎を打ち上げられる。
(“長足”のレティシア……こいつは、或いは……)
槍を抱えるようにして、彼女は背を向ける。しかしその足が、踵が、斜め上へと振り上げられる。
「はぁっ!!」
分銅鎖のような蹴りが、再びアクセルの顎を斜めに打ち上げた。
(ゼナイドよりも……!)
ぐらりと、世界が傾く。そして舟の上のように、絶え間なく揺れだした。
片膝、片手を床につけ、何とか身体を支えようとするアクセルへと、容赦なく槍が振り下ろされた。