小説『漂流のA(ゼロの使い魔二次)』
作者:権兵衛()

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第2章 朱き夏の章

第14話<マロびウまれしモノたち>








「小坂めぐる」
「る……る……。RUMIKA」
「か……。楓アイル」
「てんめぇ。……流海」
「はいダメ。それさっき……」
「わじゅん! 流川純! 流川純!」
「……ふざけんな」
「こっちの台詞だ」
「っておい、終わったじゃねぇか」
「やべっ、瑠川リナ!」
「マジふざっけんなよ、おい……。並木アンナ」
「続けるのか。……えと、七草まつり?」
「ばーか。桃井アンナが既出ですぅー」
「ぬあああっ、畜生!!」

 長椅子の右に座っていた男がガッツポーズを決め、左に座っていた男が頭を抱える。

「……ジェローム、パスカル」

 銀髪の少年が上げていた腕を下ろし、金髪の少年が顔を上げる。二人の視線が、壁際の椅子で足を組む少女に向けられた。茶髪のお下げの彼女は、膝の上の本から視線を外そうとしない。

「うるさい。黙ってて」
「……聞いたかい、パスカル君?」
「聞きましたとも、ジェローム君。困った長門もどきでしゅねー。いや、タバサもどき?」

 パスカルの眉間で、紅茶のカップが砕けた。

「あいってぇ!」
「うるせぇオスども。マイメロぶつけんぞ」
「マイメロじゃねーし! ぶつけてるし! ……あ、マイメロで思い出した。俺の地元のゴミ捨て場にさぁ、きったねぇマイメロのぬいぐるみが括り付けてあったんだけどさぁ」
「へー。柊先輩ファンの仕業か?」
「他に考えられねぇよなぁ」
「……歌音様じゃないかしら?」
「マリーズちゃん、混ざっとる、混ざっとる。……混ざり……マザリーニ枢機卿!」
「そりゃ確かに、同系統だけどよぉ」

 眉間に血が滲んでいるにも関わらず、パスカルは笑っていた。マリーズに惚れているわけでも、異常に心が広い性格というわけでもない。ただこの、バカな話が楽しく、嬉しいからだ。こんな話し相手が存在することが、堪らないほどに幸せだからだ。

「……あ、そろそろ時間か」
「そうね。ところで、パスカル。さっきのマザリーニ枢機卿って、もしかしてギャグのつもり?」
「何で拾うんだよ、畜生め……」








 火竜山脈のドラゴンすら隠すことが出来そうな、広い空間だった。その広さを尊重するかのように、物はほとんど無い。ただぽつんと、黒板が一つ。その周囲に、木箱や樽、毛布などが無造作に撒き散らされている。
 冷たい床に規則正しい靴音を這わせながら、一人の少女が歩み出た。

「それでは……始めます」

 彼女が纏め役を任されているのは、そのクラス委員のような仕切り屋の性格だけが理由ではない。軽く丸眼鏡を押し上げ、シンクレアはマリーズの名を呼んだ。
 一人すっくと立ち上がり、皆の前へ進み出たマリーズは、持参した羊皮紙の束をパラパラと捲る。

「……“傑作卿”の『博物公園』については、結局、どうもはっきりしなかった。転生者っぽいかと思えば、まるで生粋のハルケギニア人のよう。推測だけど、“場違いな工芸品”からヒントを得た、この世界の天才発明家、って感じじゃないかしら?」
「金の流れはどうだったんだ?」

 話に聞き入っていた一人が、そう尋ねてくる。彼女は首を振った。

「だめ。“傑作卿”に関する利益は全て、クルデンホルフの銀行へ送られていた。あそこに手を出せば、ハルケギニア中を敵に回すことになる」
「手掛かりゼロ、か……」
「しかし、あんなネズミーランドもどきがあったら、流石に原作でも触れられてねぇか?」
「いや、結構相違点はあるわ。グラモン家なんか女体化してるし、モード大公の一件なんて随分早まってるし。そもそもオクセンシェルナなんて、ゲーム版にしか出て来てないし」

 話が脱線し、めいめいが好き勝手に話し始める。シンクレアは慣れた様子で手を鳴らし、皆を鎮めた。

「“傑作卿”の正体については、保留ということで。……本当は最後にしようかと思ってたけど、今言ってしまうわ」
「何だ?」
「…………」

 ジェロームの視線を受け、シンクレアは目を閉じ、深く息を吐き出す。そして開かれた双眸は、皆が好き勝手に陣取る黒板の周囲ではなく、ぽつんと離れた場所にある、空樽へと向けられていた。ここからでは、彼の右足しか見えない。

「ベアトリーチェからの伝言よ。残る転生者は、あと二人」

 一瞬の後、喝采が起こった。

「ついにか!」
「二人か……いよいよゴールが……」
「そうやって具体的な数字が出ると、テンション上がるよなぁ」

 その喝采を、騒然を、シンクレアは静めようとしなかった。彼等は皆、待ち望んでいたのだ。全貌を……総数が明らかになる、この時を。ただ、何人か、逆に静まりかえった者達がいる。幹部達だ。
 彼女の視線は未だ、孤立した空樽へと向けられている。少なくとも、“彼”は、喜んではいないだろう。右足にも、何の反応も無い。
 一頻り騒いだ後、皆、シンクレアの沈黙に気付く。それを待ち構えていたかのように、彼女は口を開いた。

「そのうち一人は……“特能者(スペリオール)”」

 刹那、空樽が頭上高くへと舞い上がる。それは火炎に包まれ、一瞬で燃え尽き、雪のような灰と化した。
 空樽に目を向けていた者が多数……だが、この集団の幹部とも言うべき少数の……シンクレアやマリーズ、パスカル、ジェローム等は、“彼”の方を向いていた。

 灼熱の爪で引っかかれたかのように、その左頬は口元まで爛れている。左目はあらぬ方向を向き、鼻は削ぎ落とされている。

「気紛れで……“会合”に出たんだが……よかったぜ」

 残る右目には爛々と凶気が宿り、その凶気は全身から吹き出している。
 この威圧感は、スクウェアクラスだからというわけではない。全員がスクウェアクラスという集団の中に於いても、袋に入れられた刃物が突出するかのように、彼一人が異彩を放っていた。
 彼……アドルフは、恐怖ではなく期待と狂喜を爪先にまで滲ませながら、その異形の相貌を歪めた。

「いいか、お前ら。チート野郎を見つけたら……俺によこせ。俺の全財産をくれてやる」
「……何するつもりなんだ?」

 皆の代役を買って出たのは、ジェロームだった。アドルフは瞼を痙攣させ、笑みを更に深く刻む。

「そうだなぁ……まだやってないのは……煮えた鉛でも飲ませるか……肉を削いでそいつに食わせるか……それとも……犯しながら殺すか……殺しながら犯すか……」

 冗談などでは無いのだ。こと、“特能”を持つ転生者を、アドルフは憂さ晴らしの玩具にしか見ることが出来ない。

「よかったぜ……生きる楽しみが……出来た……」

 シンクレアも、彼だけは御すことが出来ない。
 空気が鉛のように暗く、重くなる中、その元凶は低く笑いながら出て行った。








 定期報告の会合が終われば、他に義務は無い。出席できなかった者への手紙を作成する者もいるが、大半の人間は、好き勝手に過ごしていた。帰る者は少ない。ここでしか出来ない話というのは、確かに存在していた。

「相変わらず怖ぇよなぁ、アドルフ」
「おう」
「こんな事言っちゃ悪いんだが……こっちの世界の家族をチート持ちに殺されてなけりゃ、もう少し……」

 言いかけて、自制心が働いたのだろう。ジェロームは頬杖に乗せた顔を傾け、口を結んだ。そして、他の話題を思いつく。

「やっぱ、モード大公の一件を早めたのって、チート野郎かな?」
「……多分な」

 パスカルは適当に返しつつ、後遺症の残る肩を回した。

「まぁ、今となっては、確かめようがねぇけど」
「……お前もあれか。テファの行方が気になる系か」
「おっぱいは、男のロマンですぜ?」
「全俺が同意」
「銀魂の女装新八で勃起しないヤツぁ、もはやホモかインポですぜ?」
「……流石の俺でもそれは引く」
「お高くとまってんじゃねぇよ。お前あれじゃん。ウエストウッド村の囮に引っかかったクチじゃん」
「うるせぇネズミ講野郎が」
「何だとー。やんのかこらー」
「返り討ちだー」

 一歩も動こうとしないまま、二人は会話を続ける。こうして互いに罵り合うことすら、愉悦なのだ。
 気の合う友人であり、仲間であり、何より“戦友”である。

「……テファもマチルダも、未だ発見報告は無し。ってことは、未だアルビオンか?」
「そうでしょうね」

 本を畳み、次の一冊を膝の上に運びながら、マリーズが答えた。

「アルビオンの出国の検問は、ハルケギニア一厳しいわ。その警戒が、当時は最高レベルまで引き上げられたそうだし……。警戒レベルが平常になるまで、三年かかった。協力者がいたとしても、アルビオンからの脱出は“限りなく不可能”ね」
「言い方おかしくねぇか? “限りなく不可能に近い”じゃ?」
「絶対無理ってことよ。公爵本人だって下馬する義務があるのよ? 断言してもいい。マチルダはともかく、テファは未だ、アルビオンに隠れてる」
「結局原作通りで、大した違いは無いってことか」
「ええ、そうなるわね」
「それで……どうするんだ、例の“怪人フーケ”は」

 パスカルの言葉に、ふと、マリーズは本を閉じる。
 アリス・ムーンライトという人物が著した、『怪盗フーケ』の物語だった。

 これが出版された時、アリス・ムーンライトの正体を探ろうという動きはあったが、それは叶わず、原作で言及されなかった部分だという結論に落ち着いた。主人公の思想や性格は、マチルダと被る部分も多く、マチルダはこの物語に影響されて、“怪盗フーケ”を名乗るようになったのだろうと。
 しかし、まだマチルダが怪盗として活動していない現在、トリスタニアでは“怪人フーケ”を名乗る殺人鬼が暗躍している。それが原作で語られなかった歴史であるのか、それとも未知の転生者が関わっているのか、定かではないが……ともかく、これ以上“怪人フーケ”の活動が続くようならば、密かに調査すべきではないのかと、そんな意見も挙がっていた。
 特に、残りの転生者が二人だけとなった今、そのどちらかが、もしくは両方が、何らかの形で原作のキャラクタに関わろうとしている可能性は、非常に高い。
 逸脱し、目立ったからこそ、転生者たちはこの組織に捕らえられてきたのだ。ネズミ講で荒稼ぎをしようとしたパスカルに、ウエストウッド村へティファニアを探しに行ったジェロームもそうであるし、マリーズとて例外ではない。

(……誰も、死ななければいいのだけれど)

 最後の転生者の出現を、喜べばいいのか。それとも、恐れればいいのか。マリーズは二人に気取られぬよう、密かに溜息をついた。








 シュッ……シュッッ……

 アドルフの愛用するナイフの刃が、砥石の肌を何度もなぞる。

「……楽しそうね」
「まあな」

 シンクレアの言葉によって、自身の心境を更に深く自覚したかのように、彼は笑みの皺を深くした。彼と平常に会話出来るのは幹部達だけで、シンクレアはその中でも更に少ない、彼が自発的に話しかけてくる相手だった。それが親愛の情に起因するものなのかと問われれば、シンクレアは否と答える。
 アドルフは、転生者の中でも、優れた方向へと群を抜いている。それが、他の仲間達から距離を取られる一因だった。“特能者”を殺したが故に、優れているのか。それとも、優れているが故に“特能者”を殺せたのか。どちらにせよ、転生者の中で彼に勝てる者はいないだろう。

「……程々にしておいた方がいいわ。快楽殺人者のままで、友達なんか出来ないわよ」
「いらねぇよ」

 指導者であるシンクレアにとっても、アドルフは危険な存在だった。放置しておけば、何が起こるか予測も出来ない。ただ、それでも敢えて予測した結果の大半は、彼女にとってとても悪いものだった。
 シンクレアは簡素な木製の机に、今回の報告書を広げた。

「……やはり、恐ろしいか?」
「ええ、そうよ」

 アドルフが問い、シンクレアが応える。突如として、そして緩やかに、アドルフが話し始めた。

「衝突した時、淘汰されるのはチート能力者か、それとも非チート能力者か。試してみれば、“奴ら”が淘汰される側だった。……そこで“お前ら”の下克上は果たされたわけだが……」

 “お前ら”

 そう、やはり、だ。同じく、特能を持たない転生者でありながら、彼……アドルフは、立場上仲間と呼ぶべき者たちを、視界に置いていない。確かに特能を持つ者を憎悪してはいるが、さりとてこの二代目『サピエンテス・グラディオ』に、愛着や親近を抱いているわけではない。アドルフはただ、脱退する理由が無いから所属しているだけだ。特能者を殺す為ならば、きっと、共に戦った仲間すら犠牲にしてしまえるだろう。

「今度は……お前らが下克上される側になったわけだ」

 皮肉を込めて微笑むアドルフに、シンクレアは反論しなかった。

 転生者という存在には、二通りが存在する。特能を与えられた者と、与えられなかった者。ベアトリーチェがその選別をどのように行っているのか、それは全く不明だが、どちらにしても、全ての転生者はメイジとして生まれ出た上で、スクウェアクラスになれる才能と無制限の魔力を与えられる。それはこの世界に於いて、十二分に逸脱した異端者だった。
 更なる異端……異世界の特能を与えられた転生者の誰かが発端となり、転生者組織を作り上げ、そして彼等はその指導者となった。彼等は転生者たちを探し出し、強制的に組織に加え、一切の“逸脱”を禁止した。転生者をあぶり出す為、原作の流れを保つ為に。
 しかし、抑圧された“非”特能者たちの不満が爆発。闘争の末に生き残った彼等は、新たにシンクレアを指導者とし、幹部として組織を存続させた。

 彼等は……特能を持たない転生者たちは、それを正義だと感じている。すべきこと、正しいことを行ったのだと。
 だが、その正義を行わなかった者には、その大義も信念も、理解できよう筈がない。特能者に屈し続けた者、事が終わった後に加わった者たちにとって、現在の境遇は決して満足出来るものではなかった。
 不満の火種が、ヒソヒソと燻り始めている。歴史は繰り返されるという道理を証明するかのように。

「……“彼等”のようにはならないわ。私達は、ね」

 シンクレアはそう言い放った。その言葉とは裏腹に、具体的な鎮撫策など何一つ浮かびはしない。アドルフも、そのことを敏感に感じ取っているのだろう。そして、それに対する気遣いや思いやりなど、一切考慮しない男なのだ。

「ははははははっ」

 部屋に、彼の嘲りが響く。

「どいつもこいつも……何故、主人公になりたがるのか。自分は違う、自分だけは問題ない、と。自分が本当に、この世に必要とされている人間だとでも? 考え、そして思い知ればいい。自分が思っている程には、自分が重要ではないことに……」
「アドルフ。私の前でなら構わない。でも、それを他の皆の前では決して言わないで。絶対に」
「今日はガブリエルがいないというのに、随分と強気だな、ええ?」
「…………」

 アドルフが殺害した特能者は二桁にも上り、この転生者組織の中でもダントツだった。勿論、その戦闘能力はシンクレアを凌駕する。対抗できる可能性のあるガブリエル、そしてもう一人も、本日の会合には出席していない。例え、今日の出席者が束になっても、アドルフただ一人が生き残るだろう……それほどに、彼の力は圧倒的だった。
 それでも、シンクレアは引き下がるわけにはいかない。組織の長として。

「……ふんっ」

 飽きたと言わんばかりに、アドルフは背を向けた。

「今日は、いい情報が手に入った……。俺も、一つだけ教えてやる」
「何かしら?」
「例のアリス・ムーンライト、そして“傑作卿”。恐らくは同一人物だ」
「!? ……根拠は?」
「勘だ」

 それだけ言い放ち、アドルフはドアから出て行く。叩き付けられたドアの衝撃で、壁に掛けられた看板が落下し、叫びのような音を立てた。
 剣の両脇に止まる二羽の梟の紋章、そして組織の名前『SAPIENTES GLADIO』が記されたもの。組織の象徴が落下する不吉さに、シンクレアは眉を顰めた。

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ゼロの使い魔 (MF文庫J)
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