小説『大切なもの(未定)』
作者:tetsuya()

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仕事はこれまでと変わらず続けている。朝九時に出社し、残業をきっちりもやってから帰宅する。おもしろいアイデアが仕事中に浮かんでしまい、早く書きたい衝動に幾度も見舞われたりもしたが、さすがにこらえた。一度仕事をサボれば即刻首となり路頭にさまよってしまう。つまらないことですべてを水の泡に流すのは愚の骨頂だ。

 仕事中に雑念が生じるのはしょっちゅうだ。好きな人に神経を奪われる、新しいゲームソフトを買いたい欲望に見舞われる、夜ご飯を何にしようかなどといった具合に。手でキーボードを叩きながら、頭はまったく違ったことを考える。仕事中であっても意識は遠くかなたに飛んでしまう。

 小説を書くことで負担は増えたものの、遅刻欠勤は一度もしていない。きちっと体調管理に勤めていた。趣味に余力を費やしすぎたがために、貴重な生活費を失ってはならない。趣味で身体を滅ぼすのなら安定した収入を得られることに力を捧げるべきだ。社会人というのは生活>>>>>>>>>趣味をベースにしている。

 仕事は毎日出社してこそ価値がある。たびたび欠勤していては信用を失う。そしてクビになる。登校拒否しても、通わせてもらえる学校とは月とすっぽんだ。欠席しても咎められない義務教育とは違い、社会は一日の寝坊すら許されない。
 
 高校に五分の四以上の出席しなければ、どれだけ成績優秀であっても進級できないルールがあるのは、社会にでる前の練習として設けられているのかもしれない。ルールそのものに意味はなかったのかもしれないけど、結果としてそうなっているように思えてしまう。以前は大学の進学率も低く、高卒で働く人が多かったため、高校で社会人として最低限の自覚をさせようとしたのかもしれない。

 昔から佳代は体の強さは誰にも負けなかった。小学校から風邪を一度もひいたことはない。病院代を払えない家庭環境が健康意識を究極にしたのかもしれない。一円だって病院代を払ってたまるものか。その執念が最後まで勝った。気力さえあればどうにかなると自らに感心した。

 健康はお金と匹敵するくらい重要だ。才能に恵まれていても、お金持ちになれても死んでしまったらすべてを失う。植物状態や脳死状態も生きていても意味は同じ。自分の意思を伝えられない状況になった時点で死とみなしていい。

 弟も風邪をひいて病院にかかったことは生まれてから一度だってない。姉弟揃ってすさまじいまでの免疫力を備えている。急激な気温の変化で学級閉鎖になろうともピンピンしていて、学校給食を食べられない事態に陥らせたクラスメイトに文句をいっていた。わたしたちの大切な栄養源を奪うとは何事かと。

 そんな唯一の自慢を終焉させたのは文江だった。三ヶ月前に職場で倒れ病院に運ばれた。働きづめ、ぎりぎりの生活を強いられたことによる苦痛が今になってたたったらしい。余裕がうまれた生活を送れるようになったことで、これまで維持していた精神力が悪い意味で解き放たれてしまったのだろう。

 母の体調を気遣わなければならないが、通院無連続記録が途絶えてしまったのは心残りかな。だからといって健康をお金より重視しているのではない。無駄金をつかってしまったといいたいのでもない。健康を保てさえすれば、余分な投資をしなくてすむということをいいたい。毎月病院台に一万円払っているのを、五千円にするだけで、年間六万円の余裕が生まれる。健康を保てれば大きな節約となることを念頭においておこう。 
 
 仕事で思い出したが、相談に来ていた同級生の就職はまだ決まっていないらしい。面接を百社くらい受けたらしいが、どこもかしこも不採用の通知ばかりらしい。

 半年前は余裕があるように見えた彼女も、最近は完全に余裕を失いつつあった。就職戦線は大学三年生が対象になりつつあるこの時期に、一社も内定をもらえていないことに苛立ちを感じている。

 それなのに、事務一本に絞り、それ以外の職種についてはこれっぽっちも考えていないのだから驚きだ。土木関係などの肉体系は汗臭くなる、介護は老人の機嫌取りをしたくない、スーパーのレジ店員は立っているのが面倒などと見向きもしない。

 やってもみないのにイメージ先行で職種を除外していくのはどうかと思う。能力的にどうしても不適ならわかるけど親のすねをかじって生きてきて、やりたいようにさせてばかりいるとわがままになるからいけない。どんな職種であっても生きてやるんだという反骨心が欠けている。

 倍率の高い業種にこだわってばかりいては内定を勝ち取れず、就職浪人になってしまうだろう。何度も忠告したのだが、事務一本にこだわる姿勢を貫き、耳を貸そうとしない。視野を広げずにこれしかないって思ってしまうと、大切なものをあとになって失う。

 ストレスからか認知症に似た症状も見られる。自分がいったこともすぐに忘れてしまう。それを指摘すると、わたしはいってないと強く非難される。逆にきいてもいないのに、こういったんだから頼むわよと無理難題を押しつけてくることもある。

 都合が極端に悪くなると、あなたは安定した仕事先に恵まれていいわねと、いい話題を逸らすのもしょっちゅうだ。貴重な休日を割いて相談に乗っているのにこの仕打ち、他人を尊重できていない。事務といった他人相手にする職種ではかなりしんどいだろうな。まぐれで採用されたとしても長続きしない。

 自制心もコントロールできないのか、佳代がいるにもかかわらず口に独り言をつぶやいたり、口を金魚のようにバクバクさせることもある。脳内が就職でおかしくなってしまっている。一年後には精神科に通院しているかもしれないな。

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